2010/06/29 - 2010/06/29
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Chumeiさん
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今日は、朝から山城攻めです。二本松にある霞ヶ城を登ってみました。これが思いのほか大変で…。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ここも白虎隊のような少年部隊があったのですね。では、中に入りましょう。
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なかなか立派な城構えではないですか。
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大手門を抜けると、
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立派な松です。霞ヶ城(二本松城)はあまり知りませんでしたが、なかなか歴史を感じさせます。
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二の丸だったか、三の丸だったか、いずれかの跡です。広場になってます。菊の花のときは、ここで展覧会をするみたいです。
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ひいひい。だいぶ登ってきましたが、まだまだ道半ばです。天守のあったところまではもっと登らねば。
これもりっぱな松です。よく手入れがされています。 -
高村光太郎の智恵子抄の一節の碑です。私にはよくわからないけど(^_^;)
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搦め手門の跡です。立派な石垣。見事な名城だったのでしょう。
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畠山氏居城とあります。二本松氏は畠山家の出身だったのですね。ただ、二本松氏のときにこれほどの名城だったのではなく、後に封じられた蒲生氏のときにこの規模になったようです。
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天守のあったところの石垣です。まだ登るのか…。
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ふー。やっと本丸跡につきました。ここの景色は…
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サイコーですよ!!!二本松の町が一望できます。登ってきた甲斐があった。
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降ります。これが、本来の石垣みたいです。さっきほどではないですが、ここまで石を運んで並べるのもたいへんですわ。
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日影の井戸という井戸で、千葉県印西市の月影の井戸、神奈川県鎌倉市の星影の井戸と並んで日本三井の一つ、と標識に書いてありました。
千葉の印西は、自宅から近いんだけど、知らんなぁ…。 -
これがタイトルのもとになった碑です。拡大します。
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爾の俸爾の禄は
民の膏民の脂なり
下民は虐げ易きも
上天は欺き難し
とあります。昔、厚生事務次官が不正をしたときに、次官室にはこの言葉の入った額があったそうです。その人は何を思ったのか…。いずれにせよ、身の引き締まることばです。
これは、唐王朝滅亡後の五代十国時代における、後蜀の君主が作った言葉です。これを二本松藩の丹羽氏が藩士への心構えとして作ったものです。詳しくは、二本松市のホームページにありますので、ご覧ください。 -
戒石銘というそうです。この名前で検索すれば、詳細はわかります。
さて、いっぱい汗もかいたことだし、磐梯吾妻スカイラインに乗って、温泉にでも行きますか。
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