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旅行5日目の今日は、いよいよパリとお別れし、<br /><br />パリ近郊、フォンテーヌブローにある、フォンテーヌブロー城へ。<br /><br />そしてその後、今回私が最も楽しみにしていたうちの1つ、<br /><br />ヴェルサイユ宮殿のモデルとなった、<br /><br />ヴォー・ル・ヴィコント城を訪ねます。 ここでは、<br /><br />夏の期間の毎週土曜日の夜、2000個のキャンドルを庭に灯す<br /><br />「キャンドル・ナイト」のショーが必見!!!<br /><br /><br />5日目は2ページに分けました。<br /><br />  5日目①:フォンテーヌブロー城<br /><br />  5日目②:ヴォー・ル・ヴィコント城で「キャンドル・ナイト」ショー。<br />        そして憧れだったヴェルサイユへ向かいます。<br /><br />* 各部屋の名前、説明等は、100%正確ではないかもしれません。 一応、各部屋の説明案内も写真に納めるようにはしていましたが、忘れて飛んでいたりして順序がよくわからなくなったり、あとは見・聞きしたものを書いています。 間違っている場合は、お知らせ頂けると有難いです。<br />

[9 of 15] ベルギー・フランス 8日間ドライブ旅行 5日目①:フォンテーヌブロー城

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2010/05/22 - 2010/05/22

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サウスピーチ

サウスピーチさん

旅行5日目の今日は、いよいよパリとお別れし、

パリ近郊、フォンテーヌブローにある、フォンテーヌブロー城へ。

そしてその後、今回私が最も楽しみにしていたうちの1つ、

ヴェルサイユ宮殿のモデルとなった、

ヴォー・ル・ヴィコント城を訪ねます。 ここでは、

夏の期間の毎週土曜日の夜、2000個のキャンドルを庭に灯す

「キャンドル・ナイト」のショーが必見!!!


5日目は2ページに分けました。

  5日目①:フォンテーヌブロー城

  5日目②:ヴォー・ル・ヴィコント城で「キャンドル・ナイト」ショー。
        そして憧れだったヴェルサイユへ向かいます。

* 各部屋の名前、説明等は、100%正確ではないかもしれません。 一応、各部屋の説明案内も写真に納めるようにはしていましたが、忘れて飛んでいたりして順序がよくわからなくなったり、あとは見・聞きしたものを書いています。 間違っている場合は、お知らせ頂けると有難いです。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • 今日も快晴!<br /><br />チェックアウトを済ませ、駐車場へ。<br /><br />荷物をトランクに入れ、とりあえず朝食。<br /><br />近くにあったパン屋さん「ポール」。<br /><br />ここは、バゲットなどでは賞を取っているが、<br /><br />私が食べたクロワッサンや他のパンはいまいち。<br /><br />パンの種類の選択、間違ったかも・・・。

    今日も快晴!

    チェックアウトを済ませ、駐車場へ。

    荷物をトランクに入れ、とりあえず朝食。

    近くにあったパン屋さん「ポール」。

    ここは、バゲットなどでは賞を取っているが、

    私が食べたクロワッサンや他のパンはいまいち。

    パンの種類の選択、間違ったかも・・・。

  • エッフェル塔ともお別れ。<br /><br />また会う日まで・・・。 ありがとう。

    エッフェル塔ともお別れ。

    また会う日まで・・・。 ありがとう。

  • そのままセーヌ川沿いを走る。<br /><br />古本屋さんがずらっと並んでいた。<br /><br />川の向こう岸には、コンシェルジュリー。

    そのままセーヌ川沿いを走る。

    古本屋さんがずらっと並んでいた。

    川の向こう岸には、コンシェルジュリー。

  • 左岸への橋を渡ります。<br /><br /><br />今回の旅行では、パリ左岸の観光は<br /><br />しなかったなぁ・・・。

    左岸への橋を渡ります。


    今回の旅行では、パリ左岸の観光は

    しなかったなぁ・・・。

  • 車を走らせていると、何やら<br />古〜い教会らしきものが見えてきた・・・。<br />なんか雰囲気が素敵なんだけど、<br />この教会、どなたかご存知ですか?<br /><br /><br />この呼びかけに応えてくれた方がおりました〜!<br />パリ在住のippuniさんです。<br />この教会は、Eglise Saint-Severinだそうです。<br />ふぅ。 やっとすっきりした♪<br />ippuniさん、ありがとうございました。(*^^*)

    車を走らせていると、何やら
    古〜い教会らしきものが見えてきた・・・。
    なんか雰囲気が素敵なんだけど、
    この教会、どなたかご存知ですか?


    この呼びかけに応えてくれた方がおりました〜!
    パリ在住のippuniさんです。
    この教会は、Eglise Saint-Severinだそうです。
    ふぅ。 やっとすっきりした♪
    ippuniさん、ありがとうございました。(*^^*)

  • ・・・と何やらギリシャ様式の建物が。<br /><br />これはきっと、パンテオンだ!<br /><br />ここでフーコーの振り子の実験が行われ、<br /><br />キュリー婦人など多くの偉人が眠っている。<br /><br />車は止まれないので、どんどんいってしまう。<br /><br />あ〜。 後ろを振り返りながら<br /><br />「パンテオ〜ン!」

    ・・・と何やらギリシャ様式の建物が。

    これはきっと、パンテオンだ!

    ここでフーコーの振り子の実験が行われ、

    キュリー婦人など多くの偉人が眠っている。

    車は止まれないので、どんどんいってしまう。

    あ〜。 後ろを振り返りながら

    「パンテオ〜ン!」

  • お〜! 何かまたあるぞ、と<br />とりあえず撮ってみる。<br /><br />帰ってきてから調べてみると、ここは、<br />リュクサンブール公園の端だった。

    お〜! 何かまたあるぞ、と
    とりあえず撮ってみる。

    帰ってきてから調べてみると、ここは、
    リュクサンブール公園の端だった。

  • 「天文の泉」(別名「4大陸の泉」<br />「カルポーの泉」)。 リュクサンブール公園の<br />南端、「マルコ・ポーロの庭」に作られた。<br /><br />この泉の8頭の馬、海亀、水を噴き出す魚をデザイン<br />したのは、かのモン・サン・ミシェルのてっぺんに<br />聳え立つ「聖ミカエル」をデザインした、<br />エマニュエル・フレミエ。<br /><br /><br />今回観光はしなかったところが<br />車中からとは言え、いくつか<br />見ることができて、ラッキーだった!<br /><br />パリからの距離が遠くなる毎に、<br />周りの景色もだんだんと下町っぽくというか、<br />田舎っぽくなっていった。

    「天文の泉」(別名「4大陸の泉」
    「カルポーの泉」)。 リュクサンブール公園の
    南端、「マルコ・ポーロの庭」に作られた。

    この泉の8頭の馬、海亀、水を噴き出す魚をデザイン
    したのは、かのモン・サン・ミシェルのてっぺんに
    聳え立つ「聖ミカエル」をデザインした、
    エマニュエル・フレミエ。


    今回観光はしなかったところが
    車中からとは言え、いくつか
    見ることができて、ラッキーだった!

    パリからの距離が遠くなる毎に、
    周りの景色もだんだんと下町っぽくというか、
    田舎っぽくなっていった。

  • フォンテーヌブローの町に入る。 <br /><br />その後、長〜い「森」が続く。 <br />お城の後ろには、王族たちがよく狩をした<br />「フォンテーヌブローの森」があるのだ。<br /><br />そして午後2前、フォンテーヌブロー城に到着。 <br />お城の前にある駐車場に停める。<br /><br />お城が見えてきたっ!!!

    フォンテーヌブローの町に入る。 

    その後、長〜い「森」が続く。 
    お城の後ろには、王族たちがよく狩をした
    「フォンテーヌブローの森」があるのだ。

    そして午後2前、フォンテーヌブロー城に到着。 
    お城の前にある駐車場に停める。

    お城が見えてきたっ!!!

  • 門から見た、世界遺産の<br />フォンテーヌブロー城。<br /><br />本館前の大きな庭は、<br />「白馬の中庭」別名「別れの中庭」<br />と呼ばれている。(理由は後で)<br /><br />12世紀ごろから狩りの城館としてあったこの城を、16世紀に大幅に改修したのはフランソワ1世。 <br /><br />フランソワ1世は、度重なるイタリア遠征により、イタリアの洗練された文化と芸術に強い憧れを持つようになり、フランスにルネサンス文化を取り入れた第一人者。 レオナルド・ダ・ヴィンチを庇護、フランスに呼び寄せ、彼とは親子のような関係であった。<br /><br />その後もアンリ2世とその王妃カトリーヌ・ド・メディシスの時代やアンリ4世、ルイ14世、ルイ16世などによって次々と増改築され、歴代のフランス王朝の足跡をたどることができると言われているお城である。<br /><br />皇帝ナポレオン・ボナパルトは、ブルボン朝におけるヴェルサイユ宮殿同様、フォンテーヌブロー宮殿を自分の権威の象徴にしようとしたが・・・

    イチオシ

    門から見た、世界遺産の
    フォンテーヌブロー城。

    本館前の大きな庭は、
    「白馬の中庭」別名「別れの中庭」
    と呼ばれている。(理由は後で)

    12世紀ごろから狩りの城館としてあったこの城を、16世紀に大幅に改修したのはフランソワ1世。 

    フランソワ1世は、度重なるイタリア遠征により、イタリアの洗練された文化と芸術に強い憧れを持つようになり、フランスにルネサンス文化を取り入れた第一人者。 レオナルド・ダ・ヴィンチを庇護、フランスに呼び寄せ、彼とは親子のような関係であった。

    その後もアンリ2世とその王妃カトリーヌ・ド・メディシスの時代やアンリ4世、ルイ14世、ルイ16世などによって次々と増改築され、歴代のフランス王朝の足跡をたどることができると言われているお城である。

    皇帝ナポレオン・ボナパルトは、ブルボン朝におけるヴェルサイユ宮殿同様、フォンテーヌブロー宮殿を自分の権威の象徴にしようとしたが・・・

  • ナポレオン1世の鍛鉄の格子門。<br /><br />この時期、特別な「ナポレオン展」<br /><br />が開かれていた為か、彼の絵も掲げられていた。

    ナポレオン1世の鍛鉄の格子門。

    この時期、特別な「ナポレオン展」

    が開かれていた為か、彼の絵も掲げられていた。

  • 中央にある、馬蹄形の階段。<br /><br />これはアンリ2世の命により増設。<br /><br />1814年、ナポレオンはここで<br />エルバ島に流刑になる前に<br />近衛兵たちに別れを告げた。<br /><br />この理由から、<br />「別れの中庭」とも呼ばれている。<br /><br />私は、ナポレオンに想いを馳せて、<br />階段の一番上に上ってみた。

    中央にある、馬蹄形の階段。

    これはアンリ2世の命により増設。

    1814年、ナポレオンはここで
    エルバ島に流刑になる前に
    近衛兵たちに別れを告げた。

    この理由から、
    「別れの中庭」とも呼ばれている。

    私は、ナポレオンに想いを馳せて、
    階段の一番上に上ってみた。

  • まずは庭園へ。

    まずは庭園へ。

  • 上の入り口をくぐると<br />庭園に行く前に「中庭」に出た。<br /><br />右側には大きな池が。<br /><br />「鯉の池」と呼ばれている。<br /><br />ここではボートにも乗れるらしい。

    上の入り口をくぐると
    庭園に行く前に「中庭」に出た。

    右側には大きな池が。

    「鯉の池」と呼ばれている。

    ここではボートにも乗れるらしい。

  • 「泉の中庭」<br /><br />中庭は、3方が建物で(コの字型)<br />もう一方が「鯉の池」。

    「泉の中庭」

    中庭は、3方が建物で(コの字型)
    もう一方が「鯉の池」。

  • そしてその先のもう一つの<br />石の入り口をくぐると庭園側へと出る。<br /><br />テレビでも見たことのある、<br />おなじみの馬車が待機していた。

    そしてその先のもう一つの
    石の入り口をくぐると庭園側へと出る。

    テレビでも見たことのある、
    おなじみの馬車が待機していた。

  • 「大花壇」と呼ばれている<br /><br />とても広大な庭園。

    「大花壇」と呼ばれている

    とても広大な庭園。

  • アンリ4世の造った<br /><br />1200メートルもの長さの運河。<br /><br />運河沿いの芝生の上では<br /><br />人々がまったりした時間を過ごしていた。

    アンリ4世の造った

    1200メートルもの長さの運河。

    運河沿いの芝生の上では

    人々がまったりした時間を過ごしていた。

  • この庭園、ちょっとこざっぱりし過ぎ感<br />があり、なんとなくさみしい、というか<br />物足りないというか。(あくまで私個人の感想)<br /><br />と、ここでお城への入り口を探すが、<br />どこにも見つからない。 人にも聞いてみたが、<br />その人達もよく分からないらしかった。

    この庭園、ちょっとこざっぱりし過ぎ感
    があり、なんとなくさみしい、というか
    物足りないというか。(あくまで私個人の感想)

    と、ここでお城への入り口を探すが、
    どこにも見つからない。 人にも聞いてみたが、
    その人達もよく分からないらしかった。

  • とりあえず、馬車の通る道を歩いて<br /><br />宮殿の表側へ戻ることにした。 <br /><br /><br />外は既に気温が上がって暑い、暑い・・・。

    とりあえず、馬車の通る道を歩いて

    宮殿の表側へ戻ることにした。 


    外は既に気温が上がって暑い、暑い・・・。

  • 中庭で売っていたシャーベット。<br /><br />テレビでも見たことがあるので、<br />いつもここにいるのだろう。<br /><br />中庭のベンチに座って<br />お城を眺めながら食べた。<br />何と贅沢な味!

    中庭で売っていたシャーベット。

    テレビでも見たことがあるので、
    いつもここにいるのだろう。

    中庭のベンチに座って
    お城を眺めながら食べた。
    何と贅沢な味!

  • 「別れの中庭」を横から・・・。

    「別れの中庭」を横から・・・。

  • お城の表側に出てみると、<br />左側の棟に入り口を見つけた。<br />(お城に向かってだと右側)<br /><br />そこからお城の正面を<br />振り返ったところ。

    お城の表側に出てみると、
    左側の棟に入り口を見つけた。
    (お城に向かってだと右側)

    そこからお城の正面を
    振り返ったところ。

  • っさ、いよいよお城の中へ。 <br /><br />ここもパリ・ミュージアム・パスが使える<br />ので、チケット購入なしにスムーズ。

    っさ、いよいよお城の中へ。 

    ここもパリ・ミュージアム・パスが使える
    ので、チケット購入なしにスムーズ。

  • 「ピウス7世の寝室」<br /><br />ピウス7世とは第251代ローマ教皇。<br /><br />ルーヴル美術館にあった<br />&lt;ナポレオンの聖別式&gt;の絵の中で<br />ナポレオンが帝冠を手にしている<br />右側に座っている人。

    「ピウス7世の寝室」

    ピウス7世とは第251代ローマ教皇。

    ルーヴル美術館にあった
    <ナポレオンの聖別式>の絵の中で
    ナポレオンが帝冠を手にしている
    右側に座っている人。

  • ルイ13世の妻、<br /><br />「アン王妃の寝室」

    ルイ13世の妻、

    「アン王妃の寝室」

  • 「レセプションの間」

    「レセプションの間」

  • 「レセプションの間」(続き)<br /><br />このすばらしい天井は、<br />アン王妃がアンリ2世の寝室から<br />そのまま持ってこさせたものらしい。<br /><br />やることが凄すぎ・・・。

    「レセプションの間」(続き)

    このすばらしい天井は、
    アン王妃がアンリ2世の寝室から
    そのまま持ってこさせたものらしい。

    やることが凄すぎ・・・。

  • ドアの装飾も素晴らしい。

    ドアの装飾も素晴らしい。

  • 「フランソワ1世の回廊」<br /><br />1528〜1530年にかけて<br /><br />作られた、この宮殿で最も有名な場所。

    「フランソワ1世の回廊」

    1528〜1530年にかけて

    作られた、この宮殿で最も有名な場所。

  • 彫刻付き羽目板、フレスコ画、<br />スタッコ画等で装飾されつくしている。<br /><br />フランソワ1世の頭文字「F」と、<br />その横には彼の紋章である<br />「サラマンダー」があちこちに。<br /><br />「サラマンダー」とは、西欧で<br />火の精と考えられた怪物。 <br />火の中に住めるトカゲのような生き物と言われ、<br />その身体が冷たいので火を消すことができる<br />と信じられた。

    彫刻付き羽目板、フレスコ画、
    スタッコ画等で装飾されつくしている。

    フランソワ1世の頭文字「F」と、
    その横には彼の紋章である
    「サラマンダー」があちこちに。

    「サラマンダー」とは、西欧で
    火の精と考えられた怪物。 
    火の中に住めるトカゲのような生き物と言われ、
    その身体が冷たいので火を消すことができる
    と信じられた。

  • フランソワ1世は、城内の<br />「三位一体礼拝堂」のミサに<br />毎日参列する為、自分の住居棟と<br />教会を結ぶこの回廊を<br />イタリア人に命じて建造させた。

    フランソワ1世は、城内の
    「三位一体礼拝堂」のミサに
    毎日参列する為、自分の住居棟と
    教会を結ぶこの回廊を
    イタリア人に命じて建造させた。

  • 「衛兵の間」<br /><br />この部屋には、王を警護し入室者<br />を監視する衛兵が詰めていた。<br /><br />第二帝政時代、ナポレオンが<br />少人数で晩餐をとる食堂としても使用。<br /><br />天井の多彩色の装飾が見事。

    「衛兵の間」

    この部屋には、王を警護し入室者
    を監視する衛兵が詰めていた。

    第二帝政時代、ナポレオンが
    少人数で晩餐をとる食堂としても使用。

    天井の多彩色の装飾が見事。

  • 「舞踏会の広間」<br /><br />長さ30m、幅10mで、<br />祝宴と祭典に用いられた。<br />    <br />美しい羽目板や寄せ木細工の床がある。<br /><br />フランソワ1世の時代に工事が始められたが、<br />完成したのは、アンリ2世に時代。<br /><br />なるほど、こちらの広間には<br />アンリ2世の頭文字「H」<br />が天井のあちこちに見られた。<br /><br />*アンリは「Henry」と書き、<br />英語読みはヘンリー。

    「舞踏会の広間」

    長さ30m、幅10mで、
    祝宴と祭典に用いられた。
        
    美しい羽目板や寄せ木細工の床がある。

    フランソワ1世の時代に工事が始められたが、
    完成したのは、アンリ2世に時代。

    なるほど、こちらの広間には
    アンリ2世の頭文字「H」
    が天井のあちこちに見られた。

    *アンリは「Henry」と書き、
    英語読みはヘンリー。

  • 途中の部屋の窓から見えた<br /><br />庭園の風景。

    途中の部屋の窓から見えた

    庭園の風景。

  • 「ルイ13世の間」<br /><br />もともとはアンリ4世の書斎だったが、<br />1601年、この部屋で国王の後継者である<br />王太子が誕生した。 

    「ルイ13世の間」

    もともとはアンリ4世の書斎だったが、
    1601年、この部屋で国王の後継者である
    王太子が誕生した。 

  • 「ディアナの回廊」<br /><br />長さ約80m。<br /><br />アンリ4世の時代に建造された。<br /><br />ナポレオン3世は、回廊を図書室に改装。 <br />現在、ここにはかつてのナポレオン1世の<br />図書館から移設された16000冊の<br />書物と、彼が1810年に作らせた<br />地球儀が置かれている。

    「ディアナの回廊」

    長さ約80m。

    アンリ4世の時代に建造された。

    ナポレオン3世は、回廊を図書室に改装。 
    現在、ここにはかつてのナポレオン1世の
    図書館から移設された16000冊の
    書物と、彼が1810年に作らせた
    地球儀が置かれている。

  • 「王妃の寝室」<br /><br />歴代君主の妻たちの寝室で、<br />その都度、改装が重ねられた。<br /><br />ここにある寝台は、なんと<br />マリー・アントワネット<br />の為に作られたもの!<br /><br />しかし、フランス革命が始まり、<br />彼女がそれを使うことはなく、<br />ナポレオンの最初の妻、<br />ジョゼフィーヌがこのベッドを<br />最初に使うことになった。

    「王妃の寝室」

    歴代君主の妻たちの寝室で、
    その都度、改装が重ねられた。

    ここにある寝台は、なんと
    マリー・アントワネット
    の為に作られたもの!

    しかし、フランス革命が始まり、
    彼女がそれを使うことはなく、
    ナポレオンの最初の妻、
    ジョゼフィーヌがこのベッドを
    最初に使うことになった。

  • 途中の窓から見えた風景。

    途中の窓から見えた風景。

  • 「玉座の間」<br /><br />16世紀からフランス革命まで、<br />この部屋は宮殿内で最も<br />神聖な場所「王の寝室」だった。<br /><br />ところが、ナポレオン1世は1808年、<br />この寝室を「玉座の間」に替えた。

    イチオシ

    「玉座の間」

    16世紀からフランス革命まで、
    この部屋は宮殿内で最も
    神聖な場所「王の寝室」だった。

    ところが、ナポレオン1世は1808年、
    この寝室を「玉座の間」に替えた。

  • 玉座の反対側。<br /><br />びっしりとあらゆる装飾で<br />埋め尽くされている。<br /><br />板張り仕上げの下の部分と<br />天井の中央の装飾モチーフは、<br />ルイ13世の時代に作られ、<br />残りの装飾はルイ15世の時代のもの。

    玉座の反対側。

    びっしりとあらゆる装飾で
    埋め尽くされている。

    板張り仕上げの下の部分と
    天井の中央の装飾モチーフは、
    ルイ13世の時代に作られ、
    残りの装飾はルイ15世の時代のもの。

  • 拝謁式や宣誓の儀式が行われ、<br />フランスに残る最後の玉座の間。<br /><br />フォンテーヌブロー城で<br />一番見事な部屋だと思った。<br /><br />思わず玉座に座ってみたい<br />衝動に駆られた。(笑)

    拝謁式や宣誓の儀式が行われ、
    フランスに残る最後の玉座の間。

    フォンテーヌブロー城で
    一番見事な部屋だと思った。

    思わず玉座に座ってみたい
    衝動に駆られた。(笑)

  • 「会議の間」<br /><br />ここでは、ほぼ毎日、王国の<br />懸案事項が取り扱われていた。<br /><br />この部屋の装飾は<br />ルイ15世時代のもの。

    「会議の間」

    ここでは、ほぼ毎日、王国の
    懸案事項が取り扱われていた。

    この部屋の装飾は
    ルイ15世時代のもの。

  • 「皇帝の寝室」<br /><br />ナポレオンは、ルイ16世の<br />化粧室を「皇帝の寝室」に替えた。<br /><br />この時、金箔で強調された<br />勝利の女神や蜂の紋章、<br />皇帝の頭文字が寝室の装飾に<br />付け加えられた。<br /><br />実際にナポレオンが使用した寝台。

    「皇帝の寝室」

    ナポレオンは、ルイ16世の
    化粧室を「皇帝の寝室」に替えた。

    この時、金箔で強調された
    勝利の女神や蜂の紋章、
    皇帝の頭文字が寝室の装飾に
    付け加えられた。

    実際にナポレオンが使用した寝台。

  • 「皇帝の執務室」<br /><br />ナポレオン1世は、異例とも言える<br />ほど精力的に仕事をこなした。<br /><br />彼はあまり睡眠をとらず、休憩用に<br />設置された簡易ベッドで、時々、<br />短い休息を取るだけだった。

    「皇帝の執務室」

    ナポレオン1世は、異例とも言える
    ほど精力的に仕事をこなした。

    彼はあまり睡眠をとらず、休憩用に
    設置された簡易ベッドで、時々、
    短い休息を取るだけだった。

  • 「退位の間」<br /><br />1814年3月、敵である同盟軍が<br />パリに到着し首都は占領された。<br /><br />4月3日、元老院は、この城に逃れていた<br />皇帝の廃位を宣言する。<br /><br />4月6日、ナポレオンは私室の<br />小型円卓(写真)の前に座り<br />退位状に署名。<br /><br />そして、4月20日、<br />流刑地のエルバ島へと出発する。

    「退位の間」

    1814年3月、敵である同盟軍が
    パリに到着し首都は占領された。

    4月3日、元老院は、この城に逃れていた
    皇帝の廃位を宣言する。

    4月6日、ナポレオンは私室の
    小型円卓(写真)の前に座り
    退位状に署名。

    そして、4月20日、
    流刑地のエルバ島へと出発する。

  • 「浴室」<br /><br />1806年、ナポレオンの為に設置。<br /><br />ナポレオンは、深夜の執務時に風呂を好み、<br /><br />朝5時に仮眠をとり、<br /><br />遅くとも7時には目を覚ましたという。

    「浴室」

    1806年、ナポレオンの為に設置。

    ナポレオンは、深夜の執務時に風呂を好み、

    朝5時に仮眠をとり、

    遅くとも7時には目を覚ましたという。

  • 「皇帝の護衛の間」<br /><br />文字通り、ナポレオンを護衛する<br />人達の部屋。<br /><br />簡素だが、それぞれのイスに<br />細かな刺繍が施してあって<br />高級感を思わせる。

    「皇帝の護衛の間」

    文字通り、ナポレオンを護衛する
    人達の部屋。

    簡素だが、それぞれのイスに
    細かな刺繍が施してあって
    高級感を思わせる。

  • 「三位一体礼拝堂」<br /><br />かって聖王ルイによって建設<br />された礼拝堂があった場所に、<br />フランソワ1世が<br />「三位一体礼拝堂」を再建させた。<br /><br />完成は16世紀末。<br /><br />装飾の主な部分は、アンリ4世と<br />ルイ13世時代のもの。

    「三位一体礼拝堂」

    かって聖王ルイによって建設
    された礼拝堂があった場所に、
    フランソワ1世が
    「三位一体礼拝堂」を再建させた。

    完成は16世紀末。

    装飾の主な部分は、アンリ4世と
    ルイ13世時代のもの。

  • 「三位一体礼拝堂」(続き)<br /><br />1725年、ここでルイ15世と<br /><br />マリー・レスチンスカの結婚式が<br /><br />行われた。

    「三位一体礼拝堂」(続き)

    1725年、ここでルイ15世と

    マリー・レスチンスカの結婚式が

    行われた。

  • 天井画は、17世紀初頭<br />マルタン・フレミネの作。<br /><br />「ノアの前への神の出現」から<br />「最後の審判のキリスト」、<br />「受胎告知」まで、人間の贖罪を<br />テーマに描かれている。<br /><br />注:三位一体とは、神、イエス・<br />キリスト、聖霊は等しい尊さである<br />という、キリスト教多数派の教義。

    天井画は、17世紀初頭
    マルタン・フレミネの作。

    「ノアの前への神の出現」から
    「最後の審判のキリスト」、
    「受胎告知」まで、人間の贖罪を
    テーマに描かれている。

    注:三位一体とは、神、イエス・
    キリスト、聖霊は等しい尊さである
    という、キリスト教多数派の教義。

  • 「三位一体礼拝堂」(続き)<br /><br />2階から見た様子。<br /><br />*****<br /><br />宮殿内の見学が終わり、私は時間を気にする。 <br />次に行く、今日のハイライト、<br />「ヴォー・ル・ヴィコント城」に絶対に<br />4時半までには着きたかった(理由は後ほど)。<br /><br />と、宮殿内の出口付近に、<br />ナポレオン展のポスターが。<br /><br />「うーん。 どうしよう・・・。」 <br /><br />私はあまり乗り気ではなかったが、<br />この時はなぜか夫が興味津々。 <br />「せっかくだから、ちらっとでもいいから<br />中に入ってみようよ。」と言う。<br /><br />現在3時半過ぎ。 っま、いいか・・・。 <br />中に入ることにした。

    「三位一体礼拝堂」(続き)

    2階から見た様子。

    *****

    宮殿内の見学が終わり、私は時間を気にする。 
    次に行く、今日のハイライト、
    「ヴォー・ル・ヴィコント城」に絶対に
    4時半までには着きたかった(理由は後ほど)。

    と、宮殿内の出口付近に、
    ナポレオン展のポスターが。

    「うーん。 どうしよう・・・。」 

    私はあまり乗り気ではなかったが、
    この時はなぜか夫が興味津々。 
    「せっかくだから、ちらっとでもいいから
    中に入ってみようよ。」と言う。

    現在3時半過ぎ。 っま、いいか・・・。 
    中に入ることにした。

  • おっとー!<br /><br />いきなりナポレオンが着ていた<br /><br />衣服の展示から始まり、<br /><br />テンションが上がる!

    おっとー!

    いきなりナポレオンが着ていた

    衣服の展示から始まり、

    テンションが上がる!

  • ほぉ〜。<br /><br />ナポレオンの靴もあり、<br /><br />背の高さに比例して、<br /><br />靴も小さく見えたが・・・。(笑)

    ほぉ〜。

    ナポレオンの靴もあり、

    背の高さに比例して、

    靴も小さく見えたが・・・。(笑)

  • この帽子なんか、<br /><br />まさにナポレオ〜ン!

    この帽子なんか、

    まさにナポレオ〜ン!

  • これもナポレオンっぽい。

    これもナポレオンっぽい。

  • 「ローマ王の部屋」<br /><br />ローマ王とはナポレオン2世<br />のことで、2番目の妻、<br />マリー・ルイーズとの間にできた子供。<br /><br />*****<br /><br />ここでちょっと、マリー・ルイーズについて。<br /><br />皇帝になったナポレオンは、自分の血を引く嫡子を得ようとしてジョセフィーヌと離婚したが、同時に自分の家柄のことが頭によぎる。 皇帝の名に恥じない高貴な家から妃を迎えて子供たちに継がせようと考えた。<br /><br />最初はロシア皇帝アレクサンドル1世の妹アンナに求婚したが断られた為、ハプスブルク家のマリー・ルイーズと結婚。 翌年、待望の嫡子が生まれるも、彼女はこの子供に対してほとんど関心がなかったという。<br /><br />マリー・ルイーズにとって、ナポレオンはどこの馬の骨とも分からぬ野蛮人、と聞かされて育った為、この結婚は望まぬ結婚であり、反対に、ナポレオンは彼女に対してひどく気を使い、何でも彼女のわがままを聞く、というひどく甘やかした生活だったらしい。<br /><br />ちなみに、ナポレオン2世は、父ナポレオンによってローマ王に即位させられたが、1814年にマリー・ルイーズとオーストリアに避難した時から、国外に出ることが許されない身となる。 1832年に21歳で病死。

    「ローマ王の部屋」

    ローマ王とはナポレオン2世
    のことで、2番目の妻、
    マリー・ルイーズとの間にできた子供。

    *****

    ここでちょっと、マリー・ルイーズについて。

    皇帝になったナポレオンは、自分の血を引く嫡子を得ようとしてジョセフィーヌと離婚したが、同時に自分の家柄のことが頭によぎる。 皇帝の名に恥じない高貴な家から妃を迎えて子供たちに継がせようと考えた。

    最初はロシア皇帝アレクサンドル1世の妹アンナに求婚したが断られた為、ハプスブルク家のマリー・ルイーズと結婚。 翌年、待望の嫡子が生まれるも、彼女はこの子供に対してほとんど関心がなかったという。

    マリー・ルイーズにとって、ナポレオンはどこの馬の骨とも分からぬ野蛮人、と聞かされて育った為、この結婚は望まぬ結婚であり、反対に、ナポレオンは彼女に対してひどく気を使い、何でも彼女のわがままを聞く、というひどく甘やかした生活だったらしい。

    ちなみに、ナポレオン2世は、父ナポレオンによってローマ王に即位させられたが、1814年にマリー・ルイーズとオーストリアに避難した時から、国外に出ることが許されない身となる。 1832年に21歳で病死。

  • 子供たちの洋服だろうか。<br /><br />レースがすばらしい。

    子供たちの洋服だろうか。

    レースがすばらしい。

  • 1階の長い廊下。<br /><br />左側には胸像、<br />そして右側には、ナポレオンの<br />親族などの肖像画が<br />ずらーっと並んでいた。<br /><br />*****<br /><br />ここでフォンテーヌブロー城の見学は終わり。 <br /><br />時計を見ると、4時直前。 うーん・・・、<br />4時半までにヴォー・ル・ヴィコント城に<br />着けるだろうか・・・。<br /><br />急いで駐車場に戻り、出発~!<br /><br />(「5日目②: ヴォー・ル・ヴィコント城で<br />キャンドルライト・ショー!」へ続く)

    1階の長い廊下。

    左側には胸像、
    そして右側には、ナポレオンの
    親族などの肖像画が
    ずらーっと並んでいた。

    *****

    ここでフォンテーヌブロー城の見学は終わり。 

    時計を見ると、4時直前。 うーん・・・、
    4時半までにヴォー・ル・ヴィコント城に
    着けるだろうか・・・。

    急いで駐車場に戻り、出発~!

    (「5日目②: ヴォー・ル・ヴィコント城で
    キャンドルライト・ショー!」へ続く)

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この旅行記へのコメント (4)

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  • rinnmamaさん 2013/06/24 12:22:21
    このようなアングル大好きです。
    サウスピーチさま、こんにちは

    初めに、お写真は秋明菊ですよね。我が家の庭にもあるんですよ。
    初訪問頂き、またドイツ旅に投票、頂きまして有難うございました。
    初投稿の拙いブログで、お恥ずかしい限りですが・・・。

    昨年、ドイツに旅してから4トラを見つけまして、ガッカリしました
    個人旅行の初心者の私は、苦労して計画して出かけたのですが、色んな所で、抜け落ちておりました。
    でも、調べても半分も行けないのが、私達の旅ですのでノンビリできたから
    良かったね〜で終わりました。わが夫も、サウスピーチさんのご主人様と
    同じで、海外に興味がないので、着いて来るだけです。

    良い面と悪い面がありますが、マア、良しとしています。来春、スペインに決定したのですが、ぜんぜ〜ん、興味なし。ただ、サッカーが見れたら、其れで良いよ〜との、返事でした。

    今年のヨーロッパの気候は異常でしたね。友人も5月に1ヶ月、UKのお嬢様の所に滞在していたのですが、ダウンを着ていたと言っていました。それに、お膝の具合が悪くなり、大変でしたね。

    私も2010年にロンドンに2ヶ月留学していましたので、テムズ川沿いは、よく散歩しましたよ。
    ロンドンのブログには反応してしまいます。ただ、今回は此のブログに投票させて頂きます。
    再来年あたりフランス・イタリア予定ですので参考にさせて頂きますね。
    有難うございましたrinnmama

    サウスピーチ

    サウスピーチさん からの返信 2013/06/24 23:38:39
    RE: このようなアングル大好きです。
    rinnmamaさん、初めまして! 
    わざわざ書き込みを頂き、どうもありがとうございました。 とっても嬉しかったです♪

    > 初めに、お写真は秋明菊ですよね。我が家の庭にもあるんですよ。

    そうなんですよ〜。 上品で可憐で、初めて見た瞬間から好きになりました。 写真を選んだ当初は、
    名前すら知らなかったのですが、あるトラベラーさんが親切にも教えてくださいました。
    rinnmamaさんのように、気付いて下さる方がいるのはとっても嬉しいですね。

    > 個人旅行の初心者の私は、苦労して計画して出かけたのですが、色んな所で、抜け落ちておりました。

    そうなんですよね、個人旅行とツアー旅行って、それぞれいい点と悪い点があって、個人旅行は自由さがある代わりに
    プロ並みに情報をあれこれ調べて入手、そして実行するのはなかなか難しいですよね・・・。

    > 来春、スペインに決定したのですが、ぜんぜ〜ん、興味なし。

    あはは! でもこれも考えようによっては、自分の計画を自由に好きなようにやらせてもらえるので、
    有難いことなんですよね・・・。 ま、全く興味ないのもちょっと寂しいですけど。(苦笑)
    というか、興味の対象が違うだけなんでしょうけど・・・。

    > 今回は此のブログに投票させて頂きます。

    フォンテーヌブロー城ですね。 見て頂き、どうもありがとうございました。
    え〜っ!? もう再来年の予定を立てられているんですか? 早いですね!
    イタリアは私はまだ行ったことがないので、近々行けるといいのですが・・・。 
    そうそう、もしフォンテーヌブロー城をお考えであれば、そこから近い、ヴォー・ル・ヴィコント城はお勧めですよ!
    ご存知かもしれませんが、ここはあのヴェルサイユ宮殿のもとになったお城で、各お部屋の展示も楽しめたし、
    時期によっては、夜の庭園に2000個ものキャンドルが灯されて、とっても綺麗ですよ〜。
    もし興味がおありになれば、旅行記に詳しく書いていますので、お時間のある時にでもご覧になって下さい。

    それでは、また!

    サウスピーチ :)
  • ippuniさん 2013/04/26 02:41:47
    この教会は…
    サウスピーチさん、こんにちは。

    何篇か読んでからコメントを残そうと思っていたのですが、
    後でだとこの写真の教会について言及するのを忘れてしまいそうだったので、
    これはこれでまず先にコメントを残すことにしました。

    この教会は、Eglise Saint-Severinです。
    シテ島からシテ通りをまっすぐ南に下って行ったところですよね?
    なんだか見覚えがあるなぁと思ってサウスピーチさんの車で通られたルートを辿って、
    名前を見つけ出しました(ここのところ、かなりの暇人です^^;;;)!

    オペラ通りのPaul、私もよく通りますよ〜
    でも個人的にPaulはあまり好きでなくてパンはあまり買いません。
    時々焼きたてブリオーシュなどが露店に出ていたら買うのですが、
    Paulのパンだから美味しいというよりは焼きたてだから美味しいって感じです。

    日常で良く通る場所がサウスピーチさんの旅行記に出てくるとなぜにここまで嬉しいのか(笑)

    フォンテーヌブロー城、素敵なお城ですよね。
    私も好きで何度か足を運んだり、お城の前のホテルに泊まったりしました。
    そろそろ新緑の綺麗な季節なのでまた行きたいなぁと思っていた所です。
    でも今週末からはまたしばらく冬のような天気になってしまうみたいだし、
    5月はなかなか行く時間がなさそうだし、夏になってしまいそうです^^

    今日は朝から頭痛がひどく吐き気までしていたのですが、冷えピタを細かく切って(もう数少ないので)、
    頭に張り付けていざサウスピーチさんの旅行記の続きへ!とやって来たところ、
    教会の名前当てクイズに没頭してしまい、短い間でしたが頭痛が消えました^^!
    ありがとうございます♪

    ippuni

    サウスピーチ

    サウスピーチさん からの返信 2013/04/27 01:07:39
    RE: この教会は…
    ippuniさん、こんにちは!

    > この教会は、Eglise Saint-Severinです。

    うわぁ〜、ありがとうございますっ♪ 約3年後に判明できるとは思いもしませんでした。 めっちゃ嬉しい♪
    先程、本文の方にもippuniさんのお名前と共に追加させて頂きました。
    そして、グーグル・ストリート・ビューで見てみたら、そうそう!この教会です。 懐かしいなぁ〜(*^^*)

    > でも個人的にPaulはあまり好きでなくてパンはあまり買いません。

    Paulでは、私が食べたクロワッサンは全く普通で、かなりがっかりしたことを覚えています。
    しかも、ジュースとの朝食セットを持ってくるのがいつまで待っても来ない! 他にお客さんは2組しかいなかったのに。
    一度声をかけたけどまだ来ないので、私だけしびれを切らして、フロントでパンだけ別に買ってテーブルに戻ったんです。
    これって、やっちゃいけないことだったみたいで・・・。 夫に後で怒られました。 まあ、お店の人には
    何も言われませんでしたけど、次回からは気をつけないと・・・。 (^^;
    夫が頼んだバゲット系のパンはとても美味しかったです。

    私はクロワッサンが好きなので、機会があるとパン屋さんではクロワッサンを買うのですが、
    なかなか美味しいのに当たりませんねぇ。 パリの他のパン屋さんでもダメだったし・・・。
    唯一今までめっちゃ美味しい!と思ったのが、ドイツのある駅の小さなパン屋さんと、
    ベルサイユのホテルで食べたクロワッサン。
    ここのは冷えていたのに外はパリパリで、一口食べただけで「ん!」と美味しさが違うんです。
    他にもチョコチップが入ったクロワッサンとかもありましたが、もうどれもめっちゃ美味しかったです。
    やっぱりそれぞれなんですね・・・。

    > 日常で良く通る場所がサウスピーチさんの旅行記に出てくるとなぜにここまで嬉しいのか(笑)

    こういう何気ない感情って、その人をよく表すんですよね。 とっても優しくて深い愛情に溢れている方なんだろうな・・・と。
    こういう風に書いて頂いて、本当に嬉しいです♪

    > フォンテーヌブロー城、素敵なお城ですよね。

    あぁ・・・。 こういう話をすると、また行きたくなっちゃいますね。 (^^;
    前回巡った場所がどこも素敵だったので、本当は全てもう一度行きたいんですけど時間がねぇ。
    フランスいや、パリだけでもまだまだ行ってない場所なんて沢山あるし、どこに行くかは本当に迷います。
    数ヶ月そちらに住んで、あちこちぶら〜っとのんびり巡ってみたいです!

    > 今日は朝から頭痛がひどく吐き気までしていたのですが、冷えピタを細かく切って(もう数少ないので)、

    今日の体調は如何ですか? 冷えピタを貼ってまでして教会の名前を探して頂き、本当にありがとうございます!
    少しでも気が紛れたのであれば、よかったですけど・・・。 無理をなさらずに!

    サウスピーチ :)

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