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台湾は、明治28(1895)年から昭和20(1945)年迄の間、日本の統治下にありました。 この歴史的な背景から、台湾の各地には日本と繋がりのある遺構が今も多く残っていると言われています。 実際、台湾を歩いていると、とても懐かしくなる事がよくあったので、日本時代の遺構に焦点を当てて、じっくり訪ね歩いてみようと考えていました。<br /><br />日本統治時代の古い建造物を現在も多く維持・管理して下さっている台湾の方々に敬意を表しながら、弾丸旅行者的建物探訪をスタートしました。<br /><br />---<br /><br />旅程表<br /><br />&lt;2012年04月27日(金)&gt;<br />成田国際空港18:30→(JL811便)→高雄小港國際機場(空港)21:45<br />台南(シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南<br />(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan))泊<br /><br />&lt;2012年04月28日(土)&gt;<br />台南(シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南<br />(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan))泊<br /><br />&lt;2012年04月29日(日)&gt;<br />台北(ホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei))泊<br /><br />&lt;2012年04月30日(月・祝)&gt;<br />台湾桃園國際機場(空港)08:40→(JL814便)→関西国際空港12:15<br />大阪国際空港19:30→(JL134便)→東京国際空港(羽田)20:40<br /><br />---<br /><br />主な旅費<br /><br />(1)成田→高雄/台北→関西/大阪国際→東京<br /> (日本航空HPより購入 JL特典航空券 諸税17,920円 + 30,000マイル<br />引落)<br />(2)シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南<br /> (Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan) 2泊宿泊代(朝食、スパ、送迎料金込)<br /> (シャングリラHPより購入 16,360台湾元(45,721円)) <br />(3)ホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei) 1泊宿泊代<br /> (Apple Worldより購入 6,590円)

2012年04月 台湾旅行(嘉義・台南)

37いいね!

2012/04/27 - 2012/04/30

70位(同エリア452件中)

6

101

弾丸旅行者

弾丸旅行者さん

台湾は、明治28(1895)年から昭和20(1945)年迄の間、日本の統治下にありました。 この歴史的な背景から、台湾の各地には日本と繋がりのある遺構が今も多く残っていると言われています。 実際、台湾を歩いていると、とても懐かしくなる事がよくあったので、日本時代の遺構に焦点を当てて、じっくり訪ね歩いてみようと考えていました。

日本統治時代の古い建造物を現在も多く維持・管理して下さっている台湾の方々に敬意を表しながら、弾丸旅行者的建物探訪をスタートしました。

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旅程表

<2012年04月27日(金)>
成田国際空港18:30→(JL811便)→高雄小港國際機場(空港)21:45
台南(シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南
(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan))泊

<2012年04月28日(土)>
台南(シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南
(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan))泊

<2012年04月29日(日)>
台北(ホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei))泊

<2012年04月30日(月・祝)>
台湾桃園國際機場(空港)08:40→(JL814便)→関西国際空港12:15
大阪国際空港19:30→(JL134便)→東京国際空港(羽田)20:40

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主な旅費

(1)成田→高雄/台北→関西/大阪国際→東京
 (日本航空HPより購入 JL特典航空券 諸税17,920円 + 30,000マイル
引落)
(2)シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南
 (Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan) 2泊宿泊代(朝食、スパ、送迎料金込)
 (シャングリラHPより購入 16,360台湾元(45,721円))
(3)ホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei) 1泊宿泊代
 (Apple Worldより購入 6,590円)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
交通
5.0
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
鉄道 タクシー 徒歩
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • &lt;2012年04月27日(金)&gt;<br />日中は会社で仕事をこなし、15時30分頃にフレックス退社して、JRの成田エクスプレス(NEX)で空港第2ビル駅までやって来ました。 大型連休前日の午後で、ある程度の混雑を予想していたのですが、予想に反してNEXはスッカラカンでした。<br /><br />成田国際空港からは、日本航空(JL)の高雄行に搭乗します。 この便は満席でした。 客層としては、日本に赴任していて日本の大型連休期間中に里帰りする台湾の方々が多く、沢山の日本土産を抱えて搭乗されていました。

    <2012年04月27日(金)>
    日中は会社で仕事をこなし、15時30分頃にフレックス退社して、JRの成田エクスプレス(NEX)で空港第2ビル駅までやって来ました。 大型連休前日の午後で、ある程度の混雑を予想していたのですが、予想に反してNEXはスッカラカンでした。

    成田国際空港からは、日本航空(JL)の高雄行に搭乗します。 この便は満席でした。 客層としては、日本に赴任していて日本の大型連休期間中に里帰りする台湾の方々が多く、沢山の日本土産を抱えて搭乗されていました。

  • 搭乗便のJL811便は、成田国際空港の混雑の影響を受けて出発並びに到着が遅れ、高雄小港國際機場(空港)には22時15分頃に到着しました。 前回のホーチミン同様、高雄でも多くの若い女の子が到着ロビーで出待ちをしていました。<br /><br />今晩の宿泊先であるシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)には、ホテルのリムジンサービスを利用します。 空港の到着ロビーで男性運転手と合流し、車でホテルへ向かいました。

    搭乗便のJL811便は、成田国際空港の混雑の影響を受けて出発並びに到着が遅れ、高雄小港國際機場(空港)には22時15分頃に到着しました。 前回のホーチミン同様、高雄でも多くの若い女の子が到着ロビーで出待ちをしていました。

    今晩の宿泊先であるシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)には、ホテルのリムジンサービスを利用します。 空港の到着ロビーで男性運転手と合流し、車でホテルへ向かいました。

  • 高雄小港國際機場(空港)からリムジンで約50分で、シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)には23時20分頃に到着しました。 今回はホライゾンクラブの利用なので、通常なら24階のクラブフロアでチェックインするのですが、到着時間が遅かったので1階のフロントでチェックインしました。

    高雄小港國際機場(空港)からリムジンで約50分で、シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)には23時20分頃に到着しました。 今回はホライゾンクラブの利用なので、通常なら24階のクラブフロアでチェックインするのですが、到着時間が遅かったので1階のフロントでチェックインしました。

  • 今回通されたシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)の27階の部屋の様子です。 ゆったりとした造りの部屋でした。

    今回通されたシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)の27階の部屋の様子です。 ゆったりとした造りの部屋でした。

  • このホテルは無線LANが無料で使用出来て、且つ、電波状態も良好でしたので、スマートフォンでの情報収集には最適でした。

    このホテルは無線LANが無料で使用出来て、且つ、電波状態も良好でしたので、スマートフォンでの情報収集には最適でした。

  • 浴槽の様子です。 十分な広さと深さがあり、日本人には非常に助かりますね。 また、シャワーブースは独立したタイプで清潔でした。

    浴槽の様子です。 十分な広さと深さがあり、日本人には非常に助かりますね。 また、シャワーブースは独立したタイプで清潔でした。

  • &lt;2012年04月28日(土)&gt;<br />この日の朝、27階のホテルの客室から見た台南の街並みです。 テレビの天気予報では、曇りのち雨となっていました。 天気がもってくれたら良いのですが・・・。<br /><br />この日は、ホテルの24階のホライゾンクラブで朝食を摂りました。 雰囲気は落ち着いていて、ゲストの数も限られているので、非常にゆったりとしているのですが、食事のアイテム数が少なかったので、翌日は一般の食事会場である10階に行きました。

    <2012年04月28日(土)>
    この日の朝、27階のホテルの客室から見た台南の街並みです。 テレビの天気予報では、曇りのち雨となっていました。 天気がもってくれたら良いのですが・・・。

    この日は、ホテルの24階のホライゾンクラブで朝食を摂りました。 雰囲気は落ち着いていて、ゲストの数も限られているので、非常にゆったりとしているのですが、食事のアイテム数が少なかったので、翌日は一般の食事会場である10階に行きました。

  • 今日は朝より、宿泊先の台南から台湾鐡路(台鐡)の區間車(各駅停車)に乗って、嘉義に向かいます。 07時40分過ぎの台鐡(在来線)の台南車站(駅)後方口の様子です。 ホテルからこの後方口までは、横断歩道に捕まらなければ約40秒で到着します。

    今日は朝より、宿泊先の台南から台湾鐡路(台鐡)の區間車(各駅停車)に乗って、嘉義に向かいます。 07時40分過ぎの台鐡(在来線)の台南車站(駅)後方口の様子です。 ホテルからこの後方口までは、横断歩道に捕まらなければ約40秒で到着します。

  • 自動券売機で嘉義車站(駅)迄の區間車(各駅停車)の切符を購入し(90台湾元、約250円)、約1時間の電車の旅に出ます。 これから向かう嘉義とは、高雄、台南に次いで、台湾南部で第3の都市なのですが、今まで訪問する機会が無かったので、何だかドキドキしますね。<br /><br />写真は、台南車站(駅)のホームの様子です。 土曜日の朝なのですが、多くの乗客が電車の到着を待っていました。

    自動券売機で嘉義車站(駅)迄の區間車(各駅停車)の切符を購入し(90台湾元、約250円)、約1時間の電車の旅に出ます。 これから向かう嘉義とは、高雄、台南に次いで、台湾南部で第3の都市なのですが、今まで訪問する機会が無かったので、何だかドキドキしますね。

    写真は、台南車站(駅)のホームの様子です。 土曜日の朝なのですが、多くの乗客が電車の到着を待っていました。

  • 台鐵の嘉義車站(駅)からタクシーに乗り、最初に向かったのは嘉義公園です。 乗車時間は約10分、タクシー料金は125台湾元(約350円)でした。 尚、嘉義地区のタクシーの初乗り料金は、100台湾元(約280円)でした。<br /><br />嘉義公園とは、日本統治時代の明治43(1910)年に造られた公園です。 終戦後には中山公園と改称されたものの、再度、嘉義公園に名前が戻されました。 尚、台湾には中山の名が付くものが多いのですが、中山とは孫文の事です。

    台鐵の嘉義車站(駅)からタクシーに乗り、最初に向かったのは嘉義公園です。 乗車時間は約10分、タクシー料金は125台湾元(約350円)でした。 尚、嘉義地区のタクシーの初乗り料金は、100台湾元(約280円)でした。

    嘉義公園とは、日本統治時代の明治43(1910)年に造られた公園です。 終戦後には中山公園と改称されたものの、再度、嘉義公園に名前が戻されました。 尚、台湾には中山の名が付くものが多いのですが、中山とは孫文の事です。

  • 朝の嘉義公園では、写真の様にダンスをする人や、青空カラオケを楽しむ人、太極拳をする人など、多くの市民の憩いの場となっている様でした。 平和な土曜日の朝の光景ですね。

    朝の嘉義公園では、写真の様にダンスをする人や、青空カラオケを楽しむ人、太極拳をする人など、多くの市民の憩いの場となっている様でした。 平和な土曜日の朝の光景ですね。

  • 嘉義公園内には、巨大な鳥カゴがありました。 中に鳥は居ませんでしたが、昔は孔雀が居たのかも知れません。

    嘉義公園内には、巨大な鳥カゴがありました。 中に鳥は居ませんでしたが、昔は孔雀が居たのかも知れません。

  • 広大な嘉義公園内を歩き回り、「臺湾省嘉義市忠烈祠」の碑を見付けました。 嘉義市忠烈祠の前身は嘉義神社なのですが、嘉義神社は終戦と同時に廃社となり、中華民国軍の兵士の英霊を祀る忠烈祠に転用されました。 今日は、ここへの訪問を第一目的にして来ました。

    広大な嘉義公園内を歩き回り、「臺湾省嘉義市忠烈祠」の碑を見付けました。 嘉義市忠烈祠の前身は嘉義神社なのですが、嘉義神社は終戦と同時に廃社となり、中華民国軍の兵士の英霊を祀る忠烈祠に転用されました。 今日は、ここへの訪問を第一目的にして来ました。

  • 「臺湾省嘉義市忠烈祠」の碑の直ぐ後ろには、この通り、狛犬が残っていました。 こちらは右側のものです。

    「臺湾省嘉義市忠烈祠」の碑の直ぐ後ろには、この通り、狛犬が残っていました。 こちらは右側のものです。

  • これは、左側の狛犬です。 何だか表情に愛嬌が感じられますね。

    これは、左側の狛犬です。 何だか表情に愛嬌が感じられますね。

  • 数百メートル続く参道には、両側に石灯籠が並んでいました。 凄く壮観でした。

    数百メートル続く参道には、両側に石灯籠が並んでいました。 凄く壮観でした。

  • 石灯籠には「大正十年三月建之」の文字がはっきりと見えました。 ここは昔、日本であった事を実感出来ました。 それにしても、これらの灯籠が現在まで綺麗な状態で保存されている事に、とても感動しました。

    石灯籠には「大正十年三月建之」の文字がはっきりと見えました。 ここは昔、日本であった事を実感出来ました。 それにしても、これらの灯籠が現在まで綺麗な状態で保存されている事に、とても感動しました。

  • 寄進者の名前として「新高製糖嘉義工場」の文字が確認出来ました。 この会社は、当時の嘉義の発展に寄与してきた有力企業だった事でしょうね。

    寄進者の名前として「新高製糖嘉義工場」の文字が確認出来ました。 この会社は、当時の嘉義の発展に寄与してきた有力企業だった事でしょうね。

  • こちらの石灯籠には「木村初上」さんと言う方の名前がありました。 他の石灯籠には「臺湾教育會嘉義支會」と言うものもありました。

    こちらの石灯籠には「木村初上」さんと言う方の名前がありました。 他の石灯籠には「臺湾教育會嘉義支會」と言うものもありました。

  • 旧嘉義神社は、現在では本殿と拝殿は存在していませんが、齋館と社務所は往時の姿を留めています。 これらの建物は、嘉義市史蹟資料館として再利用されており、ここに来るのを楽しみにしていました。 では早速、門をくぐります。

    旧嘉義神社は、現在では本殿と拝殿は存在していませんが、齋館と社務所は往時の姿を留めています。 これらの建物は、嘉義市史蹟資料館として再利用されており、ここに来るのを楽しみにしていました。 では早速、門をくぐります。

  • 嘉義市史蹟資料館の開放時間です。 月曜日は休館日で、火曜日〜日曜日の9時00分〜17時00分まで開放されています。 入場料は無料です。

    嘉義市史蹟資料館の開放時間です。 月曜日は休館日で、火曜日〜日曜日の9時00分〜17時00分まで開放されています。 入場料は無料です。

  • 左側の建物は旧嘉義神社の齋館です。 敷地面積は267平米です。 齋館とは、神社での祭祀の前に準備の儀式を行う場所です。 風格を感じる建物ですね。

    左側の建物は旧嘉義神社の齋館です。 敷地面積は267平米です。 齋館とは、神社での祭祀の前に準備の儀式を行う場所です。 風格を感じる建物ですね。

  • 右側には社務所があります。 社務所の敷地は208平米です。 社務所とは、神社の事務管理を行う場所です。 これらの建物は、昭和18(1943)年に建てられました。 ここの社務所は、台湾に現存するものの中で、最大の規模との事です。

    右側には社務所があります。 社務所の敷地は208平米です。 社務所とは、神社の事務管理を行う場所です。 これらの建物は、昭和18(1943)年に建てられました。 ここの社務所は、台湾に現存するものの中で、最大の規模との事です。

  • 齋館と社務所の間には、この回廊で連結されています。

    齋館と社務所の間には、この回廊で連結されています。

  • 保存状態の良いこれらの齋館と社務所は、民國87(1998)年に嘉義市の古跡に認定され、民國90(2001)年から嘉義市史蹟資料館として開放されています。 では、建物の中に入ります。

    保存状態の良いこれらの齋館と社務所は、民國87(1998)年に嘉義市の古跡に認定され、民國90(2001)年から嘉義市史蹟資料館として開放されています。 では、建物の中に入ります。

  • 建物内部の様子です。 嘉義市史蹟資料館には以下の8つの展示室があり、嘉義市の郷土史が展示されています。<br /><br />(1)町の発展、(2)教育の発展、(3)産業の発展、(4)重要な歴史事項、(5)嘉義の著名人、(6)宗教と民俗、(7)古跡と建築、(8)公園の発展

    建物内部の様子です。 嘉義市史蹟資料館には以下の8つの展示室があり、嘉義市の郷土史が展示されています。

    (1)町の発展、(2)教育の発展、(3)産業の発展、(4)重要な歴史事項、(5)嘉義の著名人、(6)宗教と民俗、(7)古跡と建築、(8)公園の発展

  • これは「教育の発展」ブースの展示物です。 日本統治時代の教科書が保存されていました。 この様なものが、台湾で綺麗な状態で現存していた事は、凄いですね。 「さくらはわが國第一の名花」とあります。

    これは「教育の発展」ブースの展示物です。 日本統治時代の教科書が保存されていました。 この様なものが、台湾で綺麗な状態で現存していた事は、凄いですね。 「さくらはわが國第一の名花」とあります。

  • 民雄公學校で大正11年に発行された賞状も展示されていました。

    民雄公學校で大正11年に発行された賞状も展示されていました。

  • 当時の筆記用具も、この様に展示されていました。

    当時の筆記用具も、この様に展示されていました。

  • 写真の左側にある様に、昭和4(1929)年当時の嘉義市の地図が掲出されていました。 この地図を見ていたら、「サカエ倶楽部」や「三井洋服店」と言った広告が表示されていました。

    写真の左側にある様に、昭和4(1929)年当時の嘉義市の地図が掲出されていました。 この地図を見ていたら、「サカエ倶楽部」や「三井洋服店」と言った広告が表示されていました。

  • この部屋では、嘉義市の観光名所が色々と紹介されていました。 ここでの案内に興味を持ったので、次は阿里山鐵道の北門驛に行く事にしましょう。

    この部屋では、嘉義市の観光名所が色々と紹介されていました。 ここでの案内に興味を持ったので、次は阿里山鐵道の北門驛に行く事にしましょう。

  • この嘉義市史蹟資料館には約30分滞在しました。 どの展示物も、とても興味深かったです。 それにしても、この様な古い日本建築を台湾の方は大切に保存され、現在も活用されているのは、本当に有難い事だと思います。

    この嘉義市史蹟資料館には約30分滞在しました。 どの展示物も、とても興味深かったです。 それにしても、この様な古い日本建築を台湾の方は大切に保存され、現在も活用されているのは、本当に有難い事だと思います。

  • 社務所の外には、猿も居ました。

    社務所の外には、猿も居ました。

  • 猿のベンチもありました。

    猿のベンチもありました。

  • 手水舎と石水盤もありました。 写真の左手には、参集所も見えます。

    手水舎と石水盤もありました。 写真の左手には、参集所も見えます。

  • これは、第一代の嘉義神社の基台です。 約120cmの高さがあるとの事です。 第一代の嘉義神社は、伊藤満作と言う人の手によって大正4(1915)年に完成したとの事です。

    これは、第一代の嘉義神社の基台です。 約120cmの高さがあるとの事です。 第一代の嘉義神社は、伊藤満作と言う人の手によって大正4(1915)年に完成したとの事です。

  • 第二代の嘉義神社は、木材と製糖産業の急速な発展で台南州嘉義市の市民が急激に増えた為、建設される事となりました。 永登令治と言う人の手で、昭和18(1943)年に完成した様です。<br /><br />この階段の先には第二代の嘉義神社の本殿があったのですが、民國83(1994)年に火災で全焼してしまいました。

    第二代の嘉義神社は、木材と製糖産業の急速な発展で台南州嘉義市の市民が急激に増えた為、建設される事となりました。 永登令治と言う人の手で、昭和18(1943)年に完成した様です。

    この階段の先には第二代の嘉義神社の本殿があったのですが、民國83(1994)年に火災で全焼してしまいました。

  • 旧嘉義神社の本殿に続く階段の両側にも、狛犬の姿がありました。 こちらは口を開けている「阿」(あ)です。

    旧嘉義神社の本殿に続く階段の両側にも、狛犬の姿がありました。 こちらは口を開けている「阿」(あ)です。

  • こちらは口を閉じている「吽」(うん)です。 個人的には、こちらの顔が好きです。

    こちらは口を閉じている「吽」(うん)です。 個人的には、こちらの顔が好きです。

  • 本殿跡に向かう階段を登り切ったら、右側に見えるのが、この祭器庫です。 緑の木々の中にポツンと建っていましたが、周囲の雰囲気に溶け込んでいました。<br /><br />台湾では、全国の至る所に日本と繋がりのある建物があり、興味が尽きません。 ここ、旧嘉義神社でも、有意義な時間を過ごす事が出来ました。

    本殿跡に向かう階段を登り切ったら、右側に見えるのが、この祭器庫です。 緑の木々の中にポツンと建っていましたが、周囲の雰囲気に溶け込んでいました。

    台湾では、全国の至る所に日本と繋がりのある建物があり、興味が尽きません。 ここ、旧嘉義神社でも、有意義な時間を過ごす事が出来ました。

  • 旧嘉義神社の本殿跡地に向かいます。 本殿が焼失した後、跡地に建設されたのが、高さ62mの射日塔です。 阿里山の神木をモチーフにしているそうです。 上層階は空中花園となっていますので、高所恐怖症ではありますが、上に登ってみようと思います。<br /><br />この射日塔の開放時間は、水曜日〜日曜日の9時00分〜21時00分です。

    旧嘉義神社の本殿跡地に向かいます。 本殿が焼失した後、跡地に建設されたのが、高さ62mの射日塔です。 阿里山の神木をモチーフにしているそうです。 上層階は空中花園となっていますので、高所恐怖症ではありますが、上に登ってみようと思います。

    この射日塔の開放時間は、水曜日〜日曜日の9時00分〜21時00分です。

  • 1階の受付で入場料50台湾元(約140円)を支払います。 受付のお姉さんは、私が日本人だと分かると、とても流暢な英語で色々と話し掛けてくれました。<br /><br />写真は10階フロアの中央から見下ろした、階下の様子です。

    1階の受付で入場料50台湾元(約140円)を支払います。 受付のお姉さんは、私が日本人だと分かると、とても流暢な英語で色々と話し掛けてくれました。

    写真は10階フロアの中央から見下ろした、階下の様子です。

  • 10階フロアには、建物中央部分だけでなく、この写真の様に、床の一部にガラスがはめ込まれ、下の様子を伺う事が出来ます。 高所恐怖症なので、足がすくみました・・・。

    10階フロアには、建物中央部分だけでなく、この写真の様に、床の一部にガラスがはめ込まれ、下の様子を伺う事が出来ます。 高所恐怖症なので、足がすくみました・・・。

  • 11階フロアには喫茶室があり、コーヒーを20台湾元(約60円)で飲む事が出来ます。<br /><br />この写真は最上階の12階にある空中花園です。 外壁にはガラスが張られていないので、風を感じながら嘉義市内の展望を楽しむ事が出来ました。

    11階フロアには喫茶室があり、コーヒーを20台湾元(約60円)で飲む事が出来ます。

    この写真は最上階の12階にある空中花園です。 外壁にはガラスが張られていないので、風を感じながら嘉義市内の展望を楽しむ事が出来ました。

  • 12階の空中花園から見た、嘉義市内の様子です。 嘉義市棒球場(野球場)が見えました。 ここは大正7(1918)年に完成したもので、台湾で一番古い球場との事です。 一度ここで、台湾プロ野球の試合を観戦してみたいですね。<br />

    12階の空中花園から見た、嘉義市内の様子です。 嘉義市棒球場(野球場)が見えました。 ここは大正7(1918)年に完成したもので、台湾で一番古い球場との事です。 一度ここで、台湾プロ野球の試合を観戦してみたいですね。

  • 嘉義公園内の旧嘉義神社を存分に散策した後も、日本統治時代の面影を探す事にします。 嘉義公園からタクシーに乗り、10分弱で阿里山鐵道の旧北門驛にやって来ました(110台湾元、約310円)。<br /><br />阿里山鐵道の部分開業と同時に、明治43(1910)年に旧北門驛が開業しました。 美しい姿の木造駅舎ですね。

    嘉義公園内の旧嘉義神社を存分に散策した後も、日本統治時代の面影を探す事にします。 嘉義公園からタクシーに乗り、10分弱で阿里山鐵道の旧北門驛にやって来ました(110台湾元、約310円)。

    阿里山鐵道の部分開業と同時に、明治43(1910)年に旧北門驛が開業しました。 美しい姿の木造駅舎ですね。

  • この様な案内板もありました。 この建物付近では、近所の子供達が元気に遊んでいました。<br /><br />阿里山鐵道は、標高差2,244mを踏破する山岳鉄道として世界的に有名ですが、過酷な環境の為、自然災害で運行出来ない事も多くあります。 訪問した日も、この駅を通る列車は運休していましたが、全線で運転が再開されたら、全区間を走破してみたいです。

    この様な案内板もありました。 この建物付近では、近所の子供達が元気に遊んでいました。

    阿里山鐵道は、標高差2,244mを踏破する山岳鉄道として世界的に有名ですが、過酷な環境の為、自然災害で運行出来ない事も多くあります。 訪問した日も、この駅を通る列車は運休していましたが、全線で運転が再開されたら、全区間を走破してみたいです。

  • 旧北門驛の様子です。 凄く良い雰囲気ですね。 時が止まっている様に思えました。 数人の観光客が、カメラ片手に写真を撮っていました。

    旧北門驛の様子です。 凄く良い雰囲気ですね。 時が止まっている様に思えました。 数人の観光客が、カメラ片手に写真を撮っていました。

  • 駅舎の内部の様子です。 中に入って見る事は出来ませんでした。

    駅舎の内部の様子です。 中に入って見る事は出来ませんでした。

  • 阿里山鐵道の車両も展示されていました。

    阿里山鐵道の車両も展示されていました。

  • 旧北門驛の直ぐ隣に、この建物がありました。 これは、阿里山鐵道の倉庫でしょうか?

    旧北門驛の直ぐ隣に、この建物がありました。 これは、阿里山鐵道の倉庫でしょうか?

  • 旧北門驛の向かいには、旅社(旅館)を改装した玉山旅社珈琲と言う喫茶店がありました。

    旧北門驛の向かいには、旅社(旅館)を改装した玉山旅社珈琲と言う喫茶店がありました。

  • 旧北門驛に続く通りには、日本統治時代に建てられたと思われる日本家屋が多くありました。 

    旧北門驛に続く通りには、日本統治時代に建てられたと思われる日本家屋が多くありました。 

  • この建物も、昔からある日本家屋の様ですね。 この一角には、懐かしい日本の街並みが広がっていました。

    この建物も、昔からある日本家屋の様ですね。 この一角には、懐かしい日本の街並みが広がっていました。

  • 旧北門驛からは、すぐ近くにある農業精品區に歩いて向かう事にします。 農業精品區付近の通り沿いには緑色のフェンスが張られており、内部には多くの日本家屋がありました。

    旧北門驛からは、すぐ近くにある農業精品區に歩いて向かう事にします。 農業精品區付近の通り沿いには緑色のフェンスが張られており、内部には多くの日本家屋がありました。

  • 屋根の部分しか見えませんでしたが、この辺一帯には最近に再建されたと思われる綺麗な日本家屋が多くあったので、数か月後若しくは数年後には、一般に公開されるかも知れませんね。

    屋根の部分しか見えませんでしたが、この辺一帯には最近に再建されたと思われる綺麗な日本家屋が多くあったので、数か月後若しくは数年後には、一般に公開されるかも知れませんね。

  • 日本家屋を眺めながら数分で、農業精品區に到着しました。 では、早速中に入ってみます。

    日本家屋を眺めながら数分で、農業精品區に到着しました。 では、早速中に入ってみます。

  • 農業精品區の内部では「檜來嘉義 見證阿里山林業百年照片展」と銘打って、数多くの写真パネルが展示されていました。 この写真は、台南州立嘉義農林學校です。

    農業精品區の内部では「檜來嘉義 見證阿里山林業百年照片展」と銘打って、数多くの写真パネルが展示されていました。 この写真は、台南州立嘉義農林學校です。

  • 農業精品區には、森林鉄道を再現した巨大ジオラマも展示されており、親子連れが走行中の木材運搬列車の模型を追いかけていました。

    農業精品區には、森林鉄道を再現した巨大ジオラマも展示されており、親子連れが走行中の木材運搬列車の模型を追いかけていました。

  • 農業精品區の2階では「中華白海豚特展」と言う特設展が開催されていました。 イルカの絵等の展示物がありました。

    農業精品區の2階では「中華白海豚特展」と言う特設展が開催されていました。 イルカの絵等の展示物がありました。

  • この日本家屋は、農業精品區に隣接している「嘉林故事屋」です。 官舎を再活用しており、2軒の日本家屋が並んで建っていました。 内部を無料で公開していました。

    この日本家屋は、農業精品區に隣接している「嘉林故事屋」です。 官舎を再活用しており、2軒の日本家屋が並んで建っていました。 内部を無料で公開していました。

  • 嘉林故事屋の内部には、畳が敷き詰められていました。 畳の上には、段ボールで造られた動物のオブジェが置かれていました。 それにしても、畳の香りって何だか落ち着きますね!

    嘉林故事屋の内部には、畳が敷き詰められていました。 畳の上には、段ボールで造られた動物のオブジェが置かれていました。 それにしても、畳の香りって何だか落ち着きますね!

  • この様な日本家屋を復元して、それを維持・管理する事は大変な労力が掛かると思いますが、台湾南部の田舎町で多くの地元の方々がこの日本家屋が見学されているのを見ると、日本人として何だか嬉しいですね。

    この様な日本家屋を復元して、それを維持・管理する事は大変な労力が掛かると思いますが、台湾南部の田舎町で多くの地元の方々がこの日本家屋が見学されているのを見ると、日本人として何だか嬉しいですね。

  • 2軒目の日本家屋にも、勿論入室します。 ここの内部は、どんな感じでしょうか?

    2軒目の日本家屋にも、勿論入室します。 ここの内部は、どんな感じでしょうか?

  • 畳の上には、嘉義名産の農産品が展示されていました。 コシヒカリ米やお茶等が所狭しと並べられていました。<br /><br />ここ台湾南部は、烏山頭水庫(うざんとうダム)の完成を契機に、一大穀倉地帯となりました。 台湾の農産品は品質も高く、品種改良の技術にも定評があります。

    畳の上には、嘉義名産の農産品が展示されていました。 コシヒカリ米やお茶等が所狭しと並べられていました。

    ここ台湾南部は、烏山頭水庫(うざんとうダム)の完成を契機に、一大穀倉地帯となりました。 台湾の農産品は品質も高く、品種改良の技術にも定評があります。

  • 出来る事なら、この部屋の畳に寝転がってゆっくりと涼みたいと思ってしまいました。 気持ち良く昼寝が出来そうですね。

    出来る事なら、この部屋の畳に寝転がってゆっくりと涼みたいと思ってしまいました。 気持ち良く昼寝が出来そうですね。

  • この「嘉林故事屋」は、阿里山鉄道の旧北門驛からも大変近いので、ワンセットにして訪問されたら宜しいかと思います。

    この「嘉林故事屋」は、阿里山鉄道の旧北門驛からも大変近いので、ワンセットにして訪問されたら宜しいかと思います。

  • 農業精品區と嘉林故事屋を見学した後は、流しのタクシーを捕まえて、台鐡の嘉義車站(駅)に戻りました。 所要時間は約10分、110台湾元(約310円)でした。<br /><br />写真は、嘉義車站(駅)です。 この駅もまた、日本統治時代に建てられた駅舎です。 

    農業精品區と嘉林故事屋を見学した後は、流しのタクシーを捕まえて、台鐡の嘉義車站(駅)に戻りました。 所要時間は約10分、110台湾元(約310円)でした。

    写真は、嘉義車站(駅)です。 この駅もまた、日本統治時代に建てられた駅舎です。 

  • 台鐡嘉義車站(駅)の内部の様子です。 台湾では、昭和初期によく見られたターミナル建築だそうです。 初めて訪問した嘉義ですが、街歩きをしていたら懐かしさを感じる事も多く、充実した時間を過ごせました。<br /><br />嘉義車站(駅)から台鐡(在来線)の區間車(各駅停車)で、台南車站(駅)に戻りました(約1時間、90台湾元(約250円))。 電車での移動中に、大粒の雨が降り出したので、台南に戻ってからは、専ら買い物に精を出しました。 2週間前に行ったベトナムでは、物の値段が決められていない為、買い物の際の値段交渉には往生しましたが、ここ台湾では予め料金が表示されている正価販売方式なので、安心して買い物を楽しめました。

    台鐡嘉義車站(駅)の内部の様子です。 台湾では、昭和初期によく見られたターミナル建築だそうです。 初めて訪問した嘉義ですが、街歩きをしていたら懐かしさを感じる事も多く、充実した時間を過ごせました。

    嘉義車站(駅)から台鐡(在来線)の區間車(各駅停車)で、台南車站(駅)に戻りました(約1時間、90台湾元(約250円))。 電車での移動中に、大粒の雨が降り出したので、台南に戻ってからは、専ら買い物に精を出しました。 2週間前に行ったベトナムでは、物の値段が決められていない為、買い物の際の値段交渉には往生しましたが、ここ台湾では予め料金が表示されている正価販売方式なので、安心して買い物を楽しめました。

  • シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)に戻り、20時からはホテル内のスパでアロマセラピーマッサージを受けました(2時間、5,700台湾元(約16,000円))。 このホテルのスパは今回で2回目でしたが、最高にリラックスする事が出来ました。 この日の晩は、熟睡しました。

    シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)に戻り、20時からはホテル内のスパでアロマセラピーマッサージを受けました(2時間、5,700台湾元(約16,000円))。 このホテルのスパは今回で2回目でしたが、最高にリラックスする事が出来ました。 この日の晩は、熟睡しました。

  • &lt;2012年04月29日(日)&gt;<br />この日は台南のホテルをチェックアウトし、午後に台北に向かう予定です。 午前中の空き時間は、台南にある日本統治時代の遺構を探しに行きます。 一先ず、ホテルからタクシーで孔子廟に向かいました(約8分、90台湾元(約250円))。<br /><br />孔子廟横の広場では南台科技大學の學生さん達がイベントを開催していたので、いつもより人が多い孔子廟の様子です。

    <2012年04月29日(日)>
    この日は台南のホテルをチェックアウトし、午後に台北に向かう予定です。 午前中の空き時間は、台南にある日本統治時代の遺構を探しに行きます。 一先ず、ホテルからタクシーで孔子廟に向かいました(約8分、90台湾元(約250円))。

    孔子廟横の広場では南台科技大學の學生さん達がイベントを開催していたので、いつもより人が多い孔子廟の様子です。

  • 最初に向かったのは、台南武徳殿です。 昭和11(1936)年に竣工された台南武徳殿は、現在は忠義國民小學の講堂となっています。 訪問したのは日曜日の朝でしたが、剣道の竹刀の音がこの講堂から聞こえて来ました。

    最初に向かったのは、台南武徳殿です。 昭和11(1936)年に竣工された台南武徳殿は、現在は忠義國民小學の講堂となっています。 訪問したのは日曜日の朝でしたが、剣道の竹刀の音がこの講堂から聞こえて来ました。

  • 台南武徳殿の裏側には、美しい洋館がありました。 ここは山林事務所で、大正14(1925)年に建てられたものです。 雨が多く日差しが強い南台湾の気候に合わせ、大きな庇が備わっています。

    台南武徳殿の裏側には、美しい洋館がありました。 ここは山林事務所で、大正14(1925)年に建てられたものです。 雨が多く日差しが強い南台湾の気候に合わせ、大きな庇が備わっています。

  • 山林事務所の直ぐ近くには、日本時代のものと思われる「台南州」の碑がありました。 台南州は、今の台湾の行政単位で言うと、台南市・嘉義市・雲林市・台南縣・嘉義縣の地域となります。

    山林事務所の直ぐ近くには、日本時代のものと思われる「台南州」の碑がありました。 台南州は、今の台湾の行政単位で言うと、台南市・嘉義市・雲林市・台南縣・嘉義縣の地域となります。

  • ここは昭和7(1932)年に竣工したハヤシ百貨店です。 終戦まで、台湾で最も大きなデパートだったそうです。 以前に訪問した時は、廃墟となった建物が見られましたが、現在はこの様になっていました。 保存に向けて補修工事を実施するのでしょうか?

    ここは昭和7(1932)年に竣工したハヤシ百貨店です。 終戦まで、台湾で最も大きなデパートだったそうです。 以前に訪問した時は、廃墟となった建物が見られましたが、現在はこの様になっていました。 保存に向けて補修工事を実施するのでしょうか?

  • 横断幕の左端に、ハヤシ百貨店の文字が見えました。

    横断幕の左端に、ハヤシ百貨店の文字が見えました。

  • 次に来たのは、台南地方法院です。 大正元(1912)年に竣工した優美な建物です。 風雨から守る為か、上面を被う様に屋根が設置されていました。

    次に来たのは、台南地方法院です。 大正元(1912)年に竣工した優美な建物です。 風雨から守る為か、上面を被う様に屋根が設置されていました。

  • もう1枚、台南地方法院です。 側面から撮影したものです。

    もう1枚、台南地方法院です。 側面から撮影したものです。

  • 台南地方法院の向かいに広がっているこの緑地は、かつて台南神社があった場所です。

    台南地方法院の向かいに広がっているこの緑地は、かつて台南神社があった場所です。

  • 台南地方法院の後は、少し歩いて台南放送局へ。 ここは、昭和7(1932)年竣工のラジオ放送局で、当時は日本最南端のラジオ放送局だったそうです。 今は文芸サロンとして使用されています。

    台南地方法院の後は、少し歩いて台南放送局へ。 ここは、昭和7(1932)年竣工のラジオ放送局で、当時は日本最南端のラジオ放送局だったそうです。 今は文芸サロンとして使用されています。

  • 台南放送局の内部は無料で開放されていましたので、中を見学させて頂きました。 窓の形が独特ですね。

    台南放送局の内部は無料で開放されていましたので、中を見学させて頂きました。 窓の形が独特ですね。

  • こちらも台南放送局の内部の様子です。 畳が敷かれた大部屋でした。 ああ、この涼しい部屋で雑魚寝したい!

    こちらも台南放送局の内部の様子です。 畳が敷かれた大部屋でした。 ああ、この涼しい部屋で雑魚寝したい!

  • 最後は愛國婦人館です。 中にも入れる様子でしたが、時間の関係で外からの見学に留めました。 この建物は大正年間(詳細年次不明)に建てられたものだそうです。 近年補修されたのか、凄く綺麗になっていました。

    最後は愛國婦人館です。 中にも入れる様子でしたが、時間の関係で外からの見学に留めました。 この建物は大正年間(詳細年次不明)に建てられたものだそうです。 近年補修されたのか、凄く綺麗になっていました。

  • 駆け足で台南の日本建築を見て回った後は、バゲージをピックアップしにタクシーでホテルまで戻りました(85台湾元、約240円)。 台南市内では、少し歩いただけで日本と縁のある建築物が数多く見つかりますので、街歩きが楽しかったです。<br /><br />写真は、今回お世話になったシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)を、台鐡台南車站(駅)から撮影したものです。

    駆け足で台南の日本建築を見て回った後は、バゲージをピックアップしにタクシーでホテルまで戻りました(85台湾元、約240円)。 台南市内では、少し歩いただけで日本と縁のある建築物が数多く見つかりますので、街歩きが楽しかったです。

    写真は、今回お世話になったシャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル台南(Shangri-La Far Eastern Plaza Hotel Tainan)を、台鐡台南車站(駅)から撮影したものです。

  • 台鐡(在来線)の台南車站(駅)から、高鐡(新幹線)の連絡駅である沙崙車站(駅)に向かいます。 運賃は25台湾元(約70円)で、乗車時間は約25分でした。 12時04分に沙崙車站(駅)に到着しました。

    台鐡(在来線)の台南車站(駅)から、高鐡(新幹線)の連絡駅である沙崙車站(駅)に向かいます。 運賃は25台湾元(約70円)で、乗車時間は約25分でした。 12時04分に沙崙車站(駅)に到着しました。

  • 高鐡(新幹線)の自動券売機で、12時15分発(648号)のチケットを購入し、急いでホームに向かいます。 少しリッチに商務車廂(グリーン車)にしましたが、1,780台湾元(約5,000円)と良心的な値段でした。 台北には定刻の14時00分に到着しました。

    高鐡(新幹線)の自動券売機で、12時15分発(648号)のチケットを購入し、急いでホームに向かいます。 少しリッチに商務車廂(グリーン車)にしましたが、1,780台湾元(約5,000円)と良心的な値段でした。 台北には定刻の14時00分に到着しました。

  • 台北車站(駅)からは、今日の宿泊先であるホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei)に、タクシーで移動しました(約10分、105台湾元(約300円))。 写真はそのホテルサンルート台北の外観です。 

    台北車站(駅)からは、今日の宿泊先であるホテルサンルート台北(Hotel Sunroute Taipei)に、タクシーで移動しました(約10分、105台湾元(約300円))。 写真はそのホテルサンルート台北の外観です。 

  • このホテルは過去に何度か、仕事で台北に来た際に宿泊した事があります。 内装は日本のビジネスホテルと全く変わらず、フロントの方々も日本語対応は完璧です。 今回は1泊だけの宿泊で、且つ、明日の早朝にはホテルを出発してしまうので、今回はシンプルなこのホテルにしました。

    このホテルは過去に何度か、仕事で台北に来た際に宿泊した事があります。 内装は日本のビジネスホテルと全く変わらず、フロントの方々も日本語対応は完璧です。 今回は1泊だけの宿泊で、且つ、明日の早朝にはホテルを出発してしまうので、今回はシンプルなこのホテルにしました。

  • 浴槽はユニットバスです。 豪華さはありませんが、清潔でした。<br /><br />あと、宿泊した部屋では、無線LANのサービスはありませんでした。 尚、有線のインターネットサービスはありました。 <br />

    浴槽はユニットバスです。 豪華さはありませんが、清潔でした。

    あと、宿泊した部屋では、無線LANのサービスはありませんでした。 尚、有線のインターネットサービスはありました。 

  • ホテルで少し休憩した後は、ホテルから徒歩5分の民権西路站(駅)より、MRT(地下鉄)を利用して、台北中心部に点在する日本時代の遺構を訪問します。

    ホテルで少し休憩した後は、ホテルから徒歩5分の民権西路站(駅)より、MRT(地下鉄)を利用して、台北中心部に点在する日本時代の遺構を訪問します。

  • 台北車站(駅)から歩いて数分の梅屋敷にやって来ました。 ここは、日本時代には「吾妻」と言う名前の料亭だった所で、明治33(1900)年に竣工されました。 現在では國夫史蹟紀念館として、庭園と共に公開されています。

    台北車站(駅)から歩いて数分の梅屋敷にやって来ました。 ここは、日本時代には「吾妻」と言う名前の料亭だった所で、明治33(1900)年に竣工されました。 現在では國夫史蹟紀念館として、庭園と共に公開されています。

  • 梅屋敷の内部は撮影が禁止されていたので、玄関を入る間際で撮影しました。 

    梅屋敷の内部は撮影が禁止されていたので、玄関を入る間際で撮影しました。 

  • 次に訪れたのは、MRT西門站(駅)から数分の所にある、かつての台北公会堂です。 昭和天皇の即位を記念して昭和11(1936)年に造られました。 現在は、中山堂と名乗っており、劇場として使用されています。

    次に訪れたのは、MRT西門站(駅)から数分の所にある、かつての台北公会堂です。 昭和天皇の即位を記念して昭和11(1936)年に造られました。 現在は、中山堂と名乗っており、劇場として使用されています。

  • 台北公会堂(中山堂)の内部の様子です。 天井が特徴的でした。

    台北公会堂(中山堂)の内部の様子です。 天井が特徴的でした。

  • こちらはかつての西門市場です。 公設市場として明治41(1908)年に建設されました。 戦後は紅楼劇場と言う名前の劇場となりました。 1階には古い写真等の展示スペースとなっています。<br /><br />訪問した日はこの建物周辺で、第八屆漢字文化節と言うイベントをしていました。

    こちらはかつての西門市場です。 公設市場として明治41(1908)年に建設されました。 戦後は紅楼劇場と言う名前の劇場となりました。 1階には古い写真等の展示スペースとなっています。

    訪問した日はこの建物周辺で、第八屆漢字文化節と言うイベントをしていました。

  • 西門から散歩を楽しんでいると、またもや歴史建築を発見しました。 ここは、かつての台北信用組合で、現在は合作金庫銀行となっていました。 この建物の正面上部には2羽のフクロウが装飾されています。 「夜はこのフクロウが財産を守ります」との意味合いがあるそうです。

    西門から散歩を楽しんでいると、またもや歴史建築を発見しました。 ここは、かつての台北信用組合で、現在は合作金庫銀行となっていました。 この建物の正面上部には2羽のフクロウが装飾されています。 「夜はこのフクロウが財産を守ります」との意味合いがあるそうです。

  • ここは、昭和12(1937)年に竣工した旧台湾銀行(日本時代の台湾の中央銀行)の本店です。 存在感のある建物です。 現在は、臺湾銀行(台湾最大の商業銀行)の総行です。

    ここは、昭和12(1937)年に竣工した旧台湾銀行(日本時代の台湾の中央銀行)の本店です。 存在感のある建物です。 現在は、臺湾銀行(台湾最大の商業銀行)の総行です。

  • これは、昭和9(1934)年に建設された台湾総督府台北高等法院です。 現在は、司法大厦と呼ばれている優美な庁舎です。 緑色を基調とした落ち着いた色合いですが、空襲の標的にならない様にする為だそうです。<br /><br />そろそろ雨になりそうだったので、タクシーを拾って馴染みのマッサージ屋さんに急行しました。 タクシーに乗り込んだ瞬間、大粒の雨が降り出しました。 間一髪で助かりました。

    これは、昭和9(1934)年に建設された台湾総督府台北高等法院です。 現在は、司法大厦と呼ばれている優美な庁舎です。 緑色を基調とした落ち着いた色合いですが、空襲の標的にならない様にする為だそうです。

    そろそろ雨になりそうだったので、タクシーを拾って馴染みのマッサージ屋さんに急行しました。 タクシーに乗り込んだ瞬間、大粒の雨が降り出しました。 間一髪で助かりました。

  • &lt;2012年04月30日(月・祝)&gt;<br />凄い雷の音で、04時10分頃に目覚めてしまいました。 写真は、5階のホテル客室から撮影した早朝の外の様子です。<br /><br />今日は日本への帰国日です。 ホテルサンルート台北のフロントで昨日予約した契約リムジンで、台湾桃園國際機場(空港)まで向かいます(1,100台湾元、約3,100円)。 06時00分にホテルを出発し、06時25分には台湾桃園國際機場(空港)に着きました。 流石に朝が早かったので、高速道路もスイスイと進む事が出来ました。

    <2012年04月30日(月・祝)>
    凄い雷の音で、04時10分頃に目覚めてしまいました。 写真は、5階のホテル客室から撮影した早朝の外の様子です。

    今日は日本への帰国日です。 ホテルサンルート台北のフロントで昨日予約した契約リムジンで、台湾桃園國際機場(空港)まで向かいます(1,100台湾元、約3,100円)。 06時00分にホテルを出発し、06時25分には台湾桃園國際機場(空港)に着きました。 流石に朝が早かったので、高速道路もスイスイと進む事が出来ました。

  • ここ数回の台湾旅行では、台北市内にある台北國際機場(松山)を利用していたので、台湾桃園國際機場(空港)は久しぶりの利用でした。 朝早くから、桃園の出国審査場は混雑していました。<br /><br />搭乗便であるJL814便は定刻に出発し、関西国際空港には定刻よりも若干早く、11時55分に到着しました。

    ここ数回の台湾旅行では、台北市内にある台北國際機場(松山)を利用していたので、台湾桃園國際機場(空港)は久しぶりの利用でした。 朝早くから、桃園の出国審査場は混雑していました。

    搭乗便であるJL814便は定刻に出発し、関西国際空港には定刻よりも若干早く、11時55分に到着しました。

  • 関西国際空港は相変わらずガラガラだったので、あっと言う間に入国審査と税関検査を突破し、12時20分発の大阪国際空港行のバスに間に合いました。<br /><br />大阪国際空港には13時20分に到着しました。 この日の晩19時30分発のJL134便で上京するのですが、先に大阪国際空港でチェックインを済ませ、重いバゲージを預けて、身軽になってから大阪の自宅に立ち寄りました。<br /><br />今回の台湾南部旅行では、台湾に残る日本時代の面影を色々と見て周りましたが、台湾各地には日本と繋がりのある遺構が無数にある筈なので、今後もこのテーマを掘り下げてみたいと思います。 再見、台湾!

    関西国際空港は相変わらずガラガラだったので、あっと言う間に入国審査と税関検査を突破し、12時20分発の大阪国際空港行のバスに間に合いました。

    大阪国際空港には13時20分に到着しました。 この日の晩19時30分発のJL134便で上京するのですが、先に大阪国際空港でチェックインを済ませ、重いバゲージを預けて、身軽になってから大阪の自宅に立ち寄りました。

    今回の台湾南部旅行では、台湾に残る日本時代の面影を色々と見て周りましたが、台湾各地には日本と繋がりのある遺構が無数にある筈なので、今後もこのテーマを掘り下げてみたいと思います。 再見、台湾!

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この旅行記へのコメント (6)

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  • みつひとさん 2012/05/09 00:52:42
    こんばんは
    台湾の旅行記を拝見させていただきました。
    この4月から台湾に赴任になり、本を読むなどして
    台湾の勉強中し台湾中を巡りたいと考えております。

    ガイドブックに載っていない、かつての日本と台湾の
    歴史や遺産がこんなに多くあることにびっくりしました。
    弾丸旅行者さんの旅行記を参考にさせていただき
    たいと思います。

    みつひと

    弾丸旅行者

    弾丸旅行者さん からの返信 2012/05/09 01:34:42
    RE: こんばんは
    みつひと様

    初めまして、弾丸旅行者と申します。

    この度は、旅行記への訪問と投票を下さいまして、どうも
    有難うございました。

    みつひと様は、この4月から台湾に赴任されたそうですね。
    最初の内は異国の地で慣れない事も多いかと思いますが、
    生活にゆとりが出てきたら、是非とも台湾中を旅して頂き、
    駐在員から見た生の台湾の姿をご紹介下さい。 日本時代
    の遺構についても、色々ご紹介下されば幸いです。

    では、今後とも、宜しくお願い致します。

    弾丸旅行者

  • hiroshi_kakogawaさん 2012/05/06 14:26:05
    素晴らしい旅行記ですね
    素晴らしいとしか言いようがない旅行記ですね。

    私の旅行記は適当で説明も適当です。

    このように詳しく書かれている旅行記にはめったに会えませんね。

    ほんとに素晴らしい旅行記で拝見した後、自分の旅行記の作成能力

    が低すぎるとつくづく考えています。

    先ずは素晴らしい旅行記に敬意を払いつつ失礼致します。

    次の旅行記を楽しみにしています。

    弾丸旅行者

    弾丸旅行者さん からの返信 2012/05/06 15:10:33
    RE: 素晴らしい旅行記ですね
    hiroshi_kakogawa様

    110回目の台湾旅行記、とても楽しく拝見させて頂きました。
    49本もの旅行記を記され、写真や思い出の整理も大変だった
    と推測します。 適当だと仰いますが、そんな事は全く無く、
    私の台湾旅行に、どれだけ参考にさせて頂いたか分かりません。

    それにしても、お土産編にはびっくりしました。 特に台湾
    のご友人の方々から、色んなものを頂かれたみたいですね。 

    hiroshi_kakogawa様の旅行記は、台湾の生活に根ざした視点
    の写真が充実していて最高ですので、次の111回目も期待して
    おります。

    今後とも、宜しくお願い申し上げます。

    弾丸旅行者
  • shuchanさん 2012/05/05 23:01:07
    日台の歴史を感じました
    台湾人の日本に対する思い
    私たち日本人のほうこそ台湾にもう少し思いを
    持たなくてはいけないのではないかと思います
    旅行記を拝見して大変感じるものがありました
    ありがとうございます

    弾丸旅行者

    弾丸旅行者さん からの返信 2012/05/05 23:24:27
    RE: 日台の歴史を感じました
    shuchan様

    初めまして、弾丸旅行者と申します。 この旅は、旅行記への
    投票とメッセージを頂戴致しまして、どうも有難うございます。

    正にshuchan様の仰る通りです。 我々日本人は、戦後の教育の
    影響か、台湾に対し余りに無神経な対応をしてきたと思います。 
    今回の大震災の支援をきっかけに、日本人がもっと台湾に関心を
    持てれば最高ですよね。

    今後もshuchan様の旅行記を、ちょくちょく訪問させて頂きます
    ので、宜しくお願いします。

    弾丸旅行者

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