2012/04/13 - 2012/04/13
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マカロニグラタンさん
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東海道五十三次の旅を始めました。
いつか、きっと・・・と思ってましたが、最近電車で東海道線を良く利用してたので、
この勢いで・・・スタートしました。
といっても休みを利用しての旅になるので、ゴールはいつになるのか、途中で挫折するのか・・・本人にも分かりません。
取りあえず、尾張に住んでいる自分は、宮宿(熱田)から江戸に向かって進んでみます。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
研究したのは主にこの2冊の本です。
他にも東海道を歩かれた方のブログも参考にさせて頂きました。
歩くことには自信がある自分ですが、果たしてどうなるのか・・・。
今回の旅を始めるに当たって、自分なりにルールを決めました。
・1日の歩行距離を20キロまでとする。
・東海道を歩くことをメインとする。あまり道をそれない。※ただし見たい名所がある場合は寄り道可。
・休憩所は基本的に一里塚とする。
途中ルール変更起きるかも知れませんが、とりあえずこれでスタートします。 -
JR熱田駅を下車し、まずは「七里の渡し舟着場」を目指すわけですが、せっかく熱田に来たので熱田神宮に立ち寄りました。
正月の初詣に1、2回行ったことありますが、こんなに閑散とした熱田神宮は初めてです。 -
七里の渡し舟着場跡。
ここがスタート地点となります。
江戸時代の人たちは、ここから航路で桑名へ渡ったそうですが、今は埋め立てられて目の前に見えるのは運河です。
再びここに来るのは、江戸までの旅を終え、京都三条へ旅立つときになると思います。
あまりプレッシャー掛けないようにします。。。 -
七里の渡し場跡からスタートし、ガイドブックの地図を確認して歩き出す。
改めて名古屋は都会だと思います。
地図の通り進もうと思うと、歩道橋を渡らないといけません。
写真は、東海道道標。民家の片隅にあって、地図がなかったら見つけれないほどの存在感のなさです。 -
旧東海道の伝馬町商店街。
かつては栄えていたんでしょうね。 -
東海道には地面にこんな絵があります。
意識していなければまず気付かないでしょうね。 -
伝馬町を抜けると、この旅最初の一里塚に到達。
一里塚とは、徳川家康が作らせたもので、江戸日本橋から一里(約4キロ)ごとに榎や松、杉の木を植えて旅人が休憩したり、篭代の目安とされていたそうです。 -
道の先は山崎川。
名鉄電車だと呼続駅あたりになります。 -
山崎川を越え、笠寺方面に歩きます。
途中、熊野三社に立ち寄る。 -
ようやく笠寺観音に到着。
笠寺観音に来るのは初めてです。 -
こちらは笠寺観音の向かいにある、玉照姫をまつる泉増院。
玉照姫・・・
聖武天皇時代に呼続浦に漂着した霊木を禅光上人が彫ったと伝わる十一面観音が本尊。寺が荒れて雨に濡れていた観音様に美しい娘が笠をさしかけた。鳴海長者の下女で虐げられていたが、このやさしさが縁で藤原兼平の妻に。これがのちの玉照姫だそうで、
シンデレラストーリーとして縁結び祈願として有名だそうです。
私には無縁ですが。。。 -
笠寺一里塚に到着。
当時の榎です。枯れてしまいましたが、市が200万円をかけて幹に空いた穴をふさぐ手術を行い蘇らせたそうです。
ここで休憩。
一里塚には、ベンチもあるので休憩するにはもってこいの場所です。 -
天白川を越えて、鳴海宿へ向かいます。
東海道は、写真の左の道を進みます。
ガイドブックはみな、江戸から京都へ向かう案内なので、自分のように江戸へ向かっていくにはちょっと使いづらいです。
地図は役に立ちますが、道順や説明は全て逆になるので、読みながら方角を逆に考えないといけません。 -
鳴海宿に入りました。
写真は名家・千代倉氏宅。
雰囲気出て来ました。 -
常夜灯。
宿場町には、目印にこのような常夜灯が東西の入り口にありました。
現在ではかなり撤去されてしまってますが、鳴海宿では東西両方が健在です。
こちらは東の常夜灯。 -
鳴海宿を抜け、有松へ向かいます。
有松は鳴海宿と池鯉鮒宿の中間にある間の宿を言われるところです。
有松絞りで有名なところです。
有松一里塚。
今年復元されたそうです。
木がまだ子供ですね。どんな風に成長するのでしょうか。 -
有松は初めて来ましたが、こんな情緒あふれる街だったんですね。
愛知県民として、40歳にして初めて歩きました。恥ずかしながら・・・。
まさに歌川広重の絵、そのままです。 -
観光客やウォーキングしている人もいました。
ときどきすれ違うと、「こんにちは」とか挨拶されます。
東海道ファンて、たくさんいるんですね。
旅人に遭遇すると、励みになります。
しかも、ほとんど自分より年配の人たち。
いいなあ、老後自分もこんな旅したいな・・・。
その為には健康、体力! -
有松鳴海絞会館。
有松絞りの土産物を売ってました。 -
間の宿、有松を抜け東海道は国道1号線に。
この辺りは国道1号線と重複したりそれたりが続きます。
中京競馬場近く、桶狭間古戦場付近まで来ました。 -
国道1号線、東海道から少しそれると、桶狭間古戦場公園があります。
小学校の歴史の授業ですら登場する、「桶狭間の戦い」。
織田信長が今川義元を破った戦い。
歴史に興味ない人でも知ってる程のあまりに有名な戦ですね。 -
古戦場跡の向かいに、今川義元の本陣跡があります。
ここで陣を築いていたんですね。
近くに古戦場史料館があるとのことなので、行ってみることに。 -
いかにも戦場という感じのする林を抜けていきます。
この向こうに資料館があります。 -
ハイ、史料館「閉館中」!
道中何度も案内板ありましたが、閉館中なら閉館中と書いて置いて下さいね。。。 -
東海道へ戻り、ひたすら次の池鯉鮒宿を目指す。
阿野一里塚に到着。
一里塚が残っていること時代珍しいのですが、ここ阿野一里塚は左右両方が残っています。こういうのはかなり貴重らしいです。
ここでしばし休憩。現在位置やルートを確認。 -
境川に到達。
ここが尾張国と三河国の境目。
この橋(境橋)を越えると三河国に入ります。 -
このあたりも国道1号と重複しては脇道にそれたりの連続です。
東海道はローソン右の細い道ですが、付近に信号も歩道橋もなし。
どうやって渡るの?
強行突破で渡りました。
以後こういうところに遭遇しないことを祈ります。 -
知立市手前で、一里塚跡に到達。
現在は歩道橋がありますが、かつてここに一里塚があったそうです。 -
知立市に到着。
写真は逢妻橋の地面。知立祭りの様子です。 -
知立神社。
ちなみに私は、かつて知立に4年ほど住んでいました。
しかも、ここ知立神社のすぐ近くに。
当時は1、2回しか行った記憶がないですが、まさかこの歳になってこういう形でやってくるとは夢にも思いませんでした。 -
知立=池鯉鮒宿。
名前の由来にちなんでか、鮒か鯉の噴水がありました。
ヒゲらしきものがあるから、鯉かな。。。 -
知立神社から東海道へ戻り、少し進むと、
知立城址に到着。
ここに城があったんですね。今は影も形もありません。
石碑が立っているだけですが、
あの桶狭間の戦いで敗れた、今川義元も一時ここに本陣を築いていたそうです。 -
この案内、最高です。
自分は鳴海宿から来て、岡崎宿は向かうので、左へ曲がります。 -
知立駅到着。
今回の旅はここまで。
朝8時頃、宮の渡し跡を出発。15時に知立駅に到着。
今回は最初ということで、今後のペースを考える旅でした。
宮宿〜池鯉鮒宿まで、ガイドブックでは17.5キロくらいとあったので、このくらいが1日の限界かなって思ってました。
案の定、かなり限界、足痛いですね。
今後はこれを目安にしていこうと思います。
次回はいつか分かりませんが・・・。
iphoneでダウンロードした万歩計によると、
歩行距離 17.4キロ
歩数 26769歩
消費カロリー 678.3キロカロリー
どこまで正確か分かりません。
なんせ途中で見てたら、カウントしてないときとかありましたから。
ただ終わってみれば、17.4キロとは偶然ですが、いい数字です。実際はこれ以上歩いていますが。
東海道五十三次、宮宿〜池鯉鮒宿の旅終了。
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