2011/02/04 - 2011/02/04
354位(同エリア797件中)
ニッキーさん
後半は東京ゾーンの展示を見て回ります。
一人旅の気楽さから、写真を撮ったり気になる展示を引き帰して見たりしてたので、前半の江戸ゾーンだけで結構な時間がかかってしまいました。
東京の展示はさしてもの珍しくもないだろうからさらっと見ておこうかな?なんて思ったんですが、これが大間違い。いざ廻り始めると、復元ジオラマやら「乗ってみようコーナー」「靴を脱いでお上がりくださいコーナー」やらあって、またまた引き込まれてしまいました。
ぶれぶれ写真が多いのは、会場がとても暗いからなんです。お許しあれ。
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ミュージアムショップ。江戸時代に流行した柄をプリントしたTシャツやハンカチなどここにしかないお土産物もあります。
『江戸東京博物館ガイドブック¥200 ミュージアムショップでお求めください』と書いてあったので、「ガイドブックありますか?200円の」と聞いてみたら、「はい、ございます」とカウンターの後ろから出してきてくれました。すぐ見える所に置いてないことにふと疑問を感じつつ・・・ -
買ったのがこれ。
読んでみると小中学生向きに作られたガイドブックでした。図録のようなものではありませんでした。だから安かったのかぁ。だから人目につきにくい所に置いてあったのかぁ。
ちょっとがっかりしましたが、暗い中私が苦労して撮った展示もくっきりと明るい写真になって載っていました。こんな写真が撮りたかった・・・。江戸東京博物館の案内や展示の紹介のほかに、学芸員の仕事や博物館のいろいろな仕事の紹介、クイズなどが載せられていました。言葉も易しくてわかりやすい。 -
では、東京ゾーンに足を踏み入れます。まずは文明開化の東京から。
最初にあるのが橋の上からも見えていた朝野(ちょうや)新聞社の復元。銀座4丁目の角にあったそうです。新聞社とは思えない優雅でお洒落な建物です。
ここで問題です。 〜江戸東京博物館ガイドブックのクイズより〜
文明開化のときに日本に入ってきたものは、次のうちどれでしょうか。
ア.自転車 イ.望遠鏡 ウ.写真
うーん。江戸時代、望遠鏡は遠眼鏡(とおめがね)とか言ってたような。写真も徳川慶喜とか坂本竜馬も撮ってたから違うかな?
正解は・・・ -
ア.自転車です。
「望遠鏡」は江戸時代の初め、「写真」は江戸末期1848年にもたらされました。 〜江戸東京博物館ガイドブックより〜
写真の自転車はダルマ自転車。速く進むために前輪が大きくなっています。レプリカなので実際に乗ってみていいのです。こわごわ乗ってみると・・・
あうっ、お尻が痛〜い。 -
それもそのはず、サドルがまっ平らな木でできています。お尻が痛くて乗れたものじゃありません。座布団でも敷いていたのでしょうか?今さらながらに現代の自転車が乗り心地を考えて作られていることに気づきます。
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自動電話(公衆電話)。
となりのトトロのサツキがかけてたみたいにリンリンってレバーをぐるぐる回してからかけるのかな? -
人力車は明治時代まだ車がなかった頃、馬車をヒントに日本で発明されたものなのだそうです。
ちょうど若い韓国人カップルが人力車を見ていました。彼の方が座席に座ってみて「これ、一人で乗るのかな?2人で乗るのかな?」と言っていました。かなり大型の人力車だったのでたぶん二人用だと思い、教えてあげようかと思いましたが、ちょっと狭い気もして自信が無かったので黙っていました。彼女の方が「たぶん一人で乗るんでしょ」って言ってました。そうかなぁ、二人用のような気がするんだけど。 -
鹿鳴館のジオラマは床の下にありました。足元がアクリルガラスになっていて上に乗って見ることができるんですが、落下する感触が想像されてガラスの上に乗るのがめっちゃ怖い。
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鹿鳴館は日比谷にあったそうです。設計はジョサイア・コンドル。旧岩崎亭を設計した人ですよね。
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こちらの建物は兜町にあったという第一国立銀行。25分の1サイズ。
洋館かと思ったら上の方の屋根は和風です。 -
イチオシ
昔のニコライ堂。25分の1サイズ。
背景に昔の東京の街まで映してくれてて雰囲気ばっちりです。昔はまわりに高い建物がなかったため、東京のいたるところからニコライ堂が見えたそうです。これもジョサイア・コンドルの設計だそうです。 -
実物大の土蔵も再現されています。
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明治時代の銀座レンガ街。銀座4丁目あたりです。
ちょうど係の人による解説が始まるところでした。夜のシーンということでライトが一度消え、ガス灯に灯りが入ります。この頃はガス灯は一つ一つ人力で灯をつけていたそうです。 -
イチオシ
このジオラマ、雰囲気ある〜。
この頃は人力車や馬車が走ってたんですね。
なんとこの馬車はレールの上を走る乗合馬車なんだそうです。
表通りには西洋風の建物が立ち並んでいても、一歩路地へ入れば井戸のあるような庶民の暮らしがあったと解説がありました。よく見ると野良犬もいますね。 -
目線を低くすると、まるで自分がその町の中に入り込んだかのような気がします。こんな感じ、悪くない。
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ピサの斜塔?
いえ、私の写真が斜めっただけです。
これは1890年に浅草に造られた凌雲閣(りょううんかく)、12階建て。当時の日本では一番高い建物でした。
では問題です。凌雲閣に日本で初めて取り入れられた設備とは何でしょうか?〜江戸東京博物館ガイドブックより〜
答えは・・・「エレベーター」です。
開業当初は1階から8階までエレベーターが動いていましたが、後に危険だということで使用されなくなったのだそうです。 -
浅草にあった電気館。
活動写真(映画)を上映して人気だったそうです。
活動写真、アントニーとクレオパトラの場面が2階一面に描かれてとても華やかです。旗がなんだか日本的。 -
昭和初期には東京の市内を一円均一で走る「円タク」が現れ、庶民もタクシーを利用するようになりました(解説より)。1935年(昭和10年)の統計ではタクシーの44%がフォード、27パーセントがシボレーだったそうです。
これは円タクと同型のフォード4ドアセダン。右ハンドル仕様に作ってあります。今見てもクラシックカーみたいでかっこいい。背景は昭和初期の家です。 -
昭和初期の下町の長屋
電気、ガスは引かれていましたが、水道が個々の家に引かれたのは戦後なんだそうです。丸いちゃぶ台が時代を感じさせます。 -
東京は1945年(昭和20年)3月10日に米軍による大規模な空襲を受けました。以後5月25日までの数回の空襲により被害を受けた地域がこの赤い部分です。東京のほとんどの部分が空襲を受けたことがわかります。
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1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲で焦土と化した本所・深川(終戦直後にアメリカ軍が撮影)。
東京大空襲の話は知っていましたが、首都東京がこんな無残な姿になったとは・・・言葉が出ません。 -
東京空襲でぐにゃりと曲がった鉄骨。
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戦時下の住宅。窓ガラスが爆風で割れて飛び散るのを防ぐため紙が貼ってあります。ちゃぶ台、火鉢、水屋(食器棚)、裁縫箱、防空頭巾、ヘルメット。そして子供のオモチャ。
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ヤミ市の様子。
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ここから戦後の復興期の東京です。
焼け野が原となった東京は不死鳥のようにたくましく甦っていきます。
輪タク。
自転車の後部に座席をつけた三輪車です。戦後ガソリン不足の中、タクシーに変わって登場しました。 -
東芝製電気冷蔵庫
小さいです。 -
東芝製電気洗濯機。
小っちゃーい。
お鍋の蓋のような物が乗ってます。初期の洗濯機ってこんな形だったんだー。 -
東芝製電気テレビ
ブラウン管が小さい。昔のテレビはチャンネルがダイヤル式でした。
テレビ放送が始まったのは1953年(昭和28年)なんだそうです。戦後かなり経ってからだったんですね。 -
人々の暮らしもだんだん豊かになり、家は西洋スタイルを取り入れ始めました。
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富士重工の軽自動車スバル360と日産のダットサントラック。
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スバルはピッカピカです。ロゴマークも美しく光ってます。
見ていた男性の一人が「わー、おれ、この車に乗ってたんだー。俺の愛車だったんだ」と懐かしがっていました。この男性はこの後も「懐かしいなぁ」を10回ぐらい連発していました。 -
イチオシ
とろんとしたお目々、まあるいお鼻がかわいらしい。
懐かしがる男性が「そうそう、ドアが前開きだったんだ」と言うので見てみると、なるほど取っ手が前についています。 -
男性が「何度この車でデートしたことか」と言っているので、中の写真を撮ってみる気になりました(笑)。
中はいたってシンプルです。 -
昭和20〜30年代のサラリーマンの暮らしを再現した家。「靴を脱いでお上がりください」と書いてあります。わぁ、懐かしい。子供の頃、こんな家に住んでいた友達がいましたよ。面白そう。さっそく上がってみます。
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玄関。
玄関のたたきに丸い石が埋め込んであって、どこかで昔見たような。 -
違い棚、床の間。
これは今でも見かけますよね。 -
タイル張りの流しが昭和風。このレトロな感じがいいですね。
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昭和のドラマに出てくるような家。面白かったです。
ここで「あと30分で閉館します」と館内放送。じっくり見ていたのですっかり時間がかかってしまいました。最後の方、ちょうど同じペースで回っていた韓国人のカップルに続いて出口へ向かいます。外国の人にも興味を持ってもらえたようでした。 -
出口近くにあった塔のような形の展示物。これはいったい何だと思いますか?
東京の地下の断面模型なんです。一番上が地表、一番下が4〜5m下の江戸時代初期の地層です。昔から明暦の大火、関東大震災、東京大空襲といろいろな被害を受けてきた東京はその度ごとに地面の中に瓦礫、焼け屑、いろいろな生活の遺物を埋めたまま上に土を盛ってきました。地下から出てきたものを調べると当時の生活がわかるのです。
では出口からエスカレーターで降りて帰ります。 -
3階の江戸東京ひろばからはスロープになった動く歩道を使って下まで降ります。最後の方、同じペースで回っていた韓国人カップルをここで追い越しました。心の中でさようならと言いました。東京での旅行を楽しんでくれたらいいな。
江戸、東京って、知ってるようでちゃんとは知らないことが多いです。江戸文化の粋を知り、文明開化から戦争、戦後の復興を経験した東京の歴史を楽しく見学できる江戸東京博物館。多くの人に訪れて欲しいと思いました。
都立小金井公園に江戸東京たてもの園という所があります。江戸〜昭和の時代に建てられたいろいろな建物を移築し復元しているそうです。中に入って見学できる建物もあるとか。次はぜひそちらへも行ってみたいです。 -
遠くの方に建設中のスカイツリーも見えました。新しい東京の名所がまた一つ増えようとしています。
−終わり−
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