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下関の城下町長府を散策しました。歴史を感じる街並みでした。

城下町長府

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2011/10/26 - 2011/10/26

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キヌちち

キヌちちさん

下関の城下町長府を散策しました。歴史を感じる街並みでした。

  • 長府観光会館です。こんなところに入ると、ついついお土産を買い込んでしまいます。

    長府観光会館です。こんなところに入ると、ついついお土産を買い込んでしまいます。

  • 城下町長府の観光案内図です。

    城下町長府の観光案内図です。

  • 壇具川<br />長府の野久留米から川端町などを通り、周防灘に流れる川。神功皇后が出陣の際にここに壇を築いて祭事を行い、これに使った道具類を流したという故事にちなんで壇具川と呼ばれる。ほたるの里としても知られています。また、この川沿いは中国自然歩道コースでもあります(長府観光協会HPより)。<br />

    壇具川
    長府の野久留米から川端町などを通り、周防灘に流れる川。神功皇后が出陣の際にここに壇を築いて祭事を行い、これに使った道具類を流したという故事にちなんで壇具川と呼ばれる。ほたるの里としても知られています。また、この川沿いは中国自然歩道コースでもあります(長府観光協会HPより)。

  • 壇具川の横に「ほたるの里」と銘打った看板が立っていました。

    壇具川の横に「ほたるの里」と銘打った看板が立っていました。

  • 壇具川にはカモがいっぱいいました。<br />

    壇具川にはカモがいっぱいいました。

  • 壇具川には鯉も泳いでおりました。

    壇具川には鯉も泳いでおりました。

  • 龍馬と下関「龍馬を政治的に支援した長府藩士、印藤聿生家跡」の看板です。壇具川沿いの道にありました。

    龍馬と下関「龍馬を政治的に支援した長府藩士、印藤聿生家跡」の看板です。壇具川沿いの道にありました。

  • 名所案内看板

    名所案内看板

  • 長府宮の内地区周辺案内図

    長府宮の内地区周辺案内図

  • 古江小路

    古江小路

  • 古江小路

    古江小路

  • 菅家長屋門<br />城下町長府の中でも、もっとも城下町の面影を残す古江小路にこの長屋門があります。<br />長府藩初代藩主毛利秀元(ひでもと:毛利元就の孫)により、京都から招かれた侍医兼侍講職を務めた格式のある家柄であった菅家の長屋門です。<br />門戸の間口が武家のそれよりもわずかに広く造られ、長屋門を中心に左右に延びた石垣の上の練塀は、長府城下町の年輪を象徴する代表的なものです。昭和51年(1976年)下関市の有形文化財に指定されました(長府観光協会HPより)。

    菅家長屋門
    城下町長府の中でも、もっとも城下町の面影を残す古江小路にこの長屋門があります。
    長府藩初代藩主毛利秀元(ひでもと:毛利元就の孫)により、京都から招かれた侍医兼侍講職を務めた格式のある家柄であった菅家の長屋門です。
    門戸の間口が武家のそれよりもわずかに広く造られ、長屋門を中心に左右に延びた石垣の上の練塀は、長府城下町の年輪を象徴する代表的なものです。昭和51年(1976年)下関市の有形文化財に指定されました(長府観光協会HPより)。

  • 名所案内看板。かなりがっちりと作られております。

    名所案内看板。かなりがっちりと作られております。

  • 長門国総社跡碑

    長門国総社跡碑

  • 長府毛利邸<br />平成10年4月29日リニュアルオープン。<br />明治36年(1903)長府毛利家第14代藩主毛利元敏(もととし)によって建てられた邸宅です。<br /> 明治天皇の行在所(あんざいしょ)としても使われ、現在もその部屋が残されております。<br />また、邸内の池泉回遊式庭園は石灯篭、楓、池など絶妙な配置により、安らぎの空間を演出しています。紅葉の名所でもあります(長府観光協会HPより)。

    長府毛利邸
    平成10年4月29日リニュアルオープン。
    明治36年(1903)長府毛利家第14代藩主毛利元敏(もととし)によって建てられた邸宅です。
     明治天皇の行在所(あんざいしょ)としても使われ、現在もその部屋が残されております。
    また、邸内の池泉回遊式庭園は石灯篭、楓、池など絶妙な配置により、安らぎの空間を演出しています。紅葉の名所でもあります(長府観光協会HPより)。

  • 長府毛利邸

    長府毛利邸

  • 長府毛利邸

    長府毛利邸

  • 長府毛利邸内案内図

    長府毛利邸内案内図

  • 長府毛利邸

    長府毛利邸

  • 長府毛利邸

    長府毛利邸

  • 長府毛利邸入場口。

    長府毛利邸入場口。

  • 長府毛利邸

    長府毛利邸

  • 功山寺<br />鎌倉時代創建、唐様(からよう)建築の美しさを保つ仏殿は、わが国最古の禅寺(ぜんでら)様式を残しており国宝に指定されています。<br /> 元々は長福寺と呼ばれており、功山寺となったのは長府藩祖毛利秀元(ひでもと)の菩提寺とされてからです。<br />また、幾度となく歴史の舞台になったところで、毛利元就に追われた大内義長が自刃した場所であり、明治維新の転機となった高杉晋作が、奇兵隊からも賛同されないまま、伊藤俊輔(の博文)率いる力士隊と石川小五郎率いる遊撃隊ら、わずか80人程度で挙兵した地(功山寺挙兵)でもあり、境内には馬上の高杉晋作像があり、晋作を始め幕末・維新ファンなど歴史ファンが訪れております。<br /> その他、ここには“五卿潜居(ごきょうせんきょ)の間”があり、そこから望む美しい庭園は人々の目を引かせます。<br /> また、境内の裏には長府毛利家墓所、大内義長の墓、坂本竜馬の護衛を務めた長府藩士三吉慎蔵の墓などがあります(長府観光協会HPより)。

    功山寺
    鎌倉時代創建、唐様(からよう)建築の美しさを保つ仏殿は、わが国最古の禅寺(ぜんでら)様式を残しており国宝に指定されています。
     元々は長福寺と呼ばれており、功山寺となったのは長府藩祖毛利秀元(ひでもと)の菩提寺とされてからです。
    また、幾度となく歴史の舞台になったところで、毛利元就に追われた大内義長が自刃した場所であり、明治維新の転機となった高杉晋作が、奇兵隊からも賛同されないまま、伊藤俊輔(の博文)率いる力士隊と石川小五郎率いる遊撃隊ら、わずか80人程度で挙兵した地(功山寺挙兵)でもあり、境内には馬上の高杉晋作像があり、晋作を始め幕末・維新ファンなど歴史ファンが訪れております。
     その他、ここには“五卿潜居(ごきょうせんきょ)の間”があり、そこから望む美しい庭園は人々の目を引かせます。
     また、境内の裏には長府毛利家墓所、大内義長の墓、坂本竜馬の護衛を務めた長府藩士三吉慎蔵の墓などがあります(長府観光協会HPより)。

  • 功山寺山門

    功山寺山門

  • 功山寺境内の保存樹木

    功山寺境内の保存樹木

  • 功山寺仏殿

    功山寺仏殿

  • 高杉晋作回天義挙銅像<br /> 功山寺境内には、高杉晋作回天義挙を功績を称え、晋作像が建立されています。<br />この晋作像は昭和47年(1972年)長府博物館友の会により建立されました。<br /> 台座の石は下関市内の竜王山より発掘されたもので、高さ3.1m、幅は2.1m×1.6m、重さは推定15t。<br />晋作像は元々個人所有のもので、こちらに移築したものです。<br />大きさは、高さ1.4m、胴回り1.8m、長さ3.8m。<br />建立費用は当時約500万円、寄付金によるものです(長府観光協会HPより)。

    高杉晋作回天義挙銅像
     功山寺境内には、高杉晋作回天義挙を功績を称え、晋作像が建立されています。
    この晋作像は昭和47年(1972年)長府博物館友の会により建立されました。
     台座の石は下関市内の竜王山より発掘されたもので、高さ3.1m、幅は2.1m×1.6m、重さは推定15t。
    晋作像は元々個人所有のもので、こちらに移築したものです。
    大きさは、高さ1.4m、胴回り1.8m、長さ3.8m。
    建立費用は当時約500万円、寄付金によるものです(長府観光協会HPより)。

  • 高杉晋作回天義挙銅像の解説碑

    高杉晋作回天義挙銅像の解説碑

  • 大内義長の墓

    大内義長の墓

  • 大内義長の墓

    大内義長の墓

  • 大内義長の墓

    大内義長の墓

  • 龍馬と下関「龍馬の夢の支援者 長府藩家老、三吉周亮墓所」。

    龍馬と下関「龍馬の夢の支援者 長府藩家老、三吉周亮墓所」。

  • 笑山寺<br />長府藩祖主毛利秀元(ひでもと)により、母乃美大方(のみのおおかた)の菩提寺として、建てられたお寺です。<br />その後、秀元の没後、秀元の父元清(もときよ)の法号にちなみ「笑山寺」と改称されました。<br />長府毛利家の菩提寺の一つで、境内の左奥には2代毛利光広(みつひろ)、7代毛利師就(もろたか)の墓があります(長府観光協会HPより)。<br />

    笑山寺
    長府藩祖主毛利秀元(ひでもと)により、母乃美大方(のみのおおかた)の菩提寺として、建てられたお寺です。
    その後、秀元の没後、秀元の父元清(もときよ)の法号にちなみ「笑山寺」と改称されました。
    長府毛利家の菩提寺の一つで、境内の左奥には2代毛利光広(みつひろ)、7代毛利師就(もろたか)の墓があります(長府観光協会HPより)。

  • 笑山寺十三重石塔

    笑山寺十三重石塔

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