2012/04/07 - 2012/04/07
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Weiwojingさん
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これまで在日米軍座間基地(正式名称は在日米軍キャンプ座間)には何度か訪れたことがあります。アメリカ人の友人が軍属で、ここで働いていたこともあって、家に招かれたり、いろいろなイベントに招かれたりしていました。しかし、友人の帰国後は行く機会がありませんでした。
今回訪れてみたいと思ったのは、基地内には昭和天皇に関する遺構があるということを以前から聞いていたので、ぜひ見てみたいと思ったからです。
座間基地は年に3回一般開放されていて、4月の桜まつり、7月の独立記念日、8月の花火大会という具合です。今回、桜まつりには時間が取れたので、出掛けてみました。
出掛けてみて、座間基地がこんなにも地元の人々に認知されていることに驚きました。小田急線相武台駅を降りて、座間基地に向かうと、道を知らなくても大勢の人々がその方向に向かっているので簡単に行くことが出来ます。
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小田急線相武台駅を降りて10分位歩くと、座間基地の入口があります。多くの人が同じところを目指しているので、初めてでも分かります。以前は正門から入りましたが、今回はそことは別の出入口です。こちらの方が駅から近いようです。
門を入ると荷物のチェックを受けなければなりません。鞄の中を見せ、異物がないかどうか確認し、その後機械によるボディチェックがあります。まるで空港と同じです。
基地内は迷ってしまうほどで広すぎて、先ほどまで駅から歩いてきた日本の街並みとは別の世界が現れました。 -
座間基地に入ると、そこはもうアメリカです。通りの看板も交通標識もすべて英語です(多少日本語の表示もありますが)。
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この日はあいにくの曇り空で、少し肌寒い感じの天候でした。桜の花は満開で、そこかしこに大きな木が植えられています。
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小学校の校舎のような建物があります。
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多くの人が来ているのには驚きました。基地はそれだけで一つの街のようなもので、なんでもあります。スーパー、銀行、学校、病院、教会、劇場、レストラン等々・・・・。SUBWAY までありました。日本の街と同じです。
ただ違うのは、ここではドル紙幣が通用貨幣で、日本円は使えないということです。ただし、この日はどちらの貨幣も使用可能でした。 -
周りの人がピザの入った大きな箱を手にしているのが見かけました。大変人気があるようです。LLサイズで1600円とのことで、普通売られているものよりはかなり大きいサイズです。Anthony's Pizza という店の出店のようです。
本当は小生も購入してみたいと思いました。しかし、ものすごく長い人の列で、これでは1時間以上は並ばなければならにようで、断念しました。 -
肉を焼く煙がすごいです。
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鉄板の上で大きなソーセージが焼かれています。これは黒豚の腸詰めです。本当は買ってみたかったのですが、かなり待つ必要があるようなので、止しました。
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看板には右側に「黒豚腸詰め」が、左側には「シャシリク(串焼き)」と出ています。タンステーキ串と牛ステーキ串の2種類があるようです。
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いかにも楽しそうに調理をしていますね。
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分厚くて、大きな肉ですね。一つの塊で何人分あるのでしょうか。
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その大きな肉の塊が、このように切り分けられています。
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芝生の広場にはステージが設けられ、コンサートが行われています。その前ではたくさんの人々が思い思いのスタイルで寛いでいます。
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この日はかなり肌寒い1日でしたが、寒さをもととせず、多くの人たちが芝生に陣取り、ランチを食べたり、音楽に聞き入っていました。
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広場の隅の方では子供たちが踊りの練習をしていて、楽しそうです。
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広場の隅の方では、ちょうどヨーロッパの中世時代を再現したショーが行われていて、このようないでたちの人たちがドラマを演じていました。
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王と王妃のようです。
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ショ―は御前試合を模したもののようでした。
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決着が付きました。
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勝者の名が読み上げられて、その武勇振りが讃えられています。
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勝者は王と王妃からその戦い振りに記念の品が与えられました。
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ショ―を後にして、移動しました。このような記念碑がありました。
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Camp Zama Chapel という名前の教会があります。基地には教会はなくてはならないものです。
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教会の内部です。ここは祭壇の後ろに作られたステンドグラスです。
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祭壇側から見た正面玄関です。
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教会の近くには鳥居がありました。こんなところに鳥居があるなんてと思いましたが、これはいわば単なる飾りにすぎないようです。
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今回ぜひ見てみたいと思っていた昭和天皇に関わる記念碑です。「相武臺」と記されていますが、これは1937年(昭和12)天皇がこの地に行幸された時に命名されたことを記念した碑です。
1937年、陸軍士官学校が当時の高座郡座間村(現座間市)に移転して来ました。同年12月20日に行われた同校卒業式に昭和天皇が行幸した際に天皇から「相武臺」の呼称が与えられました。
多くの人はあまりこのような記念碑に目を向けることはないようですね。この記念碑まで足を向ける人は皆無です。しかし、近代日本史を知る上では決して無視することは出来ない存在です。 -
「相武臺」記念碑のすぐ側に大きな木が何本も立つていますが、これらは陸軍士官学校を卒業した学生たちが記念に植えたものです。
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それらの中の一本の木の傍らに「第一期将校學生卒業記念」と記された石があります。卒業に際して植樹したことを示す碑です。その他にも第二期、第三期卒業生の記念碑もありました。
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さらに英文と日本文で書かれた説明書きもあります。
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教会のあるあたりは基地の中心部のようで、いろいろな施設があります。この写真のような劇場もあります。
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この日はすごい人出です。まるで都心での歩行者天国みたいです。
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子供たちが通行人に折り紙を示して何かを勧めていますが、東日本大震災の被災者支援のキャンペーンでしょうか。
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子供たちがお手伝いをしています。親が開いている店の前で販売している食べ物をPRしています。
左の方にFUNNEL CAKE(ファンネル ケーキ)$5、¥500と値段が出ていますが、日本円で払うと少し損をしますね。 -
ここでも子供がお手伝いをしています。
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テントの裏側に回ると、大きな鉄のかまどのようなものがあります。最初ごみ焼却炉かと思いましたが、そうではなく肉を焼く道具でした。
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小さな子供2人をバギーカ―に乗せて、お父さんが食べ物屋やテントを見て回っています。
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基地内の道路標識はすべて英語表記です。
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こんな注意書きもありました。
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3時間位ぐるっと見て回りました。本当は適当な店で何か食べてみたいと思いましたが、どの店も長蛇の列でかなり並ぶことを覚悟しなければならないようだったので、諦めました。
次回は7月の独立記念日の時に来てみたいと思います。今回とは違く雰囲気を味わうことが出来ればいいですね。
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