2009/03/19 - 2009/03/21
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takkerさん
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毎年、春には海外出張が続くのですが、今年モナコ公国で開催される世界アンチエイジング学会に招待講演でお声を掛けて頂きました。
このとても名誉ある世界アンチエイジング学会で、招待講演をさせて頂ける・・・という光栄な機会を頂いた為、サンフランシスコから帰国して一週間後無理にスケジュールをなんとか空け、ほぼとんぼ返りのスケジュールでモナコに行ってきました。
僕にとってモナコ・モンテカルロは、なんといってもF1グランプリ。
またモナコの知名度を世界的に上げた立役者として、やはりハリウッド女優のグレース・ケリーの名前を上げないわけにはいきませんね。
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往路の飛行機はルフトハンザ。機体のシートがスポーツドライビングシートのレカロ社製なのには感動しました。快適な空の旅を過ごせましたよ。
ミュンヘン経由の便でしたが、トランジットしたドイツは、まだ氷点下。寒いので空港の外には一歩も出ることができませんでした。
乗継18時間以上もかけて、南仏ニース空港に着いたのは夜。
ニース・コートダジュール空港という文字に、今回初めて滞在するモナコ公国は、いったいどんな場所なのか、期待に心が弾みます。
、宿泊先のフェアマウントホテル•モンテカルロまで連れて行ってくれました。
車で約1時間。
ホテルに着いたらバタンキューでベッドに直行でした(苦笑)。 -
一夜明けて次の日の朝。
モナコ時間の朝4時頃目が覚めてしまいました。とはいっても日本とモナコの時差は8時間。もう日本ではお昼の12時です。
昨日は夜でほとんどわからなかった街ですが、日が出てくると、綺麗な街並みが見えてきます。
朝食までの間、早朝散歩をしてみることにしました。 -
モナコ・モンテカルロといえば、F1グランプリ。
インディ500、ル・マン24時間レースと並ぶ世界三大レースの一つですが、ガードレールが近い市街地レースコースです。
コースの難易度も非常に高く、モナコの勝者は「モナコ・マイスター」と称されることは有名ですよね。
ミハエル・シューマッハの記憶はもちろんですが、1989年から1993年のアイルトン・セナのモナコ5連勝は、今でも鮮明に覚えています。
僕は自分でも国内A級ライセンスを取るぐらい、車のレースに集中していた時期があります。ただ、毎年更新が必要なA級ライセンスは、医者として忙しくなった後はなかなか維持できず、もう12年も前に失効してしまいました。
今はたまの週末にF1グランプリをTVで観戦するのを楽しみにしているのですが、早朝ホテルを出て、入口の坂をすこし登ってみると、目の前にあの「ローズ・ヘアピン」があったのです。 -
このヘアピンコーナーはF1の全コースの中でも最も半径の小さなカーブとして知られています。
この場所はもともとモナコの鉄道の駅があった場所で、ステーションヘアピンという名前だったと聞いたことがあります。
もうかれこれ20年以上もテレビで観てきた場所ですので、良く見覚えがある景色なのですが、実際には、こんなに高低差があるのですね。早朝なので全く車がいません。
しかも、思っていたよりもはるかに狭い。TVで観るのと実際に見るのとでは大違いですね。
朝から感動してしまいました(笑)。 -
朝日の中、ホテルの横の階段を登って、グランカジノの方向に向かいます。
誰も人がいません。
少し歩くと、眼下には朝日に照らされたモナコの港が見えます。
ちょうどF1のコースを逆走するように坂を下ってみました。
モナコのコースは全長3.3kmほどです。
ちょうどよい散歩コースになりました。 -
僕の滞在したフェアマウントホテルと、学会会場までの間に本格的な日本庭園があると聞いて、翌日の朝行ってみました。
グレースケリーが愛した日本庭園。
ちょうど前日、まさにこの公園の外壁を歩いていたのですが、無料で公開しているにもかかわらず、開園時間が17時までで、目の前を歩いていたのに気付かなかったのです(笑)。
ハリウッド女優を引退したモナコ妃であったグレース・ケリーは大の日本贔屓だったそうで、生前モナコに日本庭園を造ることが夢だったそうなのです。
彼女の死後、その意志を継いだレーニエ三世が、1994年にこの公園を造ったとのこと。 -
この公園は、観光地からちょっと離れているので訪れる人はあまり多くはないのだとか。
瓦のある門構えから、中に入ると赤い太鼓橋が見えます。
鯉の泳ぐ大きな池もあります。
そして奥には茶室が。
この茶室で毎年お茶会を楽しむためにモナコを訪問する日本人グループもいるそうですよ。
デザイナーは日本人だそうですが、日本庭園そのものというよりは、南仏の要素をうまくブレンドしているといった印象。モナコの陽光に合った心和む空間でした。 -
僕が小学生の頃、驚異的な人気番組だったTBSの「ザ・スーパーカー」。
水曜日夜7時が毎週楽しみで、番組が始まると文字通りテレビに「かじりついて」観ていました。
そして、同じ時期にテレビ東京・12チャンネルで放映されていた「対決! スーパーカークイズ」。こちらも、いまだに主題歌が歌えるぐらい(笑)大好きでした。
コカコーラの王冠の裏についているスーパーカーの絵が欲しくて欲しくて、友達としょっちゅう酒屋さんに遊びに行って落ちている王冠を探したり、スーパーカー消しゴムを集めたり...。
そんな子供時代をモナコで久しぶりに思い出しましたよ。それくらいモナコでは路上で走っている、いわゆるスーパーカーの数がものすごいのです。
ヨーロッパ中から集まってくるのか、マニア垂涎の珍しい車が、普通にその辺りを走っているのですから、驚きます。
ノーマルのロッソコルサ(赤)フェラーリF430が走ってきたと思ったら… -
なんとF430スクーデリア。
通常のF430をレース仕様に仕上げた特別限定車です。
スクーデリアは普通の人にはなかなか手に入らないらしいですから、もしかしたらオーナーは、モナコに多く住んでいるという、F1パイロットかもしれませんね。 -
特に、モンテカルロの中心にある「グラン・カジノ」の前には昼過ぎから続々と高級車が集まってきます。
こちらはつい先日マイナーチェンジをしたばかり マイナーチェンジ後のランボルギーニー・ガヤルド・スパイダー。
黒い革シートに赤いステッチの糸が入った特別仕様車でした。
これらのスーパーカーを見学に来る観光客もいて、これがモナコの情景にもなるわけです(笑)。
みんな楽しみながら、写真を撮っていました。 -
V8気筒の特徴的なエンジン音に振り向いてみると、ブルーツールドフランス(青)のF430です。
フェラーリを駆って、モンテカルロのF1コースを走るなんて、夢のような話です。
いつか僕も走ってみたいです。 -
学会が終わった次の日。
フライトの都合で一日滞在が伸びて、自由な日ができました。
せっかくですので、モナコの街を歩いてみることにしました。
現在モナコのある土地には、元々ジェノヴァ人の要塞があり、1297年にフランソワ・グリマルディという人物がこれを占領したのが公国の始まりだと言われています。
その後、ジェノヴァ共和国やフランス王国などの強国の侵略を幾度となく阻み、700年以上もの間独立を貫きました。
とはいえ、単なる岩山。広さも「東京のお台場」ぐらいのこの土地に、攻め落とすほどの魅力もなかったというのが正直なところなのでしょう。
この地を現在のような観光大国にしたのは、19世紀半ばのシャルル3世なのだそうです。シャルル3世は、地中海に臨む南仏のこの地がカンヌやニースと並ぶ高級リゾートになる可能性に着目したのです。
カジノや高級ホテルが次々と建てられて、モナコはヨーロッパの高級社交の場となりました。
これは有名な「ホテル・エルミタージュ」。 -
高級ホテルを経営しているのは「モンテカルロSBM」という企業。
この企業は「オテル・ド・パリ」「ホテル・エルミタージュ」などの高級ホテルや、「グラン・カジノ」などの5つのカジノ、さらに滞在型のタラソテラピー(海洋療法)を行う「レ・テルム・マラン・ド・モンテカルロ」などを運営しているのです。
今回まず「レ・テルム・マラン・ド・モンテカルロ」に行ってみたのですが、あいにく予約で満杯。
建築に興味があるので、ホテルを見学したのですが、デザインも素晴らしいですね。 -
特にこのホテル・エルミタージュの最も奥にある「ジャルダン・ディヴェール(冬の庭)」。
その天井の美しさに息を呑みましたよ。 -
そしてこちらは「オテル・ド・パリ」アラン・デュカスのお店が一階に入っています。
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扉を越えて中に入ると別世界が広がっています!
次にモナコに来る機会があったらこんなところに泊まってみたいものですね。 -
モナコ公国の公妃となったハリウッド女優のグレース・ケリー。
ヒッチコックの作品にでてくる、あの気品ある美しい顔立ちは、まさに公妃にふさわしかったですよね。
ここはモナコ・ヴィルと呼ばれる地域にあるモナコ大聖堂。
モナコ最後の滞在日に、ホテルから汗を流して坂を登ってやっとたどり着きました。モンテカルロ地区から徒歩1時間ぐらい。
モナコの旧市街である岩山の上にあります。 -
グレース・ケリーは1956年にこの場所でレーニエ3世と世紀の結婚式を挙げたのです。
カトリック信徒のモナコ公室。すべての公式行事はここで行われるそうです。
グレース公妃は、モナコの発展に尽くし、世界中の人々を魅了したといえます。
彼女は1982年に自動車事故で突然の死を迎えることになりましたが、彼女の美しく輝いた人生は、誰の記憶にも残っていますよね。 -
この大聖堂の中にグレース・ケリーのお墓を見つけました。
バラをこよなく愛した妃のお墓の周りにはバラが添えられていました。
本名のGratia Patriciaと書かれていますね。
グレース妃にふさわしい、清楚な白い大理石。お似合いだとおもいましたよ。 -
モナコは小さな国で、歩いて廻ることもできるのですが、もともと岩山なのでかなりの高低差があります。
ホテルからモナコ大聖堂まで歩いた僕は、坂道に疲れてしまい、その後は通常の運航バスの一日パスを買って残りのモナコの名所を巡ることにしました。
バスに乗ると、あれだけ大変だった山道もあっという間。
綺麗な景色を堪能する余裕がありました。 -
さて、2番路線バスに乗ること30分。
モナコで最も高い場所にあり、景色の良いといわれている「熱帯公園」につきました。
観てください、この絶景。
こちらは上のビューの右手にあたる、良く見るモナコ写真には出ていないビューです。
F1のコースに面していない、モナコ・ヴィレを挟んだ裏手に、もうひとつヨットハーバーがあるのです。 -
ところで、この熱帯公園は、何千種もの熱帯植物(おもにサボテン)を岩山に沿って配置した公園なのですが、南仏の白い岩とのコントラストが見事。
この場所は、モナコを愛したフランスの女性作家であるシドニー・ガブリエル・コレットをして、
「熱帯公園で過ごす朝はなんと短いのだろう」
と言わせしめたのだそうです。
「性の解放」を叫んだコレットは、官能小説家としての印象が強いのですが、実は彼女の作品「ジジ」のブロードウェイ上演舞台の際、ほとんど無名だったオードリー・ヘップバーンを大抜擢してスターダムに乗せるきっかけを作った人物でもあるのです。人を見極める目が確かだったんでしょう。 -
この公園の下には実は大きな鍾乳洞があるとのこと。モナコで洞窟に入るとは思いませんでしたが、一時間に一回、約40分の洞窟ツアーがあり、それにも参加してみました。
長い階段を地中深くまで下りてゆくと…。
かなり見事な鍾乳洞が。
観光大国モナコ、恐るべしですね。 -
モナコ最後の日の朝。
全く治らない時差ぼけも手伝って、綺麗な日の出を見ることができました。
太陽が上がってくると、ほんのりと太陽が上がる場所がピンク色に染まります。
日の出前の、何とも言えない美しい色合いです。 -
そして、地中海に昇る朝日。
気象の環境にもよると思いますが、光の屈折で、丸い太陽がこんな風に見えるのですね。
「神々しい」という言葉がぴったりきました。
この後、急速にあたりが明るくなってゆくのです。 -
輝くばかりの南仏の陽光の下、この四日間食べた朝食は格別でしたが、そんな機会もしばらくないと思うと残念に思いました。
さて、あと一時間ばかりで、帰りのリムジンが迎えに来ます。
このホテル・フェアモント・モンテカルロともお別れです。 -
モナコからニース空港までの帰路は、なんとヘリコプターを手配されていました!
ニース空港からモナコまでは通常車で1時間ちょっとかかりますが、ヘリを利用するとなんと6分で到着できるのだそうです。
ヘリには、乗客が4人乗れるそうです。
チェックイン手続きの後、X線で荷物チェックをして、ヘリに乗りこみます。
そしてテイクオフ。
4日間過ごしたモナコの光景がどんどん遠ざかってゆきます。
南仏のコートダジュール海岸がよく見えます。
ヨットも浮かんでいますね。
遠くにアルプス山脈の万年雪も見たり、夢中になって窓の外を見ているうちに、本当に5分程度でニース空港に着きました。
生涯忘れられない6分間になりました。ありがとうございました。 -
ニース・コートダジュール空港はとてもこぢんまりとしています。
帰国の便はスイスエア。
航空機で飛び立つと、海岸沿いに広がるニースの全貌がよく見えますね。
万年雪のアルプスの上を飛んで、スイスのジュネーブに。
ジュネーブから成田への帰国便もスイスエアでした。
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