2009/08/11 - 2009/08/15
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Giraudさん
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トスカーナの旅の前後にローマ市内を観光しました。
初日は早朝テルミニ駅前からヴァティカンまで。
最終日はコロッセオからテルミニ駅前まで歩き倒し。
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サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂前の円柱
もとはフォロ・ロマーノ内のマクセンティウスのバシリカにありました。
マクセンティウスのバシリカ
http://4travel.jp/traveler/giraud/pict/11205944/
http://4travel.jp/traveler/giraud/pict/22218111/ -
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
Basilica di Santa Maria Maggiore
ローマの四大聖堂の中で唯一、皇帝ではなく教皇によって建立された教会。
外観は後世に宮殿のように改築されましたが、内部は古代ローマのバシリカ(公会堂)の形式を残しています。 -
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
司教座(ローマ市の司教=教皇)のある内陣。
ローマ時代のバシリカでは裁判官が座ったところ。 -
サンタ・マリア・マッジョーレの地下
遺跡?の上に建っているようです。 -
サンタ・マリア・マッジョーレ後陣のオベリスク
アウグストゥス霊廟を飾っていた二対のうち一本を移設したもの。
アウグストゥス霊廟
http://4travel.jp/traveler/giraud/pict/11205983/ -
サンタ・プデンツィアーナ教会
Santa Pudenziana
起源は古代ローマ時代に遡る古い教会。
殉教した二姉妹のひとり聖プデンティアナを祀っています。
ローマ浴場を改装して建てられましたが、長い年月で周囲の地盤が上がり、地下に潜ってしまいました。 -
サンタ・プデンツィアーナ教会の内部
ローマ時代のモザイク画。 -
サン・カルロ・アッレ・クワトロフォンターネ
San Carlo alle Quattro Fontane
クワトロ・フォンターネ(四泉の辻)に建つ典型的なバロックの様式の教会。 -
クイリナーレの丘
COLLIS QVIRINALIS
現在の大統領宮殿所在地。
カストルとポルックスの双子神像とともに立つオベリスクは、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂のものと同じく、アウグストゥス霊廟を飾っていた二対のうちのもう一本を移設したもの。 -
トレヴィの泉
水源はローマ時代の軍人アグリッパが引いたヴィルゴ水道。
ヴィルゴ(英語のvirgin)とは、ローマ兵が少女に教えられて水源を発見したという言い伝えから。 -
トレヴィの泉のレリーフ
ローマ兵に水源を教える少女。 -
トレヴィの泉のレリーフ
水道の建設を指揮するアグリッパ。 -
マルクス・アウレリウスの記念柱
COLVMNA CENTENARIA DIVORVM MARCI ET FAVSTINAE
五賢帝マルクス・アウレリウスが親征したマルコマンニ戦争の一部始終を、絵巻物のようにらせん状の浮き彫りにした記念柱。
カラーラ産の白大理石をダルマ落としのように積み上げた高さ29.6m(=100ローマ・フィート)の円柱で、背が高いために写真では細く見えますが、直径は3.7mあり間近で見るとかなりの太さでした。
内部には螺旋階段があって頂上まで登れるそうです。
残念ながら上のほうはよく見えません。同じ五賢帝のトラヤヌスの記念柱は、ローマ文明博物館やロンドンのV&A美術館にレプリカがあるのですが -
マルクス・アウレリウスの記念柱の基部
物語の始まりは、ドナウ渡河の場面から。
左端にはトラヤヌスの記念柱と同じく擬人化された河の神が描かれていました。
円柱なので、ひと続きの場面を見るにはぐるぐると歩き回らなければならないのがつらいところ。
軍事用の架設の舟橋にもかかわらず両端には立派な門が建てられおり、ローマ人の凱旋門好きが伺えます。 -
マルクス・アウレリウスの記念柱の一部
炎天下でクァディ族に包囲されたローマ軍が飢えと渇きに苦しんでいたとき、突然の雷雨で救われたという“雨の奇跡”の場面。
広げた両腕から水を滴らせる雨の神が、なんかオランウータンのように見えます。雨を降らせたのは従軍していたエジプトの魔術師とされますが、後世にはキリスト教徒の兵士のおかげということになりました。
他にも、敵の盾を組み上げた戦勝記念柱、有翼の勝利の女神ウィクトリア、大盾を背負って砦を攻めるローマ兵などが見えましたが、確認できたのはそれくらいまで。肉眼ではもちろん、デジカメの写真を拡大しても、上の方ははっきり判りませんでした。 -
アウグストゥスのオベリスク
OBELISCVS AVGVSTI
前6世紀の古代エジプトで太陽神の神殿を飾っていたものを、女王クレオパトラのエジプトを征服した初代皇帝アウグストゥスが持ち帰り、日時計の柱として使いました。 -
ハドリアヌス神殿
TEMPLVM HADRIANI
五賢帝ハドリアヌスを祀るために建立された神殿。
現在はローマ証券取引所。
官公庁や金融機関の本店にはギリシア風の列柱を並べた古典様式の建築がよくありますが、ここの場合は本物の遺跡の柱というのがローマならでは。 -
ハドリアヌス神殿の基礎。
古代には地面がもっと低かったことがわかります。 -
パンテオン
PANTHEON
ローマに来ると必ず訪れてしまうところ。
入場無料というのもすごい。 -
パンテオンの内部(午前9時21分)
訪れる時間帯によって天井のオクルスから差し込む光線が違う表情を演出して、毎回感動を新たにします。 -
パンテオンの内部(午前9時47分)
天井の格子模様を、光線がゆっくりと移動。
入口が真北を向いているため、ローマ人は光線の位置で時間を知ることもできたのでしょう。 -
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会
Basilica di Santa Maria sopra Minerva
ローマでは珍しいゴシック様式の教会。
中世のままの色調。 -
アグリッパ浴場
THERMAE AGRIPPAE
首都ローマでは最初の公衆浴場。
軍人アグリッパが紀元前25年に建設、水源は現在のトレヴィの泉と同じヴィルゴ水道を使いました。
路地の名の由来ともなっているアルコ・デッラ・チャンベッラ(ドーナッツ・アーチ)は、直径25mのラコニクムつまりサウナの跡。
他の都市であれば住居を解体して観光の目玉にするのでしょうが、さすがは犬も歩けば遺跡に当たるローマ、現在でも人が住んだままで、看板もありません。 -
アグリッパ浴場
中世にはすでに住居の一部に組み込まれていました。
円筒形の壁体が埋まった住居の間取はどういう風になっているのか、遺跡があることで家賃にはプレミアムがついているのか、住人が壁にネジ穴など開けていないか・・・などいろいろ気になります。 -
ナヴォーナ広場のオベリスク
アッピア街道のマクセンティウス競技場にあったものを移設。
マクセンティウス競技場
http://4travel.jp/traveler/giraud/pict/14530267/ -
ハドリアヌス霊廟
MAVSOLEVM HADRIANI
現在のサンタンジェロ城。
古代ローマの墓廟は街道沿いに設けられるのが一般的なのですが、ここは街道から離れたテヴェレ川の北岸で、前面のアエリウス橋は霊廟の完成後に新設されました。
別邸ヴィラ・アドリアーナでも水鏡を活かした建築物を多く造った建築家皇帝ハドリアヌスは、円筒形の建物が川面に映えることを意図してこの場所を選んだのではないかと思います。 -
コロッセオ
ローマ市内の美術館でフラウィウス朝の企画展をやっていた時期で、ここにもコロッセオを建造した皇帝ウェスパシアヌスの顔が置いてありました。 -
最高神ユピテルの神殿
TEMPLVM IOVIS OPTIMI MAXIMI
現在のカピトリーニ美術館の中の遺跡。 -
カピトリーニ美術館とユピテル神殿の位置図
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カピトリーニ美術館に展示されていたマルクス・アウレリウスの凱旋門のレリーフ
凱旋門そのものは残っていませんが、こういうパネルがコンスタンティヌスの凱旋門にも流用されました。
背景に描かれているのがカンピドーリオの丘のユピテル神殿。 -
ガリエヌスの凱旋門
ARCVS GALLIENI
ローマ帝国が最悪の国難に見舞われていた3世紀の皇帝ガリエヌスの凱旋門。
セルウィウスの城壁の門だったものを改装しました。
最盛期の皇帝たちの凱旋門と比べると規模が小さいです。 -
ガリエヌス像
ケルンのローマ・ゲルマン博物館の展示。
軍人皇帝時代では最長の在位年数を保ちましたが、最後は抜擢した機動部隊の反乱で殺されました。 -
ガリエヌス像
カピトリーニ美術館の展示。
こちらはちょっと疲れている感じ。
歴史書では酷評される暗君でしたが、最近では改革者として見直されているようです。 -
サンタ・プラッセーデ教会
Basilica di Santa Prassede
聖プデンティアナの姉妹、聖プラクセデスの教会。
内部のモザイクが見事でした。 -
サンタ・プラッセーデ教会の地下墓所
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メタ・スーダンス
META SVDANS
コンスタンティヌス凱旋門の前にあった噴水。
遺跡が破壊されたのは1930年代。 -
コンスタンティヌスの凱旋門
ローマに現存する最大の凱旋門。
前時代の凱旋門の装飾を組み合わせて建造されました。彫刻や建材の再利用は、全盛期の古代ローマ時代からよく行われていたようです。
柱の上に並んでいるのは、五賢帝のトラヤヌスが征服したダキアの捕虜の像。 -
ヴァティカン美術館のダキア人捕虜の像。
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コンスタンティヌスの凱旋門
マルクス・アウレリウスの凱旋門から流用したパネル。
ローマ皇帝が市民の請願に応えているところ。
皇帝の顔だけコンスタンティヌスに彫り直されました。 -
コンスタンティヌスの凱旋門
ハドリアヌスの凱旋門から流用したパネル。
狩りでライオンを倒したところ。
皇帝の顔はコンスタンティヌスに彫り直しましたが、中央の側近アントニヌス・ピウス(ハドリアヌスの次の皇帝)と右端の美少年アンティノウスは元のまま。 -
クラウディウス神殿
TEMPLVM DIVI CLAVDII -
剣闘士養成所
LVDVS MAGNVS
剣闘士たちが腕を磨いたところ。
コロッセオとは地下通路で連結されていて、準備を整えた剣闘士がそのまま試合に赴くことができました。 -
ドムス・アウレア
DOMVS AVREA
皇帝ネロが築いた全長300mの黄金宮殿。
パラティーノの丘とは約1kmの列柱廊でつながっていました。
完成したとき、ネロは「これでようやく人間らしい家に住めそうだな」と言ったとか。
現在は地下に埋もれてしまい、崩落の危険があるので中の見学はできませんでした。 -
トラヤヌス浴場
THERMAE TRAIANI
ネロの黄金宮殿を土台にして建設された300m×215mの巨大浴場。
温浴室、熱浴室、冷浴室、図書室や体育館などがある左右対称の複合施設で、のちのカラカラ浴場など皇帝が建設する浴場の模範となりました。 -
トラヤヌス浴場
現在のトライアーノ公園のあちこちに遺跡が散らばっています。
ホームレスや徹夜明けらしき若者がいて、ちょっと怖かったです。散歩している老夫婦もいましたので、普通にしていれば問題ないんでしょうが。 -
トラヤヌス浴場のテラスから望むコロッセオ
高台にあるので眺めがいいです。 -
トラヤヌス浴場の図書室跡
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セッテ・サーレ
七つの部屋という意味。
トラヤヌス浴場の貯水槽でした。
丘の上の浴場にどうやって給水したのでしょうか? -
マエケナスの講堂
AUDITORIVM MAECENATIS
街中の小さな家に見えますが、紀元前30年頃に建てられた由緒ある遺跡。
初代皇帝アウグストゥスの腹心だったマエケナスのヴィラ(別邸)の一部で、詩の朗読会などが行われたところ。
長い年月で地下に7mほど埋もれてしまいましたが、もとは天井の高い建物でした。 -
ディオクレティアヌス浴場
THERMAE DIOCLETIANAE
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