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1).旅の始めに <br />                                                                              <br />                       姑蘇なれば  木塔の上 鳥渡る<br />                           <br />   蘇州の中心にある「平江路」の入り口に、石に刻まれた『平江図』(1229年南宋時代に作られた蘇州の都市図)があるが、それと比較すると、800年近くたった今でも、蘇州の中心街は、東西3.5キロ、南北4.5キロの形態はおろか、道路や水路の骨格もほとんど変わっていないようである。司馬遼太郎は、1980年に、蘇州2度目の旅の時、「出来れば、蘇州旧城の外郭を一周してみたい」と、中国側に、それとなく頼んだそうだ。以前から僕も、旧蘇州城外周を、歩いて一周したいと、思っていた。<br /><br />2).東外城河沿い<br /><br />  ① 相門  <br />   地下鉄工事で騒然としている中を、「干将路」を東に向かって歩き始めた。蘇州大学の前にあった「獅子口刑務所」も、再開発のため一部を残し更地化されていた。蘇州大学を過ぎると、東城外河に出たが、そこに架かる橋が「相門橋」である。蘇州大学の東端の歩道に、「相門」が嘗てあったことを記した石碑を見つけた。呉王「闔閭」(こうりよ)が、刀工「干将」に、この地で剣を造らせたので、刀工が住むようになった。その刀工達を、「将門」とか、「匠門」、また「相門」等と呼んでいたので、此処に在った門を、「相門」と呼ぶようになったが、その門は、現存しない。<br />  「相門橋」を渡り、濠沿いを南に回ると、学生寮が並ぶ地区に入り、学生相手の店が多く並び、店は、丁度夕食の仕込みの準備中であった。「東外城河」を挟み、「蘇州大学」を眺めると、校舎が茜色に染まり、次第に影を落として行く様を眺めながら、釣瓶落としの秋の夕暮れの妙味を、「東外城河」沿いの公園で、のんびりと眺めていた。<br /><br />  ② 〇門(○は草冠に封)<br />   翌日、ホテル前の「干将路」を西に少し戻り、水路沿って南に向かい、古い住宅街に入った。近くの自由市場を覗くと、上海蟹の季節で、店頭は蟹で溢れていた。「太湖」産の蟹は、人気があり、価格は高かいが、「陽澄湖」で獲れる蟹は、価格は安かった。<br />  「望星橋」北詰めの「盛家」一帯は、水路に沿って、漆喰の白壁と黒瓦の住宅が立ち並び、街路樹の柳ともマッチし、なかなかの風情がある地域であった。水路に沿い歩いて行くと、「十全街」に出た。「東城外河」に向かう上り坂を登りきると、「〇門橋」(○は草冠に封)があったが、嘗ては、その近くに、「〇門」(○は草冠に封)も、あったようだ。 <br />  「〇門橋」(○は草冠に封)を渡り、「莫邪路」を南へ向かう「〇門横街」(○は草冠に封)の、露店を覗いて見ると、今が旬の「上海蟹」や、「けんじつ」、通称「鶏頭米」と云われ、池などの水中で育つ実などを売っていた。「けんじつ」売りの露店商たちは、硬い皮を、剃刀で剥きながら、客に声を掛け、互いに競い合っていた(「けんじつ」の「けん」は、草冠に欠、「じつ」は実)。<br />  再び、「莫邪路」に戻り、南下し、城内の東南角を見渡す地点に向かった。城内の南東角に、「桂花公園」があり、その辺り一帯の城壁や砦なども、復元されていた。 <br />  <br />3).南外城河沿い<br />   <br /> ①	蛇門<br />  蘇州城の南部一帯は、嘗ては、水路や、道路が複雑に介在し、湿地帯も見られ、荒涼としたところであった。籠城して戦う時の非常用の菜園なども、城内の東から南にかけ、嘗ては、あったようである。現在は、城外河の南東角は、金木犀の木々で覆われた、「桂花公園」になっていた。<br />   この地に、嘗ては、「蛇門」が、あったと言われている。「桂花公園」沿いの城外河は、此処で、大きく西に回るものと、そのまま真っ直ぐ南に向かう運河とに分かれている。南に向かう運河には、石造りの鼓橋の「覓渡橋」(古覓渡橋)が、架かっていた。この運河を、更に、まっすぐ南へ向かうと、「宝帯橋」が架かる、京杭大運河に繋がっている。<br />  「天渡橋」(古覓渡橋)の直ぐ背後には、南城外河に沿って西に向かっている「南門路」があり、そこに、コンクリート製の「覓渡橋」が掛かっている。南城外河には、現在は、「南園橋」と、「人民橋」の橋がある。「人民橋」辺りに、民国時代には、「南門」があったが、現存しない。芥川や谷崎が来た当時、この一帯は、日本の租界地であり、日本人経営の織物や紡績等の工場や、商店、日本旅館等が、集積する地域であった。<br /><br /> ②	盤門<br />  「南外城河」に沿い、「盤門路」を西へ向かうと、「城外河」の南西角付近に、今も現存する水陸両門である「盤門」がある。「盤門」付近は、仮設の塀が続き、土産屋の露店が、橋のたもとまで続いていた。<br />  鼓橋の石段を登り、橋上に立つと、左手に、石塁と煉瓦壁の「盤門」が見え、右手には、森が広がり、その中に、木造の「瑞光塔」が見えていた。<br />  「呉門橋」の石段を下りると、城内に向かう小運河が流れており、小さな石橋を渡ると、「盤門」がある。「盤門」は明代に、倭寇からの防衛強化のため、大規模に修復されている。<br />  谷崎潤一郎は、「蘇州」到着の翌日、旅館から驢馬に乗って、「呉門橋」を渡り、「盤門」をくぐり、蘇州の城内に入っている。『中国・江南のみち』の中で、司馬遼太郎は、『盤門を取り巻く石塁の構造もこみ入って、巨大な石造建築物としての造形的にも実に力強い。蘇州第一等の名所とすべきではないかと思った・・・』と書き、「盤門」という石造建築物を見終え、小さな運河のほとりに立って、『その辺から、瑞光寺の土筆のような木造塔を望んだとき、気分がゆるんで大きな吐息が出た』と、絶賛している。<br />  <br />   僕は、見学後再び、「呉門橋」の橋上に立ち、暫く、「盤門」と、そして「瑞光塔」を眺めながら、風の囁と水の動きを、楽しんでいた。「盤門路」と「盤胥路」の交差する辺りの、「朱鴻興麺館」で、「この店一番の美味しいワンタンが食べたい」と言う僕に、ウェイトレスが勧めてくれた「菜肉ワンタン」を注文した。注文品が出されるまでの間、「盤門」と「瑞光塔」を、ガラス越しに眺めながら、この前の道を、90年余前に、谷崎や、芥川が通った時の様子を想像していた。空き腹には、極めて満足のワンタンであった。 (「旧城の城門を 旅する(2)」、に続く)<br /><br /><br /> (注1)城門の名前は、時代や資料により些か異なってはいる。<br />  先ずは、一番古いと言われる『春秋時代』には、【盤門しょう門】(しょう闔門、破楚門、「しょう」は、門構えに昌)、【胥門】(姑胥門)、【盤門】(蟠門)、【蛇門】、【婁門】、【相門】(匠門、干将門)、【斉門】(望斉門)、【平門】(巫門)の8城門の外に、『呉子城』(蘇州子城)に3城門があり、合計で11箇所の城門があった。<br />  『西漢時代』には、【〇門】、【栗門】、【魴ぼう門】が造られ、『唐代』には、【赤門】が、時代がずーと下がって、【民国時代】には、【金門】、【南門】が開通している。<br />  また、【蘇州市誌】には、「西の城壁には、【しょう門】、【胥門】、南には、【盤門】、【蛇門】、東には、【婁門】、【匠門】、北には、【平門】、【斉門】が記載されている。<br /><br />  * Coordinator: Gu  Hong                                 <br /><br />                                                                         以上<br />   <br /><br />  <br /> <br />  <br /> <br /><br />                  <br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

【江蘇省】 蘇州 * 旧城の城門(跡)を 旅する(1)

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2011/10/07 - 2011/10/10

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34

彷徨人MU

彷徨人MUさん

1).旅の始めに 

              姑蘇なれば  木塔の上 鳥渡る

   蘇州の中心にある「平江路」の入り口に、石に刻まれた『平江図』(1229年南宋時代に作られた蘇州の都市図)があるが、それと比較すると、800年近くたった今でも、蘇州の中心街は、東西3.5キロ、南北4.5キロの形態はおろか、道路や水路の骨格もほとんど変わっていないようである。司馬遼太郎は、1980年に、蘇州2度目の旅の時、「出来れば、蘇州旧城の外郭を一周してみたい」と、中国側に、それとなく頼んだそうだ。以前から僕も、旧蘇州城外周を、歩いて一周したいと、思っていた。

2).東外城河沿い

  ① 相門  
   地下鉄工事で騒然としている中を、「干将路」を東に向かって歩き始めた。蘇州大学の前にあった「獅子口刑務所」も、再開発のため一部を残し更地化されていた。蘇州大学を過ぎると、東城外河に出たが、そこに架かる橋が「相門橋」である。蘇州大学の東端の歩道に、「相門」が嘗てあったことを記した石碑を見つけた。呉王「闔閭」(こうりよ)が、刀工「干将」に、この地で剣を造らせたので、刀工が住むようになった。その刀工達を、「将門」とか、「匠門」、また「相門」等と呼んでいたので、此処に在った門を、「相門」と呼ぶようになったが、その門は、現存しない。
  「相門橋」を渡り、濠沿いを南に回ると、学生寮が並ぶ地区に入り、学生相手の店が多く並び、店は、丁度夕食の仕込みの準備中であった。「東外城河」を挟み、「蘇州大学」を眺めると、校舎が茜色に染まり、次第に影を落として行く様を眺めながら、釣瓶落としの秋の夕暮れの妙味を、「東外城河」沿いの公園で、のんびりと眺めていた。

  ② 〇門(○は草冠に封)
   翌日、ホテル前の「干将路」を西に少し戻り、水路沿って南に向かい、古い住宅街に入った。近くの自由市場を覗くと、上海蟹の季節で、店頭は蟹で溢れていた。「太湖」産の蟹は、人気があり、価格は高かいが、「陽澄湖」で獲れる蟹は、価格は安かった。
  「望星橋」北詰めの「盛家」一帯は、水路に沿って、漆喰の白壁と黒瓦の住宅が立ち並び、街路樹の柳ともマッチし、なかなかの風情がある地域であった。水路に沿い歩いて行くと、「十全街」に出た。「東城外河」に向かう上り坂を登りきると、「〇門橋」(○は草冠に封)があったが、嘗ては、その近くに、「〇門」(○は草冠に封)も、あったようだ。 
  「〇門橋」(○は草冠に封)を渡り、「莫邪路」を南へ向かう「〇門横街」(○は草冠に封)の、露店を覗いて見ると、今が旬の「上海蟹」や、「けんじつ」、通称「鶏頭米」と云われ、池などの水中で育つ実などを売っていた。「けんじつ」売りの露店商たちは、硬い皮を、剃刀で剥きながら、客に声を掛け、互いに競い合っていた(「けんじつ」の「けん」は、草冠に欠、「じつ」は実)。
  再び、「莫邪路」に戻り、南下し、城内の東南角を見渡す地点に向かった。城内の南東角に、「桂花公園」があり、その辺り一帯の城壁や砦なども、復元されていた。
  
3).南外城河沿い
   
 ① 蛇門
  蘇州城の南部一帯は、嘗ては、水路や、道路が複雑に介在し、湿地帯も見られ、荒涼としたところであった。籠城して戦う時の非常用の菜園なども、城内の東から南にかけ、嘗ては、あったようである。現在は、城外河の南東角は、金木犀の木々で覆われた、「桂花公園」になっていた。
   この地に、嘗ては、「蛇門」が、あったと言われている。「桂花公園」沿いの城外河は、此処で、大きく西に回るものと、そのまま真っ直ぐ南に向かう運河とに分かれている。南に向かう運河には、石造りの鼓橋の「覓渡橋」(古覓渡橋)が、架かっていた。この運河を、更に、まっすぐ南へ向かうと、「宝帯橋」が架かる、京杭大運河に繋がっている。
  「天渡橋」(古覓渡橋)の直ぐ背後には、南城外河に沿って西に向かっている「南門路」があり、そこに、コンクリート製の「覓渡橋」が掛かっている。南城外河には、現在は、「南園橋」と、「人民橋」の橋がある。「人民橋」辺りに、民国時代には、「南門」があったが、現存しない。芥川や谷崎が来た当時、この一帯は、日本の租界地であり、日本人経営の織物や紡績等の工場や、商店、日本旅館等が、集積する地域であった。

 ② 盤門
  「南外城河」に沿い、「盤門路」を西へ向かうと、「城外河」の南西角付近に、今も現存する水陸両門である「盤門」がある。「盤門」付近は、仮設の塀が続き、土産屋の露店が、橋のたもとまで続いていた。
  鼓橋の石段を登り、橋上に立つと、左手に、石塁と煉瓦壁の「盤門」が見え、右手には、森が広がり、その中に、木造の「瑞光塔」が見えていた。
  「呉門橋」の石段を下りると、城内に向かう小運河が流れており、小さな石橋を渡ると、「盤門」がある。「盤門」は明代に、倭寇からの防衛強化のため、大規模に修復されている。
  谷崎潤一郎は、「蘇州」到着の翌日、旅館から驢馬に乗って、「呉門橋」を渡り、「盤門」をくぐり、蘇州の城内に入っている。『中国・江南のみち』の中で、司馬遼太郎は、『盤門を取り巻く石塁の構造もこみ入って、巨大な石造建築物としての造形的にも実に力強い。蘇州第一等の名所とすべきではないかと思った・・・』と書き、「盤門」という石造建築物を見終え、小さな運河のほとりに立って、『その辺から、瑞光寺の土筆のような木造塔を望んだとき、気分がゆるんで大きな吐息が出た』と、絶賛している。
  
   僕は、見学後再び、「呉門橋」の橋上に立ち、暫く、「盤門」と、そして「瑞光塔」を眺めながら、風の囁と水の動きを、楽しんでいた。「盤門路」と「盤胥路」の交差する辺りの、「朱鴻興麺館」で、「この店一番の美味しいワンタンが食べたい」と言う僕に、ウェイトレスが勧めてくれた「菜肉ワンタン」を注文した。注文品が出されるまでの間、「盤門」と「瑞光塔」を、ガラス越しに眺めながら、この前の道を、90年余前に、谷崎や、芥川が通った時の様子を想像していた。空き腹には、極めて満足のワンタンであった。 (「旧城の城門を 旅する(2)」、に続く)


 (注1)城門の名前は、時代や資料により些か異なってはいる。
  先ずは、一番古いと言われる『春秋時代』には、【盤門しょう門】(しょう闔門、破楚門、「しょう」は、門構えに昌)、【胥門】(姑胥門)、【盤門】(蟠門)、【蛇門】、【婁門】、【相門】(匠門、干将門)、【斉門】(望斉門)、【平門】(巫門)の8城門の外に、『呉子城』(蘇州子城)に3城門があり、合計で11箇所の城門があった。
  『西漢時代』には、【〇門】、【栗門】、【魴ぼう門】が造られ、『唐代』には、【赤門】が、時代がずーと下がって、【民国時代】には、【金門】、【南門】が開通している。
  また、【蘇州市誌】には、「西の城壁には、【しょう門】、【胥門】、南には、【盤門】、【蛇門】、東には、【婁門】、【匠門】、北には、【平門】、【斉門】が記載されている。

* Coordinator: Gu Hong

    以上
  

  
 
  
 








同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
航空会社
JAL
  • (東濠)<br />【相門】(匠門、干将門)<br /><br />【相門橋】の橋上。

    (東濠)
    【相門】(匠門、干将門)

    【相門橋】の橋上。

  • (東濠)<br />【相門】(匠門、干将門)<br /><br />城内から、地下鉄工事中の【干将東路】を東に向かい、【相門橋】を渡る右手前の橋詰めにあった【相門】の記念碑

    (東濠)
    【相門】(匠門、干将門)

    城内から、地下鉄工事中の【干将東路】を東に向かい、【相門橋】を渡る右手前の橋詰めにあった【相門】の記念碑

  • (東濠)<br />【相門】(匠門、干将門)<br /><br />【相門橋】を渡り、河岸を南に折れ、学生寮の集まる辺りから、東側の【外城河】を挟み、対岸の蘇州大学を眺める。<br /><br /><br /><br />【<br />

    (東濠)
    【相門】(匠門、干将門)

    【相門橋】を渡り、河岸を南に折れ、学生寮の集まる辺りから、東側の【外城河】を挟み、対岸の蘇州大学を眺める。




  • (東濠)<br />【相門】(匠門、干将門)<br /><br />【相門橋】を渡り、河岸を北に折れた東側城外から【相門橋】を眺める。

    (東濠)
    【相門】(匠門、干将門)

    【相門橋】を渡り、河岸を北に折れた東側城外から【相門橋】を眺める。

  • (東濠)<br />【相門】(匠門、干将門)<br /><br />【相門】橋の橋上から南に向かって眺める。向うに見える橋は【ほう門橋】(「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【相門】(匠門、干将門)

    【相門】橋の橋上から南に向かって眺める。向うに見える橋は【ほう門橋】(「ほう」は、草冠に封)

  • (東濠)<br />【ほう門】(「ほう」は、草冠に封)<br /><br />【ほう門】に向かう住宅街の中を流れる水郷

    (東濠)
    【ほう門】(「ほう」は、草冠に封)

    【ほう門】に向かう住宅街の中を流れる水郷

  • (東濠)<br />【ほう門】<br /><br />城内の商店街から【ほう門橋】方面を眺める。<br />(以上の「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【ほう門】

    城内の商店街から【ほう門橋】方面を眺める。
    (以上の「ほう」は、草冠に封)

  • (東濠)<br />【ほう門】<br /><br />城内から【ほう門橋】方面を眺める。<br />(以上の「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【ほう門】

    城内から【ほう門橋】方面を眺める。
    (以上の「ほう」は、草冠に封)

  • (東濠)<br />【ほう門】<br /><br />城外から【ほう門橋】方面を眺める。<br />(以上の「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【ほう門】

    城外から【ほう門橋】方面を眺める。
    (以上の「ほう」は、草冠に封)

  • (東濠)<br />【ほう門】<br /><br />城外から外城河(東濠)を挟み、【ほう門橋】を眺める。<br />(以上の「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【ほう門】

    城外から外城河(東濠)を挟み、【ほう門橋】を眺める。
    (以上の「ほう」は、草冠に封)

  • (東濠)<br />【ほう門】<br /><br />【ほう門橋】の橋詰め付近。<br />(以上の「ほう」は、草冠に封)

    (東濠)
    【ほう門】

    【ほう門橋】の橋詰め付近。
    (以上の「ほう」は、草冠に封)

  • 【ほう門橋】から、城外に出た付近にある【ほう門横街】商店街<br />

    【ほう門橋】から、城外に出た付近にある【ほう門横街】商店街

  • (東濠)<br />南東角付近の【外城河】

    (東濠)
    南東角付近の【外城河】

  • (東濠)<br />南東角付近の【外城河】

    (東濠)
    南東角付近の【外城河】

  • (東濠)<br />城内から南東角付近の【外城河】を眺める。

    (東濠)
    城内から南東角付近の【外城河】を眺める。

  • (東濠)<br />南東角付近の【外城河】。<br />城外の【覓渡橋】から【天渡橋】(古覓渡橋)を眺める。その向うは、城内にある【桂花公園】

    (東濠)
    南東角付近の【外城河】。
    城外の【覓渡橋】から【天渡橋】(古覓渡橋)を眺める。その向うは、城内にある【桂花公園】

  • (東濠)<br />南東角付近の【外城河】の城外にある、大運河に向かう運河に架かる【天渡橋】(古覓渡橋)

    (東濠)
    南東角付近の【外城河】の城外にある、大運河に向かう運河に架かる【天渡橋】(古覓渡橋)

  • (東・南濠)<br />南東角付近の【外城河】。対岸の城外から【桂花公園】を眺める。

    (東・南濠)
    南東角付近の【外城河】。対岸の城外から【桂花公園】を眺める。

  • (南濠)<br />城外の南東角付近から、西の【南園橋】方面の、【外城河】を眺める。

    (南濠)
    城外の南東角付近から、西の【南園橋】方面の、【外城河】を眺める。

  • 【盤門】<br /><br />城外の南西角にある【盤門】

    【盤門】

    城外の南西角にある【盤門】

  • (南濠)<br /><br />城外の南西角にある【盤門】

    (南濠)

    城外の南西角にある【盤門】

  • (南濠)<br /><br />城外の南西角にある【盤門】に渡る【呉門橋】

    (南濠)

    城外の南西角にある【盤門】に渡る【呉門橋】

  • (南濠)<br /><br />【呉門橋】

    (南濠)

    【呉門橋】

  • (南濠)<br /><br />【盤門】記念碑

    (南濠)

    【盤門】記念碑

  • (南濠)<br /><br />【盤門】入り口

    (南濠)

    【盤門】入り口

  • (南濠)<br /><br />【呉門橋】から見た【瑞光塔】

    (南濠)

    【呉門橋】から見た【瑞光塔】

  • (南濠)<br /><br />外城河から眺めた【呉門橋】

    (南濠)

    外城河から眺めた【呉門橋】

  • 【平江路】<br /><br />平江路の水路(夜景)

    【平江路】

    平江路の水路(夜景)

  • 【平江路】<br /><br /><br />平江路の紅提灯(夜景)

    【平江路】


    平江路の紅提灯(夜景)

  • 【平江路】<br /><br /><br />平江路の階段状の橋(夜景)

    【平江路】


    平江路の階段状の橋(夜景)

  • 【食事】<br /><br />蘇州の家庭料理。訪問した家庭でご馳走になった夕食。今は金秋、この地方では、上海蟹のシーズン。この日は雌と雄の2盃をご馳走になった。

    【食事】

    蘇州の家庭料理。訪問した家庭でご馳走になった夕食。今は金秋、この地方では、上海蟹のシーズン。この日は雌と雄の2盃をご馳走になった。

  • 上海<br /><br />【梅龍鎮】での夕食前に一杯:<br /><br />10年物の老酒と、本日の酒の肴四品

    上海

    【梅龍鎮】での夕食前に一杯:

    10年物の老酒と、本日の酒の肴四品

  • ホテルの窓から空を眺めたら、秋の空、鱗雲がゆっくりと流れていた。<br /><br />              <br /><br />

    ホテルの窓から空を眺めたら、秋の空、鱗雲がゆっくりと流れていた。

                  

  • 蘇州の中心にある【平江路】の入り口に、石に刻まれた『平江図』(1229年南宋時代に作られた蘇州の都市図)

    蘇州の中心にある【平江路】の入り口に、石に刻まれた『平江図』(1229年南宋時代に作られた蘇州の都市図)

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