2012/04/08 - 2012/04/08
715位(同エリア1350件中)
サボ10さん
4月8日、日曜日
2012年の日本旅行に 門司 を選んだのには別に理由(目的)があったわけではありません。 まあ、強いて云えば 瀬戸内海の美味しい魚が食べられるかな ていどでした。
然し、実際に訪ねて、ここが今回の旅行の頂点(ハイライト)になると思います。 このアルバムに載せた写真の枚数がそれを裏づけています。
観光地として楽しい場所でした。
日本が友好のシンボルとして桜の木をアメリカに贈ってから今年が100年目(Cherry Blossom Centennial) になります。 それを記念して アメリカの郵政局は 桜の記念切手を発売。
2012年の日本旅行の表紙に その記念切手の絵 を使っています。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線
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4月8日、ローカル線で 尾道から福山に出て、そこから 九州小倉まで 新幹線さくら を利用。
小倉からは ローカル線で 門司港駅 に着いたのが11時頃でした。 -
門司港駅。
門司港駅は雰囲気が横須賀に似ています。
然し、。。。 -
駅を出て吃驚。
門司港の街は タイムスリップ で 大正時代に返った気分になる レトロ な街。
「大正時代を覚えているの?」
いや、私は歳はとっていても、未だ昭和2桁の生まれですから、覚えてはいません。 大正の頃の建物はこんなだったんだろうな と想像させる街。
写真は レトロな 切符売場。 JR職員も昔の服装。 -
駅前噴水広場。
時期的に早いからでしょう、噴水はありませんでした。 -
替わりに 郷土(門司港)展。
正面の建物は 郵船ビル。
左上は 人力車。
「英語で 人力車は何と云うの?」
足を使ったタクシー、Pedicab、になるのでしょうが、一般に使われているのが ricksha (或は rickshaw)。
日本語の 力車 を短くし、発音しやすくした(米語化した)言葉。 昔友人に Rick Shaw と云う者がいましたが、彼は如何思ったか。。。
左下は駅前にいた着飾った姉弟。 -
西海岸通り。
突き当たりが1泊した 門司港ホテル。
右側、八角形の塔屋とオレンジ色の外壁の建物は 1917年(大正6年)に建てられた旧大阪商船門司支店を修復した建物。 -
門司港ホテル、門司港を観光するには非常に便利な場所にありました。
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関門海峡が見える部屋
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ホテルの周辺を散策。
写真は 旧門司三井倶楽部。
1921年(大正10年)に三井物産の接客、宿泊施設として建てられました。 1922年には アインシュタイン博士夫妻がここに宿泊したそうです。 -
門司港の面白いところは 其々の建物を 歴史的記念物 として保存しているだけではなく、実際に(建物を)活用していることです。
旧門司三井倶楽部の1階の1部は その名のレストラン。 -
我々は三井倶楽部で昼食。
地元の門司(さくら)ビール。 そして門司と云えば 河豚の刺身。
もう1つ、今回 焼きカレー が当地の名物だと知りました。
門司港名物、焼きカレー、を始めたのは昭和30年代の門司港にあった喫茶店だったそうです。
残ってしまったカレーをグラタン風にオーブンで焼いたところ美味しかったので客にサーブしたのが始まり。 今は ご当地メニュー として門司港の多くのレストランで出しています。 -
三井倶楽部のテーブル。
我々は早く行ったので窓際の個別テーブル。 -
写真は 旧門司税関
1912年(明治45年)に建てられた煉瓦造りの建物。 昭和初期まで税関庁舎として使用されていたようです。
この建物内にも 「レトロ カフェ」と云う店があったようですが、残念ながら今は閉店。
門司港ホテル側の 第一船だまり にあった船のレストランも閉店していました。 良い場所にあっても其々経営は難しかったようですね。 -
第一船だまり。 正面は 海峡プラザ
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国際友好記念図書館。
帝政ロシアが中国(大連)に建築した 東清鉄道オフィスを北九州市と大連市の友好都市締結15年を記念して複製した建物。
この建物にレストランがあるとしたら何と云う名前でしょう? -
中国料理の店、大連あかしあ です。
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4月8日の夕食を 大連あかしあ でしました。
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写真の上左が 日本語の 焼き餃子、中国語の 鍋貼(コーティエ)。 鍋に貼りつくので 英語で pot sticker とも呼ばれます。
右が日本語の 水餃子、中国語の 餃子。
下の左が 八宝菜、右は魚と野菜炒め、場所柄魚は河豚。 -
3つか4つ、食べ処があるようです。
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この高層ビルは レトロ ハイマート。
31階に 門司港レトロ展望室 があります。 -
ブルーウィングもじ、英語で Draw Bridge、と呼ばれる はね橋。
写真の手前に見えるのが 恋人の聖地の碑 -
関門橋
橋の東側、平行してあるのが 関門トンネル。
幼少の頃、半世紀以前のことになりますが、関門トンネルを通過した記憶があります。
「よくまぁ〜、昔々のことを覚えていますね」
関門トンネルに入る前に皆が急いで窓を閉めたのを記憶しています。 開けておくと煙が車内に入ってくるからです。 そう、当時の機関車は蒸気で運行していました。
蒸気と云えば、もう1つの思い出があります。 幼少の頃、飯田橋にある暁星小学校に通学していたのですが、三宿の自宅から渋谷まではバスを利用。 そのバスの後方に積み込まれていたのが薪。
「バスで薪を運んでいたの?」
バスは 木も燃やし、蒸気で運行していたのだと思います。
レトロの街、門司を訪ねると昔の記憶が蘇ります。 -
昔中国との貿易港だった門司。 この通りには 大連 と云う名が付けられています。
大連通りの桜、正面は 関門海峡ミュージアム。 -
桜と関門海峡
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紙芝居。
テレビが無かった頃の子供の娯楽。 私も 酢昆布 を食べながら見ていましたよ。
門司港は バナナの叩き売り の発祥の地とされていて、海峡プラザの前でも バナナの叩き売り をする人がいました。 -
明日のスターを目指して。。。
スターになったら、この写真は貴重品。 -
夜の はね橋(Draw Bridge)
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4月8日の日没。
海峡の彼方は下関。 -
下関(唐戸)と 門司港をつなぐ 関門連絡船。
下関まで約5分の船旅だそうです。 -
高いビルディングは 下関の 海峡ゆめタワー
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夜の 門司港ホテル。
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海峡プラザの夜景
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夜の門司港駅
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夜の旧大阪商船(右)と 三井倶楽部(左)
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