2012/01/30 - 2012/02/07
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Fluegelさん
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キプロスという名前を初めて聞いたのは'91-92年頃、英国留学中のこと。留学生の中に美女がいて、男子学生が言った。“She's from Cyprus.”“…”皆、沈黙して、それっきり。なぜ、皆が沈黙し、美女であっても手を出さない(?)のか。EUに加盟した今日、キプロスの欧州での地位も、変わってきていることだろう。
旅程:
1月30日(月) EK317 KIX 23:40−DXB 31日5:45
1月31日(火) EX107 DXB 8:15-LCA 10:15 リマソル(Amathus)泊
2月1日(水)〜3日(金) パフォス3連泊
2月4日(土)〜5日(日) リマソル(Potamos Germasoyias地区)2連泊
2月6日(月) EK108 LCA 19:30−DXB 7日0:55
2月7日(火) EK316 DXB 3:00−KIX 16:50
表紙写真:アカマス半島。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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パフォスでも、オーシャンビューの客室にしたので、部屋からの眺めが良かった。正面、岬の先のように見える所にある、箱型の建物が、パフォス城。窓から毎日(3泊)眺めながら、城を訪ねる時間がなかった。車があるので、パフォスを基点に遠出(といっても片道1〜2時間)したのだ。
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まず朝9時半に、George's Ranchで乗馬の予約があった。メール予約できず、電話してくれというので、ラルナカ空港の観光案内所で予約してもらった。
ホテルを朝8時半に出発、コーラルベイの先にあるランチまで40分かかった。George(Agios Georgios)は地名で、経営は英国人女性。ランチの向かいに広がるのは…バナナ畑。バナナに青い袋を被せてあるので、初め何の畑か分からなかった。 -
ランチの事務所は空っぽで、カウンターに電話があったので、それを使い、到着したと告げた。
写真:ランチと、私のとめたFord Fiesta。 -
事務所からは、馬場と右手に厩舎、向こうに海が見えた。
経営者キャロラインのレッスンを30分受けた。調馬索をつけて駈歩をした。教え方が上手く、馬も良かった。でも、日本から来たと言っても、「それで、香港の気候はどうなの?」と、旅行者には興味がないようだった。
厩務員の若い英国人女性達が会話に飢え、当地で孤立した生活を送っているようだった。ギリシャ語ができなければ地元に友達もできないし、ランチはパフォス(街)から離れた田舎にある。
30分の外乗では、既に区割されたものの、まだ更地の、別荘分譲地を通った。別荘は、英国人が買うのだろうか。 -
11時にランチを出発し、「アフロディーテの泉」駐車場には正午ごろ到着。駐車場脇に売店があり、ボトルの水を買った。小銭がないんだけどと言って、お札を出したら、売り子の娘さんがニッコリして良いですよと言ってくれた。立派な門を入ると、無料植物園。carob(イナゴマメ)やシクラメン等、キプロスの自生種がネームプレートつきで植えられている。そこを抜けると、泉が。
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泉を通り過ぎて、小さな門を抜けると、海岸沿いのハイキングコースに出る。
ここは、アカマス半島。アカマスとは、ギリシャ神話の中で、トロイの木馬に入っていた戦士の一人。 -
ハイキングコース沿いに、お地蔵さん…でなく、イコンを奉ったミニチュアの家があった。
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海に近い崖に、山羊が放牧されていた。ハイキングコースは、けものみち…でなく、山羊道でもある。
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ムスカリも自生している。
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地中海原産の花だったのか。
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Aphrodite Trailの山側の道に入ってみた。
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ぐんぐん標高が上がる。振り返ると、海が見える。道なき道のようだけれど、一応、矢印が所々にある。
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たまに、表示プレートもある。こちらは、ライムストーン(石灰石)の塊。
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Pyrgos tis Rigenas=The Tower of the Qeen(Ruins)のある分岐に着いた。伝説では、アフロディーテが昼寝をした場所。木板に書かれた地図があり、今どこにいるか分かる。でも、どの道からここに辿り着いたのか、分からない。
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ruinの前は、かなり広いスペースになっていて、巨木にcyprus oak(常緑の樫。キプロスの国樹)というネームプレートがついていた。
若いカップル(キプロス人?)と出会い、彼らと共に、途中まで山道を進んだものの、道がなくなり、一人でひきかえし、もと来た道を下った。もう午後3時を過ぎた。パフォスに帰らなければ。 -
道を探しながら走る往きに比べ、帰りは来た道を戻るだけ。一時間のドライブで、Tombs of the Kingsに着いた。
B.C.318年、キプロスはプトレマイオス朝エジプトに征服された。エジプト本国からキプロスを統治するために派遣され、パフォス在住中に亡くなったエジプト貴族約100人のネクロポリス(地下墓所)が、ここ。でも、盗掘により工芸品はほとんど出土していない。 -
墓所には、ドーリア式の柱も残っている。アテネのパルテノン神殿(B.C.438年築)と同じ様式の柱。
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それぞれのご遺体を入れるニッチ。もともとは、漆喰で覆われ、壁にはフレスコ画が描かれていたという。
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地面は砂地。誰かの足跡…靴メーカーが靴底にロゴを入れるのは、足跡のためだったのか。
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自分の影を撮ってみる。
「王族の墓」の近所にLidlがあったので、立ち寄った。tourist areaでない郊外のためか、周りの人が皆、私を見る。そんなに見なくても…Lidlの駐車場から、夕焼けを見た。夕日そのものは、水平線上にある雲に隠れている。 -
ホテルに帰り、入浴・着替え。18時からのカクテルパーティでは、テッドと知り合った。シニアを自称し、ロンドン訛りで冗談を言う。オールインクルーシブの客で、彼に誘われホテルレストランへ。ここでのショー(Greek night)は、ブズーキ(Bouzouki マンドリンに似た楽器)&歌、頭の上にワイングラスを積み重ねていく芸、最後に客も巻き込んでダンス。私も踊った。そして、テッドとホテルバーへ。ここでのショーは、プレスリーなどオールドポップスの歌&3人の女性によるダンス。
昨夜、ホテルの図書室でPCに向かっていた時に聞こえた音楽は、ここから流れていたのだ。客室に引き上げ、再度入浴すると、真夜中の12時を回っていた。明日は、早起きできそうにない。
写真:カクテルパーティの招待状。 -
翌日、トロードスに向かってホテルを出発したのは朝10時。ラルナカ空港の案内所では、4WDでないと無理だと言われた。Drapia Horse Farmのフィオナ(ルーマニア人、ルーマニアも正教会)は、行ける所まで行ってみたらと。Alex. Hotelのフロントで調べてもらったツアーは申し込み不可で、フロント係は「雪は大丈夫だ、車で行ける。TVで観たから」と。
まず、観光案内所のあるパノプラトレスPano Platresへ。案内所前に無料駐車場がある。 -
パノプラトレスの観光案内所。左手前が私の車。
案内所には、若い女性が一人いた。ここから近い、壁画の見られる世界遺産教会を、4か所紹介してもらった。Lampadistisは昼休み中は入れないと、その時間も教えてくれた。雪は大丈夫かと尋ねたら、どこかに電話してくれた(ギリシャ語通話で全く分からなかった。警察署?)。雪はOKとのこと。 -
トロードスは広い。でも、標識にはトロードスのエリア内でも「Troodos方面」という表示がある。どうやら、標識の「Troodos」は、Troodos Squareを指すらしい。この広場(店などが立ち並ぶ)が、今回のトロードスで最も雪深い所だったけれど、除雪されていて、ノーマルタイヤで走行できた。
カコペトリアKakopetriaの手前でF936号線に入り、聖ニコラオス教会Agios Nikolaos tis Stegisに着いた。
写真:聖ニコラオス教会入口。 -
教会は11世紀に建てられ、石造り。12世紀に付けられた切り妻屋根(屋根に積もった雪が落ちやすい)から、別名「屋根の聖堂」。こちらの壁画(修復中で足場が組まれていた)は、写真撮影不可。聖堂内で壁画の絵葉書が売られていた。
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F936を西へ。途中、美しい村が見えてきた。これから訪ねるペドゥラス村Pedoulasだろうか。
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ペドゥラス村に入ると、全ての道が狭く、アップダウンもある。山間にポツリと立つ聖ニコラオスとは大違いだ。村の中に、1474年建立のアルハンゲロス教会Archangelos Michailがあった。木組みの屋根を持つ。
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アルハンゲロスの壁画。
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ペドゥラス村から少し北上すると、ムトゥラMoutoullas村。E908号線から山手に少し上ると、パナイア・ムトゥラ教会Panagia Moutoullaがある。村を見下ろす丘の上にあり、村の中を探し回ることもない…でも、教会前が道路工事中だった。工事現場の手前に路駐し、1280年建立の教会に歩いていくと、どうして私が来ると分かったのか、鍵を持ったお爺さんが待っていた。杖をついていて、英語を全く理解できない。
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お爺さんが、カメラ、カメラと言うので、撮影させてもらった。何かギリシャ語で聞かれて、分からなかったら、「アメリカ?カナダ?」と彼が続けた。私がJapanと言うと、どこの国か分からないようだった。私は何て馬鹿なのだろう。ギリシャ語で「日本」を何と呼ぶか、調べても来なかったなんて。ムトゥラ村の人口は294人(2001年時点)。お爺さんに日本を紹介するチャンスだったのに。
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パナイア・ムトゥラの壁画は、キプロスに現存する唯一の13世紀に描かれた壁画。
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Panagia=聖母マリア。聖母マリアと幼子イエス?
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パナイア・ムトゥラは、個人の寄付で建てられた、小さなプライベート聖堂だった。聖堂の鍵を閉めると、お爺さんが私の車の助手席に乗り込んできた。足が悪いから、家まで送って欲しいらしい。丘を少し下ると、「ストップ」と彼が言った。そこが彼の家だった。
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ムトゥラからE908号線を少し北上すると、カロパナヨティス村Kalopanagiotisがある。村に入り、ぐんぐん細道を下ると、小さな橋が。川を渡った、村の対岸が聖イオアニス・ランパディスティス修道院Agios Ioannis(St John使徒ヨハネ) Lampadistis。正午-14時が昼休み。14時過ぎに着いた。修道院前には、広い駐車場がある。
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修道院がいつできたか定かでないが、修道院付属教会ができたのは11世紀。15世紀後半、教会の北側に丸天井をもつチャペルがカトリック用に増築され、ひとつの教会に2宗派(正教会と旧教)が同居している。
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19世紀まで、実際に修道院として活動していた。それ以降は、教会として使われている。
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ドーム(丸屋根)に描かれたキリスト。
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14世紀の後期ビザンティン様式に属する『新約聖書』に題材を採った30の場面が描かれている。
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19世紀半ば、修道院の一室は、村の学校の教室として子供達に使われていた。
この奥に別棟があり、イコン博物館になっている。入場料1ユーロ。小銭がなくて、細かいコインを数えていたら、1ユーロ未満のコインは要らないから無料で見ていってと言われ、お言葉に甘えた。 -
再度、橋を渡り、一方通行なので、来た道と反対方向へ進み、カロパナヨティス村から出た。E908号線から村を振り返ると、谷底にある美しい村だった。
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来た道を、一路、戻る。途中で、名残り惜しいトロードスの山を撮る。
そして、Mandriaの分岐からOmodosへ。分かれ道で、どちらが村か分からず、キョロキョロしたら、道端に立っている男性が、こちらだと合図した。駐車場から連なる店を冷やかして歩いたら、お爺さんが手招きした。店に入ると、赤ワインを試飲(運転中なので、舐める程度)。甘い。6ユーロでボトルを買った。Are you Polish?って、お爺さん、私はアジア人の顔してるのに。ポーランド人観光客が多いことは、昨夜、テッドからも聞いたけど。ポーランドも正教会だし。 -
オモドスを出ると、違う道を通ってみたくなり、F806号線に入った。すると、そこには葡萄畑が広がっていた。乾燥地キプロスでは、葡萄の木を低く仕立てる。膝丈くらい。
黒人の若者が5〜6人歩いていて、微笑みながら手を振ってきた。まだ15時半だけど、葡萄畑で農作業を終え、帰宅するところなのだろうか。私はアジア人・黄色人種だと思った。白人も黒人も、微笑んでくれる。
パフォスのホテルに帰ると、17時を回っていた。海沿いのプロムナードを散歩してみた。明朝は早起きして、乗馬の前にパフォスのモザイクを見なければ。(続く)
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この旅行記へのコメント (2)
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- ぱぶさん 2012/03/02 09:25:55
- 懐かしのキプロス風景! (*^_^*)
- Fluegelさん:
ぱぶさんと申します。2006年9月に友人夫妻とこの地を訪ね、世界遺産の数々を回りました。とても素晴らしく、大いに楽しみ、その分、Fluegelさんのこの旅行記にも懐かしさを感じまして、1票も入れさせていただきました。
イギリスで美人女性のことを、”キプロス出身ね!”と言われたそうですが、ぱぶさんその景色(現在のビーナスの後ろ姿!?)を納めていますので、お手すきの折、クリックご訪問ください。<http://4travel.jp/traveler/pabusan/album/10147573/>
キプロスの地のビザンチン時代の素晴らしいフレスコ画やイコン(宗教画)も良かったですね。
イスラエルとヒズボラと言ったパレスチナ勢力との紛争が起こるとベイルートからの避難民が対岸にあたるキプロスに避難してきて、空港や港は大混乱になるのですよ!キプロスはトルコとギリシャで2分割されており、旅行中両側には行けませんね!ちょっと余談となりました。
- Fluegelさん からの返信 2012/03/04 19:15:58
- RE: 懐かしのキプロス風景! (*^_^*)
- ぱぶさん、
ご訪問&コメントを頂き、有難うございました。
やっと、キプロス旅行記(3冊)を仕上げましたので、返信いたしますね。
2012年現在、南キプロスから北キプロスへの観光は、可能だと思います。
私は一人旅のため、日本大使館が「国交がなく、何かあっても助けてくれない」ので、見送りましたが。
ぱぶさんのような年配の方も(失礼しました)、海外個人旅行を楽しまれているようで、心強く思います。パフォスで出会った英国人シニア男性はwww.saga.co.ukに入って、グループで来ているようでした。
キプロス人も、若者は英語を喋れなくなってきているようですので、今のうちに行っておいて、良かったと思います。ギリシャ系のことは良く分かったので、今度はトルコを訪問し、トルコ人について知るのも良いかと思っています。
まずは、お書き込みのお礼まで。
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