1997/04/01 - 1997/04/05
24378位(同エリア30229件中)
咲さん
初めて 海外に行ったのは 20歳のとき。
またまた 撮影でした☆彡
場所は 台湾の台北
ホテルは、あのグランドホテル!(写真参)
屋台がすごく賑わっていて、the・Asia って感じでした
珍しいものも食べました。
「牛の睾丸」や「臭い豆腐」などなど
足つぼや占いにも行きました
びっくりしたのは、台湾の交通模様。
なんども 車に轢かれそうになりました ヽ(´Д`;)ノ
向こうでは、「ひかれる人が悪い」そうですね
縦列駐車も2列 バイクに4人乗り。。。
早朝の太極拳もやってきました☆彡
「故宮博物館」は、中国4000年の宝が満載で大興奮!
全部回れなかった。。。
残念。
~旅とは私にとって、その土地の刻んだ歴史を見るものだと思う。~
何故、台湾に「中国の王朝の宝」があるか、知ってますか?
日清戦争(日本と中国・清王朝の戦争)のあと、今まで下だと思っていた日本に負けたことによって、中国国民の心は清皇帝から離れていき・・・、「反日愛国」をかかげた、孫文の国民党が革命により、「清朝」が崩壊に追い込みました。
皇帝のもと、4000年間独立を保っていた 中国がとうとう崩壊した瞬間です。
孫文の死後
農民の支持を持つ(共産党の毛沢東)と富裕層の支持を持つ(国民党の蒋介石)が内戦を続けました。
お金持ちと貧乏な農民の戦いでもありました。
中国が共産党(毛沢東)と国民党(蒋介石)の2つに分かれたと考えるとわかりやすいと思います。
内政干渉もあり、毛沢東が国民の支持を得て
とうとう、蒋介石率いる国民党が台湾に追い込まれました。
その時に、蒋介石は中国4000年の象徴ともいえる「王朝の宝」を台湾に持ち込みこみました。
後にそれを展示公開したのが「故宮博物館」なのです。
台湾に中国の歴代王朝の宝があるのは、そうした歴史的背景があるのです。
台湾に実際行ってみて、実感したのは
台湾は、中国の中心だと思ってるということ。
教科書にも、自国の地図には、中国もはいってるのです。
国民党は一時期、台湾に逃げたけど、これから中国を毛沢東(共産党)の支配から救い出す。という考えなんですね。
〈今は、台湾でも政権が変わり、違った考えになってますが。。。〉
実際に第2次世界大戦が終わってから、台湾が「china」と世界協定に示されています。
オリンピックも台湾が「China」で出場していました。
国民党がアメリカに支持されてたのです。
細かく、書くと難しい~と思う方もいると思うので、歴史はここで終わりにします。
続きは、興味のある方だけ( ^ω^)_凵 どうぞ。。。
***
「張学良さん、張学良さん。お元気ですか?」
「はい。元気です。」
張学良という人物をご存知でしょうか?
満州事変で父・張作霖を亡くした、後に国民党の蒋介石のNO2ともいわれ、波乱万丈な人生を送った人物です。
私の尊敬する方です
生まれは昭和天皇と同じ年。
日本にきたこともあり、昭和天皇と容姿が似ていてビックリされたそうです。
晩年の写真を見たことがありますが、昭和天皇に似てます。
満州事変は、日本が起こした鉄道爆破事件です。それによって、中国を戦争へと持ち込もうとしたんですが…
満州事変で、親日派だった父の張作霖を殺されたのですが、張学良は我慢します。
今、日本の挑発に乗ってはいけない。と・・・
「本当は、国民を救う医者になりたかったが、国民を殺す軍人になってしまった。」と晩年を振り返ってます。
世界が中国をめぐって、戦ってる時代に張学良は、国民党の蒋介石のもとで力を発揮します。
しかし、中国が共産党と国民党で内戦をしてる間、日本が本格的に中国を植民地化しようと、乗り込んできます。
そこで、「今は内戦をしてる場合じゃない。」と、蒋介石に銃を向けたのが、「張学良」でした。(西安事件)
そして、共産党と国民党は手を結びます。
日本を追い払ってあと、国民党が台湾に逃れた時すでに張学良は牢の中でした。
命をかけて、中国を日本から守ったのです。
蒋介石に銃を向けたことで極刑になってました。
でも、極刑は逃れ、軟禁になっていきます。
「極刑にならなかったのは、蒋介石の懐の大きさだ。」と語ります。
殺されそうになったのに、相手を讃える素晴らしい人格を持ってました。
台湾で50年以上も、軟禁状態の時
牢の警備に「自分は張学良だ。」と言っても取り合ってくれませんでした。
「あの英雄が、こんなところにいるわけないだろう?頭が変になってるんじゃないか?じぃさん。」と。
蒋介石が死に、その息子の代になっており、「張学良」は歴史の波に姿をくらませていました。
同じく牢の中にいた、日本人で沖縄出身の城間さんが、張学良と仲良くなり
城間さんが、日本に戻ってから 張学良に手紙を書きます。
「張学良さん、張学良さん。お元気ですか?」と。。。
異説はありますが、それをキッカケに張学良は、存命が証明され、50年以上にわたる軟禁生活が終わったと、書物に書いてます。
晩年はハワイで悠々自適に過ごします。
そして、90歳の時、盛大な「張学良・90歳記念パーティー」が開かれ、公の場に姿を現しました。
日本から中国を守り、日本に人生を左右された、中国の愛国者は、1991年に100歳で息を引き取ります。
まさに 「波乱の100年」を送った歴史的人物なのです。
~いゃ~、自由に書きすぎました。。。反省。~
*咲*
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