2012/04/24 - 2012/04/25
69位(同エリア118件中)
あいさん
東洋のマチュピチュで有名新居浜市東平(とうなる)地区。
新居浜市内から40分ほど北に入った山奥に、銅山開発により【町】ができ、多くの人々の人生が詰まったこの地区、今の私にはとても信じられない思いです。
別子銅山最盛期には、採鉱本部が置かれて人口3800人の銅山関係者とその家族が住んでいたとのことです。
その後、昭和43年に東平抗休となり、人々が撤退した町を本来の山の姿に復元するため植林活動が開始され、無人の地となった跡地が産業遺産となり、今でも多くの人が別子銅山の歴史をたずねて訪れるらしいです。
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マイントピア別子を過ぎて東平(とうなる)地区を目指す道中、愛媛の独特な山の姿を目の前にしながら、北へ進みます。
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鹿森ダムから流れ出る水の流れに沿って進みます。
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山は、春独特の霞んだような空気が漂い、色とりどりの新緑がとても美しく、ひょっとしたら紅葉よりも美しいんじゃないのか?!って思いました。
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ヤマブキのはなの清楚で美しいこと・・・(#^.^#)
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右手方向に、なんじゃアノギザギザなてっぺんは!
と、思うほどの荒々しい山の姿が現れました。
よく分かりませんが、沓掛山、黒森山では?
どちらも標高1600mクラスです。
恐いぐらい頂上が尖がってます。 -
もう少し広い範囲で撮ってみました。
愛媛の山はまだえんとつ山しか登った事がないので、あの山の姿を見ると足がすくみました。 -
新緑が美しい〜!
あの後ろの山の名前は? -
あぁ〜イイ感じ(*^_^*)
ヤマザクラが目立ちます。 -
ああぁ!! もう最高!!
春の山の美しさよ\(^o^)/
山一面桜色より、だんぜん私はこっちが好き!
ほんと。 -
山道を30分ほど走って、かつては3800人もの人が住んでいた山の中の街、東平に到着しました。
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すぐ側に一の森へ登るゆるやかぁ〜〜な山道がありました。
標高:832m 頂上まで300m
もちろん行きます!
愛媛の山二つ目制覇です。 -
頂上には住友家のかたによって、銅山の守護神として大山積神社が建てらていたそうです。
また、この地区の小中学校の運動場、もちつき大会、相撲大会など、皆が集まって何かをする場所だったようです。 -
案内があり、右へ進みます。
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標高:832m 頂上まで5分でした。
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赤石山系の山を背景に、かつての賑やかだった頃が偲ばれます。
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今は何もなく、暖かな日差しを浴びてスミレが咲き誇ってます。
スミレは三種類ほど咲いてました。 -
チョット濃い目。
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うっすらピンク系。
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ネコノメソウも雑草のようにはえてます。
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ムラサキケマンソウもたくさん咲いてます。
小さな草花咲く春は、やっぱりイイわぁ〜♪ -
次はいよいよ東洋のマチュピチュへ行きます。
八重桜が満開の中を進みます。 -
かつてのトンネル(通洞)を再現されています。
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明日登る西赤石山登山道へと進む道です。
ココを確認するのが第一目的でもあったので、これで安心です。
桜咲く美しい道がみちびいてくれています。 -
かつては銅山の繁栄と共に賑やかであった場所、人々の暮らしを詳しく展示した別子銅山歴も資料館もあります。
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山の正面には索道(リフト)停車場跡と貯蔵庫跡が見えます。
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角度を変えて撮ってみました。
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長い歴史を積み重ねた石の貯蔵庫跡。
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説明板をまじまじと読みました。
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傾斜面をケーブルカーで上げ下げしていたインクラインと呼ばれる跡地.
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かつてのインクライン跡は、美しくも桜が咲き誇る階段になり、この階段を下って行くと人々の生活の拠点とされていた建物跡地に繋がっています。
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多くの人々が生活していた跡地。
この山奥の、この場所に人生があったんだ!って思うと、何か目頭が熱くなる思いです。 -
インクライン跡の階段を降りて、再び貯蔵庫を撮ってみました。
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あぁ・・・(・.・;)ココに。
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控え目な黄色いヒカゲツツジが満開です。
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娯楽場・病院跡地に行けるようです。
かつては植林されていなかったので、もっと明るかったと思います。 -
明治45年に建てられた娯楽場の写真。
2000人も入れたそうです。
5月の山神祭事には、上方歌舞伎が行われたり、戦後は映画上映、楽団演奏会なども行われたとの事です。 -
が、悲しいかな・・・(・.・;)
今現在は何もなく、残るは写真にも写っている娯楽場へ行く手前の石橋が残るのみ。 -
そして、敷地の中には建物の基礎がしっかりと残っていました。
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そしてひっそりとウラシマソウが一輪。
もっと寂しさを誘いました。 -
薄暗い跡地に、ミヤマキケマンが鮮やかに咲いていました。
コレって有毒植物らしいです。 -
保育園跡地。
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保育園跡地の現在。
砂場があったのでしょうか? -
配給所跡地。
ここへ生活物資が運ばれ、配給されていたところのようです。 -
次は病院跡地へ。
そりゃ病院も必要ですよね!
あって当たり前です。 -
こんな立派な病院だったんですね。
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その病院がココに(゜o゜)!あった。
とは。 -
東平地区の地図。
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跡地を一通り見て回り、たとえココが町として機能していたとはいえ、今の私達の生活からして、かつての生活を思い浮かべると、とても感慨深い気持ちになりました。
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東平を後にして、今宵は新居浜市内泊り。
ホテルから夕日を見ながら、今日見た東平地区、そして別子銅山と共に生きて来た人々のことが胸いっぱいになり、その思いを冷えたビールで一気に胸の奥に飲み込みました。
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この旅行記へのコメント (3)
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- カッチンさん 2017/02/06 19:06:18
- 懐かしいです‼️
- はじめまして、群馬県在住の鈴木と申します。
ネットサーフィンしていて、故郷をふと思い出し、ググってこのブログに辿り着きました^_^
写真にある病院跡で生まれ、保育園跡の楕円形の池に落ち、一の森で野遊びして育ちました。
非常に懐かしく拝見させて頂きました。
ありがとうございました m(_ _)m
- あいさん からの返信 2017/02/09 12:22:18
- RE: 懐かしいです‼?
カッチン 様
初めまして、連絡ありがとうございます!
あ〜・・・実際の賑やかに繫栄していた頃はどうだったんでしょうか?!
タイムスリップして、実際にその頃の生活を見てみたみたいと思ったりしました。
いまだに一枚一枚の写真の場所に深く感動です。
保育園跡の楕円形は、砂場でなく池だったんですね。
私の方こそ感動をありがとうございました!!
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- 吉備津彦さん 2012/05/26 20:07:08
- 東洋のマチュピチュ
- 良いですね。
日本のマチュピチュも石垣が素敵でした。
http://4travel.jp/traveler/masterhiro/album/10588114/
ペルーのマチュピチュには長男に先を越されてしまいました。
「お父さん、良かったよ。」が長男の感想です。
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