2000/09/06 - 2000/09/17
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kosukeさん
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インドからアフリカへ…
2000年9月6日 〜お話しはここから〜
4、5日前にひいた風邪がまだ治りきらず微熱もあり頭がボーッとしている。しかし明日から11日間日本を離れるため今日中に終わらせなければいけない仕事が山積みなのだ。
まあ、お遊びのための休暇なので文句も無く素早く午後8時には終わらせて帰宅した。
家では(妻の)ひとみ子が旅行の準備をしており、「アンタも早く荷物をパッキングしちゃいなさい!」「セイロガン買ってきた?!」「朝6時には出るからね!」「いない間のキムタクのドラマ予約しておいてちょうだい!」などと旅好きの彼女としては抑えきれない興奮を僕に向けてくるのだが、実は着替えたらすぐに出かけなくちゃいけないのだ。
学生時代からの友人であるやっちゃんの家に行かなくちゃいけないのである。
やっちゃんから借りていた長めのサーフボードを今週末に海に行くから返して欲しいというのだ。夏の間ずっと借りていて、スキあらば「このままオイラの物に・・エヘヘヘ・・」などと考えていたのに、この9月に入って突然「返却して下さい。俺の体にはサーファーの血が流れているのを思い出したのだ」「今すぐ返しなさい。かえせー 北方領土返還!」ときた。人間よからぬ事を考えているとバチが当たるのだなーとしみじみ思いながらゴホッゴホッと力ない咳をしつつ車にボードを積み込み要町に向かった。
優しい顔で出迎えてくれたやっちゃんは「明日からアフリカでしょう?わざわざありがとうね。あれっ?風邪?」と心配そうな顔で「じゃあ、ビールよりウィスキーだね」と言ってジャックダニエルのロックを出してくれた。本当に素敵な人だ。
そのままボトル半分程を2人でサーフィンの話などをしながら飲んでいると、12時もまわったので「そろそろ帰ります」といって車に乗った。そこで明日からの自分の人生を見つめ直してみると「この体調でアフリカなどという所に行ったら、すぐマラリア菌などのバイキンマン達に体中汚染されてしまう。強力な抗生物質を手に入れる必要がある」という結論に達し、目白に住んでいる友人のDr.Jを訪ねることにした。彼の父親が自宅で開業しているお医者さんなので、適当に見繕ってくれるはずだ。その旨を電話で伝えたら快く了解してくれて、深夜にもかかわらず薬を手に入れることができた。
「じゃあ、サンキュー バイバ・・」と言いかけたところで「ちょっと上がってってよ」「おいしいワインがあるのよーん」と言われ、しょうがなくDr.J夫婦と飲むこととなった。(どうして僕のまわりはこんなどーしょーもなく最高な人たちばかりなのでしょう?)そこで夫婦の正しい在り方とその価値について語り合っていると突然携帯電話が鳴った。時計はもう2時をまわっている。電話の相手は完全にブチ切れており、とりつくしまもない・・。帰りの車の中で正しい夫の在り方についてちょっとだけ考えてみたが、すぐ忘れた。何よりもアフリカ旅行の準備をしなくては。忘れ物をして簡単に現地で調達できる所ではないのだ。ともかく朦朧とした頭でおニューのZEROのバックパックにやたらめったら詰め込んで準備完了。
そんなこんなで、いよいよ出発である。心暖かい友人たちの荒治療により体調も良くなってきた。うーん タバコもうまい! 「いざ、出陣! 待ってろよ、マサイ!」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 1.0
- 交通
- 1.0
-
9月7日 〜まずは不思議の国インドにカルチャーショック〜
成田空港に到着して、とりあえずチェクインを済まし、これから始まる旅のお供となる本を探しにブックセンターに向かった。本当はもう何ヶ月も前から「早く読みたいよー」と思っていた本があったので決め打ちの買い物である。映画化もされた「羊たちの沈黙」の続編、T.ハリス著「ハンニバル」(上下巻 新潮文庫)がその本なのだが、手にした瞬間レクター博士の恐怖が脳裏によみがえり、「よし、これをキリマンジャロの見えるプールサイドでキリンさんと戯れつつ読んじゃうもんねー」などと見当違いのことを妄想しつつ素早く購入した。その後お決まりの「寿司田」に行き、ビールで乾杯してこれからの旅の無事を祈り、朝食とは思えないほどの寿司をたらふく食った。旅行前の8千円はイタイ。
飛行機はAIR INDIA 307便。そう、今回の旅行はインド航空を使い、つまりアフリカ乱入の前にトランジットで初印度体験も出来ちゃうのだ。
機内に乗り込むとそこはすでにカレーの匂いとその他の妖しい香りがツンと鼻をつき、旅のワクワク感を刺激する。乗務員はインド人らしき人と日本人が半々ほどで、当たり前だが乗客はほとんど日本人である。喫煙愛好者の僕は搭乗前にタバコの煙をしっかりと肺の中に吸収させ、これからの何時間かに備えたのだが、さすがインド航空、国際線でこの時代に全席喫煙OKなのである。バンザイAIR INDIA。
機内食の話をすると、3時間毎に全部で4回も出たのだが、当然全てカレーだった。とてもおいしくて何の問題も無かったのだが、ちょっと気になった事があったのでここに書いておこう。(本当は帰りの機内で確信した)
スチュワーデスのお姉ちゃんがカレーを持って来てくれる時に「チキンorベジタブル?」と優しい笑顔を浮かべて聞くので、ひとみ子は「チキン」、僕は「ベジタブル」と答えた。ところが2人に運ばれて来たカレーは両方とも同じ物で「チキン」なのである。機内とはいえせっかく本場のカレーを食べるのだから、どうせなら2人で違うものを食べてみたいというのが人情というものではありませんか。そこで「オイラはベジタブル頼んだんやけど、チェインジ プリーズ」などと言ってみたら、そのスッチーはあの優しい笑みで「あんたら日本人の観光やろ、文句言わずにそれ食うときや」みたいなことをおっしゃるんです。何事かと思い、自分のプレートをよく見たら、左側にチキンカレー、右側にベジタブルカレー、真ん中にサラダとタンドリーチキンが盛られている。そして周りの状況をコソコソと観察してみると、どうやら宗教上どうしても動物の肉を食べられない人たち専用のメニューだということがわかり、「うーん、ただ者ではないなインド人・・」てなことを呟きつつうなずくばかりであった。
目的地のムンバイ(もとのボンベイ。何年か前に英国統治以前の名称に改めた)に着く前にデリーで飛行機の給油のため1時間ほど地に足をつける。乗客の8割ほどがここで降りてしまい、すごい勢いで機内清掃がはじまった。アナウンスによるとここからは国内線に変わり、タバコはもう吸ってはいけませんとのことだ。するとドカドカとサリー(インド女性の普段着)を着たおばちゃんや頭にターバンを巻いた髭面のおっちゃん達が乗り込んで来て、まもなく機内は騒然とし、何とも言えない熱気に包まれてきた。「ハンニバル」の世界よりもこの人たちの怪しい手荷物などに興味がわき、あっという間にムンバイに到着してしまった。 -
成田から約10時間で到着。空港でまずドルからルピーへの両替を行い,ホテルまでのバスに乗り込む。時間は午後7時頃、外はモワッとした独特の暑さと匂いが体にまとわりつくが、決して不快な感じはしない。それよりも街中の喧騒がすさまじい。よく田舎から東京に出てきた人が新宿や渋谷などを見ると「今日は何かお祭りがあるのかい?」などと錯覚するらしいが、このインドの風景はただごとではない。車の渋滞、いや、交通そのものが無茶苦茶だし、車窓から見える人たちも僕の目からは常軌を逸しているとしか思えない。そこで、なまりのある英語しか話せないガイドに「この国はどうなっているの?あの人たちはいつもあんななの?」と聞いてみると「9月1日から2週間にわたって行われるガネーシャのお祭りなのよねん」「今日がガネーシャを海に返す特別な日だからみんな盛り上がっちゃってるのよん」と困った顔で答えてくれた。普段なら20分もあれば着ける道が2時間以上もかかりそうだという。何のことはない本当のお祭りだったのだ。
ガネーシャというのはヒンズー教の神様の1人で、富と学問の神様。あのシヴァ神の息子である。インド料理屋などに行くと壁に掛かっている絵などで見かけることもあるが、象の顔を持ち、片方の牙が折れている姿をしている。
そしてこの混乱の中をどうにか抜け出しホテルに到着した。
一休みしてから「ちょっと探検しに行かない?」とひとみ子に言うと「えっ、もう10時だよ!それにあの狂喜乱舞の老若男女、街中グチャグチャ状態の中に歩いて入って行こうっていうの?オモシロソー!」ということで外に出てみた。よーく観察してみると各自治体や家族などのコミュニティー毎に山車を引いて、その上に載せているガネーシャを海(インド洋)まで連れて行っているようだ。郊外のしがない街で観光客も無く日本人のカップルは相当奇妙に写ったようで、中学生くらいの少年が突然僕の目の前でカラテの型のような格好して「ジャッキーチェン」などと奇声を発したのでちょっとビビッたが「アチョー」と言って彼と同じ格好をしてみたら、少年はすごい勢いで走り去って行った。
インドの治安はすこぶる良い。ローマのように物を盗まれることもなく、ロスのように突然銃をつきつけられることもない。なぜなら宗教が完全に生活に根づいているので、現世で悪い行いをすると後々大変なことになるらしいのだ。ただしバナナの皮やツバなどはトラックの屋根の上に乗っている人たちから降ってくるので、十分注意をしなくちゃいけない。上ばかりに気をとられていると、何かが足にぶら下がっている。すさまじく汚いオババと女の子、3、4人が数珠なりにつらなっているのだ。「コラッ」と言って払いのけるのだがまたすぐしがみついてくるので気にしないことにした。女の子はかわいい顔をしていたのでお菓子代でも上げようかと思ったが、背後のオババが絶対に横取りしてお酒にかえてしまいそうなので、頭だけ撫でてあげた。アノーキー (ムンバイ) 専門店
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9月8日 〜インド観光からいよいよアフリカ大陸へ〜
今朝はいよいよアフリカへ出発の予定なのだが、どーも飛行機が遅れているらしい。ホテルのフロントで色々と調べてもらったら、6時間後の出発だと分かり、理由を聞いてみると「よくあることです」と言われた。なかなかにアフリカは遠いところなのだ。
早速ホテルで日本語の出来る通訳ガイドを紹介してもらい、ムンバイ市内に繰り出すことにした。ガイドの名前はタルン。日本での生活経験もあり、くだらない冗談とウソを連発していた。蕨(わらび)に彼女がいると言ってプリクラも見せられた。そして、「ムンバイにはプリクラもカラオケもないから始めたら絶対成功する」と言って目を輝かせていたのが印象的である。
まずは、洗濯場に連れて行かれた。よく分からないけどインドでは洗濯を業者に委託しているらしい。その向こうに電車が通るのが見えるのだが、ドアも無く人がはみ出して移動している。最近日本でも実験的に行われているらしいが、男性用と女性用の車両が完全に分かれていた。
その後ジャイナ教という宗教のお寺に向かった。インドではどうしても宗教が無視できない存在で、コテコテの日本人である僕も「人はどこから来て、どこに行くの?」などとふと考えてしまう所だ。
そのお寺では多くの信者たちがお祈りを捧げているのだが、神様に対して「商売繁盛、学業成就、家庭円満、交通安全」などの俗っぽいことをお願いしては決していけない。
輪廻転生を今から千年程繰り返し、自らが次の神になれることだけを祈り続けるのだ。観光で覗いている僕らにもいやな顔を一切せず、ひたすらに祈っている彼らの姿を見ていると、何か自分がとても低俗でいやらしい人間に思えてきた。まあ日本で生活していても愛妻に「人でなし!アル中!サイテー!」などと毎日のように言われているので今さら落ち込むこともないか…。
そして、お花のきれいな公園に行ってのんびりしているとタルンが「あそこに大きなお碗のようなものが見えるでしょう?あそこに死んだ人を置いておくと鳥が食べてくれるのですよ。天に近づけるってことですかねー」(ゾロアスター教の鳥葬という儀式)と言って、となりにある丘の上を指差した。とりあえず「うーむ」と唸ってみた。
それからはムンバイのターミナル駅や大学、タージマハールホテル、時計台、ヒンズー教のモスク(教会)などを外側から素早く見て、チャイ(インドのお茶)を飲んだりした。
街の中は高層ビルもあり、比較的洗練されているのだが、そこいら中にノラ犬やノラ牛、ノラ人間などが横たわっていて、どの上にも平等にハトが留まっているのを見ていると、妙な平和さを感じたりもした。
午後2時にはホテルに帰着しタルンと別れ、いよいよアフリカに向けて出発だ。 -
ケニア・ナイロビ空港に着くと日本の旅行会社(ジャパンネットワークツアー)の現地日本人スタッフが出迎えてくれた。藤井隆似のスワヒリ語を完璧に操る男で、優しそうな男だ。
彼にナイロビ市内のホテルまで案内してもらい、そこでこれからのスケジュールを確認し、明日からのサファリツアーに同行してくれるガイド、Williams(呼称 ウィリー)を紹介された。体のがっちりした完璧なアフリカマンで日常会話には支障がない程度の日本語をしゃべった。サファリツアーは現地の「Motto Tours」に参加し、彼はそのツアー会社のスタッフである。
「ジャンボ! カリブ ケニア!」(こんちわ! ようこそケニアへ!)と挨拶され、「ジャンボ!」とはじめてスワヒリ語を口にしてみた。
ナイロビに到着してすぐに感じたことなのだが、彼等(彼女等)アフリカマン達のスタイルの良さと服装がおしゃれなのには驚いた。原色を使った派手なセーターやシャツ、金(金色?)の時計やネックレスがその真っ黒な肌に良く似合い、お尻がキュッと上がっていて、つい目線が行ってしまう。
1つ問題が起こった。お金が足りないのである。これから行くサバンナの生活では米ドルとケニアシリング、そしてカードでのクレジットを効率よく使おうと思っていたのだが、現金が足りない。バルーン(気球)に乗る計画をしていて、楽しみにしていたのだが、そこでの支払いがどうやら現金のみらしいのだ。明日の出発は早く、素早くホテルのフロントで相談してみると、「歩いてすぐの交差点にキャッシングATMがある」というのだが、もう時計は1時を回っており(バーで飲みながら悩んでいたので…)、「気をつけた方がいいよ」と言われた。ナイロビの治安は決して良いものではなく、油断もスキも絶対禁物地域なのだ。
しかしこれからライオンやサイなどと闘わなければいけない(闘わないっつーの)我々はここでひるむわけにはいかず夜中の街に出て行った。
感動したのはVISAカードを機械に入れ、日本での4桁の暗証番号を押したら、わんさかケニアシリングが出てくるじゃあーりませんか?IT革命バンザイなのだ!インターコンチネンタル ナイロビ ホテル
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9月9日 〜アフリカはでっかいなあ〜
ここで、なぜ僕がアフリカに行きたかったかという今回の旅行の動機のようなものを書いておこう。
まずは、「キリンの走っている姿を見てみたーい」と小学生の頃に上野動物園の柵の中にいるキリンを前に思ったことだ。ヘッドフォンで目の前の動物の説明をしてくれるサービスがあって、「アフリカのサバンナでは草食動物のキリンの逃げ足は素晴らしく速い」というのが頭の中での想像を膨らませ夢にまで見るようになった。そして何冊かのアフリカものの本を読むようになって、さらに夢は膨らみ、現実へと移行して行ったのだ。
ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」は冒頭のこんな文章から本編に突入していく。
【キリマンジャロは標高6007メートル、雪に覆われた山で、アフリカの最高峰と言われている。その西の山頂は、マサイ語で、“ヌガイエ・ヌガイ”、神の家と呼ばれているが、その近くに、干からびて凍りついた、1頭の豹の屍が横たわっている。それほど高いところで、豹が何を求めていたのか、説明し得た者は一人もいない。】
何とも興味の引かれる話だ。そして、メリル・ストリープ主演の映画「愛と悲しみの果て」の原作「アフリカの日々」であり、(賢明な読者はお気づきだと思いますが)大好きな椎名誠著「あやしい探検隊 アフリカ乱入」(角川文庫)で気持ちは完全に固まった。
最初の目的地はタンザニアとの国境にあり、キリマンジャロを目の前で最も美しく見られるという「アンボセリ国立公園」だ。
ナイロビから車(ニッサンのバン)で20分も走ると、動物たちがチラホラと挨拶してくる。ハゲコウやマサイの飼っている牛なのだが、街からこんな近くでマサイを見られたのには少し驚いた。
ウィリーが「ダチョウさんに乗りたいですかー?」と聞いてくるので、勢いでつい「行ってみますか」ということになり、ケニアの副大統領が経営するダチョウ園に向かった。ロデオのようにダチョウに乗るのだが、小さな柵の中を人の手を借りてちょこっと走らせるだけで、珍しい体験ではあったがそんなにおもしろくはなかった。
タンザニアとの国境沿いにあるナマンガという町まで約4時間、そこから国境沿いに悪路を2時間ほど走った所にアンボセリはある。
アフリカではリズムが違う。ゆっくりという意味の「ポレポレ」はまさに彼等の生活にも心の中にも浸透していて、とても心地良い。「まあ、ポレポレ行きましょう」
(ここまで、読んで下さっている方〈いるのかなー?〉も紅茶にミルクなどをたっぷり入れて、ポレポレとこのくだらない話を読んでくださいね… もちろんビールでもいいですぜ、HAKUNA MATATA!)
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アンボセリの入口にはゲートがあって、ウィリーが公園事務所のような所に入園手続きをしに行っていると、たちまち車は「物売りオババマサイ」に囲まれてしまった。耳たぶには5センチもの穴が開いて、ダラーンと垂れ下がっている。顔にも体にもたくさんの装飾品をぶら下げて、手には木彫りの人形や手作りのアクセサリーを持っていて、それらをガラスに押しつけて我々に見せている。からかい半分に相手をしていると、ひとみ子が頭に巻いていたバンダナが気に入ったらしく、「マダムのバンダナ、超かっこいいじゃん!わしにくれー」などと言うので、冷たく断り、10ケニアシリング(15円)を出したら、かわいいアクセサリーをくれた。
直径3〜5メートル程の竜巻がいくつも発生し、地面の乾燥した土を凄まじい勢いで空に巻き上げている。ドライバーのジェイムス(初登場)とウィリーが慎重にタイミングを合わせてそれらを巧みに避けていくのはとてもスリリングでおもしろかった。
日本の公園とは比べ物にならないくらいのでかさで、神奈川県とほぼ同じ大きさだそうだ。そして、公園と言っても塀や柵があるわけでもなく、動物たちにしてみれば完全に出入り自由で、ましてやお隣の国タンザニアともそのままつながっているので、パスポートの必要のないヌーなどはまさにボーダレス国際派ワールドワイドで自由な奴等なのである。
ロッヂに到着し、シャワーからちゃんと水が出ることを確認(お湯が出るか以前に泥水が出る場合もあるらしい)し、すかさずバーを見つけタスカー(ケニアのビールといったらコレ)で長時間のデコボコ道ドライブの疲れを癒した。
2本目のタスカーをポレポレ飲んでいるとウィリーが「そろそろ行くヨー」と言って、手招きをしている。最初のサファリドライブの出発だ。車はナイロビから乗って来たオンボロのニッサンのバンなのだが、屋根の部分だけが1メートルほど上に持ち上がっており、そこから野生動物を観察するサファリ仕様の車に変身していた。
カメラはニコン601に35mmの単眼と300〜600mmのズームレンズを用意した。オンボロ車は隙間風がビュンビュン入り、ましてや屋根が全開のため砂埃がひどいので、それらをバンダナなどで拭いていると目の前に巨大なゾウさんが1頭、我々の道をふさいでいる。
ゾウさんたちは基本的に家族単位で集団行動をしており、このように1頭でフラフラ歩いている巨大な象は年寄りで、家族たちと別行動をとり、死に場所を探しているということだ。そしてライオンやハイエナなどにペロッと食べられ、多くの動物たちの命を救う。
立松和平風に言うと、「久米さーん。大地はねー、永遠とも思えるほど広大でねー、その南方にそびえるキリマンジャロも頂が雲にかくれー、永遠に天に向かっているようですよー。ヌーやシマウマの群れが何百頭という数で移動してー、その間でチョコチョコ動いているホロホロ鳥もとってもおいしそうでーす」などと叙情的に思ってしまう光景である。
その他にカバや遠くで寝ている雌ライオンなどを見て、ロッヂに戻った。
部屋に帰ってしばらくするとベッドメーキングのお姉ちゃんがやって来て、今晩の寝床をきれいにしてくれた。チップを渡して「アサンテ サーナ」(ありがとう)と言ったら最高の笑顔で答えてくれた。すると5分ほど経ってから別のお姉ちゃんがやって来たので、「さっき違うお姉ちゃんが来たよ」と言ったら、「わたしは蚊帳メーキング嬢なのよーん」とはにかみながら言う。
今回の旅行に際して「黄熱病」の予防接種は打ってきたのだが、アフリカでは何と言ってもマラリアが恐い。しかしマラリアの予防薬は副作用が出るというのでやらなかった。ケニアのサバンナ地帯は空気も乾燥し高地だからマラリアを媒介する蚊そのものが少ないのだけれどもこのような蚊帳サービスがあるのだ。
夕食は食堂にてヨーロッパスタイルのコース料理である。ワインで乾杯し、味の方もすこぶるおいしかった。どこにでも自分たちの生活と文化を持ち運ぶヨーロッパ人たちの凄まじい行動力に感謝感激した。
バーで少し飲んだ後、部屋に戻り、日本から持参した金鳥の蚊取線香をモクモクと焚き、一瞬で深い眠りについた。アンボセリ国立公園 国立公園
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9月10日 〜かっこいいよーん マサイ族〜
キリマンジャロは明け方が素晴らしい。
早起きしてキリマンジャロを眺めながらコーヒーを飲む。
まだ寝ぼけている頭の中で、「違いのわかる男」野口健君の事を思い出した。彼とはアーボーさんという僕の大先輩の紹介で一緒に六本木で“綾戸智恵”のライブを見に行き、たらふく酒を飲んだ事がある。知っている方も多いと思うが、「世界最年少七大大陸最高峰登頂」という素晴らしい記録を持っているプロの登山家である。(現在は富士山やエベレストなど世界の山の美化運動に情熱を燃やしている最高に魅力的な男だ)
「彼はあそこのてっぺんにも立ったんだなー」としみじみと思いながら、オイラも「世界七大大陸最高峰ビールでも飲みつつ下から眺めるオヤジ」などを今後の人生の目標にしてみようかと考えていたら、「なに薄気味の悪い笑顔を浮かべてんのよ!気持ち悪い!」とひとみ子に言われ、目が覚めた。 -
朝食後、朝のサファリドライブに出かけ、トムソンガゼル、インパラの喧嘩、キリンの親子など、様々な野生動物たちと朝のあいさつをした。
サバンナの風景の中で、もっともそれらしい雰囲気をつくっているのがアカシアの木で、その形といい、乾いた感じといい何とも言えない。しかも中(実)はトゲトゲでキリンちゃんの大好物なのである。
そのアカシアの下に赤い布を体に巻きつけ、スラッと棒のような体型のマサイが一人立っている姿は涙ものにかっこいいのだ。
牛の行列が見えるとその最後方に必ずマサイがいる。マサイ族にとって牛は財産であり、何よりも大切なものだ。100メートル以上も続く百何十頭の牛を棒切れ一つで完璧に統制している。しかも1番後ろから…1人でである。
休憩のためであろうか、その牛の行列とアカシアの下で1人立っているマサイの絵ズラは究極の美しさで、思わずシャッターを切りたくなるのだが、「マサイに絶対カメラを向けちゃダメヨー。槍飛んでくるヨー」とウィリーに言われる。
サバンナで生活しているマサイ族は独特の生活スタイルとポリシーを持って生きていて、多分写真に撮られるというのは「オイラの魂も取られちゃう」などと昔のおばあちゃん的な発想なのか、とにかく極端に嫌う。こちらはマサイの生活圏にお邪魔しているただの観光客なので、彼等のルールを犯せば槍で刺されても文句が言えないという、誠に恐ろしい場所なのである。さらにウィリーの話によるとマサイの目は自分よりも超人的に良いという。ウィリーの視力が5.0だから、もう僕ちゃんにはついていけましぇん。
1度ロッヂに戻り、昼食をすまして、午後はマサイ族の村を訪ねるという今回の旅行の最も楽しみにしていた企画である。
ここに住むマサイたちは観光客用にお金をとり、その生活を我々に見せてくれる。写真もOKだ。
まずは歓迎のダンスで迎えてくれた。30歳以上の方は記憶にあると思うが、アリナミンAのコマーシャルで名高達郎と一緒にとにかく垂直にジャンプするという、あれである。
マサイ村は家族単位で構成されており、30〜50人位で生活していて、10棟ほどの家を円形に並べて真中に中庭という形である。ライオンなどの恐ろしい猛獣たちから身を守る智恵なのであろうか。家自体の構造は全て牛のウンコで造っている。中に入らしてもらうと、ちょっと暗いが臭いはまったくない。1畳のダイニングキッチンに1.5畳の親の寝室、1畳の子供部屋といった2DK(各部屋を仕切るドアはない)と言ったところか。建築中の家もあったので近寄ってみたら、とんでもないオイニーで目から涙が出た。
食生活が信じられない。牛の血が主食なのだ。牛の首のところに槍をブッ刺してその血を抜き取るのだが、決して殺さない。ミルクをヨーグルトのようにしてそれと混ぜたりしながら食べる(飲む?)らしい。あと、死んでしまった牛などは食べるらしいが、人間と野生動物の中間で生きている感じだ。
「マラリアになったら、この木を煎じて飲むのよ。2日ほど吐きまくって、ノタウチ回って、それでOKよ」とも言う。
さらに、マサイの男は基本的に働かない。家族が危険にさらされた時には戦うのだが、それ以外は日向ぼっこなどをして過ごしている。ライオンの雄もそれと似ているので、彼等は百獣の王と同様のプライドを持っているという事か…。
それともう1つ、死に関してであるが、誰が死んでも裏庭に捨ててしまう。それがドクター(長老)といわれる人物でも、子供でも同じことだ。何か意味があって捨てるのではなくて、生ゴミと同じ扱いである。マサイにはサバンナの弱肉強食そのままに、生きているうちが全てで、死後のことなんか「知るかーッ!」ということだ。インドであれだけ死後の世界について考えさせられた僕としては、そのコントラストが非常におもしろかった。
そして、後ろ髪を引かれる思いでマサイ村をあとにして、ロッヂへと戻った。 -
プールで泳いで、タスカーを飲みつつ、「ハンニバル」の続きを読みはじめた。なかなかページが進まず、未だ上巻の途中である。夕食までの時間、プールサイドで本の世界に没頭したり、やたらめったら本気で泳ぎ続ける欧州人たちと今日のサファリの出来事を話したり、ロッヂのスタッフでもある“観光マサイ”から「アンタの時計(白のGショックでユニコーンが光る)かっこいいね、オイラにくれ。」と言われ「いやだ!」と答えたりして、楽しい一時を過ごした。
夕食後いつものようにバーに行き、ひとみ子とウォッカトニックなどを飲んでいると、先ほどの“観光マサイ”君がやって来てしつこく「時計をくれ」と言う。
彼も本物のマサイなのだが、村でのトラディショナルな生活を捨て、ロッヂなどの観光地でマサイサービスを行っていて、我々には“観光マサイ”として“本物マサイ”と区別(差別)されている。
あまりにもしつこいので酒をすすめてみたらゴクゴク飲んで、「オイラは日本に行きたいのよん。今300ドル貯めたから、あと80ドル足りんのよー、援助してくれよー」と言い出した。どう考えても380ドルでは日本へは行けない。こいつは“ウソつきマサイ”と呼ぶこととし、あの男らしくかっこいい“本物マサイ”と比べるとムカムカしてきて、おもいっきり侮辱の目で見てやったが、人の金で3杯目のウォッカを注文してやがった。まったく油断も隙もない奴だ。
ひとみ子は“ウソつきマサイ”が1杯目を飲む前に部屋に戻ってしまったので、2人でテーブル席にて飲んでいると、カウンターの方から「こっちで一緒に飲まないかい?」と体のでかい白人のおっちゃんに誘われた。聞いてみると彼はロビンという名前のイギリス人で、なんとこの「アンボセリロッヂ」のマネージャーだったのだ。
バイクはカワサキ、車はトヨタのランクルを乗る日本通で、ゼロ戦の話や音楽の話で盛り上がった。めちゃめちゃ酒も強く、ウォッカにコーラをドバドバと入れてガバガバと飲む。2時過ぎまで飲んでしまい、僕の方から「もう勘弁して下さい」と言ったら、「付き合ってくれてありがとう、ここは私のオゴリだ」と優しい顔で言ってくれた。相当に酔っ払っているらしい。「アサンテサーナ Robin!」
コソコソと部屋に戻ったのだが、千鳥足でつまずき、ひとみ子が目を覚まして怒られた。東京での生活と同じではないか…。 -
9月11日 〜衝撃のハンティング目撃〜
2日酔いで見るキリマンジャロも素晴らしかった。
今朝は2番目の目的地アバーディア国立公園にある「TREE TOPS」に向けて出発なのだが、その道程もずーっとサバンナの大草原なので、色々と驚かされる。
ブチハイエナ、ジャッカル、ハゲコウとサバンナの3大ワル掃除屋がすぐそばでたむろしていて、その中心にはヌーの死骸があり、おいしそうに食べている。
そこから1分ほど走ったところでウィリーが「シンバ、シンバ!いっぱいいるよー」と言っている。“シンバ”とはライオンのことであり、これまでにも何度か見かけてはいるのだが、これだけ近くで8頭の家族である。興奮するなというのが無理な話だ。先ほどのヌーはこの家族の食べ残しだったのだ。もう朝食後のシンバでお腹はいっぱいなのに、遠くにいるシマウマの群れはパニック状態になっている。ウィリーも「ラッキー、ラッキー」と珍しく興奮気味だ。 -
「TREE TOPS」には有名なエピソードがあるので、紹介しておこう。
もともとは研究施設の観測所として建てられたのだが、今は観光用のロッヂとして使われている。小さい建物なので、チェックインは2kmほど離れた別棟で行い、1泊分に必要なもの以外はこの別棟に置いていく。スーツケースなどは持込み禁止なのだ。
当時、英国の王女だった現在の女王陛下エリザベス2世が「TREE TOPS」に遊びに来ている時に国王である父ジョージ6世が本国で亡くなられ、すぐさまエリザベス2世が女王陛下に即位した。
つまり、「王女として階段を上り、翌朝は女王陛下として階段を降りた」ということだ。
この「TREE TOPS」の目の前には直径50メートルほどの水たまりの池があり、ここに動物たちが渇きをいやしにくるのを観察するという仕組みだ。到着後早速テラスに出て、眼下を見てみると、イボイノシシやウォーターバック(鹿の仲間)たちがおいしそうに水を飲んでいる。
ひとみ子がコーヒーを持ってきてくれた時に、「なんか、すごい日本人がいたよ。従業員たちと一緒にいて、その子が何かを投げると鳥が空中で見事にキャッチしちゃうんだ」と言う。夕食の時間に一緒の席になり、色々と聞いてみると「もうケニアには1ヶ月ほどいて、ここにも5日間いるんだー。日本語ひさびさー、うれしー」と可愛らしい笑顔と金髪の髪を揺らしながら言った。スタッフの人たちにも「TREE TOPSのアイドル」として大の人気者である。
ここは2泊以上の連泊は出来ないはずなのに…。どうやら毎年のように来ていて、彼女は特別ということらしい。すごい人っていうのはいるものだなあ。トゥリートップス ホテル
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さすがに疲れがでてきた。食事の時にワインを2杯飲んだだけで今日はまっすぐ部屋に引き上げた。すぐにベッドに入り込みウトウトしていると、「ブー、ブー」と部屋のブザーが2度鳴る。これはアニマルコールというサービスで、ブザーが1度ならサイ、2度ならゾウ、3度ならヒョウが来ているヨーという合図なのだ。つまり今はゾウさんが目の前に来て水を飲み、浴びているのだ。普段のサファリでは夜の動物たちを見る機会はなかなかないので、これを見逃すわけにはいかない。
すかさずテラスに行き、見てみると気持ち良さそうにゾウさんが遊んでいる。30分程してゾウさんが帰ろうとしているので、「我々もまた眠りますか」と言い、部屋に戻ろうとした時に、凄まじい音とともにウォーターバックが視界に走り込んできた。
よく見てみると、その後ろからブチハイエナが追いかけて来たのである。「えー、あの3大ワルのリーダー的存在のハイエナはんが何してまんねん。」と思っていると、ウォーターバックは完全に逃げ腰でお腹まで水の中に入って行ってしまった。いつのまにかハイエナの数は増えている。しかし、水の中に入ることはせず、膠着状態の睨み合いが続いた。
すると、別のウォーターバックが現れ、(多分夫婦ではないかと思う)救出作戦を行ったが、ハイエナたちはしたたかに、怯むこともなく無駄に終わり、帰って行ってしまった。さっきの象も再び登場し、「パオー」などとハイエナたちに向かって叫んでもみたが、それも効果なし。もう、3時間以上も同じ状態だ。空も白みかけてきた。
「うー、どーすればいいんじゃい!」と逆切れ気味になりながらも、水の中のウォーターバック、ハイエナ、そして観客の睨み合いも限界に達した午前4時過ぎ、ついにハイエナの中の1匹(最初に追いかけてきた奴)が水の中に突然飛び込んだ。そして足の着かない状態で首下に一気に噛みついた。真っ赤な鮮血が飛び散り、水の中に滲む。徐々に彼の意識は遠のいて肩の辺りまで水に浸かってきてしまった。そのうちに水辺で待機していたハイエナたちも水の中に入り、集団リンチのような状態になっていき、双眼鏡を通して見ていると本当に凄まじかった。「ものすごいものを見てしまった」と思いながら、「食べるということに苦労のない僕はしあわせだなー」と鼻を掻きながらしみじみと思い。興奮の中で眠りについた。 -
9月12日 〜右足は南半球、左足は北半球〜
今日はフラミンゴで有名な「ナクル湖国立公園」に向かう。
さすがに疲労と寝不足がピークに達してきた。「ポレポレ、ポレポレ…」と呟きながら車内での睡眠時間に入った。
2時間ほど走ると「はーい、休憩しましょー」とウィリーが言うので、車から降りると、レゲーな男が声をかけてきた。「ワタシ、ミズノジッケンクン」と怪しい日本語でだ。聞き直すと「水の実験君」と言っている。
「コリオリの法則」というのをご存知でしょうか?
お風呂の水を流す時などに北半球では左回りに、南半球では右回りに渦巻きを作りながら流れていくというあれである。つまり、地球の自転による遠心力と慣性力の影響によるものだが、ここはその境界線、0”00”00”、まさに「赤道上」なのだ。
レゲー君はバケツに水を入れ、北半球に10メートル程移動する。バケツの底には小さな穴が開いていて、押さえている指を離すと水が見事に左回転をしながら流れていく。そして今度は南半球に10メートル移動。完璧に右回転の流れだ。そこで赤道の真上ではどうなるか?ひとみ子も僕もすっかり子供の顔で実験君を見守る。見事にまっすぐ、回転する事もなく下に流れて行った。思わず「ブラボー!」と叫び地球の偉大さに感動した。
車に戻ってから考えたのだが「一体赤道の太さってどのくらいなんだ?」ということ。あの実験を5メートルでやったら?1メートルでやってみたら?「???」が頭の中をめくるめく。もう1度行って自分の手で実験してみたい。オイラが実験君になるべきだった。 -
ナクル湖国立公園に到着するとすぐに、シンバ、キリンちゃん、何とかザル、白サイなどが次々と顔を出してくれて、ここでのサファリが楽しみである。
ロッヂはすこぶるきれいで洗練されており、リゾート感覚いっぱいだ。バーラウンジもおしゃれでいい感じ。今夜はレゲーのライブもあるらしい。
ケニアではレゲーが流行っている。時間があればナイロビ市内のクラブ(ディスコ)にも行ってみたくて、ウィリーやロッヂのスタッフたちにケニア音楽事情を聞いてみると、レゲーと東アフリカの音楽リンガーラが流行っているということだ。
何はさておき、ナクル湖を見に出かける。どこのサバンナでもそうなんだが、草原は動物たちの骨(食べカス)だらけである。
湖に到着すると、1面ピンク色のフラミンゴが目に飛び込んできた。時期によってはあまりいない時もあるそうだが、100万羽以上は確実にいる。ものすんごい数だ。ハゲコウもそのうちの1匹を食事中だったが、その向こうにはピンクの固まりが見守っていた。ごく1部の2千羽ぐらいが一斉に飛び立つ光景にもびっくり。
湖畔には他にも様々な動物たちがウロウロしたり寝そべっている。バッファローやペリカンの集団、エランドォー(アフリカ最大の鹿の仲間)、白サイ、そして念願のレパード(木登りヒョウ)などなど、楽しい楽しいアフリカなのだ。
今日は夕方に「HORSE RIDING SAFARIS」をやってみることにした。馬に乗って草原を蒙古人のように疾走し、動物たちを見に行こうという魅力的なツアーだ。乗馬には多少の心得がある。夏休みのサマースクール(カウボーイスクール朝霧高原)で乗馬を3年ほど習っていたのだ。ひとみ子も初めてにしては上手に乗りこなし、楽しんでいた。疾走とはいかなかったが、ちょうどサンセットの時間で景色も最高で楽しい時間を過ごした。
もう、体力の限界を感じ、すぐに寝た。ライブの時間には起きようかと思ったが、お尻の痛さで目が覚めた時はもう翌朝だった。 -
9月13日 〜肉食動物わんさか地帯マサイマラ〜
アフリカ最後の目的地「マサイマラ国立公園」に向かう。
ケニアの街道にはいくつものおみやげ屋があり、そこでトイレ休憩をかねて、買物をする事が多い。とは言っても、どこもホッタテ小屋のようなところで、小物などは物々交換で取り引きされる事も多い。もし、ケニアに行かれる機会があれば、ボールペン、バンダナ、メモ帳などを持っていくと、意外なほどの活躍を見せるのでお勧めする。
「マサイマラ国立公園」は肉食動物がたくさん見られる公園として有名で、南側はタンザニアのセレンゲティ国立公園とつながっている。年に2回その国境をヌーが大移動をする。動物写真家の岩合光昭氏の夫人(岩合日出子)がセレンゲティでの幼い薫ちゃんとの生活を書かれた「アフリカポレポレ」(新潮文庫)で知っている方も多いと思う。
ここにもマサイの集落が目につき、懐かしい友人に会った気になって車の中から片手を挙げてあいさつすると、子供や若者たちは気軽に手を挙げてこたえてくれる。うれしい。
車の中でウトウトしているとウィリーが「タカマツさん、シマウマ、ヌーいっぱいいるよー」と言ってくれるのだが、感覚的にシマウマやヌーはすでに、東京のネコに近い扱いになってきている。最初は「ウォー」とか言いながら写真を撮りまくっていたのだが、とにかくどこにでも、あちこちに、すごい数でいるのだ。イボちゃん(イボイノシシ)とかは動きがラジコンみたいにコミカルでおもしろかったりするのだが、どうしてもウィリーに対して「肉食見せろー 肉食以外起こすなー」などととんでもないことを言い出す。
ウィリーもそこまで言われて、ガイドとしての闘志に火がついたのか視力5.0の目をグリグリさせながらドライバーのジェイムスに指示を出す。その成果あって、川でたむろしている巨大ワニの群れやカバの群れ、キリンちゃんの家族、そしてシンバなどを見つけてくれた。その時ウィリーが得意げに「水前寺清子いたよー」と言って遠くを指差す。だんだん近づいてみると2匹のチーターが食後の休憩をしていた。走る姿は見る事ができなかったが、彼等の鍛えられた体は美しかった。 -
9月14日 〜恐怖バルーン初体験〜
この旅行の出発前、日本から楽しみにしていた企画の1つが、ここマサイマラ国立公園での「BALOON SAFARI」である。
サバンナの上空を気球に乗って上から見下ろし、野生動物たちを驚かせてやろうという計画だ。乗る前には「死んでも文句は言いません」という書類にサインをさせられる。
熱気球なんてものはフワフワと上空に上がり、優雅に大空を飛ぶもので、原理からしてもジェット機やヘリコプターの方がはるかに理解ができないし、恐ろしい。
ひとみ子は昨晩から体の具合が悪いらしい。「なんかこの水、しょっぱ苦くない?」などと言っていた。顔を洗ったり、歯磨きでは水道の水をそのまま使っていたのだが、僕はその言葉を聞き、最後のウガイだけはミネラルウォーターを使っていたので助かった。
でもせっかくの体験なので、ひとみ子を無理矢理連れ出して、バルーン乗り場へと向かった。
1.5m×3mほどの籐で出来たバスケットが横倒しになっていて、そのまま乗り込む。操縦士(アンドリュー)を入れて全部で9人乗りだ。僕ら以外は操縦士の奥さん(ジョディフォスター似の美人)とその友達たちと日本人の女の子が1人乗り込み定員いっぱい。
全員上を向いている状態のまま、操縦士がバルーンにバーナーで熱気を送り込み、次第に持ち上がってくる。我々の乗りこんでいるバスケットもそれに合わせて正常な姿勢になり、フワッと地面から底面を離した。バーナーから出る炎は凄まじく、またその音も爆音と言っていい。
ある程度上昇してからバーナーの火を止めた。地上100m位だろうか、眼下に見えるのは朝日に映し出されたこのバルーン自身の影がはっきり見え、その影の中をインパラの群れが飛び跳ねる。その他にもゾウさん一家やお馴染さんのヌー、シマウマ、川で遊ぶカバなどが見えた。それと、上から見ると本当にたくさんの骨が落ちていた。
ちょっと風が強いように思えたが、快適で、自然で、空のヨット的なこの乗り物を僕はとても気に入った。 -
しかし、話はそんなにうまくはいかないものだ。ここはアフリカなのである。手放しに信用したり、甘えたりすればすぐに弱肉強食の餌食になってしまう。
操縦士のアンドリューの顔色が完全にマジなのだ。どうやら風が強すぎて、着陸予定の場所を通り過ぎているらしい。その時僕はフッと重要な問題にはじめて気づいた。
「着陸はどうするんだ?」ロープが付いてるわけでもない、ただ風に流されるだけのこの乗り物が突然最新兵器を取り出し垂直にゆっくりと降下していくとは考えられない。ただの巨大な風船に籐で出来たバスケットがぶら下がっているだけなのだ。もちろんイスも無ければシートベルトもない。「これは、マズイ。スピードも相当出ている。俺は死んでも文句言うゾー」などと考えながら、今はこのアンドリュー操縦士に全てを委ねるしかない。かわいい彼の奥さんの顔も引きつっている。
予想通りというか、それしかないやり方で着陸を行った。ただなるべくゆっくりと高度を下げ、そのまま不時着するのだ。「とにかくかがんで、頭を押さえろ」と言われ、その体制をとっていると、何度かの衝撃のあと突然バスケットが横倒しになった。必死で飛び出さないようにしがみつき、片手でひとみ子の体を押さえて「ウォー、死ぬー、殺せー」などと叫んだ。少なくとも100mはその状態が続き、バスケットはバルーンもろともサバンナの大地に引きずられた。
動きが止まり、周りの様子をみてみると、大地からこそぎ取った動物たちの骨やウンコだらけだ。もし「大きな岩や石でもあったら…?」と考えたらブルッときたので、サバンナのど真中で立ちションをした。とにかく怪我人は1人も出なかった。 -
しかしアンドリューの顔はまだ冴えない。聞いてみると、飛びすぎて隣の国まで飛んで来ちゃったらしいのだ。つまり、今ここはタンザニアなのである。当然パスポートなんて持って来ていない。無線で応援を呼んだのだが、1時間はかかる。さらにここはサバンナの大草原のど真中なのだ。アンドリューは当然銃を持っているだろうが、なるべくみんなで1ヶ所に固まって、仲間が来るのを待った。
2台の車がやって来て、バルーンの撤収と我々の救出を素早く行った。国境を越えケニアに戻り、本来の着陸予定地に向かった。
アカシアの木の下には、きれいなテーブルクロスのかかったテーブルと椅子、お皿にグラス、なんと冷え冷えのシャンペンまで用意されていた。コックもちゃんといて「サバンナお外で朝飯パーティー」なのである。アンドリューにさっきのハプニングの話をしたら「HAKUNA MATATA」(問題なし)と答えられて、何はともあれ、とりあえず
「FOR LIFE」と言って乾杯した。 -
9月15日 〜クワヘリ ケニア〜
いよいよアフリカともお別れだ。再びナイロビに向かう。
街道の売店でお土産を買ってみよう。ひとみ子は出来るだけ大きい木彫りのキリンが欲しいと言い、僕はもちろん「マサイ」である。
ねぎったり、からかったり、怒ったり、逃げたりしながら、なかなか良い買物が出来た。キリンは1.5m位のを手に入れ、ひとみ子も満足げである。マサイもそのキリンの大きさに比例したものを購入した。
途中「グレートリフトバレー」がよく見える丘に立ち寄った。地球の割れ目と言われる壮大な景色だ。そこでシドニーオリンピックのサッカー「日本対南アフリカ」の結果を知り、アフリカマンたちの前で少しだけえばってみた。
ナイロビの街をちょっとだけフラフラしてから空港に向かう。
ウィリー、ジェームスともお別れだ。彼等のおかげで本当に楽しい経験が出来た。
「アサンテサーナ、クワヘリ」(ありがとう、じゃーね)と言い、握手をして別れた。 -
9月16日 〜再びインド上陸 ナマステ〜
ムンバイの空港には午前3時に着いた。やはり独特な暑さと匂いが体にまとわりつく。
飛行機の中でぐっすり寝ていたので、4時間ほどの睡眠で2人ともかなり元気だ。タルンの名刺をもらっていたので、すかさず電話して呼び出した。
この前はムンバイの市内でのいわゆる観光だったので、今回は郊外の、東京で言ったら蒲田とか高田馬場的な感じのところで、庶民的な日常生活を垣間見ながら、雑誌に載らないうまい店でカレーなどを食べたいなーと思っている。
タルンにその旨を言ったら、「会社的にはまずいんだけど、ウチに来ますか?」と言ってくれた。この上ない提案である。一般家庭にお邪魔出来るなんてなかなかないから、すぐに賛成した。(タルンの会社には何とかトラ園に行ったことにする)
乗り物もバスや電車やオートリキ(原付のタクシー)などに乗ってみたいので、運転手は途中で追い返した。
インドでは未だに「カースト制度」がバッチリ機能していて、タルンの家は「中の上」だと彼自身が言っていた。就職や結婚、住居などには絶対の影響があるらしいが、教育に関しては一応自由らしい。
3階建てのアパートメントの3階にタルン一家の家はあった。町中がそうなのだが、アパートの周りもすこぶる汚い。
僕の印象なのだが、インド人は自分勝手な人が多い。車の運転やインド洋の浜辺の汚さなどを見ると、世の中の事や社会性、地球環境のことにはあまり感心が無いように見えた。それも彼等の宗教感に関係があるのでしょうか?
家の中に入ると、すごくきれいなのに驚いた。白を基調として清潔感のある部屋だ。
家族は両親とお兄さん夫婦とその子供の6人だ。(タルンは1人者です)そのお義姉ちゃんが手作りの料理を作ってくれたのだが、さすが本場インド家庭、香辛料の数がハンパじゃない。キッチンもすごくシンプルで清潔感があり、味の方も最高にうまい。
そしてどうしてもトイレに興味がわく。ホテルや空港では普通のトイレなので、家庭のトイレには是非入ってみたかった。やはり紙は無く、ボールのような物に水がたまっている。そして水流式汲み取りといった感じで、とりあえずこの場からは水に流れて行くのだが、すぐ下に溜まっているのだ。くさくはない。
インド式に不浄の左手で黄門様を洗ってみようかとも思ったが、今回は遠慮した。 -
お父ちゃんはインドの民族楽器「シタール」の奏者で、演奏してもらい、僕も少し教わった。ギターの心得が少しあるので見よう見真似で弾いてみたらすごく誉めてくれたので「さくらさくら」のリクエストにこたえて自慢げに演ってみた。
丁重にお礼を言い(シュークリアー)、家を出てから商店街に向かった。雑然としていて、熱気があり、生活感のあふれた所だ。ひとみ子は紅茶や香辛料を買うことに夢中でタルンと色々と話をしながら歩いている。その光景を少し離れた所から撮ろうとしていると、可愛らしい制服を着た女の子が前を通ったので、笑顔のコミュニケーションなどを交わしているうちに迷子になってしまった。言葉の全く通じない国での1人はやっぱり恐い。
10分ほどでタルンが見つけてくれて、「これから、映画を見に行こう」ということになった。インドの娯楽といえば映画である。年間に制作される本数も世界1で、入場料も安く、クーラーも効いているからみんな集まるのだ。
今南インドで1番人気の女優が主演の「Fiza」を観ることにした。2階席の値段は高く、座れそうなので、そのチケットを買い、その最前列に座った。客席はほぼ満員である。インド映画はどれも3時間以上と長く、途中で休憩が入る。飛行機の時間の都合上その休憩までの映画鑑賞だ。歌あり、踊りあり、笑いありのお決まりのパターンで、人気女優演じる妹が復讐に燃えるどうしょうもない兄貴を助けるという感動巨編だ。観客たちは大盛り上がりで、我々も十分楽しんだ。
オートリキに3人で乗り込み、ホテルまで急いだ。空港行きのバスの時間がせまっている。何とか間に合ってタルンと友情の抱擁をして別れた。
そして帰りの飛行機は乗ったらすぐに寝てしまい、ただひたすらに寝続けた。 -
9月17日 〜ゴール 最後まで読んでくれてアサンテサーナ〜
東京に着いてからラーメン屋に入り、「うまいなー」と唸りつつ、「また行きたいね」とひとみ子としみじみ語った。
お・し・ま・い -
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インターコンチネンタル ナイロビ
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