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1999年(平成11年)の12月2日、モロッコのマラケッシュで開催された第23回世界遺産委員会において、「日光の社寺」が世界遺産に登録されました。<br />世界遺産に登録された「日光の社寺」の内容は、日光山内にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」と、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」です。<br />文化的景観とは、自然現象と人間の活動とがお互いに影響しあって形成された環境ともいうべきもので、世界遺産を捉える視点として新たに設けられた概念です。<br /><br />日光を訪問したのは遙か昔、実に小学生の頃です。<br />ちょっと足を伸ばし、想い出の地を再訪してみました。

【栃木県(日光)】世界遺産「日光の社寺」(Shrines and Temples of Nikko)

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2012/04/21 - 2012/04/22

602位(同エリア3463件中)

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【弾丸トラベラー】

【弾丸トラベラー】さん

1999年(平成11年)の12月2日、モロッコのマラケッシュで開催された第23回世界遺産委員会において、「日光の社寺」が世界遺産に登録されました。
世界遺産に登録された「日光の社寺」の内容は、日光山内にある二荒山神社、東照宮、輪王寺の103棟(国宝9棟、重要文化財94棟)の「建造物群」と、これらの建造物群を取り巻く「遺跡(文化的景観)」です。
文化的景観とは、自然現象と人間の活動とがお互いに影響しあって形成された環境ともいうべきもので、世界遺産を捉える視点として新たに設けられた概念です。

日光を訪問したのは遙か昔、実に小学生の頃です。
ちょっと足を伸ばし、想い出の地を再訪してみました。

一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
新幹線 JR特急 JRローカル
  • 【日光駅】<br />日光駅は大正元年(1912)に建てられた木造2階建ての駅舎です。屋根は寄棟、瓦吹きで千鳥破風状のドーマや洋風の棟飾りが設えられ、外壁は腰壁が板張り、その他がハーフティンバー風で柱などの構造体が外壁面に表しとなっています。縦長の上げ下げ窓や軒廻りの蛇腹状の収まりなど当時の駅舎建築の形状を良く残していて、内部には大正天皇が田母沢御用邸を訪れた際利用された貴賓室も保存されています。

    【日光駅】
    日光駅は大正元年(1912)に建てられた木造2階建ての駅舎です。屋根は寄棟、瓦吹きで千鳥破風状のドーマや洋風の棟飾りが設えられ、外壁は腰壁が板張り、その他がハーフティンバー風で柱などの構造体が外壁面に表しとなっています。縦長の上げ下げ窓や軒廻りの蛇腹状の収まりなど当時の駅舎建築の形状を良く残していて、内部には大正天皇が田母沢御用邸を訪れた際利用された貴賓室も保存されています。

  • レトロな駅構内

    レトロな駅構内

  • では、世界遺産「日光の社寺」への旅の始まりです。

    では、世界遺産「日光の社寺」への旅の始まりです。

  • 【日光東照宮】<br />日光東照宮は、徳川初代将軍徳川家康公を祀る神社です。

    【日光東照宮】
    日光東照宮は、徳川初代将軍徳川家康公を祀る神社です。

  • 【石鳥居】<br />元和四年(1618)に福岡の黒田長政が奉納したもので、高さ約9mで、京都八坂神社、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮の鳥居と並んで、日本三大石鳥居と言われています。

    【石鳥居】
    元和四年(1618)に福岡の黒田長政が奉納したもので、高さ約9mで、京都八坂神社、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮の鳥居と並んで、日本三大石鳥居と言われています。

  • 【五重塔】<br />五重塔は、慶安3年(1650年)に造営されたが、文化12年(1815年)に焼失し、文政元年(1818年)に再建されたものです。<br />この塔は、心柱を第四層目から吊り下げ、その下部は礎石上にのらず約10cm程遊離させ、塔の重心を常に中心から外れないようにする力学的な構造が採用されるなど、風害や地震の対策が施されています。<br />

    【五重塔】
    五重塔は、慶安3年(1650年)に造営されたが、文化12年(1815年)に焼失し、文政元年(1818年)に再建されたものです。
    この塔は、心柱を第四層目から吊り下げ、その下部は礎石上にのらず約10cm程遊離させ、塔の重心を常に中心から外れないようにする力学的な構造が採用されるなど、風害や地震の対策が施されています。

  • 【表門】<br />表門は正面左右に「阿吽」の仁王像(身長4メートル)を安置しているので、昔は仁王門と呼ばれていました。<br />

    【表門】
    表門は正面左右に「阿吽」の仁王像(身長4メートル)を安置しているので、昔は仁王門と呼ばれていました。

  • 【三神庫】<br />三神庫は下神庫・中神庫・上神庫の総称で寛永12年(1635)に建てられました。下神庫は桁行7間、梁間4間、切妻、銅瓦葺き、中神庫は桁行9間、梁間3間、入母屋、銅瓦葺き、上神庫は桁行7間、梁間4間、切妻、銅瓦葺きで、三棟とも校倉造り、高床で内部には「百物揃千人武者行列」に使用される1200人分の装束や舞楽用の装束などが収められています。

    【三神庫】
    三神庫は下神庫・中神庫・上神庫の総称で寛永12年(1635)に建てられました。下神庫は桁行7間、梁間4間、切妻、銅瓦葺き、中神庫は桁行9間、梁間3間、入母屋、銅瓦葺き、上神庫は桁行7間、梁間4間、切妻、銅瓦葺きで、三棟とも校倉造り、高床で内部には「百物揃千人武者行列」に使用される1200人分の装束や舞楽用の装束などが収められています。

  • 上神庫の屋根妻面には狩野探幽が下絵した「想像の象」の彫刻があり、「三猿」と「眠り猫」と共に日光三彫刻の1つとされています。 <br />

    上神庫の屋根妻面には狩野探幽が下絵した「想像の象」の彫刻があり、「三猿」と「眠り猫」と共に日光三彫刻の1つとされています。

  • 【神厩舎】<br />猿は馬を病気から守るとされ室町時代までは馬屋で飼われていました。神厩舎には猿の彫刻が飾られていて、左から右へ「子育て」「成長」「悩み・思春期」「旅立・希望」「挫折・友情」「出会い・恋愛」「結婚」「妊娠」、8枚の彫刻で猿の一生が描かれています。

    【神厩舎】
    猿は馬を病気から守るとされ室町時代までは馬屋で飼われていました。神厩舎には猿の彫刻が飾られていて、左から右へ「子育て」「成長」「悩み・思春期」「旅立・希望」「挫折・友情」「出会い・恋愛」「結婚」「妊娠」、8枚の彫刻で猿の一生が描かれています。

  • 【三猿】<br />「成長」の三猿は、子どものうちは悪いことを「見ざる 聞かざる 言わざる」がよいという現代にも生きる人生訓が描かれています。

    イチオシ

    【三猿】
    「成長」の三猿は、子どものうちは悪いことを「見ざる 聞かざる 言わざる」がよいという現代にも生きる人生訓が描かれています。

  • 【御水屋】<br /> 御水屋は寛永12年(1635)に建てられた、唐破風屋根、銅瓦葺きの建物です。建物の規模に対して大型な唐破風は格式を感じさせ、水にちなんで波や竜の彫刻に極彩色が塗られています。<br />

    【御水屋】
     御水屋は寛永12年(1635)に建てられた、唐破風屋根、銅瓦葺きの建物です。建物の規模に対して大型な唐破風は格式を感じさせ、水にちなんで波や竜の彫刻に極彩色が塗られています。

  • 【陽明門】<br />日光で最も有名な建築である陽明門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替え、塗装の塗替があったが、彫刻や主要化粧部材は創建のままです。<br />終日眺めていても飽きないことから日暮門とも呼ばれています。

    イチオシ

    【陽明門】
    日光で最も有名な建築である陽明門は、寛永13年(1636年)に造営されたもので、屋根の葺き替え、塗装の塗替があったが、彫刻や主要化粧部材は創建のままです。
    終日眺めていても飽きないことから日暮門とも呼ばれています。

  • 【東西回廊】<br />国宝に指定されている回廊は陽明門を中心に本社、祈祷殿、神楽殿、神輿社などを取り囲んでいます。総漆濡りで様々な精巧な彫刻や燭台12台、蟇股30個が施され極彩色で彩られています。

    【東西回廊】
    国宝に指定されている回廊は陽明門を中心に本社、祈祷殿、神楽殿、神輿社などを取り囲んでいます。総漆濡りで様々な精巧な彫刻や燭台12台、蟇股30個が施され極彩色で彩られています。

  • 柱は全部で12本あり胡粉が塗られ、グリ紋と称する渦巻状の地紋と鳥獣、草花が彫られています。特に裏側の左手2番目の柱は&quot;魔除けの逆柱&quot;と呼ばれグリ紋の向きが逆で、&quot;完成した瞬間から崩壊が始まる。&quot;という古事からわざと未完成の部分を残しています。

    柱は全部で12本あり胡粉が塗られ、グリ紋と称する渦巻状の地紋と鳥獣、草花が彫られています。特に裏側の左手2番目の柱は"魔除けの逆柱"と呼ばれグリ紋の向きが逆で、"完成した瞬間から崩壊が始まる。"という古事からわざと未完成の部分を残しています。

  • 【御本社】<br />国宝指定されている御本社は本殿、石の間、拝殿が一体化した権現造りで、東照宮の中心を成しています。寛永12年(1635)に建てられ、本殿は(桁行5間、梁間5間、背面向拝1間、入母屋、銅瓦葺き)、石之間は(桁行3間、梁間1間、両下造、銅瓦葺き)、拝殿は(桁行9間、梁間4間、入母屋、正面千鳥破風、軒唐破風、向拝3間、銅瓦葺き)です。拝殿には「将軍着座の間」・「法親王着座の間」があり天井は格天井で格それぞれ異なった竜が狩野一派によって描かれ百間百種の竜と呼ばれています。本殿は神仏混合の名残が見られ、内陣や内々陣などが設えられ東照大権現が安置しています。

    イチオシ

    【御本社】
    国宝指定されている御本社は本殿、石の間、拝殿が一体化した権現造りで、東照宮の中心を成しています。寛永12年(1635)に建てられ、本殿は(桁行5間、梁間5間、背面向拝1間、入母屋、銅瓦葺き)、石之間は(桁行3間、梁間1間、両下造、銅瓦葺き)、拝殿は(桁行9間、梁間4間、入母屋、正面千鳥破風、軒唐破風、向拝3間、銅瓦葺き)です。拝殿には「将軍着座の間」・「法親王着座の間」があり天井は格天井で格それぞれ異なった竜が狩野一派によって描かれ百間百種の竜と呼ばれています。本殿は神仏混合の名残が見られ、内陣や内々陣などが設えられ東照大権現が安置しています。

  • 【唐門】<br />国宝に指定されている唐門は、桁行1間、梁間1間の小規模で白と金を基調とする清楚の印象を受けますが、屋根は四方軒唐破風の格式のあるもので棟には竜や獅子を模った銅製彫刻が設えられ、唐破風や欄間、柱には精巧な彫刻が施されています。

    【唐門】
    国宝に指定されている唐門は、桁行1間、梁間1間の小規模で白と金を基調とする清楚の印象を受けますが、屋根は四方軒唐破風の格式のあるもので棟には竜や獅子を模った銅製彫刻が設えられ、唐破風や欄間、柱には精巧な彫刻が施されています。

  • 【神楽殿】<br />神楽殿は寛永12年(1635)に建てられ、桁行3間、梁間3間、入母屋、銅瓦葺きの建物で反対側にある神輿社と対になっています。黒と金を基調とし高欄は朱色、組物、彫刻、欄間は極彩色で彩られ、内部は舞台が本社側を向き楽屋が背後に配されています。

    【神楽殿】
    神楽殿は寛永12年(1635)に建てられ、桁行3間、梁間3間、入母屋、銅瓦葺きの建物で反対側にある神輿社と対になっています。黒と金を基調とし高欄は朱色、組物、彫刻、欄間は極彩色で彩られ、内部は舞台が本社側を向き楽屋が背後に配されています。

  • 【眠り猫】<br />眠り猫は名工左甚五郎が彫刻したとされる一品で、「三猿」、「想像の象」とともに日光三彫刻の1つとされています。眠り猫の由来は、天敵である猫が居眠りをして雀が踊っている姿を表現していることから平和を象徴していますが、角度を変えてみると猫が薄め目を開け爪を立てているように見え、侵入者には断固として拒否する姿勢が窺えます。<br />

    【眠り猫】
    眠り猫は名工左甚五郎が彫刻したとされる一品で、「三猿」、「想像の象」とともに日光三彫刻の1つとされています。眠り猫の由来は、天敵である猫が居眠りをして雀が踊っている姿を表現していることから平和を象徴していますが、角度を変えてみると猫が薄め目を開け爪を立てているように見え、侵入者には断固として拒否する姿勢が窺えます。

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  • 【奥宮】<br />奥宮は初代将軍徳川家康の墳墓の上に建てられた宝塔で、当初は木造でさらに石造に改められましたが天和3年(1683)に新たに銅製に鋳造されています。宝塔は石造りの玉垣の内部に八角九段の基盤を築きその上に高さ5mあり、前面には寛永20年に朝鮮から献上された香炉、燭台、花瓶、三具足が備え付けられています。<br />

    【奥宮】
    奥宮は初代将軍徳川家康の墳墓の上に建てられた宝塔で、当初は木造でさらに石造に改められましたが天和3年(1683)に新たに銅製に鋳造されています。宝塔は石造りの玉垣の内部に八角九段の基盤を築きその上に高さ5mあり、前面には寛永20年に朝鮮から献上された香炉、燭台、花瓶、三具足が備え付けられています。

  • 【本地堂】<br />本地堂は寛永12年(1635)に建てられ、桁行7間、梁間5間、入母屋、銅瓦葺き、3間の向拝が付いています。規模としては東照宮最大の建物で、本尊が薬師瑠璃光如来像であることから薬師堂とも言われています。天井には狩野派が描いた8mの竜がありその下で手を打つと鳴き竜現象が起こりましたが、昭和36年に火災により焼失し、その後再建されています。 <br />

    【本地堂】
    本地堂は寛永12年(1635)に建てられ、桁行7間、梁間5間、入母屋、銅瓦葺き、3間の向拝が付いています。規模としては東照宮最大の建物で、本尊が薬師瑠璃光如来像であることから薬師堂とも言われています。天井には狩野派が描いた8mの竜がありその下で手を打つと鳴き竜現象が起こりましたが、昭和36年に火災により焼失し、その後再建されています。

  • 東照宮を後にし、次の訪問先「二荒山神社」を目指します。

    東照宮を後にし、次の訪問先「二荒山神社」を目指します。

  • 東照宮側参道、上新道

    東照宮側参道、上新道

  • 【二荒山神社】<br />日光における山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた神社で、特に、中世には多数の社殿が造営されました。また、江戸時代になると、徳川幕府によって新たに本殿や社殿が造営され、このうち、本殿や神橋など23棟が重要文化財に指定されています。

    【二荒山神社】
    日光における山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた神社で、特に、中世には多数の社殿が造営されました。また、江戸時代になると、徳川幕府によって新たに本殿や社殿が造営され、このうち、本殿や神橋など23棟が重要文化財に指定されています。

  • 【上新道鳥居】<br />当神社は関東第一の霊峯男体山(二荒山)を始め八峯の 二荒山の大神と崇めて奉拝し、神護景雲年間 社殿を造営し、奉祀して以来千二百年余の、 由緒をもつ延喜式名神大社です。

    イチオシ

    【上新道鳥居】
    当神社は関東第一の霊峯男体山(二荒山)を始め八峯の 二荒山の大神と崇めて奉拝し、神護景雲年間 社殿を造営し、奉祀して以来千二百年余の、 由緒をもつ延喜式名神大社です。

  • 境内に咲く、八汐つつじ

    境内に咲く、八汐つつじ

  • 【表参道の鳥居】<br />

    【表参道の鳥居】

  • 【日光廟大猷院】<br />徳川三代将軍家光公の廟所で、公は慶安4年(1651)4月20日薨ぜられ、後光明天皇から 「大猷院」の法号を勅賜せられました。<br />入り口の「仁王門」にはじまり、家光公墓所の入り口に当たる「皇嘉門」まで、意匠の異なる大小6つの門で、境内が立体的に仕切られています。

    イチオシ

    【日光廟大猷院】
    徳川三代将軍家光公の廟所で、公は慶安4年(1651)4月20日薨ぜられ、後光明天皇から 「大猷院」の法号を勅賜せられました。
    入り口の「仁王門」にはじまり、家光公墓所の入り口に当たる「皇嘉門」まで、意匠の異なる大小6つの門で、境内が立体的に仕切られています。

  • 【神橋】<br />神橋は、既に室町時代にはその存在が確認できています。現在の橋形は、寛永13年(1636年)のもので、左右の川岸に沿って石の橋脚が立てられ、朱漆塗りです。その後、修理、架け替えが行われてきました。

    【神橋】
    神橋は、既に室町時代にはその存在が確認できています。現在の橋形は、寛永13年(1636年)のもので、左右の川岸に沿って石の橋脚が立てられ、朱漆塗りです。その後、修理、架け替えが行われてきました。

  •  奈良時代の末、下野の人沙門勝道は、その伯父・大中臣諸清たちと、かねて深く尊崇する霊峯二荒山(男体山)の登頂によって鎮護国家、人民利益のための大願をたてました。<br /> 天平神護2年3月(766年)勝道上人一行は大谷川のほとりにたどりつき川を渡ろうとしましたが、岩をかんで流れる大谷川の激流のため渡る方法がなくこまりはてました。上人はひざまづいて一心に祈念を凝らすと、川の北岸にひとりの神人が現われました。その姿は夜叉のようで、身の丈一丈余、左手は腰にあんじ、右手に二匹の蛇をまき、上人に向って「我は深砂大王である。汝を彼の岸に渡すべし」といいながら手にもった蛇を放つと、赤と青二匹の蛇は、たちまち川の対岸とを結び、虹のように橋をつくり、背に山菅が生えたので、上人一行は早速これによって急流を渡ることができたといいます。ふり返って見ると、神人も蛇橋もすでに消え失せてしまっていたので、上人は合掌して、深砂大王の加護に感謝し、それ以来この橋を山菅の蛇橋と呼んだといいます。

     奈良時代の末、下野の人沙門勝道は、その伯父・大中臣諸清たちと、かねて深く尊崇する霊峯二荒山(男体山)の登頂によって鎮護国家、人民利益のための大願をたてました。
     天平神護2年3月(766年)勝道上人一行は大谷川のほとりにたどりつき川を渡ろうとしましたが、岩をかんで流れる大谷川の激流のため渡る方法がなくこまりはてました。上人はひざまづいて一心に祈念を凝らすと、川の北岸にひとりの神人が現われました。その姿は夜叉のようで、身の丈一丈余、左手は腰にあんじ、右手に二匹の蛇をまき、上人に向って「我は深砂大王である。汝を彼の岸に渡すべし」といいながら手にもった蛇を放つと、赤と青二匹の蛇は、たちまち川の対岸とを結び、虹のように橋をつくり、背に山菅が生えたので、上人一行は早速これによって急流を渡ることができたといいます。ふり返って見ると、神人も蛇橋もすでに消え失せてしまっていたので、上人は合掌して、深砂大王の加護に感謝し、それ以来この橋を山菅の蛇橋と呼んだといいます。

  • 【日光物産商会本店】<br />神橋脇に建つ本店は、国の登録有形文化財に指定されています。<br />その歴史は、明治時代後期、土産品店として創業。<br />当初は日光金谷ホテルが経営し、主に、日光彫等、木工品の製造販売・輸出を手がけていた。その後、木工品製造は別会社に移し、土産専門店となりました。<br />

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    【日光物産商会本店】
    神橋脇に建つ本店は、国の登録有形文化財に指定されています。
    その歴史は、明治時代後期、土産品店として創業。
    当初は日光金谷ホテルが経営し、主に、日光彫等、木工品の製造販売・輸出を手がけていた。その後、木工品製造は別会社に移し、土産専門店となりました。

  • 現在は「そば処 神橋庵」「カフェレストラン 匠」「日光金谷ホテルベーカリー」を併設しています。

    現在は「そば処 神橋庵」「カフェレストラン 匠」「日光金谷ホテルベーカリー」を併設しています。

  • レトロな軒先、特に古びた電話ボックスが何ともいい雰囲気を醸し出しています。

    レトロな軒先、特に古びた電話ボックスが何ともいい雰囲気を醸し出しています。

  • 創業当時の面影を残し、高い天井・太い柱や梁、随所に見られる装飾的な彫刻は往時をしのばせています。<br />

    創業当時の面影を残し、高い天井・太い柱や梁、随所に見られる装飾的な彫刻は往時をしのばせています。

  • 【カフェレストラン 匠】<br />明治時代の和洋折衷の様式が不思議な雰囲気を醸し出す落ち着いたレストランで、ちょっと遅めの昼食をいただくことにします。

    【カフェレストラン 匠】
    明治時代の和洋折衷の様式が不思議な雰囲気を醸し出す落ち着いたレストランで、ちょっと遅めの昼食をいただくことにします。

  • 店内至るところに施された色鮮やかな彫刻やアンティークなインテリア。また、大きな窓ガラスも昔のままの味のあるゆがみがなんともレトロチック。ジャズのBGMを聞きながら、食事をいただきました。

    店内至るところに施された色鮮やかな彫刻やアンティークなインテリア。また、大きな窓ガラスも昔のままの味のあるゆがみがなんともレトロチック。ジャズのBGMを聞きながら、食事をいただきました。

  • 日光の美味しい〜♪ 水!

    日光の美味しい〜♪ 水!

  • 【ゆば弁当】<br />揚巻ゆばの煮物、虹ますの甘露煮、ゆば入豆乳コロッケ、<br />ゆばこんにゃくの酢味噌、和風焼肉、玉子焼、サラダ、山菜など

    イチオシ

    【ゆば弁当】
    揚巻ゆばの煮物、虹ますの甘露煮、ゆば入豆乳コロッケ、
    ゆばこんにゃくの酢味噌、和風焼肉、玉子焼、サラダ、山菜など

  • では、いただきます!<br />それにしてもジャズのBGM♪♪♪、本当に良いです。<br />

    では、いただきます!
    それにしてもジャズのBGM♪♪♪、本当に良いです。

  • 食事に満足し、旅の起点、JR日光駅に戻ることにします。

    食事に満足し、旅の起点、JR日光駅に戻ることにします。

  • JR日光駅に戻って来ました。

    JR日光駅に戻って来ました。

  • 次の列車までは?<br />・・・・50分程あるので、駅前の天然温泉を訪問することにしました。

    次の列車までは?
    ・・・・50分程あるので、駅前の天然温泉を訪問することにしました。

  • 【日光ステーションホテルクラシック】<br />JR日光駅の正面に佇む開業120年 モダンクラシックなホテル内で、何と日帰りの天然温泉を利用することができるのです。

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    【日光ステーションホテルクラシック】
    JR日光駅の正面に佇む開業120年 モダンクラシックなホテル内で、何と日帰りの天然温泉を利用することができるのです。

  • ホテルのフロントでタオルとバスタオルを貰います。<br />

    ホテルのフロントでタオルとバスタオルを貰います。

  • 天然温泉で身も心も癒され、列車にて日光を後にします。

    天然温泉で身も心も癒され、列車にて日光を後にします。

  • 古びた駅舎、なかなか良いです。

    古びた駅舎、なかなか良いです。

  • 久々の日光訪問、僅かな時間でしたが素晴らしい旅ができました。<br />今度は奥日光、特に中禅寺湖方面も訪問したいと思います。<br />

    久々の日光訪問、僅かな時間でしたが素晴らしい旅ができました。
    今度は奥日光、特に中禅寺湖方面も訪問したいと思います。

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  • わんぱく大将さん 2012/04/28 19:46:26
    3猿
    【弾丸トラベラー】さん

    いつも思う、”見ざる、聞かざる、言わざる” これは欧米人には無理ですな。 好奇心をもて、わからないことは訊け(人の話しは聞け)、自分を主張せよ、なのか? 目をふさいでも、耳で聞け、耳がなくても、視覚で感じろ、口がなくても、鼻で憶えろ。 なければ、ある何かで、補え? それ以上欲を持つな、ということなのかと。  いらん欲を持つことは聖書でも、つまらないことだとされてますが、さて、どっちを取ります?

     大将

    【弾丸トラベラー】

    【弾丸トラベラー】さん からの返信 2012/04/29 01:28:45
    3猿の人生訓もいいけれど
    大将さん

    やらずに後悔するよりも、やって後悔したいです。
    すみませんね!
    まだ人間として未完成ですので

    好奇心旺盛な【弾丸トラベラー探検隊長】(^_^)/~

    わんぱく大将

    わんぱく大将さん からの返信 2012/05/01 09:31:47
    RE: 3猿の人生訓もいいけれど
    > 大将さん
    >
    > やらずに後悔するよりも、やって後悔したいです。
    > すみませんね!
    > まだ人間として未完成ですので
    >
    > 好奇心旺盛な【弾丸トラベラー探検隊長】(^_^)/~

    わしも同じとて。 それは良い欲なのでは?  金、儲けたい、かわいこちゃんにもてたい、これは?  わしゃ、知らんで。

     大将
    >
  • ガブリエラさん 2012/04/24 13:16:02
    駅舎と赤いあ・うん像♪
    弾丸トラベラーさん☆

    こんにちは♪
    こっちは、23度ほどあって、とても暑い1日です!
    関東の方も、暖かくなったでしょうか(*^_^*)

    日光、いいですねヽ(^o^)丿
    まず、駅舎が素敵です♪
    こういうレトロな駅舎、大好きです!
    JRの奈良駅も、なかなかレトロなんですよ(*^_^*)
    って、すでにご存知かも?!

    そして東照宮の、赤い「あ・うん像」力強くて、好きです〜♪
    生で、いつか見てみたいですヽ(^o^)丿

    ガブ(^_^)v

    【弾丸トラベラー】

    【弾丸トラベラー】さん からの返信 2012/04/25 00:08:13
    日光見ずして結構と言うなかれ!\(^o^)/
    ガブリエラさん

    こんばんは。

    日光旅行記への投票、書き込みありがとうございます。
    月曜日は、関東も各地で20℃を超え、初夏のような暑さでした。
    本当に超〜♪久しぶりに日光に再訪しました。
    「日光見ずして結構と言うなかれ」ということわざがありますが、
    「にっこう」と「けっこう」のかけ言葉で、あの美しい日光東照宮こそ結構という言葉に価するもので、
    それを見ないうちは結構という言葉を遣うな、と東照宮の壮麗さを賞賛したものです。
    いつの日か、訪問してみてください。本当にオススメです!
    同じ意味で使われることわざに「ナポリを見てから死ね」がありますが、やはりナポリも素晴らしかったです。

    【弾丸トラベラー】(^_^)/~

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