2010/06/20 - 2010/06/23
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オータムリーフさん
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相当前に、テレビ番組で万里の長城の紀行ものを観ました。朝鮮半島の東側から
6000kmと云う、気の遠くなるほど長い壁を造った中国の皇帝。何代にも亘り
造り直した壮大な建造物。
当時の中国にとっては北方騎馬民族の侵攻がどれほどの脅威だったかを考えるば
納得出来る大土木工事だっとと思う一方で、なんて馬鹿げた長城なのだろうと思う。
しかしながら、我々現代人に残してくれた大きな大きな遺産です。これからも
大切にして、後世に引き継ぎたいですね。
会社勤めをしていた時、何度も北京に行った事があるが、万里の長城を観た事が
なかった。このツアーで、それが実現しました。
その他の北京の見所も沢山訪れたので、その写真も紹介したいと思います。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 読売旅行
-
今回のツアーは羽田発10時30分全日空1285便にて北京に向かう。羽田の国際線はごった返していた。今年の10月から国際ターミナルは新装オープンするとの事である。
北京空港は新しくそして膨大な敷地を持った空港であり、その設備たるや超近代的空港。現在の中国の経済発展を物語るようだ。入国手続き後に、電車に乗って荷物受取場所に進む。団体行動なのでモドカシイ行動だが仕方がない。30名のグループである。しかしながら、今回は申し込みが多く20日出発だけで150名、21日発は100名の超大型団体である。税関は簡単で、素通りとなるが、待合室には、どこの空港でもそうだが、出迎えの人々でごった返している。 -
今回のホテルは「Marriott Hotel City Wall」と超豪華なホテルであった。部屋も豪華で満足。ここに3連泊するのである。NHKのBSが観れた。
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万里の長城に向かう。北京から近い場所は八達嶺である。高速道路の立派なこと。北京オリンピック開催後なので、インフラ整備が完璧だ。
もう一つびっくりした事は、あれほどの自転車の洪水だったものが、今は一台も街を走っていのだ。すごい! -
1時間程バスに乗り八達峯長城に到着する。説明に依れば、この辺りの城壁は明の時代に造られた長城である。八達峯長城の入口を通ると、右と左に長城が伸びている。右側(写真向こう側)は女坂で比較的傾斜が緩やかであるが、左側は男坂と呼ばれていて、傾斜が急になっている。我々は、もらった1時間を利用して、男坂を行くことにした。
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万里の長城は総延長6000kmを越えるスケールの大きさには驚かされる。一般的には万里の長城を造ったのは秦の始皇帝と言われるが、現存している壁は、大部分が
明時代に造られたものである。戦国時代から趙などは北の異民族に備える為と他国からの防御の為に壁は造られていたが、始皇帝が中華を統一してからは、これらの長城を繋げて行ったものである。当時の壁は土製の簡単なもので、現在の長城はおおぶりのレンガで造られて、高さ7.8から9.0m、幅は兵士が10名横になって歩ける程の幅を有している。 -
下から見える一番上の望楼まで歩いた。結構きつい坂であり、階段である。目的の望楼から観る景色はそれは、それは素晴らしいものであった。
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世界遺産・願和園
北京市街地西北15km。万寿山と昆明湖からなる中国の典型的な庭園。現在は有料の公園であるが、元は清朝の離宮、中国では最大級の皇室庭園である。1860年のアロー号事件で英仏連合軍に破壊されてしまうが、当時の西太后が海軍の経費3000両を流用して再建した。
観光客で一杯の公園、日曜日のせいか地元中国人ツアーが多い中で、日本人や欧米人の団体も観られる。暑い中の見物であるが、比較的樹木が多く、太陽を遮ってくれるので助かる。この様な景色は上海を旅行した時に訪問した西湖に似ている。 -
天安門広場
広大な天安門広場にはかなり手前からバスを降りて歩いて行く。物凄い人の数だが、ガイドによれば、毛沢東主席記念堂があり、毛沢東の棺を観る為の行列だとか。この中に入るには手荷物やカメラ持ち込み一切禁止で館内では立ち止まることも許されていない。この様なシステムはハノイのホーチミンで観た。
我々は、先に進んで、大きな道路を横切り、手荷物検査を受けて、広場に入場する。
東西500m、南北800mと世界一大きな広場だそうで、単なる広いだけの広場だ。植物は一切無いので太陽を遮るものは何もありません。下はコンクリートであり、1時間もここに居たら日射病で倒れてしまいそうだ。 -
紫禁城(故宮)
紫禁城は故宮とも言われている。行く前までは別々のものかと思っていた。明王朝と清王朝の王宮で580年に亘り、明、清の24人の皇帝が中国を支配していた。東西750m、南北1kmに及ぶ広大な宮殿は高さ10mの城壁と幅50mの堀に囲まれ、城壁内部には9000室の部屋があると言う。内部は午門より順に太和門、太和殿、中和殿、保和殿と同じような建物が続くのだ。写真を撮っていても、どこの宮殿を撮影しているのか分からなくなってきた。皇帝が日常政務を執り、皇帝や皇后貴妃が住む後宮が、この故宮にあったのである。但し、宝物点の展示は少しだけ見せてもらったが、ここ以外に展示している場所はあるのだろうか、その辺りは不明である。 -
明の歴代皇帝の墓、十三陵を訪問
北京市街地から北西に50km離れた昌平県寿山麓にある明代皇帝の陵墓群で、第3代成祖永楽帝をはじめ13人の皇帝と23人の皇后と一人の貴妃の陵墓が集まる陵区。
陵園部と陵道(神道)に分かれている。1409年から1644年の明朝滅亡まで200年間に亘り造られ続けた。最大規模を誇るのが永楽帝の長陵。第14代万暦帝の定陵が1957年に地下宮殿が発掘され、副葬品の金銀財宝は博物館に展示されている。
ガイドさんの説明に依れば、墓の入り口を探すのに、あちこち掘り進んだが、いずれも成功せず、諦めかけた時に、一枚の石碑を発見した。この石碑には、墓の入り口を示した文章が書いてあり、その通りに掘り進めると墓に到達したと言う。更には、墓の入り口は頑丈な石で覆われていて、その扉は内側からつかい棒で守られて、簡単には開かない構造となっていたらしい。13陵の内、未だ、未発掘の墓もあるとのことである。 -
天壇公園
北京市中心の南部に位置して273万?の面積は、北京旧城部の3分の1を占める。皇帝が天に五穀豊穣を祈願する場所。造園は1420年、明の永楽帝の時代で清の時代、1860年には拡張された。現存する中国最大の祭祀建造物である。祈年殿は皇帝が豊作を祈願するところで丸い瑠璃瓦の屋根を持つ、天壇の中で最も荘厳で美しい建物。三層の屋根は全部で28本の木の柱だけで支えられていて、梁も釘も一切使われていない。この建物は以前アメリカのフロリダ半島を訪れた時に観た様な気がする。勿論、模型だが。 -
愛新覚羅兆基さん
この天壇公園の建物の一つに書画実演販売を行っている場所があった。ガイドの話では書画を描いている人がラストエンペラーの末裔で愛新覚羅兆基さんと言う。そして大土山は更に、貴方方は運が良い。たまたまその方が本日、ここにきていて、実演が見られるかも知れないと言うのである。確かに字はうまく書く。そして国宝級の人物でもあると言う説明だ。掛け軸が2万円で愛新覚羅さんの印鑑を押すと更に1万円アップであると。
買った人にはこの人物と一緒に写真まで撮ると言うものだ。
何人か買っていた人がいたが、余り興味が無いので、椅子に座ったりして休んでいた。
実は、帰ってからネットで調べたが、清王朝の家系図を調べても、この「兆基」なる名前は出てこない。ちょっと怪しげです。 -
胡同
北京の下町「胡同」を輪タクに乗っての散策である。輪タクにはチップとして10元を渡すのが慣習になっているそうだ。輪タクで湖のところまで来て、下車して歩いて下町を観て廻る。そして再度輪タクに乗り、帰るのだが、単なるそれだけ。その後に、恭王府に歩いて向かう。現在、完全な形で残っている清時代の邸宅である。 -
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旅行者主催 北京の宴
今回の団体さんは全部で250名。その方々が宿泊しているmarriottホテルの宴会場に一堂に集まり、大食事会が開かれた。乾杯の後に食事が運ばれてきたが、素晴らしい食事ばかりで、大変美味しかった。その後に、アトラクションと称して、カンフーショウーが開かれて、午後9時に平宴となった。大変美味しかったし、楽しかった。
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