2008/04/19 - 2008/04/19
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frau.himmelさん
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2010年2月28日に、第1冊目☆2009秋 オーストリア・ウィーン編☆で4トラベルデビューを果たしてから、何と今回で100冊目になりました。
投稿のキッカケは、還暦をウン年前に通過して急速にやってきた『ボケ』への恐怖から。
お金をかけないで、脳の老化防止、頭脳訓練をするにはどうしたらいいか?
考えた結果、巷に流行っているブログなるもの…。本格的なものは私には難しいけど、好きな旅のことを楽しみながら綴るのは案外出来るかもしれない。全くの安易な考えでした。
ところが…、簡単な言葉が思い出せないもどかしい思いはしょっちゅう、昔はすらすらと文章が思い浮かんできたのにと、トシを認識させられることもしょっちゅう…。
ともかく試行錯誤しながら、苦しみながら何とか100冊目にこぎつけることができましたのも、こんな駄文でも読んでくださった皆様のお陰だと思います。ありがとうございました。
老化防止、ボケ防止という観点から考えれば大正解でした。旅日記を投稿するには、歴史、芸術、地理、政治など、全ての分野において勉強しなければなりません。
これからも150、200冊と自分自身の楽しみのために続けていけたら…と思っています。
◇◆
さて、北ドイツツアー3日目。
ブレーメン観光を終えた私たちが次に向かった街は「北ドイツの真珠」と呼ばれるツェレ。450軒もの木組みの家々が建ち並ぶ可愛い街でした。
ところが記念すべき100冊目の旅行記だというのに、写真の数が極端に少ないのです。ツアーの仲間と一緒に、自由時間に入ったスーパーマーケットで時間をとられたのが原因です。
でも、ともかく記念すべき100冊目なので、2004年9月に訪問した時の写真も交えて編集しました。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ブレーメンから114?、約1時間半でツェレに到着しました。
ツアーバスが停まったところはここ、お城の前のバスの停留所。
お城は木立に囲まれた静かな空間に建っていました。
2004年にも駅からここまでバスでやってきました。
懐かしいー! -
ツェレ城(ヘルツォークシュロス)は1292年ブラウンシュヴァイク=リューネヴルガー大公の居城として建てられ、その後何度か改修がなされ、17世紀に現在の姿になりました。
そういう訳で、左の塔はバロック様式、右の塔はルネッサンス様式になっています。 -
バス停の前は歴史的建造物がズラリ。
左の小さなお城みたいなのはボ−マン博物館。
その隣の建物は1530年に建てられたレーヴェン薬局。
その前の通りはシュテッヒバーンと言い、中世の頃、騎士が馬上槍試合をやった場所。
博物館と薬局の間にレンガ色の小さな門が見えますが、馬に乗った騎士が中庭に入る入口だったところです。
後ろに市教会(聖マリエン教会)の塔が見えます。
ここの展望台に登って市内を一望することが出来るようです。
また、トランペット奏者がこの塔から四方に向かって、朝と夕にコラールの演奏をすると市のホームページにありました(私のドイツ語訳ですから少々不安?)。 -
ボーマン博物館の壁に描かれている市の紋章。
◆◇
観光が済んだ後はここに集合します。
ツアーではトイレを確保することも重要です。
添乗員さんから、バスに乗り込む前に博物館の2階にあるトイレでちゃんと用を済ましておくこと、との注意がありました。 -
しばらくは添乗員さんと一緒に回ります。
うわぁー、木組みの家がずらりと並んだ街並み、きれいですねー!
ここはツェルナー通り。
ツェルナー(Zoellner)とは通行税を取り立てる人のこと。
昔、ここは城への進入路となっており、通行税の取立てがあった場所だということです。 -
木組みの家の一つにこういうお店を見つけました。
右の建物の入口に「FUJIYAMA・フジヤマ」の看板が…、おすし屋さんのようです。
その左はアジアンテイストのお店。
こんな北ドイツまでアジアが進出しているのですね。 -
そして人が大勢集まっているルンダー通りにやってきました。
その角には、450軒以上あるツェレの木組みの家の中で一番有名な「ホッペナーハウス」があります。
下は洋品屋さんになっています。 -
2階部分の壁には、1532年ジモン・ホッペナーのために建てられたとあります。
まあ、なんて鮮やかに彩色された壁の美しいこと、また細部まで凝った装飾の見事なこと…。
この街で一番美しい家だというのも頷けます。 -
そして、その上にはこの人物の絵が。
エルンスト1世(ブラウンシュバイク=リューネブルク公)。
ここツェレはリューネブルク候領の首都でした。
この人物エルンスト1世は、1520年〜1546年まで領主をつとめました。
その頃は、ルターの出現でドイツ中が宗教改革に揺れ動いていた時代でした。
彼は率先してプロテスタントの主導者として動きました。 -
ホッペナーハウスの前には、ライオンの紋章を掲げた金のライオンの噴水があります。
2004年の写真 -
こちらはポスト通りから見たホッペナーハウスです。
この家はルンダー通りとポスト通りの角に建っています。 -
「Am Heiligen Kreuz 26」と表示された番地には…。
-
旧市街で一番古い家が残っています。鮮やかな緑色に彩られた壁面の建物です。
1526年に建てられました。
下はモダンなモードショップになっていて、古い建物と最新のモードのコラボに、思わず、ウーン…。 -
市庁舎前広場にやってきました。
左の箱型の重厚な出窓のついた建物がアルテ・ラートハウス(旧市庁舎)。
実はこれも2004年9月に撮ったもの。
服装でバレバレですね。 -
旧市庁舎を正面から見たところ。
ここは木組みではないですね。
角石をはめ込んだ壁に見えますが、実はこれはだまし絵なんですって…。
右側の入口にはラーツケラーの文字も見えます。
真ん中には2枚の紋章がはめ込まれた飾りが…。 -
南面から見た旧ラートハウス。
正面とはがらっと変わった造りです。
この中に観光案内所が入っています。 -
旧市庁舎は、14世紀に建てられて16世紀に増築されたとの事ですので、この部分は14世紀のもの?
奥の方に市教会の塔が見えます。
◆◇
私達は、ここで解散して自由時間になりました。 -
ツアーの仲間が、さっき目をつけておいたスーパーマーケットに行きましょうって…。
ステキな街並みなのに…観光は?
でも、みんなは花より団子みたいネ。
旅行では地元のスーパーマーケットに行くのも楽しみの一つですものね。
ツアーでは特に、いつお土産が買えるか判らないので、思ったその時に買っておかないと後で後悔することになりますから…。 -
グロッサー・プランという広場にあるライオンの噴水。
ホッペナーハウスの前にあったライオンの噴水と似ていますね。
◇◆
私はツアー終了後、帰国日を延長して一人旅をしますから、まだお土産は買えないのです。
スーツケースが重たくなったら困るのは私ですから…。 -
シュー(靴?)通り。
切妻屋根の木組みの家々が可愛いー。
◆◇
相部屋仲間のOさん、ここでお土産用のチョコレートをいっぱい買い込みました。
お店では袋を1枚しかくれなかったので、私に、店員さんにチョコレートの数だけの袋をもらって欲しいと…。
原則ドイツでは買い物袋持参が普通なので、そんなこと頼むのいやだなー。
案の定お店の人が袋代を請求したら、彼女は「じゃ、いらないわ!」って(笑)。
皆さんもドイツでは買い物袋を持参しましょうね。 -
近くのレストランの前に咲いていた木蓮の花(マグノリア)がとってもきれいでした。
今の時期(4月中旬)、そろそろ木蓮に始まり、桜の花が咲き、菜の花が咲き始めます。
まだ木々は芽吹き始めたばかりですが、これからとってもステキな季節になります。 -
次回時間があったら、ゆっくり家々に施されている彫刻や建築様式など、細かく見て歩くのも楽しいだろうなと思いました。
2004年の写真 -
市庁舎横の路地、カラント・ガッセ。
ラテン語が刻まれている昔のラテン語学校のファサード。
現在はボーマン博物館の図書館になっています。 -
そろそろ集合時間です。
ボーマン博物館前に集合して、添乗員さんの言いつけ通り順番にトイレを使います。
ところで、ツアーでは、集合時間はきちんと守りましょうね。
団体行動ではみんなが揃わないと次の行動に移れませんので、観光の時間が減ってしまいます。 -
1時間半も自由時間があっのに、私って一体何を見たのでしょうね。
バス停の近くにあったツェレの地図を見ながら反省しています。
一人で皆と離れても行動出来るのだから、一緒にツルむことはないのに…、って。
でも、団体行動では、みんなの和を壊さないことも大事な要件なのです。 -
最後に2004年9月、ツェレの朝市で撮った花屋さんの写真を。
ツェレからちょっと先のリューネブルクに行く道路はエリカ街道と呼ばれています。
8月から9月のこの時期、リューネブルガー・ハイデでは、このエリカの花で一面が真っ赤に染まっているそうです。
幻想的でしょうね。
さて、これから今夜のホテル、ハノーファーに向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- blumentalさん 2021/03/13 20:50:10
- ツェレで100冊!
- frau.himmelさん
今晩は。拙著ツェレに投票下さりありがとうございます。himmelさんなら当然ツェレもあるだろうと思い見つけてびっくり、これが100冊目だったんですね。やっとで到達した100冊目が私もツェレだったことから奇遇と思い、コメント送らせていただいた次第です。何より、ツェレの木組みの数よりも多い500を超える旅行記執筆に敬意を表します。
多少の未発表ネタはありますが、私が次の150、200を目指すには、安心して旅行のできる御時世になってくれなければ実現しません。早くそうなることを毎日願っております。
別件です。この旅行記を拝読し、すごい収穫がありました。この旅行記の最後の写真です。エリカに付いている名札が気になり拡大して拝見したところ、Callunaと書かれていることに気付きました。エリカならドイツではHeideかと思っていました。私も同様の植物をエリカと思って撮って帰ったのですが、実はエリカによく似たカルーナではないかとずっと疑問を持っていました。エリカ属とカルーナ属は近縁種ながら別物ですが、ドイツでは両者の区別なく扱われているのではないかという結論に達し、少しすっきりした思いです。こちらの旅行記、「いいね」を5つくらい入れたい旅行記です。
blumental
- frau.himmelさん からの返信 2021/03/15 11:32:32
- RE: ツェレで100冊!
- blumentalさん、こんにちは。
返信遅くなってすみません。
blumentalさんの北ドイツ連作旅行記、前に行ったところを思い出しながら、拝見させていただいています。
いろいろ被るところも多く、それにコメントも丁寧で、懐かしく読ませていただいています。
ツェレ、え!私の100冊目でしたか?
コメントをいただいて、本人がビックリし、遠い昔のツェレ旅行記を改めて読み返したところです。
そして、なんとblumentalさんもツェレの旅行記が100冊目!?
奇遇ですね。
ほんと、なかなか海外旅行に行けないこのコロナ禍、旅行記の材料も増えていきませんので、これから200冊300冊と続けるのは大変ですが、どうかこれからも丁寧な旅行記続けてください。
また、私が北ドイツだから「ハイデ」だろうと、深く考えないで出した写真、あれは「Kalune」っていう名前でしたか。
イギリスの小説「嵐が丘」ではヒースって出てきますよね。こちらはハイデらしいですね。
カルーナとハイデ(エリカ)は兄妹(姉妹か)みたいなものと思っておきます。面白いことを教えていただきありがとうございます。
私も実はエリカが咲き乱れる季節に「エリカ街道」には行ったことがありません。
2017年にドイツの北の突端「ズュルト島」に行った時、一面のエリカが終わった後の平原を見て、咲いていたらどんなにきれいだったかと想像して、また行きたいと思いました。
そんな日は来るのでしょうか。
早くドイツ旅行がしたいです。
ありがとうございました。
himmel
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