2009/09/04 - 2009/09/05
15位(同エリア111件中)
ベームさん
9/4、2日目。9/5、3日目。
9/4、朝ヴェツラーを発ち午前中フルダを見物、午後アイゼナハに移動して2泊しました。3日目はゴータも訪れました。
アイゼナハは人口約5万人弱、フランクフルトの北東、ゲーテ街道のほぼ中間にありチューリンガー・ヴァルトの西北端に位置する中世来の古い町。
表紙の写真はアイゼナハのマルチン・ルターゆかりのヴァルトブルク城。アイゼナハ紹介には必ず出てくる景観です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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9月4日。フルダを見た後13時15分のICEでアイゼナハ着14時5分。
駅名の下に「ヨハン・セバスチャン・バッハの生まれた町」とある。
アイゼナハは人口5万人。ゲーテよりはむしろバッハの生まれた町、ルターの若い頃の勉学の町、そしてルターが新約聖書を原典からドイツ語に翻訳した城ヴァルトブルク城のある町として名を知られている。ゲーテは公務で度々この町を訪れ、シュタイン夫人に”この町はたとえ様もなく美しい”と書き送っています。 -
アイゼナハ。
1:アイゼナハ駅。
2:ホテルカイザーホーフ。
3:ニコライ教会。
4:ニコライ門。
5:シュマーレスハウス。
7:市庁舎/マルクト広場。
8:城館。
9:ゲオルク教会。
10:クロイツナッハ館。
11:ルターハウス。
12:バッハの家。
13:バッハ像/バッハ博物館。
14:プレディガー博物館。
15:ルターギムナジウム。
16:アンネ教会。
17:聖エリザベート教会。
18:カールス通りのレストラン、パン屋。
19:黒噴水。
ヴァルトブルク城は地図の外、左下方面。 -
アイゼナハ駅。駅前の交通局でアイゼナハ・クラシックカードを買う。市内の交通機関、ヴァルトブルク城など博物館等の入場料が無料になる、18ユーロ。駅を背に右に行くと旧市街地。地図1。
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アイゼナハ:ホテルカイザー・ホーフ。地図2。
駅から5分ほど、旧市街の入口にある。皇帝の館、という名のほどではないが古めかしいホテル。1897年築。ここに2泊する。
これは朝の写真。 -
チェックインして早速出かける。ホテルのすぐ先にあるチューリンゲン地方最古のニコライ門。市の東の入り口。1200年頃。地図4。
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ニコライ門とニコライ教会。門を潜り内側からの写真。地図4,3。
共に歴史を感じさせ古色蒼然。 -
ニコライ教会。地図3。
1180年頃。 -
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アイゼナハ:ニコライ教会。
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ニコライ教会。
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カールス広場のルター像。
アイゼナハはいち早くプロテスタントに改宗した町。 -
コメルツ銀行の建物。ドイツでは銀行にしろ郵便局にしろこういう古い建物に店舗を構えているのを良く見かける。中は近代化されていても外観は昔のまま。
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アイゼナハ:カール通りの入り口にある古い建物、薬局・アポテーケだったかな。
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少し歩くと人小さな建物の前に人がたかっている。アイゼナハで一番小さい建物シュマーレスハウス、間口2,05m、建坪20?。両側の建物に押しつぶされそう。1750年頃。地図5。
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商店、レストランの並ぶメーンストリートのカール通りを歩くとマルクト広場に出てきた。周りを市庁舎、城館、教会が取り囲んでいる。地図7。
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マルクト広場の噴水。
町の守護聖人ゲオルクが竜と戦っている。 -
アイゼナハ:マルクト広場の市庁舎。
元ワイン貯蔵庫、1636年再建。 -
マルクト広場の城館。地図8。
1745年、ザクセン・ヴァイマール公エルンスト・アウグストにより建築。
現チューリンゲン博物館。 -
アイゼナハ マルクト広場のゲオルク教会。1180年。地図9。
1221年、チューリンゲン方伯ルートヴィヒ4世とハンガリー王女エリーザベトの結婚式が行われている。1685年バッハがここで洗礼を受け、ルターはラテン語学校生徒時代ここで聖歌を歌い、長じて1521年にはここで説教をしている。 -
ゲオルク教会。
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アイゼナハ ゲオルク教会。
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ゲオルク教会。
周りは劇場のボックス席のような感じ。 -
ゲオルク教会。
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アイゼナハ ゲオルク教会。
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アイゼナハ:マルクト広場のクロイツナッハ館。1539年。地図10。
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アイゼナハ ルターハウス。地図11。
アイゼナハで現存する最古の建物。1498~1501年、15歳のルターが3年間ラテン語学校に学ぶため下宿していた家。 -
今はルター記念館となっている。
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ルターハウス。アイゼナハ・クラシックカードがあるので入館料は要らないが、写真を撮ってよいかと聞くと別料金1,5ユーロとのこと。
撮影料を取るという魂胆が分からない。 -
ルターハウス。
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アイゼナハ ルターハウス。
1630年頃のアイゼナハの絵。ルターが住んでいた時より130年ほど後だがほとんど変わっていないのだろう。山の上にヴァルトブルク城、町の回りは城壁で囲まれている。 -
ルターハウスから10分ほど歩くとバッハの家がある。地図12。
生家とされているが実際に生まれたのはここではなく近くの家らしい。 -
アイゼナハ バッハ博物館の前に建つバッハ像。1884年。地図13。
ライプチィヒのトーマス教会合唱指揮者姿といわれる。 -
アイゼナハ:バッハ博物館。
バッハの家の隣。バッハ当時の古楽器の演奏を聴くことが出来た。 -
アイゼナハ:バッハ博物館。
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アイゼナハ:バッハ博物館。
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バッハ博物館。
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バッハ博物館。
小さな演奏会場もある。 -
アイゼナハ:バッハ博物館。
一休み。 -
バッハ博物館の裏庭。
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駅前に戻りバスでヴァルトブルク城へ。バスは城の少し下までで、そこから急な坂道を10分ほど歩く。バスも入場料もアイゼナハカードでOK。
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ヴァルトブルク城。跳ね橋を渡ると目の前に写真でおなじみの姿が。
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ヴァルトブルク城。
11世紀後半当地の豪族シャウエンブルク伯ルートヴィヒが建てたのが基という。現在の建物は1170年頃のもの。
13世紀初め頃この城に吟遊詩人ミンネゼンガーが集まり、領主の前で華やかな歌合戦を繰りひろげた。ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ、タンホイザーなど。 -
ヴァルトブルク城。
1999年ユネスコの世界遺産に登録。 -
ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
城内ツアーの入り口は右下の所。 -
ヴァルトブルク城の中庭。
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城のテラスからの眺め。
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ヴァルトブルク城からチューリンガー・ヴァルトを眺める。チューリンガー・ヴァルトはドイツ中部に広がる広大な森、アイゼナハはその北西端に位置している。
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ヴァルトブルク城からアイゼナハの町とチューリンガー・ヴァルト。
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ヴァルトブルク城。
城内にはガイドツアーでしか入れない。ガイドツアーは分からない言葉でペラペラまくし立て次々と移動する。どうせ言葉が分からないのだから一人でゆっくり見て周りたいのだが。 -
ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城:エリーザベトの間。
1221年、14歳でチューリンゲン伯ルートヴィヒ4世に嫁いだハンガリー王女。病める者、貧しい人に救いの手を差し伸べるがこれが仇になり1227年、夫の死によりこの城を追われマールブルクに移る。マールブルクでも彼女は救貧院を造るなど善政を施し、1231年わずか24歳で亡くなる。死後聖女に列せられた。
マールブルクのエリーザベト教会に葬られている。 -
ヴァルトブルク城:エリーザベトの間。
美しいモザイク模様。 -
エリーザベトの間。
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ヴァルトブルク城:歌合戦を描いたフレスコ画。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城:礼拝堂。
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ヴァルトブルク城:礼拝堂。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
武人の城らしく寝台に仰々しい天蓋などは無い。 -
ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城:大広間。
1817年10月、ナポレオン失脚後のメッテルニヒが主導するウイーン体制の反動政治に抵抗し、民主主義を求める学生組合ブルシェンシャフトが宗教改革300記念大会を開いた場所です。反動的な書物を焚書し、オーストリアやプロイセンの軍服を焼き捨てたりした。急進化する運動に対しメッテルニヒはブルシェンシャフトを弾圧し禁止した。抑圧されても学生運動は続き、1848年のメッテルニヒ失脚に繋がっていく。 -
ヴァルトブルク城:大広間。
ヴァーグナーの「タンホイザー」の公演やクラシックコンサートなどが行われる。 -
ヴァルトブルク城:大広間。
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ヴァルトブルク城:大広間。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城。
博物館の設立にはゲーテの尽力があった。 -
ヴァルトブルク城。
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ヴァルトブルク城:ルター左とメランヒトン。
メランヒトンはヴィッテンベルク大学の教授、ルターの右腕となって宗教改革を進めた。 -
ヴァルトブルク城:新約聖書を翻訳中のルター。
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ヴァルトブルク城:ルターの部屋。
1521年ヴォルムスの帝国会議で帝国追放刑(法の庇護をはく奪)になったルターは時のザクセン公フリードリヒ賢公によりここにかくまわれ新約聖書の原典ギリシャ語をドイツ語に翻訳する仕事をはじめ、1522年完成した。これによりグーテンベルクの活版印刷術の普及とも相まって聖書はようやく民衆のものとなっていった。 -
ヴァルトブルク城:ルターの部屋。
翻訳作業中に悪魔が現れルターを誘惑したので、ルターが投げつけたインク壷の痕が壁に残っている。 -
ルターの部屋。
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ヴァルトブルク城:城内のレストラン。セルフサーヴィス。
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ヴァルトブルク城のレストランで一服。
巨大なチューリンガー・ソーセージをパンにはさんで売っていたので昼食替わりとする。写真ではパンからはみ出たソーセージの両端を食べてしまっている。5ユーロ。 -
帰りは林間の道を歩いて下る。木漏れ日が気持ちよい。
チューリンゲンの森の一部を歩いたことになる。 -
アイゼナハ:ヴァルトブルク城から歩いて降りる途中から眺めたアイゼナハの町並み。
行きはバスを利用したが帰りは便が悪く林間を歩いて下りた。少し道に迷い30分ほどかかった。途中で散歩中の老夫婦に道を尋ねたが後でマルクト広場でその夫婦にまた出会った。向こうも覚えていたようで双方ニコッとする。 -
アイゼナハ:ルターギムナジウム。地図15。
元のプレディガー教会付属ラテン語学校。 -
ルターギムナジウム。
マルチン・ルター、1498~1501年ここの生徒だった。 -
ルターギムナジウム。
ヨハン・セバスチャン・バッハ、1692~1695年ここの生徒。 -
アイゼナハ:プレディガー教会。地図14。
1240年、方伯妃エリザベートの死後その顕彰のため建立された。現在博物館。
素晴しい宗教美術品を収蔵している。 -
アイゼナハ:プレディガー博物館。
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プレディガー博物館。
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プレディガー博物館。
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プレディガー博物館。
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アイゼナハ:プレディガー博物館。
美しいピエタ。ピエタの絵や像はかなり見てきたがこの死せるキリストを抱いて嘆くマリアの美しさは屈指のものだと思う。ローマのサン・ピエトロ寺院にあるもっとも有名なミケランジェロのピエタ像は、私は写真でしか知りませんが、あまりにも清らかすぎて、わが子の死を諦念しているようで生身のマリアが伝わって来ません。 -
アンネ教会。地図16。
1226年、チューリンゲン方伯妃エリーザベトにより設立。
街角でこの教会の場所を地図で探していたら一人の女性から”お手伝いしましょうか”と声をかけられた。ドイツ人は親切でこういう事はよくある、と聞いていたが実際に経験したのは初めて。ダンケシェーン!。 -
アンネ教会。
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アイゼナハ:黒噴水。地図19。
1810年、ナポレオン軍の弾薬輸送物が付近で爆発、多くの死傷者を出した。これを追悼するため1817年建設。天辺の丸い玉は砲弾を表している。 -
アイゼナハ:聖エリザベート教会。地図17。
アイゼナハ唯一のカトリック教会。 -
アイゼナハ:聖エリザベート教会。
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アイゼナハ。
夕食は二日間ともカール通りのレストランで摂る。写真から判断するときのこがのっかているハンバーグのようだ。ビール、ワインとで17ユーロ。地図18。 -
2日目。これはスパゲッティ。
スパゲティは日本で食べても外国で食べてもほぼ同じ、一番無難な料理。 -
アイゼナハ:朝のパン屋。地図18。
パン屋はどこでも早くから開いている。前を通ると香ばしいにおいが漂う。入り口の上に”チューリンゲン名物”とある。 -
アイゼナハ:ホテルの朝食。
どこのホテルでもゆで卵があるのが嬉しい。ドイツのハム、ソーセージは塩辛く控えめにする。パンは丸いゼンメル。輪切りにして間にバターやジャムを塗る。ジュース、牛乳など水分は多めに摂る。
これでアイゼナハを終わり明日はヴァイマールを目指します。
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