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〔第42首/清原元輔〕<br /> 契りきな かたみに袖を しぼりつつ<br />  すゑの松山 波越さじとは<br /><br />永遠の愛を誓った女性の心変わりを責める歌。<br />この歌は、清少納言の父・清原元輔が代筆したことで有名。<br /><br />という文学的な側面もありますが…<br /><br />それと同時に、<br />「津波てんでんこ」 と同じくらい大切なことを教えてくれています。<br /><br />防災教育のために、後世に伝承して欲しい歌です。

【百人一首歌枕巡り】 防災の歌 すゑの松山 「波こさじ」 とは ~869年貞観地震の大津波~

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2012/03/09 - 2012/03/09

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京妓

京妓さん

〔第42首/清原元輔〕
 契りきな かたみに袖を しぼりつつ
  すゑの松山 波越さじとは

永遠の愛を誓った女性の心変わりを責める歌。
この歌は、清少納言の父・清原元輔が代筆したことで有名。

という文学的な側面もありますが…

それと同時に、
「津波てんでんこ」 と同じくらい大切なことを教えてくれています。

防災教育のために、後世に伝承して欲しい歌です。

交通手段
JRローカル 徒歩
  • 【宮城の歌枕】<br /><br /><br />地元だから、いつでも行けると思ってた…。<br />

    【宮城の歌枕】


    地元だから、いつでも行けると思ってた…。

  • 【JR復旧状況】<br /><br />2011年3月11日まで、わが実家は、<br />JR仙石線と国道45号線が平行して走る、<br />ちょうどその間にありました。<br /><br />だから、仙石線に乗るか、45号線を走るかすれば、<br />「多賀城」 や 「松島」 はすぐ。<br /><br /><br />いつでも行ける。<br /><br /><br />そう思って、歌枕巡りを後回しにしてました。

    【JR復旧状況】

    2011年3月11日まで、わが実家は、
    JR仙石線と国道45号線が平行して走る、
    ちょうどその間にありました。

    だから、仙石線に乗るか、45号線を走るかすれば、
    「多賀城」 や 「松島」 はすぐ。


    いつでも行ける。


    そう思って、歌枕巡りを後回しにしてました。

  • 【JR復旧状況】<br /><br /><br />けれど、3.11の震災で実家を失い、<br />「今あるものが、いつまでもそこにあると思うな」<br />という教訓を得ました。<br /><br /><br />そんなこともあって、<br />震災1年を迎えるにあたって帰省した時に、<br />宮城の歌枕を訪ねてきました。<br /><br /><br />←こんな感じで、<br />まだまだ元の生活が戻らない方々がいる中、<br />色々思うところはあったのですが…。<br /><br />(青いゾーンは、電車が復旧できず、<br /> 今もバスによる代行輸送をしているエリア)

    【JR復旧状況】


    けれど、3.11の震災で実家を失い、
    「今あるものが、いつまでもそこにあると思うな」
    という教訓を得ました。


    そんなこともあって、
    震災1年を迎えるにあたって帰省した時に、
    宮城の歌枕を訪ねてきました。


    ←こんな感じで、
    まだまだ元の生活が戻らない方々がいる中、
    色々思うところはあったのですが…。

    (青いゾーンは、電車が復旧できず、
     今もバスによる代行輸送をしているエリア)

  • 【JR復旧状況】<br /><br /><br />ご存知の通り、電車の復旧はおろか、<br />まだ代行バスすら走れない地域も。<br /><br /><br /><br /><br />「復興」 はもちろん大事だけど、<br />あまり軽々しく連呼しちゃいけない言葉。<br /><br /><br />「復興」 には周りの助けが必要。<br />だけど、周りが言うほど簡単じゃない。<br /><br /><br />自分でも、まだうまく言葉にならないけど。

    【JR復旧状況】


    ご存知の通り、電車の復旧はおろか、
    まだ代行バスすら走れない地域も。




    「復興」 はもちろん大事だけど、
    あまり軽々しく連呼しちゃいけない言葉。


    「復興」 には周りの助けが必要。
    だけど、周りが言うほど簡単じゃない。


    自分でも、まだうまく言葉にならないけど。

  • 【JR仙石線・多賀城駅】<br /><br />マスコミでは、<br />石巻、南三陸、気仙沼あたりの<br />被災と復興に注目が集まっていますが、<br />仙台港に近い多賀城も、深刻な被害を受けました。<br /><br /><br />多賀城の自衛隊の方々が、<br />自ら津波にのまれながらも市民を救助した様子を<br />特集した番組が、3月に放映されていたのを<br />ご覧になった方もいると思います。

    【JR仙石線・多賀城駅】

    マスコミでは、
    石巻、南三陸、気仙沼あたりの
    被災と復興に注目が集まっていますが、
    仙台港に近い多賀城も、深刻な被害を受けました。


    多賀城の自衛隊の方々が、
    自ら津波にのまれながらも市民を救助した様子を
    特集した番組が、3月に放映されていたのを
    ご覧になった方もいると思います。

  • 【JR仙石線・多賀城駅】<br /><br /><br />ちなみに、<br />JR仙石線は 「多賀城」 駅。<br />JR東北本線は 「国府多賀城」 駅。

    【JR仙石線・多賀城駅】


    ちなみに、
    JR仙石線は 「多賀城」 駅。
    JR東北本線は 「国府多賀城」 駅。

  • 【多賀城】<br /><br /><br />724年、多賀城を築城。<br /><br /><br />陸奥国の国府が<br />郡山遺跡(現・仙台市太白区)から<br />移されました。

    【多賀城】


    724年、多賀城を築城。


    陸奥国の国府が
    郡山遺跡(現・仙台市太白区)から
    移されました。

  • 【末の松山と、沖の井 (沖の石)】<br /><br />〔第42首/清原元輔〕<br /> 契りきな かたみに袖を しぼりつつ<br />  末の松山 波越さじとは<br /><br />〔第92首/二条院讃岐〕<br /> わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の<br />  人こそ知らね 乾く間もなし

    【末の松山と、沖の井 (沖の石)】

    〔第42首/清原元輔〕
     契りきな かたみに袖を しぼりつつ
      末の松山 波越さじとは

    〔第92首/二条院讃岐〕
     わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の
      人こそ知らね 乾く間もなし

  • 【鎮守橋】<br /><br /><br />末の松山は、<br />JR仙石線 「多賀城」 駅から、<br />鎮守橋を渡って、徒歩10分弱。

    【鎮守橋】


    末の松山は、
    JR仙石線 「多賀城」 駅から、
    鎮守橋を渡って、徒歩10分弱。

  • 【宝国寺】<br /><br /><br />末の松山は、ここ宝国寺の境内にあります。

    【宝国寺】


    末の松山は、ここ宝国寺の境内にあります。

  • 【歌 碑】<br /><br /><br /><br />〔第42首/清原元輔〕<br /> 契りきな かたみに袖を しぼりつつ<br />  すゑの松山 波越さじとは

    【歌 碑】



    〔第42首/清原元輔〕
     契りきな かたみに袖を しぼりつつ
      すゑの松山 波越さじとは

  • 【末の松山】<br /><br /><br />←末の松山の由緒。<br /><br />板がヒビ割れていて読みづらいですが、

    【末の松山】


    ←末の松山の由緒。

    板がヒビ割れていて読みづらいですが、

  • 【末の松山】<br /><br /><br />松の木の横に、同じ内容のものがあります。

    【末の松山】


    松の木の横に、同じ内容のものがあります。

  • 【宝国寺 本堂】<br /><br /><br />本堂の屋根から、少しだけ見えている松が、

    【宝国寺 本堂】


    本堂の屋根から、少しだけ見えている松が、

  • 【本堂と松】<br /><br />末の松山。<br />引きで見ると、しっかり見えます。<br /><br /><br />本堂の裏側 (墓地) へ回ってみましょう。

    【本堂と松】

    末の松山。
    引きで見ると、しっかり見えます。


    本堂の裏側 (墓地) へ回ってみましょう。

  • 【末の松山】<br /><br />宝国寺の裏手に、大きな松と石碑があります。<br /><br />なだらかな高台なので、<br />「松の山」 と呼ばれるのがよくわかる場所です。<br /><br />きっと昔は<br />もう少し松が生い茂っていたんじゃないかな。

    【末の松山】

    宝国寺の裏手に、大きな松と石碑があります。

    なだらかな高台なので、
    「松の山」 と呼ばれるのがよくわかる場所です。

    きっと昔は
    もう少し松が生い茂っていたんじゃないかな。

  • 【末の松山】<br /><br /><br />「末乃松山」 の文字ばかりが目立ちますが、<br />よく見ると、<br />両脇に清原元輔の歌が刻まれています。<br /><br /><br /><br />〔第42首/清原元輔〕<br /> 契りきな かたみに袖を しぼりつつ<br />  すゑの松山 波越さじとは<br /><br /><br />末長く変わらぬ愛情を誓い合ったのに…。<br />お互いに涙に濡れた袖を絞りながら、<br />あの末の松山を波が越えることがないように、<br />二人の愛も末長く変わらない、と。

    【末の松山】


    「末乃松山」 の文字ばかりが目立ちますが、
    よく見ると、
    両脇に清原元輔の歌が刻まれています。



    〔第42首/清原元輔〕
     契りきな かたみに袖を しぼりつつ
      すゑの松山 波越さじとは


    末長く変わらぬ愛情を誓い合ったのに…。
    お互いに涙に濡れた袖を絞りながら、
    あの末の松山を波が越えることがないように、
    二人の愛も末長く変わらない、と。

  • 【古今和歌集 東歌】<br /><br /><br />清原元輔の歌は、↓を踏まえて詠まれたものです。<br /><br />「君をおきて あだし心を わがもたば<br />  すゑの松山 波も越えなむ」<br /><br />もしもあなた以外の人に<br />心変わりしてしまうようなことがあるとすれば、<br />波が末の松山を越えるでしょう。<br /><br /><br /><br /><br />波が末の松山を越えることは絶対にない。<br /><br />そのことに懸けて、<br />「心変わりは絶対にない」 と永遠の愛を誓っています。

    【古今和歌集 東歌】


    清原元輔の歌は、↓を踏まえて詠まれたものです。

    「君をおきて あだし心を わがもたば
      すゑの松山 波も越えなむ」

    もしもあなた以外の人に
    心変わりしてしまうようなことがあるとすれば、
    波が末の松山を越えるでしょう。




    波が末の松山を越えることは絶対にない。

    そのことに懸けて、
    「心変わりは絶対にない」 と永遠の愛を誓っています。

  • 【いまや防災教育の歌】<br /><br />学校で習った記憶はないけれど、<br />3.11の震災をきっかけに見直され、<br />話題に上るようになった869年の貞観地震。<br /><br /><br />「末の松山 波越さじ」 というのは、<br />甚大な被害をもたらした貞観地震の大津波の時でさえ、<br />ここまでは波が来なかった(波越さじ=波が越さない)<br />ことを教えてくれています。<br /><br />この歌が詠まれた年は明確ではありませんが、<br />貞観地震は869年。<br />清原元輔は908年生まれ(〜990年没)。<br />もちろん、貞観の大津波のことは知っていたでしょう。<br /><br /><br />それから、千年以上を経た2011年3月11日、<br />多賀城は津波被害に見舞われました。<br />やはり、末の松山には津波は達していません。<br /><br /><br />多賀城の人々が<br />皆この高台に避難するわけにはいかないけれど、<br />「末の松山 波越さじ」を<br />後世に伝承していくことは意義深いと思います。<br /><br />文学的価値以上に、防災教育としての価値大です。

    【いまや防災教育の歌】

    学校で習った記憶はないけれど、
    3.11の震災をきっかけに見直され、
    話題に上るようになった869年の貞観地震。


    「末の松山 波越さじ」 というのは、
    甚大な被害をもたらした貞観地震の大津波の時でさえ、
    ここまでは波が来なかった(波越さじ=波が越さない)
    ことを教えてくれています。

    この歌が詠まれた年は明確ではありませんが、
    貞観地震は869年。
    清原元輔は908年生まれ(〜990年没)。
    もちろん、貞観の大津波のことは知っていたでしょう。


    それから、千年以上を経た2011年3月11日、
    多賀城は津波被害に見舞われました。
    やはり、末の松山には津波は達していません。


    多賀城の人々が
    皆この高台に避難するわけにはいかないけれど、
    「末の松山 波越さじ」を
    後世に伝承していくことは意義深いと思います。

    文学的価値以上に、防災教育としての価値大です。

  • 【869年の貞観地震】<br /><br />歴史書によると、<br /><br />夜に大地震が起きた。人々は叫び声を挙げて身を伏せ、<br />立つことができなかった。家の下敷きになった者、<br />地割れにのまれた者がいて、建物の多くが崩れ落ちた。<br />海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、<br />内陸まで水浸しに。野原も道も、大海原と化した。<br />田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。<br /><br />…だそうです。

    【869年の貞観地震】

    歴史書によると、

    夜に大地震が起きた。人々は叫び声を挙げて身を伏せ、
    立つことができなかった。家の下敷きになった者、
    地割れにのまれた者がいて、建物の多くが崩れ落ちた。
    海鳴りが聞こえて潮が湧き上がり、川が逆流し、
    内陸まで水浸しに。野原も道も、大海原と化した。
    田畑も人々の財産も、ほとんど何も残らなかった。

    …だそうです。

  • 【末の松山】<br /><br />末の松山の所在には、諸説あるようですが、<br />実際に自分の足で来てみると、<br />←ココは、可能性としては十分高いと感じます。<br /><br /><br />海は遠いけれど、川はすぐ近く。<br />この場所はなだらかな高台になっているので、<br />たとえ大津波がきて川が逆流しても<br />歌の通り、さすがに波はここまで上がってこない。

    【末の松山】

    末の松山の所在には、諸説あるようですが、
    実際に自分の足で来てみると、
    ←ココは、可能性としては十分高いと感じます。


    海は遠いけれど、川はすぐ近く。
    この場所はなだらかな高台になっているので、
    たとえ大津波がきて川が逆流しても
    歌の通り、さすがに波はここまで上がってこない。

  • 【貞観地震当時の首脳陣はあの人!】<br /><br />2011年3月11日の震災発生時、<br />日本政府のトップは菅直人元総理。<br /><br /><br />869年貞観地震の政府首脳陣は、<br />摂政・太政大臣が藤原良房(68歳)。<br /><br />そして、中納言正三位が、<br />光源氏のモデルといわれる源融でした(48歳)。<br /><br />〔第14首/河原左大臣(源融)〕<br /> みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆえに<br />  乱れそめにし われならなくに

    【貞観地震当時の首脳陣はあの人!】

    2011年3月11日の震災発生時、
    日本政府のトップは菅直人元総理。


    869年貞観地震の政府首脳陣は、
    摂政・太政大臣が藤原良房(68歳)。

    そして、中納言正三位が、
    光源氏のモデルといわれる源融でした(48歳)。

    〔第14首/河原左大臣(源融)〕
     みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆえに
      乱れそめにし われならなくに

  • 【清原元輔】<br /><br /><br />清原元輔も、まさか自分の歌が千年の後に<br />こんな形で見直されるとは思わなかったでしょう。<br /><br />ところで、<br />清原元輔とは、あの清少納言のお父上。

    【清原元輔】


    清原元輔も、まさか自分の歌が千年の後に
    こんな形で見直されるとは思わなかったでしょう。

    ところで、
    清原元輔とは、あの清少納言のお父上。

  • 【百人一首マメ知識/親子編】<br /><br />↓の通り、親子で始まり、親子で終わる百人一首ですが、<br /><br />1首 天智天皇<br />2首 天智天皇の娘 (持統天皇)<br /><br />99首  後鳥羽院<br />100首 後鳥羽院の息子 (順徳院)<br /><br /><br /><br />清少納言にいたっては、三代で登場!<br /><br />36首 清少納言の曽祖父(清原深養父)<br />42首 清少納言の父   (清原元輔)<br />62首 清少納言<br /><br /><br />清少納言のライバルと称される紫式部は、母娘で登場。<br />第57首 紫式部<br />第58首 大弐三位(紫式部の娘)<br />http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10636483/<br /><br /><br />同じく女流歌人の和泉式部も、母娘で登場。<br />第56首 和泉式部<br />第60首 小式部内侍(和泉式部の娘)<br />http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10635231/

    【百人一首マメ知識/親子編】

    ↓の通り、親子で始まり、親子で終わる百人一首ですが、

    1首 天智天皇
    2首 天智天皇の娘 (持統天皇)

    99首  後鳥羽院
    100首 後鳥羽院の息子 (順徳院)



    清少納言にいたっては、三代で登場!

    36首 清少納言の曽祖父(清原深養父)
    42首 清少納言の父   (清原元輔)
    62首 清少納言


    清少納言のライバルと称される紫式部は、母娘で登場。
    第57首 紫式部
    第58首 大弐三位(紫式部の娘)
    http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10636483/


    同じく女流歌人の和泉式部も、母娘で登場。
    第56首 和泉式部
    第60首 小式部内侍(和泉式部の娘)
    http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10635231/

  • 【競技かるたプチ情報】<br /><br />「ち」で始まる歌は、<br />ちはやぶる/ちぎりきな/ちぎりおきし の3首。<br /><br />「ちは」 は聴き取りやすく、決まり字も短いのでラクな札。<br /><br />問題は 「ちぎりき」 「ちぎりお」 の四字決まり。<br />競技の進行次第では、<br />さっさと二字・一字になってくれることもありますが、<br />終盤まで四字だと、お手つき発生率が高くなります。<br /><br />音的には「ちぎりき」の方が耳に引っ掛けやすいですが<br />(イ段の音が続くので、音がスルッと抜けていかない)<br />私は 「ちぎりお」 の方が得意。<br /><br />読手さんはかなり気をつけていると思うのですが、<br />6文字の 「ちぎりおきし」 は<br />5文字の 「ちぎりきな」 より、<br />わずかに一字一字の読みの間隔が狭く聴こえます。<br /><br />私は小さい頃、ピアノを習いつつ、<br />ソルフェージュをやっていたので、<br />間隔の微妙な差を、耳で掴まえられるみたいです。<br /><br />同じ理由で、<br />6文字の 「こころあてに」 と<br />5文字の 「こころにも」 も<br />私にとっては2字もしくは3字決まりです。<br />(初めての読手さんだと無理ですが、慣れるとわかります)

    【競技かるたプチ情報】

    「ち」で始まる歌は、
    ちはやぶる/ちぎりきな/ちぎりおきし の3首。

    「ちは」 は聴き取りやすく、決まり字も短いのでラクな札。

    問題は 「ちぎりき」 「ちぎりお」 の四字決まり。
    競技の進行次第では、
    さっさと二字・一字になってくれることもありますが、
    終盤まで四字だと、お手つき発生率が高くなります。

    音的には「ちぎりき」の方が耳に引っ掛けやすいですが
    (イ段の音が続くので、音がスルッと抜けていかない)
    私は 「ちぎりお」 の方が得意。

    読手さんはかなり気をつけていると思うのですが、
    6文字の 「ちぎりおきし」 は
    5文字の 「ちぎりきな」 より、
    わずかに一字一字の読みの間隔が狭く聴こえます。

    私は小さい頃、ピアノを習いつつ、
    ソルフェージュをやっていたので、
    間隔の微妙な差を、耳で掴まえられるみたいです。

    同じ理由で、
    6文字の 「こころあてに」 と
    5文字の 「こころにも」 も
    私にとっては2字もしくは3字決まりです。
    (初めての読手さんだと無理ですが、慣れるとわかります)

  • 【末の松山】<br /><br /><br />古来から歌に詠まれてきた老松。<br /><br />←2001年に、雪の重みで枝の一部が<br />失われてしまいました…。

    【末の松山】


    古来から歌に詠まれてきた老松。

    ←2001年に、雪の重みで枝の一部が
    失われてしまいました…。

  • 【末の松山】<br /><br /><br />末の松山にクルッと背中を向けると、

    【末の松山】


    末の松山にクルッと背中を向けると、

  • 【沖の井 (沖の石)】<br /><br /><br />その60メートル先に、<br />二条院讃岐が歌に詠んだ沖の石。<br /><br /><br />続きは、<br />旅行記 「わが袖は潮干に見えぬ 〜沖の石〜」 で。<br />http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10665936/

    【沖の井 (沖の石)】


    その60メートル先に、
    二条院讃岐が歌に詠んだ沖の石。


    続きは、
    旅行記 「わが袖は潮干に見えぬ 〜沖の石〜」 で。
    http://4travel.jp/traveler/korinori/album/10665936/

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