2011/03/31 - 2011/03/31
834位(同エリア1302件中)
旅姿さん
かつての東海道第一の宿場町として栄えた「品川宿」周辺を、自転車で巡ってきました。
<さんぽコース>
③ 大井公園~旧仙台坂~ゼームス坂~レモンの碑
--以下公開済--
① 御殿山~東海寺~品川神社
② 北品川宿~南品川宿~鈴ヶ森刑場跡---(旧東海道)
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京急電鉄の鮫洲駅まえの国道15号から左に入ると、坂の途中に
「大井公園」がある。 -
ここは元陸奥仙台藩伊達家下屋敷跡
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しだれ桜が見ごろです
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ショカッサイ(アブラナ科)も。
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京急電鉄の青物横丁駅に近い国道沿いに「海晏寺」入口が。
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ここは南品川五丁目にある曹洞宗の寺院で建長3年(1251年)開山。
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シデコブシが咲き
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ヒナギクザクラが咲いています。
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「海晏寺」の手前の坂が旧仙台坂(くらやみ坂)。
---かなりの急坂で自転車は降りてあがります。 -
車は仙台坂トンネルを行く
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坂の上り口にある「泊船寺」
芭蕉の句碑があるということでしたが
---犬が吠えて中に入るのは遠慮しました -
坂をあがり切ったところにある
見事な「タブの木」! -
幹回り 4.6m、樹高20m
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坂の上には旧伊達家下屋敷跡に仙台味噌醸造所がる。
---いまでも営業中
昔 伊達正宗公が江戸の在勤の家来のために
当時の邸内で味噌の醸造を始めたという。 -
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今の「仙台坂」出て、下って行くと
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国道15号にでます。
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国道15号を左に入り、「碑文谷通り」を行くと
日本ペイント?入口内に ”享保21年銘道標”がある。 -
「左 ひ文や道」 「右 めくろ道」と刻まれている。
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碑文谷通りを戻ってくるとレンガ塀が続く
目黒川沿いのこのあたりは、京浜工業地帯の発祥の地で
その名残のレンガ塀という。 -
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ここは「天龍寺」です
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境内の さくら
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さくら
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「ゼームス坂」にでました。
この緩やかな坂をあがるとJR大井町駅方面にでます。
☆ 英国人・ゼームスは明治5年に招かれて海軍省に入り、航海術や
造船技術を指導。この地に住んだが、当時この坂は急傾斜で人々が
苦労していたため私財を投じて勾配を緩やかにした。以来、坂の名が
「ゼームス坂」となったという。 -
懐かしい八百屋さんがあります
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ゼームス坂をのぼり右に入り、しばらく行くと右手の奥に碑がある。
この碑のあるあたりに「ゼームス坂病院」があった。この病院に向き合ったところにかつてゼームスが住んでいた。
---詩人、彫刻家・高村光太郎の妻 智恵子が精神を病みこの病院に入院したのは
昭和10年だという。智恵子50歳、光太郎53歳であった。
それから2年半の後、智恵子が静かに息を引き取った。
(昭和13年10月5日 没) -
文学詩碑の下には「レモン」が供えてある。
最後の看取りの場面を読んだ光太郎の詩が--- -
光太郎の筆跡で 『 レモン哀歌 』 としてきざまれている---。
「 そんなにもあなたはレモンを待っていた
かなしくあかるい死の床で 〜 」
--と始まります。
---ゼームス坂をゆっくりとあがり大井町方面にでました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- 三昧さん 2019/04/25 00:42:18
- 懐かしい界隈です
- 今晩は。
大井町で育ったもんで(と言っても、今の西大井駅辺りですが)、旅婆さん様の旅行記を ふむふむと拝見させて貰いました。
天龍寺には母方の家系が眠っているので、静岡県県民になる前は、彼岸には行ったものです。
ゼームス坂も子供の頃から知ってました。病院の名前も母から聞いてはいましたが、自分が子供だったので、高村智恵子の事聞いていたかも知れませんが記憶にありません。改めて、勉強になりました。
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