2012/05/05 - 2012/05/05
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アルプ・グリュムさん
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由比駅から興津駅までを江戸時代の旅人気分で歩いて薩た峠を越えました。
薩た峠から望む東名高速と国道1号、JR東海道線が立体交差し、遠くに見える快晴の富士山は正に絶景でした。
「薩た峠」の「た」は漢字(土+垂)が使われていますが文字化してしまうため、ひらがなとしています。
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由比駅に設置してあった東海自然歩道の案内図。
浜石岳と薩た峠のハイキングコースが示されてありますが、私は薩た峠へ向かいました。 -
江戸時代の旅人気分で歩くことにしていましたが、いきなり歩道橋を渡らなければなりません。
現代の交通ルールを厳守します。 -
旧東海道の面影を残す光景です。
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道沿いには時計があり正確な時を刻んでいました。
ところで、この時計は何のための時計でしょうか? -
小池邸
建物は明治時代の代物で大戸、くぐり戸、ナマコ壁、石垣等に江戸時代の名主宅の面影を残しています。 -
あかりの博物館
大正8年築の家を改装して、当時そのままのなたね油、ローソク、石油等のあかりの点灯展示のほか、日本の古今のあかりに関する物品、文献が展示されています。 -
これぞ由比の特産物の桜えびです。
空腹の私には食欲を誘う匂いが漂っていました。 -
薩た峠に向かって徐々に上り勾配になってきましたが、古い町並みの中では自然と足が軽くなります。
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鞍佐神社里
「日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の途中、賊の焼き打ちの野火に逢い、自ら鞍下に居して 神明に念ず、其鞍、敵の火矢によって焼け破れ尽くした。依って鞍去(くらさり)の名あり」と伝えられ、鞍去が後に倉沢と転訛(てんか)したともいわれている。
鞍佐里神社は尊(みこと)が野火にあったさった峠の雲風か山中あたりに建てられていたが、後に現在地に移されたものと思われる。
神社拝殿の蟇股(かえるまた)には尊が野火を払うところが見事に彫刻されている。
平成四年三月
由比町教育委員会 -
江戸時代の旅人の気分が味わえるような景観です。
今日はこどもの日の祝祭日のため日の丸を掲揚しています。 -
くらさわや
桜えび、磯料理店ですがたくさんの客が並んでいました。 -
間の宿本陣跡
ここ川島家は、江戸時代慶長から天保年間凡そ二百三十年間代々川島勘兵衛を名のり、間の宿の貫目改所の中心をなし、大名もここで休憩したので村では本陣と呼ばれ、西倉沢村名主もつとめた旧家である。 -
江戸時代にタイムスリップしたような家並みです。
架かる橋も情緒があり、江戸時代の旅人気分に浸ります。 -
望嶽亭藤屋
その昔、脇本陣、茶亭として多くの文人墨客で賑わった所です。明治元年3月7日、幕臣精鋭隊長山岡鉄舟が官軍に追われ、望嶽亭の蔵屋敷で漁師に変装、隠し階段より脱出し、当時最新式フランス製十連発のピストルを残して行ったと言われています。当時と変わらない建物、部屋のたたずまいとピストルが歴史を物語っています。 -
江戸から40番目の一里塚跡
ここから本格的に上り勾配が続くます。
薩た峠まで1.3Kmです。 -
ミカン運搬用の簡易モノレールがいくつも見られました。
駆動はエンジンで一人が運転して出荷するミカンを乗せるものです。 -
途中からは海と富士山が望めますが、富士山が見えるのは常に私の背後からです。
興津駅側から薩た峠を越えれば、常に富士山は正面に見ることができます。 -
紅甘夏
無人の販売所では一袋4ケ入りで100円で売られていました。 -
後ろを振り向くと富士山が!
この道は交通規制がないので車が通ります。
但し、対面通行はできないので要所にある退避所があります。 -
私の前方には東名高速と国道1号線と東海道本線がみえます。
この辺りの東名高速は海の上に架けられています。
交通の難所が理解できる場所です。 -
横を見ると伊豆半島が見えます。
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延々と上り坂が続きます。
周囲はみかん畑です。 -
薩た峠を示す碑がありました。
この横に駐車があります。 -
駐車場横の階段を下るとほどなくすると展望台が見えてきます。
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ここは遊歩道だけなので車の通行はありません。
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この光景だけを見ると車の通行がないため静かだと思われますが、下を通る東名高速と国道1号線の騒音が聞こえてきます。
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展望台です。
ここにはモニターカメラが2台設置されてあるのが確認できました。 -
モニターカメラの映像は台風時にはよく映し出され、東名高速が波を被る光景はよく見ます。
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展望台には歌川広重の浮世絵が掲示されてあります。
これを設置しているのは国交省 富士防砂事務所で地すべり対策事業を行っています。 -
東名高速道はこの真下でトンネルに入ります。
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快晴の富士山と緩やかな曲線を描く駿河湾、東名高速、国道1号線、東海道本線の組み合わせは正に絶景です。
本日はゴールデンウイーク中ですが通行量は少ないように感じられます。
第二東名が完成したからでしょうか? -
由比駅からは3Km、興津駅までは4Kmです。
まだ4Kmも残っているのかと思うと愕然とします。 -
しかし、この光景を見ていると疲れも癒されます。
私の後ろの光景です。 -
道は少しずつ下り始めようとしています。
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眼下に見えているのは国道一号線と東海道本線です。
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ベンチを見つけて遅い昼食タイムです。
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歌川広重の絵と写真が掲示されています。
ここは由比宿と興津宿の中間であることを示しています。 -
興津駅までは3.7Kmもあります。
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数少ない屋根付きのあずまやです。
ここにトイレはありません。 -
これはミカン搬出用のロープウェーです。
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勝手にミカンを採って食べると罰せられます。
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手摺があって安全ですが、すぐ横は絶壁です。
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後ろを振り向くと富士山が!
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歌川広重の浮世絵は松の木が描かれていますが、ミカン畑だけです。
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道路と鉄道が山の斜面に沿って造られているのがよくわかります。
江戸時代は山の斜面がすぐに海に落ち込んでいたと察します。 -
いくつかの薩た峠の碑がいくつかありますが、峠の頂きより多少下った場所です。
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碑を過ぎると急坂となります。
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階段もあります。
ここを自転車を担いで登っていった強者を見ました。 -
このようなけもの道を通ります。
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一挙に視界が開けると墓地が見えてきてコンクリートのビルが下界に出たことを示します。
墓地の先の小さい建物が休憩所です。 -
興津駅まで3.3Kmもあります。
これからは町の中を通ることになります。 -
この建物は休憩所となっていて、自販機、トイレもあり、興津から車で来ることも出きます。
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海岸寺
この地域では珍しい百体観音の仏像が安置されています。
百観音とは、西国観音霊場が33ヶ所、板東観音霊場が33ヶ所、それに秩父観音霊場が34ヶ所の合計百観音で、それらの寺を巡拝しなくても、ここに参詣すればその御利益を授かるというものである。 -
東海道本線の踏切を通ります。
道なり歩いてきているのですが、どこが旧東海道かわかりません。 -
国道52号線の起点を示す碑です。
身延まで46Km,甲府まで88Kmと記されています。 -
宗像神社
「女体の森 宗像神社」と興味深い名前で、男性が思わず寄りたくなる神社ですが、疲れ切っている私は何が女体なのか分かりませんでした。 -
民家の横に江戸から41番目の一里塚の碑があります。
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一里塚があることでここが旧東海道であることが判ります。
住所は興津町248と読めます。 -
由比駅から7Km歩いてきました。
実際には蒲原から歩いてきているので10.7Kmを越えています。
まだ時間があったので興津宿を散策してもよいのですが、駅のベンチで休憩していたら本人の意志とは裏腹に足が棒になっていました。
興津宿と蒲原宿は日を改めて歩きたいと思います。
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