1990/03/01 - 1990/03/30
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tomozow40さん
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初めて台湾を旅行したのは今から21年ほど前。生まれて初めての一人旅は台湾だった。
その後、2004年、2005年、2006年、2010年と立て続けに台湾に行くことになった。
今の台湾、昔の台湾をご紹介します。
トップの画像は21年前の花蓮駅
-
21年前にひとりで台湾を訪れた。
旅行期間わずか8日で、台北→花蓮→台中→台南→台北と移動したのだから、今思えばかなり無茶なプランだった。実際、この旅行では「移動ばかりしていた」という思い出しかない(笑)。しかしこの時の旅行は、その15年後に家族で台湾旅行を実現させるための布石となるものだったのである。
というわけで、まずは21年前にタイムトリップしてみたいと思う。
ホテルは、台北における2泊分のみを事前に予約した。台北駅間にあるコスモスホテルだ。当時はもちろんインターネットなどは一般に普及していなかったので、たぶん電話かファックスで予約したのだろうと思う(記憶にない)。
このホテルは今も現存している。予約がすぐに埋まってしまう人気ホテルだが、今も当時も変わらず古ぼけた感じは否めない。私はその後泊まっていないので、現状はよくわからないが、当時は日本語のよく通じる、居心地の良いホテルという印象を受けた。。
1990年の台湾といえば、高層ホテルもまだほとんど建っていなくて、台北駅付近でも立派な建物はこの駅だけというような状態。新光三越も当時はまだなかったように記憶している。コスモスホテルの部屋から台北駅がよく見えた(ように思う)。
当時、台北の街を歩いて驚いたことは、やたら日本のコンビニが多い!ということだった。今も台湾は日本系コンビニ天国だが、それは20年前も同様。当時からファミリーマートが幅をきかせていて(昔々、ファミマは日本国内より台湾の方が強かった)、店内に入ると独特な匂いが店内に充満していたことをよく覚えている。私は杏仁豆腐の匂いだと思っていたのだが、この旅行記にコメントを頂いた方から、「それは茶葉蛋では?」というご意見を頂いた。確かに、当時の台湾にはコンビニだけでなく街中でも茶色の煮玉子が売られているのをよく目にした。あの独特な匂いはあの茶色の煮玉子だったに違いない! 21年振りに知った真実であった(笑)
教えてくださり、ありがとうございました。
20年前の私は、台湾人によく間違われていた。台中で泊まったホテルの従業員からは、「台湾人の女の子にしか見えない」とまで言われたこともある(笑)。
今では台湾人も日本人もあまり変わらないが、当時、日本の女の子は背の低い子が多かったので、痩せて上背があり強面の私はシャープな印象の強い台湾人とイメージが重なっていたらしい(笑)
20年前の台北にはまだMRTが走っていなかった。だから移動手段はバスかタクシー。
しかもバスも今のように英語表記があるわけではなかったので、移動が結構大変だった。路線を読み間違えてワケのわからないところに着いてしまい、結局そこからタクシーでホテルに戻るなんてこともあった。
食事に関しては、1人では中華料理は食べられないので(当時は小食だったので)、仕方がなく街中の食堂や数少ない洋食レストランなどに入っていた。こんな事情からか、この時の台湾料理の印象はそれほど良いものではない。当時、台湾で食べる洋食は美味しくなかったし、食堂もそれほど美味しいとは思えなかった。
ふと思い出した台北での思い出をふたつ。
空港からリムジンバスに乗って台北中心街に入るとき、中年のご婦人と同席した。
その方、「日本から旅行にひとりで来たの?勇敢なのね」とひと言(笑)。記憶にないが、たぶん日本語で話しかけられたのだと思う。
台北駅付近を歩いていたら、野良犬が歩いていた。台湾の野良犬は狂犬病にかかっているものも少なくないので、近寄らない方が無難だと『地球の歩き方』で情報入手していた私は、すかさがその犬から遠ざかろうとしたら、私の弱気を敏感に察知したその野良犬が、盛んに私に対して吠え始めた。「ひぇぇぇ〜」と焦っていたら、台湾の女の子がその犬を足で追い払ってくれた(笑)。今思えば逃げる必要もないような子犬だった。
21年前の台北の関する私の思い出は以上である(笑) 故宮博物院をはじめ、観光スポットもいろいろ回ったハズなのだが、なぜか記憶が飛んでいる。
写真は21年前のコスモスホテル(天成大飯店) -
台北で2泊した後、花蓮へ鉄道で移動することとなる。
花蓮での宿泊先は、「地球の歩き方」に載っていたバックパーカー御用達の安宿に飛び込んだ(名前は忘れた)。実は私、後にも先にもトイレ・シャワー共同の安宿というのは、この台湾の花蓮でしか経験がない。なんだかんだいって私ときたら、
若い頃からそこそこのホテルに泊まっているのである。
この安宿だが、ドアを開けたとたん、ゴキブリたちがベッドの上からサーと四散するというなかなかファンキーなところだった(笑)。
「こんなところでは寝られない」と思ったのも束の間、疲れていた私は、数分もしないうちにそのベッドの上で爆睡してしまった(笑)。まぁ、こんなもんである。
花蓮と言えば太魯閣(タロコ)渓谷が有名だ。このタロコ渓谷は、立霧渓が大理石の岩盤を侵食して形成した大渓谷で、台湾でも有名な景勝地である。しかしこのタロコ渓谷を見るのは、今も昔もツアーに参加するのが基本となる。当時、なぜかやたらとフリー旅行にこだわっていた私は(笑)、タロコ渓谷をなんとか自由に見られないものかと考えた。出した答えは、タロコ渓谷を通る長距離バスに乗車すれば、移動と観光ができて一挙両得!という安易なものだった。
こうして、花蓮にはそのゴキブリ宿に1泊だけして、翌日早朝、台中行きの長距離バスに飛び乗った。
写真は花蓮の原住民族の踊り。いかにも観光地用という感じで、あまり感動がなかった。 -
台湾島は島の中央に山脈を頂いているので、鉄道は東西二手に分かれて南北を走っている。西の方が先に開発が進み、東の方が遅れているという感じ。今も昔も中央を横断する鉄道は走っていない。だから、花蓮から台中へバスで向かう場合、山をいくつか越えて向かうことになる。
そして確かに、乗車した長距離バスは太魯閣(タロコ)渓谷は通ったらしいのだが、当然途中下車して景勝地をゆっくり見まわるなどはできないので(山中を走るバスなので運行数が少ない)、当たり前だが有名な景勝地を素通りしていくこととなった(笑)。当然と言えば当然である。
もくろみが大きくハズれた私は、失意のまま台中に向かうバスに揺られ続けた。
途中、何度か休憩をはさんでバスは山を越えていく。お昼時、山中にあるパーキングエリア(というほどのもんではないけど)にある食堂で中華麺を食べたら、見事にあたった!(笑) 車中で猛烈な腹痛と吐き気に襲われ、それを堪えるのに七転八倒(笑)。なんとか次の休憩所まで我慢して、着いた途端に車外に飛び出してリバース。。。
あの辛さは今でも忘れられない。
写真は、休憩地点で撮影したのどかな風景。 -
この後、夜に台中に着いて、翌日、日月潭という湖に向かった。美しいと評判の日月潭だが、さほど感慨もなく(笑)、観光に来ていた台湾の大学生に「一緒に写真を撮りましょう」と誘われて、彼らのファインダーに収まった(笑)。今も見知らぬ台湾大学生の集団の古ぼけた写真の中で、私は愛想笑いを浮かべているのだろうか。
台中で2泊後、台南へ。
台南では駅そばのホテルに飛び込んで部屋を取った。ところがこのホテル、連れ込み系だったらしく、テレビからはアメリカ制の無修正エロビデオが24時間垂れ流しされていたかと思うと、ベッドの脇にあるサイドボードから、カサコソという怪しい音が始終していて(たぶんゴキブリ)、なかなか居心地の悪いところだった。気持ちが悪いので、そのサイドボードの穴を塞いでみたら、しばらくして音は聞こえなくなった(笑)。
台南に関して覚えていることは、この無修正エロビデオとゴキブリの気配のみ。観光もしたように思うのだが、ほとんど記憶に残っていない。
台南には1泊して、台南から台北には直行便の鉄道で戻った。
台湾最後の夜は台北で?泊。この時、どこのホテルに泊まったのか、全く記憶がない。同じコスモスホテルだったのかもしれない。
24歳の私は、「台湾って、あんまり面白くない国かも」と思い、帰路についたのである。
そしてお話は15年後の2004年に続く。
写真は、花蓮から台中へ向かう梨山バス駅。今も昔もこんなところを訪れる日本人は少ないに違いない。
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