2012/05/04 - 2012/05/08
8位(同エリア270件中)
哈桑湖さん
確かあれは、大学での再試合否発表の後でした。橋の上から、川の流れをぼんやりと、眺めていました。一人のお年寄りの方が、私に話しかけてきたのです。
「あんた、そこで何やっているんだ。飛び込むんじゃないかと、さっきから心配していたんだ」と。
この方は、川でフナやコイを獲っていたのです。色々と会話が弾んでいきました。
この方は、先の大戦で皇軍兵士として、南京戦に参加したとのこと。「南京事件は、あった、無かったと言うけど、本当はあったんよ。兵隊たちは、きちがいになっておった」と。
さらに「大和魂というけど、あんなもんは嘘だ。日本兵は何人も自殺していた。陸軍の連中は、敵陣に向かってわざと、飛び込んで弾に当たりにいくんだ」と。
最後に「戦争は無意味だ。やる必要がない」とおっしゃっていたのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- 中国東方航空
PR
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私の泊まったホテルです。
空港に一番近いからです。
でも町の中心から、結構離れています。
でもタクシーは拾いやすいです。 -
エイズ予防のキャンペーン。ホテル前。
深刻なんですかねえ。 -
ホテルの中のお土産品、
雨花石です。 -
空港は、目と鼻の先。
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南京事件の記念館の入り口にあります。
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第10軍司令官・柳川平助中将
上海事変の際に、松井大将指揮下の上海派遣軍が、大苦戦。
救援として、第10軍が杭州湾に上陸すると、中国軍は退却。
抵抗らしい抵抗も受けずに、攻略に成功。
このあと上官である、松井大将の命令を待たずに、南京に進軍。 -
松井石根大将
上海事変の際に、上海派遣軍司令官として、戦地に。このあと南京戦に。
東京裁判で絞首刑
上海派遣軍は、予備役から再招集された、30歳過ぎの妻子持ちの兵士が多くいました。上海戦で、次々と日本に訃報が届きます。日本国内は騒然となり、一人の部隊長の妻は、近隣の非難に耐えかねて、自害しています。
上海派遣軍の参謀たちは上海攻略後、会議の席上で、兵士たちの休息が必要だと述べていました。
このときに、戦らしい戦をせずに上陸出来た、柳川平助の率いる第10軍が、無断で南京に進軍を開始したという情報が、入ってきたのです。
青天の霹靂というのは、まさにこのことだったようです。
「あの老いぼれ(柳田中将のこと)、功名心にはやりやがって」と上海派遣軍の参謀たちは絶句したようです。
このあと柳川平助の第10軍の南京進撃に引きずられて、補給を無視して、南京に進軍。 -
1937年12月2日に、朝香宮鳩彦王が、上海派遣軍司令官として着任。
戦後、GHQの尋問に対して、南京で起こった事件を全く知らなかったと返答。
しかし南京入城後に、捕虜や一般市民の殺害を知った松井石根大将は、第10軍の柳川平助中将や鳩彦王らに対して、激しく叱責していたようです。
それゆえ知らなかったはずは、ないのですが。
東京裁判では、松井石根被告は、宮様をかばい、自ら責任を取ろうとしました。 -
中島今朝吾中将
捕虜を作らぬ方針だったようです。
フランス滞在歴ありの、エリート畑を歩んできたので、予備役上がりの松井大将に対して、公然と反抗していました。 -
谷寿夫中将
南京入城後、中華門付近に駐屯。
周囲には住民は避難して,誰もいなかったようです。
彼は「天地神明に誓って、中華門付近では、不法行為はなかった」と証言していますが。
戦後GHQにより、谷寿夫は中国国民党政府に引き渡されます。
そして南京の軍事法廷で銃殺刑の宣告。病没していた中島中将の身代わりと、ささやかれていました。
中島今朝吾中将の一つ上は、朝香宮さま。GHQは皇族を戦犯として南京に送ることは、ありえないです。 -
NHKで取り上げていました。
兵士たちの陣中日記から、2万人の捕虜を殺害したと。
捕虜に与える食事がなく、不穏な動きがみられたようです。 -
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100人斬りです。
あったとも、なかったとも言われています。
しかし新聞に載るところを見ると、軍もマスコミも、国際法を全く考慮していなかったのでは。 -
南京事件に対する「まぼろし派」の人たちは、2人の兵士の陰の方向が違うので、捏造写真だといいます。
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これもまぼろし派からは、おかしいと。
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これは匪賊の写真だと、まぼろし派の人はいいます。
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この目は、何を物語るのか。
一度この種の犯罪に手を染めると、麻薬のように抜け出せなくなり、ずっと繰り返すようです。
それゆえ、被害者の数より加害者の数の方が、うんと少ないかも知れません。
戦後の日本で、このような犯罪が多発しましたが、だいたいが中国か南洋帰りで、現地で同じことを繰り返していたようです。 -
この人は、まぎれもなく、実在の人です。
この写真がアメリカで報道されると、日本に対して抗議のデモが。
年配のアメリカ人は、南京事件、真珠湾攻撃に対する、キリストの裁きとして、広島、長崎への原爆投下がなされたと、みなしています。 -
左がドイツの武器商人・ジョン・ラーベ
右がマギー牧師
二人とも日本軍による、万単位の大虐殺を主張
マギー牧師は、東京裁判で証言しています・ -
ドクター・スマイス
南京での日本軍の一般市民への殺害は、千単位だと。 -
東京裁判での松井被告
南京事件を、防げなかったことによるものです。
事件後、松井大将は軍紀の乱れを、泣いて叱ったようです。
捕虜に与える食糧がなく、正しい扱いが困難なときには、国際法では
武装解除のみにとどめ、釈放するとになっています。
釈放したら、捕虜たちは中国軍に走り、また日本軍と戦うことになります。南京までの戦いが激戦だっただけに、当時の日本兵には、国際法を守るという、精神的余裕がありませんでした。
。 -
武藤章
東京裁判で絞首刑。
武藤章は「松井大将は、軍命令として、捕虜の武装解除、即釈放を徹底すべきであった」と手厳しい。
ただ上海派遣軍の朝香宮様と第10軍の柳川平助の両司令官が、部下の軍紀保持の責任を担っているのであって、松井大将の責任ではないとも、述べています。 -
南京事件当時、谷中将指揮下・第六師団の参謀長であった、下野一霍の召喚訊問を要請し、身の潔白を訴えようとしましたが、南京の軍事法廷は、却下しました。
上官の命令は、天皇陛下の命令として、部下に捕虜の殺害を命じたりしておきながら、戦後南洋での戦犯裁判では、責任を下に押し付けていました。酷い裁判だったようです。 -
谷寿夫。
GHQが引き渡した時点で、彼の運命は決まっていました。
中島今朝吾も柳田平助も病没していました。
人身供養なのでしょうか。
遺書の一節です。
「身は異郷に死すとも、魂は祖国日本に帰り、
七生報国世界平和の大義を守る。」
また陛下に対しては、日本男児として、最後のご奉公に終焉した事を、喜んでくだされとも、勿論、天皇陛下万歳も。 -
元日本兵の証言
殺人、略奪、放火、強姦
生きるためには盗みもやれば、殺人もやる。
でも強姦までも。
それが戦争なのでしょうか。
。 -
東部ドイツのソ連軍占領地域では、この種の犯罪は、多発していました。
ドイツ占領下のフランスでは、この種の犯罪は皆無に近かったのですが、解放軍としてやってきたアメリカ兵は、ちょくちょくやっていたようです。
またナポリに上陸したアメリカ兵は、私娼からうつされた病気が、またたく間に、広がりました。
戦争には、つきものなんですね。
各国とも慰安所の設置は、犯罪と病気予防のために、必要悪とされました。
戦争に行っていない人間が、とやかく言うのは、間違いですね。 -
南京に向かう戦車隊
南京戦での不法行為を、見たことがないという人もいます。
軍紀の観点からみると、指揮官の資質により部隊ごとに、かなりのばらつきがあったようです。
エリートを自負する戦車隊は、規律が守られていました。もちろん、補給という面では、かなり恵まれていましたが。 -
日本人が日本人を裁くとしたら、彼こそ一級の戦犯でしょう。
あのインパールのデタラメ作戦の司令官です。
日本兵の大半は、餓死や病死をしました。
日本兵の通った街道は、日本兵の白骨だらけで、白骨街道とも呼ばれました。
この司令官の建物の横では、置屋があり、後方参謀とともに、連夜芸者遊びをしていたのです。この人物については、次のような陰口も。
「閣下のお好きなものは、1に勲章、2にメーマ(ビルマ語で芸者)」
このインパール作戦も南京戦も、兵站を全く無視していました。
諸悪の根源は、現地での徴発、つまり略奪にあったと言う証言が多いです。
徴発にからんで、住民の抵抗、それに対する殺人や強姦が。 -
南京爆撃に際して、こんな歌も
天地容れざる不義不仁
隠忍ここに幾年ぞ
皇軍今や支那兵に
「断」の一字を残すのみ
軍部だけでなく、マスコミも文化人も、国民を戦争にあおりたてました。こういう連中は、常に安全な場所にいて、最前線には行きません。
柳川が生んだ、偉大な詩人も、ハワイ大海戦や万歳ヒットラー・ユーゲントを作詞してましたが。
今でも空からの爆撃による民間人の死亡は、裁かれないんです。アフガンやイラクでは、誤爆、誤爆で片付けられるんですから。 -
旧ドイツ軍人によると、日本の軍歌は、悲しい歌が多いといいます。
「戦友」しかり、「麦と兵隊」しかり。
お国のためとはいいながら、人の嫌がる軍隊に、志願してくる馬鹿もいる。
いやな上等兵にいじめられ、泣く泣く送る、日の長さ
こんな兵隊ソングもありました。
南京に向かう兵隊たちも、望郷の念にかられていたことでしょう -
南京占領後、日本の内地では、戦争はこれで終わると信じた国民は、提灯
行列を。
でも実際は、南京を占領しても、日中戦争は終結しませんでした。
石原莞爾は、敵国の心臓、つまり首都を占領すれば戦争は終わる。
フランスならパリを占領すれば、フランスは降伏する。
しかし中国には、いくつも心臓があるから、中国を降伏させるのは、
無理だったと述べています。
中国国民政府は、このあと重慶に移って、抗日戦争を続けます。 -
東京裁判です。
ここにいるA級戦犯の一人で、ビルマ方面軍司令官だった人物は、
英軍の侵攻が近づくと、なじみの芸者を、従軍看護婦に変装させて、一緒にラングーンを空路脱出するという、敵前逃亡をしています。
先の大戦にいおいては、軍の上層部は、デタラメをやっていました。 -
出口にあるモニュメント。
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山口誠太郎・博士は日本へ帰る際、南京戦の行われた、紫金山の麓に咲き乱れていた紫色の花の種を取り、日本に持ち帰りました。平和を祈願してこの花を「紫金草」と名付け、茨城県の自宅の庭で種を増やし続けました。
このときの種が、南京の記念館横の平和公園に植えられました。
この「少女の塔」は、博士が子女に紫金草を渡したということにちなんで、作られました。
この記念館建設にあたり、博士のご子息が、日本全国から募金を集め、1000万円寄贈したようです。
ただこの件に関して、保守系の論客から、「売国奴」とか、かなりの誹謗・中傷を受けています。 -
この少女の塔は出口にあり、訪問客の誰でも目にする位置にあります。
中国人の若者たちは、この塔のいわれを、真剣なまなざしで、読んでいます。
この記念館、平和公園の中で、日本人として唯一、ほっと出来る場所です。 -
紫金草の花です。もう花は、大半が散っていました
佐久島のハマダイコンの花を、紫色に変えたような感じです。 -
タクシーの運転手さんに、美しい町を紹介されました
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南京は中国の古都です。
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とてもきれいな街です。
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戦史研究科のリデル・ハート卿は、「平和を欲するなら戦争を理解せよ」と言っています。戦争には、行かせる側と、行かせられる側があります。あの特攻を推進した参謀たちも、隊員を前にして「お前たちだけをを、死なせはしない。俺も最後に必ず行く」と。これは、真っ赤なウソでした。特攻隊員たちを、英霊に祭り上げることで、責任逃れを。神風特別攻撃隊という本が、各国で出版されました。元参謀たちは、この本の中で、若者たちは自ら志願して、「悠久の大義」に生きることを選んだと、抜け抜けと述べています。今、保守の論客の人たちは、愛国教育、憲法改正、国防軍の設置とか、勇ましいことを、息巻いています。これらの人たちは、上等な身なりをして、何不自由ない生活をしています。それでは、この人たちこそ、年齢や性差に関係なく、まずイラクかアフガンにテロとの戦いに出向き、「悠久の大義」に生きることを選択し、国民にお手本を示してくださいね。もちろん靖国神社で、英霊として祀ってあげますからね。
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日本人として、一度は南京事件の記念館に足を踏み入れ、あとは美しい南京の町を、散策されたらいいのではと思います。
最後に現地の人は、とても親切です。中国語ができたら、もっと楽しかったと思いますが。
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この旅行記へのコメント (12)
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- たびたびさん 2016/07/19 10:38:24
- 日本と中国
- 盧溝橋にも戦争の施設があったのですが、異様な雰囲気でとても日本人が立ち寄れるような感じはありませんでした。南京の方は、普通に観光できるようですね。こうした施設は、なんにせよ多くの人が訪れていろんなことを感じることに意義がある。中国に対しては、日本の侵略行為が明らかだったことは紛れもない事実でしょうし、それに目を背けることはできません。
一方で、南シナ海や尖閣諸島の問題も難しくなっているし、どう緩和していくか。どう相互理解を深めていくか。
日本もアジアも中国の文明に浴してきたのでしょうが、中国自身がその中国の歴史からすると儒教を否定したり、分断の傾向が強い。接点が多いはずなのに、意外なところで共通の部分が狭まっている。ちょっと残念なことになっているように思います。
- 哈桑湖さん からの返信 2016/07/21 09:36:12
- RE尖閣諸島は一般の中国人は無関心です。
- 中国人は近所にいます。
マナーの悪い人からインテリまでいます。
尖閣諸島は無関心のようです。
「あんなのメディアが騒いでいるだけ」と気にもとめていません。
中国は日本から部品を輸入して、組み立ててEU諸国に輸出しています。
ですから中国と日本と戦争になるなんて、中国の方は考えてもいません。
名古屋のスイートルームは全て中国人が占領、名古屋のレトルト食品販売の老舗の明治屋では、中国人が棚ごと総ざらえしていきます。いいお客さんです。デパートが黒字で従業員にボーナスが払えるのも中国人が買ってくれるからです。
国が大きいのでロシア人と中国人はすごく似ています。
結構、悪く言えば大雑把、良く言えば細かいことに拘らないです。
南京記念館ですが、この中には日本から届いた折鶴のようなものも置いてあります。また戦争犯罪を悔やみ、回心した日本人のビデオも見ることができます。出口にはこのブログにある少女の像もあります。日本人全てを糾弾するのではなく、日本人の良心も紹介しています。その意味で韓国の反日とは全く違います。韓国人の中には日本人そのものが嫌いという人がいますが。
名古屋の河村市長の「南京事件の犠牲者の数が多すぎる」という発言に対して、地元の人は一個人の意見という見方しかしていません。このときですら現地の日本人の人は中国人から嫌がらせなど、全くなかったようです。
あと南京では一度も反日デモはありません。南京の人間はおっとりしていると現地の日本人はいいます。旧市街は本当に美しいです。北京よりも私は好きです。
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- 中国人さん 2013/12/05 09:42:51
- 戦争は人を貧しくする。
- 私も南京大虐殺記念館行きました。上海に宿をとり新幹線にて南京に行って来ました。南京には大陸の友達と一緒に行ったのですが事前現地下調べし情報をつかんだうえでの旅行でしたが情報量が少なくて大変でした。私の場合中国語会話堪能とはいかないまでも読み書き、一般会話は出来るので不自由はなかっです。南京大虐殺否定しているのは私も知ってます。ですが当時の日本陸軍の記録も残されており大虐殺記念館入口壁面には当時殺された多くの中国人の方々の名前も刻まれていましたね。日本陸軍捕虜輸送ルート関った人物など否定する人たち本当に知っているのかな? 何て想うことあるんです。記念館では人骨に鋭利な刃物で切断された骨。弾の貫通した角度・部位など専門家として死因について調べて解りました。そんな事が有った事に対し現地の人たちは日本人を恨んでもいなかったし中国語を話す私に対しても親切丁寧にして下さいました。南京だけではないのですが上海でも当時の足跡をたどって旅していますが慰問団上陸地点港話など一般では知られていない話など保持しています。変な話をお聞かせして御免なさいね。日中関係がギクシャクしている様な気がしますが最後に人と人が殺しあう戦争は嫌ですね。全世界から亡くなる事を祈りつつ
- 哈桑湖さん からの返信 2013/12/06 22:09:12
- RE: 戦争は人を貧しくする。
- お便り有り難うございます。
数年前に南京戦の時期の頃に、バスで上海から南京まで行くツアーがありました。
このツアーに参加した方にとって、「当時の日本の軍部は、この広大な中国を本当に占領できると考えていたのか」、というのが第一疑問であったよううです。また、「現地での徴発、つまり略奪をするにしても、晩秋の中国で、糧食の確保は可能だっただろうか」、というのが次の疑問であったと。
諸悪の根源は、徴発にあったようですが、南京に向かうまで、兵士の証言を
読むと、身の毛もよだつことが行なわれていたようです。
私としては戦争犯罪を行なった元日本兵の方を、責めるつもりはありません。なぜなら、もし私があのときに南京戦に参加していたら、生きるか死ぬかの極限状態なので、何をやっていたかわからないからです。
NHKの放送でしたが、一人のジャーナリストの女性が、南京事件の犠牲者の数について、多すぎると発言を始めました。
こんなことを言って大丈夫かなと思っていたら、やはり中国人の方から、言われていました。
「30万人、これは大虐殺です。では1万人というのは、どうなんですか」と。
私の考えでは、一人でも虐殺があったら、あったんです。なぜなら、遺族の方にとって、殺害された人は、この世にただ一人、そしてもう永遠に会えないからです。
中帰連の人の証言を読むと、戦争犯罪を行なった元日本兵の方も、苦しんでいることが分かりす。
もし戦争がなければ、殺人や盗みなどしなかったんでしょうから。
戦争なんて馬鹿げてますよ。憲法改正とか言うひとがいますが、この人たちこそ一兵卒として最前線に行けばいいんですよ。
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- 杏樹さん 2013/11/22 00:23:26
- 初めまして
- 初めまして。
ウズベキスタンの旅行記を探していたら、ここにたどり着きました。
南京へは1992年に行ったことがあります。大虐殺記念館も見ました。最近リニューアルされたらしいと聞いていましたが、詳しい報告を見ることができました。ありがとうございます。
最近は愛国心だとか言って戦時中の日本を美化したり、中国や韓国に対する敵意をむき出しにしてはばからない人が増えていますが、むしろ国民を不幸にする国や政府に対して厳しい目を向けるべきだと思います。攻撃対象を間違えていると思います。
- 哈桑湖さん からの返信 2013/11/22 23:15:34
- RE: 初めまして
- お便りありがとうございます。
元台湾人で現在日本国籍を取られた某女史
南京事件はなかった、日本人に靖国神社に参拝しなさい、愛国心を持ちなさいと言うお方、「ブラック企業問題は、若者の甘え」とおっしゃっています。
愛国者と偽装するために靖国参拝、これほど戦没者を侮辱する行為はないですね。
私にとっての愛国心とは、差別もなく、苛めもなく、明日の不安のない国を作ろうと心がけだと思います。
日章旗をふりかざして、行進する連中は、小学生すら馬鹿にしてるので、好きにやって下さいですが。
南京ですが凄い綺麗な町でした。
北京よりもはるかに気にいりました。
町の人は親切です
尖閣を、そして沖縄を中国が占領すると声高に叫ぶ、オスプレイ大賛成の高名な日本人女史ジャーナリストがいますが、そんなことはありえないです。
まず日本が中国にとって敵国なら、あんなに簡単に入国できませんよ。
-
- おぎゃんさん 2013/03/05 13:52:49
- はじめまして。
- 哈桑湖さん、こんにちは。
最初に訪れたころは出来たばかりではなかったかと記憶してます
が、一部の写真には少しばかりですが記憶も残っています。
その後、ミャンマーで元日本兵の生き残りの方に出会ったこと、
沖縄に住んで八重山、慶良間での日本軍のあり方に触れる機会
も多く、偶然とはいえこの記念館を海外旅行をはじめて間もない頃
に訪れたのは運命だったのかなぁと、最近特に感じております。
思うところの多い旅行記でした。
おぎゃん
- 哈桑湖さん からの返信 2013/03/06 04:13:59
- RE: はじめまして。
- > 哈桑湖さん、こんにちは。
>
> 最初に訪れたころは出来たばかりではなかったかと記憶してます
> が、一部の写真には少しばかりですが記憶も残っています。
>
> その後、ミャンマーで元日本兵の生き残りの方に出会ったこと、
> 沖縄に住んで八重山、慶良間での日本軍のあり方に触れる機会
> も多く、偶然とはいえこの記念館を海外旅行をはじめて間もない頃
> に訪れたのは運命だったのかなぁと、最近特に感じております。
>
> 思うところの多い旅行記でした。
>
>
> おぎゃん
お便り有難うございます。
先の大戦では、日本軍、補給を無視して無謀な作戦を。
水木しげるさんの戦争の漫画を読むと、当時の日本軍のデタラメぶりが描かれています。
昭和の人気アニメ「巨人の星」のどしょっぱつは、「長い戦争は終わった。
無益な戦いに疲れ果てた国民が、そこここに、うごめいていた」
とあります。
高度経済成長の時代における国民の戦争に対するイメージは、こんなものだったのでしょう。
ところが最近は、先の大戦を肯定する、真の愛国者である、保守の論客の先生がマスコミを賑わせています。
そして靖国神社の英霊に参拝せよと。
中国、韓国には強硬な意見を述べられます。
しかし沖縄で国民が暴行受けても、これらの真の愛国者の先生たち、ノーコメントですね。
とても不思議ですね。
戦後にアメリカから人間魚雷「回天」が返還され、靖国神社に。
この式典のときに、回天を協力に推進した元参謀の方が「回天の中身は、こうなっていたんですか。初めて見ました」と言ったのです。
すると回天の生き残りの方たちが「俺たちの戦友は、こんな奴のために殺されていったんだ」と激怒して、靖国神社の回天の中に、元参謀を閉じ込める事件がありました。
徴兵制の復活とか言う人も、最近は出てきました。あの高名な日野原先生もその一人ですが。水木しげるさんは、「そんなおかしなこと言う人がいるんですか。ほかっとけばいいんですよ」と、バッサリでしたけどね。
-
- ムロろ~んさん 2012/07/11 10:56:43
- 衝撃的でした。
- 浦潮斯徳様
ムロろ〜んです。
この度はシルクロードの旅行記に投票をして下さいましてありがとうございます。タジキスタンに自分も行けるとは思ってもいませんでしたし、本当に楽しかったです。ただ、警察官の事情聴取を受けられたことは驚きました(汗)。
南京旅行記を拝見しました。
大虐殺の展示ですが、写真撮影できるのは嬉しいですよね。自分の思い出に強く残ることができますね。
本当にどれも衝撃的なものが多くて、初めて知りました。
本当に言葉に表せないくらい、衝撃的です。
どうしてそこまでしなければならないのか、そこまで残虐にしなければならないのか。同じ人間なのに、、、。
本当にいつまでも平和が続いてくれることに願って止みません。
ムロろ〜ん(-人-)
- 哈桑湖さん からの返信 2012/07/12 13:58:06
- RE: 衝撃的でした。
- ムロろ〜んさま
お便り有り難うございます。
いつかサマルカンドから国境を超え、タジキスタンのペンジケントとイスカンデル湖に行こうと思っていたので、参考になりました。
あと今夏、ウズベキスタンに行きます。
アイダルクル湖を見に行くのです。
飛行機からのお写真、とても興味深く拝見させていただきました。
日本は大陸や南洋で、一般住民に対する戦争犯罪をやりました。
しかし、中国もフィリピンも、反日感情の強い韓国でさえ、戦争犯罪をした元皇軍兵士や憲兵を、こちらによこせとは言ってきていません。
一方、イスラエルやイタリアは、ナチスの戦犯個人を、追及しています。イタリア人の人質を処刑した副官が、潜伏先のアルゼンチンから、イタリアの法廷に立たされました。
西欧のどこまでも個人の責任を追求するという考えには、違和感をかんじます
この南京記念館には、元皇軍兵士の証言の映像もあります。
善良は市民が兵隊になり戦争犯罪をやったとしても、戦争体験のない者は、何一つ言う資格はないと思います。
-
- カメちゃんさん 2012/07/03 10:33:59
- 大事なお話ですね。
- 浦潮斯徳さん こんにちは
いつもご訪問&ご投票を頂き有り難うございます。
南京へ行かれたのですね。
戦争のことは、本当に重大な問題ですね。
インパール作戦のことは、私も本で知りました。平坦を無視した強行軍で、バタバタと倒れていく兵士たち。テレビでもやってましたね。
あれこそが日本軍の偽らざる姿だったと今も思っています。
日本が中国で犯してきた悪行については、私も中国戦線に従軍した従兄弟(16以上も歳の離れた従兄弟でした)から、100人切りなどのほか、幾たびもの悪行をしていたことを直接聞いていました。
兵站を無視した作戦や、太平洋の島々で起こった「玉砕」、死を覚悟の片道燃料の特攻隊なども、日本軍自身による自滅行為なのに、次々と起こりましたね。
自分の兵隊の命さえ守ろうとしなかった軍隊。それはまさに、日本軍を覆う体質のようなものと言えましょう。
そんな風潮が今になっても抜けきらず、地域の末端では馴れ合いが横行しています。 他方では長時間労働と過労死・人事査定の秘匿など、社会のあり方を整備できない日本社会の体質からくる問題が消えることはありませんね。
戦後数十年もしてから、南京大虐殺がなかったとか、重慶爆撃は限定的だったとか言う人たちが出てきましたが、資料などに難癖を付けるばかりで議論そのものが底が浅く一方的ですね。
そして何より、日本が行った大陸侵略そのものの責任を、いろいろな言い分を付けて曖昧にしていると言えます。
戦争を許してはなりませんね。また、国の破綻も許してはなりません。
そのためには、先ずは国民自身がメディアに振り回されることなく、当たり前の常識を持つほかありません。
そのためにも、浦潮斯徳さんのお話をより多くの方々に聞いてもらいたいものと思っております。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
カメちゃん
- 哈桑湖さん からの返信 2012/07/03 23:48:15
- RE: 大事なお話ですね。
- カメちゃん様
お便り、有り難うございます。
今回の原発の事故も、先の大戦も、責任の所在がどこか、分かりにくいです。
責任逃れのために、初めからわかりにくくしているのかも知れません。
南京への爆撃を、渡洋爆撃と称して、推し進めたのが、海軍の米内光正です。
重慶への爆撃は、海軍の井上成美が推し進めたものです。
この重慶爆撃は、重慶上空では、戦闘機の護衛が無かったので、結果的に無差別爆撃となりました。
この重慶爆撃に対して、日本は世界的に孤立をし、アメリカの対日強硬の論一因になります。
真珠湾攻撃も海軍がやったのです。
終戦時には、陸軍に責任を押し付けました。
東條英機自身は、自ら望んで首相になったのでは、ありません。
日米開戦必至になったときに、天皇の仰せとあれば、東條なら首相を引き受けるだろうと、木戸が昭和天皇に、東條を首相に任命させたのです。こうして東條は開戦の責任を、撮らされました。
敗戦が決定的となると、東條を首相の座から引き摺り下ろし、敗戦の責任を取らせました。
木戸が昭和天皇に、東條を首相に任命させておいて、東京裁判では、自らを平和主義者だとのべ記者団から、失笑を買いました。
また戦争に反対すれば、陸軍の連中から、命を狙われると。
あと海軍の特攻の第一号の報告を、昭和天皇にしたのが、米内光正です。
米内光正は、一部の作家により、戦後は善玉に仕立てられていますが、彼こそ日米開戦の発端を作ったという人もいます。
石原莞爾は東條英機のことを、「彼には主義も主張も無かった、私には若干の意見があった。意見のあるも者と意見のない者との間に、対立などあるはずがない」、このように言っています。
先の大戦における責任は、うやむやにされました。
悪い奴ほど、生き延び、さらに悪い奴は、戦後は上り詰めるよころまで、上り詰めたという人もいます。
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