2011/11/28 - 2011/12/07
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たぬしゃむさん
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トルコの人々に親しみを感じました。
トルコが大好きになりました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 交通手段
- 観光バス
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イスタンブールから空路、アンカラへ。
それからはずっと、バスで観光です。
アンカラはトルコの首都です。
イスタンブールではなかったのですね。 -
このような経路で廻りました。
ブーン ⊂二( ^ω^)⊃ -
アンカラに到着。
アタテュルク廟に向かう途中、検問所のようなところがあり、荷物などを簡単にチェックされました。
そこにあった面白いガーデニング。 -
トルコ共和国創立(1923年)者ムスタファ・ケマル・アタテュルクが眠る霊廟。広場の左側にある大きな霊廟に棺が納められています。回廊は博物館になっており、アタテュルクの銅像や、直筆の書、生前に愛用していた品々や各国要人からの贈り物が所蔵されています。全アンカラを見渡せる丘に1944〜53年に造られました。
入り口は2箇所あり、クズライから近いアクデニズ通りの入り口から入ったので、独立の塔、自由の塔などを見逃してしまいました。 -
屋根。
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アタテュルクの遺体が地下深く眠っているそうです。
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その真上には、絨毯のモザイク画があります。
絨毯はトルコを代表するもので、トルコの人々の誇りなのだそうです。 -
同じく屋根。
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静粛な雰囲気でした。
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入り口の左右にそれぞれ、衛兵さんが微動だにせず立っていました。
でも、いまコチョコチョって手を振ってくれたような・・・。 -
本当に広くて立派な広場。
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左手のレリーフ
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右手のレリ−フ
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ここにも。
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こらは、いまから掘るのかな。
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妖艶に咲くバラ
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ライオンロードとマミー
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ライオンに挟まったマミー
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回廊とマミー
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アンカラの街並みは閑静な住宅地という感じです。
アンカラはローマ時代、「アンキラ(谷底:「アンキュラ」に由来)」と呼ばれて繁栄しており、昔から地下水が豊富だったそうです。 -
1402年には、この近くでティムール軍とオスマン軍が戦っています。
そのとき、こういうものはあったのかしら? -
トルコ共和国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルクを
参詣しに、毎日多くの人々が訪れます。 -
防寒のためのウィンドウケースの中に入っていた衛兵さんは、
マネキンの様にイケメンな衛兵さんでした。 -
トルコの国旗色のガーデニング。
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街角のオブジェ。
チャイを入れるポットとカップ。
可愛らしいです^^ -
その後、バスで210kmの距離を走り、
ボアズカレへ向かいます。 -
その前に、ちょこっと休憩。
昼食ターイム♪(・∀・) -
スープはトルコ語で「チョルバ」と言うらしいです。
こちらの方は、パンを浸して食べたりするとのこと。
恐らく、レンズ豆のスープ? -
青唐辛子か、ピーマン?の煮物。
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こちらのトマトと羊肉を煮込んだものが「サチカブルマ」というものらしいです。4人分の盛り付けです。真ん中にはピラフこと「ピラウ」が盛ってあります。
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「テル・カダイフ」
極細の麺状の生地を焼き上げ、シロップをかけたお菓子だそうです。 -
左はトルコ人のガイドさん、右は日本人女性の添乗員さん。
ガイドさんは、サッカーのジダン選手にそっくりの男前でした☆
添乗員さんは、華奢で小柄なお体に似合わず、
とても頼れる素敵なお方でした☆
また、お二人にお会いしたいなぁ。
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