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最近のインドのイギリス離れを象徴するように、かつてのボンベイ、カルカッタ、マドラスはムンバイ、コルカタ、チェンナイと植民地支配の前の名前で呼ばれるようになった。バンガロールはベンガルールと呼ぶのが正しい。しかし、まだこの名が定着したとは言い難いので、ここでもバンガロールと呼ばせていただく。 <br /><br />バンガロールに長期に滞在し、思うところを書き綴っておこうと思う。この街について、ことさらに一面のみを強調しないようにフェアにご紹介するつもりであるが、一言で言ってあまりパッとしない街だ。人口は600万人超で、ムンバイ、デリーに次ぐインド第3の大都市である。また、デリーに次いで在留邦人が多い為、2008年1月に出張駐在官事務所が開設された。デリー、ムンバイ、チェンナイなどの町にはムガール帝国やポルトガル、イギリスの植民地時代の歴史的な建築物が保存されているが、バンガロールにはそれに相当するものがない。しいて言えば、デカン高原に位置し標高は920mの高原にあるため、インドの他都市と比較すると穏やかで涼しいことぐらいか。とは言え、一番暑い季節である3月から5月の気温は38度に達することがあり、冬の最低気温は12度程度である。 <br /><br />1015年から1116年までチョーラ朝がこの地を支配、その後はマイソール(バンガロールから約150km南西にある)に興ったホイサラ朝に支配された。近代のバンガロールの町はヴィジャヤナガル王国の封建領主、ケンペ・ゴウダ1世が1537年に築いた泥の城壁都市に始まる。ヴィジャナガルが崩壊すると、バンガロールはマラータ同盟、次いでムガール帝国の侵攻を受けた。ムガール皇帝アウラングゼーブは、バンガロールをマイソール王国のワディヤール王に支配させた。ワディヤール王が1759年に死ぬと、マイソール軍の将軍ハイダル・アリーがマイソール王国の事実上の支配者となり、その息子で「マイソールの虎」と呼ばれたティープー・スルターンが引き継ぎ、バンガロールに「夏の宮殿」を建てた。1799年のイギリス・マイソール戦争でティープー・スルターンが討ち死にすると、バンガロールは一旦イギリス東インド会社の支配を受けた。この時代の建築は州庁舎、州最高裁判所などに見られる。 <br /><br />1947年にインドが独立したあと、他国との国境から遠く離れたバンガロールに、国策として国営の重工業、航空産業、宇宙産業、防衛産業の工場群が置かれた。さらにインド経済自由化後のバンガロールはハイテク産業の中心となり、インドの情報通信産業(IT産業)を成長させる原動力になった。現在のバンガロールは「インドのシリコンバレー」と呼ばれており、インドの2004年のソフトウェア輸出の35%を占めている。 <br /><br />1972年、インド宇宙研究機関が宇宙省のもとバンガロールに設立された。これら軍需や航空宇宙といった産業は情報技術に熱心であり、また優秀な高等教育機関が集中して、これらの大学を出てアメリカにわたりシリコンバレーで活躍した人材が、帰国後も優れた頭脳を生かして働くことのできるベンチャー企業がこの地に設立された。例えば、インド3位のソフト企業となったウィプロ(1980年創立)、同じくインド2位のインフォシス・テクノロジーズ(1981年創立)も、バンガロール近郊の工業団地に立地している。1980年代後半より、テキサス・インスツルメンツをはじめアメリカの主だった精密機器・ソフトウェア産業が続々とバンガロールに進出した。同時にインド政府、州政府などは情報・ソフトウェア産業やその人材に対する規制緩和、1990年代より大規模な工業団地造成と進出企業に対する税の優遇など、思い切ったIT振興策をとった。 <br /><br />一方、発展途上国の巨大化する都市の常として、バンガロールも大気汚染、交通渋滞、犯罪、スラムなどの問題が顕在化している。下町の中心地であるシティマーケットは人が溢れるインド独特の光景を見ることができる。また一歩町なかを外れると、裸足の人々が牛を使って昔ながらの方法によって、農業で生活を営んでいる。 <br /><br />バンガロールから南西150kmのマイソール王国の首都マイソールには、歴史的建造物であるマイソール宮殿、南部のチャームンディーの丘にはヒンドゥー教徒の巡礼地となっているチャームンディーシュワリー寺院、神の使いであるブル(牡牛像)がある。<br /><br />バンガロールから西へ4時間ほど走った所にべルールというホイサラ朝時代に造営されたヒンドゥー教の遺跡がある。べルールからバンガロールへの帰途、小高い山の階段を登って、シュラバナ・ベラゴラというジャイナ教の聖地を訪れた。白い石像は信者によって牛乳で磨かれているといい、1000年の昔に作られたとは思えないほど白く輝いており、厚い信仰を集めている。

バンガロール滞在記No. 1:インドのシリコンバレーの表と裏(改訂版)

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2010/02/10 - 2010/03/25

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ハンク

ハンクさん

最近のインドのイギリス離れを象徴するように、かつてのボンベイ、カルカッタ、マドラスはムンバイ、コルカタ、チェンナイと植民地支配の前の名前で呼ばれるようになった。バンガロールはベンガルールと呼ぶのが正しい。しかし、まだこの名が定着したとは言い難いので、ここでもバンガロールと呼ばせていただく。

バンガロールに長期に滞在し、思うところを書き綴っておこうと思う。この街について、ことさらに一面のみを強調しないようにフェアにご紹介するつもりであるが、一言で言ってあまりパッとしない街だ。人口は600万人超で、ムンバイ、デリーに次ぐインド第3の大都市である。また、デリーに次いで在留邦人が多い為、2008年1月に出張駐在官事務所が開設された。デリー、ムンバイ、チェンナイなどの町にはムガール帝国やポルトガル、イギリスの植民地時代の歴史的な建築物が保存されているが、バンガロールにはそれに相当するものがない。しいて言えば、デカン高原に位置し標高は920mの高原にあるため、インドの他都市と比較すると穏やかで涼しいことぐらいか。とは言え、一番暑い季節である3月から5月の気温は38度に達することがあり、冬の最低気温は12度程度である。

1015年から1116年までチョーラ朝がこの地を支配、その後はマイソール(バンガロールから約150km南西にある)に興ったホイサラ朝に支配された。近代のバンガロールの町はヴィジャヤナガル王国の封建領主、ケンペ・ゴウダ1世が1537年に築いた泥の城壁都市に始まる。ヴィジャナガルが崩壊すると、バンガロールはマラータ同盟、次いでムガール帝国の侵攻を受けた。ムガール皇帝アウラングゼーブは、バンガロールをマイソール王国のワディヤール王に支配させた。ワディヤール王が1759年に死ぬと、マイソール軍の将軍ハイダル・アリーがマイソール王国の事実上の支配者となり、その息子で「マイソールの虎」と呼ばれたティープー・スルターンが引き継ぎ、バンガロールに「夏の宮殿」を建てた。1799年のイギリス・マイソール戦争でティープー・スルターンが討ち死にすると、バンガロールは一旦イギリス東インド会社の支配を受けた。この時代の建築は州庁舎、州最高裁判所などに見られる。

1947年にインドが独立したあと、他国との国境から遠く離れたバンガロールに、国策として国営の重工業、航空産業、宇宙産業、防衛産業の工場群が置かれた。さらにインド経済自由化後のバンガロールはハイテク産業の中心となり、インドの情報通信産業(IT産業)を成長させる原動力になった。現在のバンガロールは「インドのシリコンバレー」と呼ばれており、インドの2004年のソフトウェア輸出の35%を占めている。

1972年、インド宇宙研究機関が宇宙省のもとバンガロールに設立された。これら軍需や航空宇宙といった産業は情報技術に熱心であり、また優秀な高等教育機関が集中して、これらの大学を出てアメリカにわたりシリコンバレーで活躍した人材が、帰国後も優れた頭脳を生かして働くことのできるベンチャー企業がこの地に設立された。例えば、インド3位のソフト企業となったウィプロ(1980年創立)、同じくインド2位のインフォシス・テクノロジーズ(1981年創立)も、バンガロール近郊の工業団地に立地している。1980年代後半より、テキサス・インスツルメンツをはじめアメリカの主だった精密機器・ソフトウェア産業が続々とバンガロールに進出した。同時にインド政府、州政府などは情報・ソフトウェア産業やその人材に対する規制緩和、1990年代より大規模な工業団地造成と進出企業に対する税の優遇など、思い切ったIT振興策をとった。

一方、発展途上国の巨大化する都市の常として、バンガロールも大気汚染、交通渋滞、犯罪、スラムなどの問題が顕在化している。下町の中心地であるシティマーケットは人が溢れるインド独特の光景を見ることができる。また一歩町なかを外れると、裸足の人々が牛を使って昔ながらの方法によって、農業で生活を営んでいる。

バンガロールから南西150kmのマイソール王国の首都マイソールには、歴史的建造物であるマイソール宮殿、南部のチャームンディーの丘にはヒンドゥー教徒の巡礼地となっているチャームンディーシュワリー寺院、神の使いであるブル(牡牛像)がある。

バンガロールから西へ4時間ほど走った所にべルールというホイサラ朝時代に造営されたヒンドゥー教の遺跡がある。べルールからバンガロールへの帰途、小高い山の階段を登って、シュラバナ・ベラゴラというジャイナ教の聖地を訪れた。白い石像は信者によって牛乳で磨かれているといい、1000年の昔に作られたとは思えないほど白く輝いており、厚い信仰を集めている。

旅行の満足度
3.0
観光
3.0
ホテル
3.5
グルメ
3.0
交通
2.0
同行者
友人
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
タクシー 飛行機
航空会社
セブパシフィック
旅行の手配内容
個別手配
  • ティープー・スルターン「夏の宮殿」

    ティープー・スルターン「夏の宮殿」

  • カルナータカ州庁舎

    カルナータカ州庁舎

  • カルナータカ州最高裁判所

    カルナータカ州最高裁判所

  • シティマーケットの賑わい

    シティマーケットの賑わい

  • シティマーケットの賑わい

    シティマーケットの賑わい

  • 牛との共存

    牛との共存

  • マイソール宮殿

    マイソール宮殿

  • チャームンディーシュワリー寺院のゴープラム

    チャームンディーシュワリー寺院のゴープラム

  • ブル(牡牛)像

    ブル(牡牛)像

  • べルールのヒンドゥー教遺跡

    べルールのヒンドゥー教遺跡

  • べルールの子供達は好奇心が一杯

    べルールの子供達は好奇心が一杯

  • シュラバナ・ベラゴラのジャイナ教の聖地

    シュラバナ・ベラゴラのジャイナ教の聖地

  • ジャイナ教の石像

    ジャイナ教の石像

  • 石像へ登る階段

    石像へ登る階段

  • 頂上からの眺め

    頂上からの眺め

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