2011/01/30 - 2011/01/30
322位(同エリア605件中)
solさん
サンパウロ市のメトロ発無料ガイドツアーに参加しました。
毎週土・日に行われ、出発20分前にSE駅内のツアー受付コーナーに名前を申し出るだけ。
事前予約も要らず、非常に手軽です。
ガイドはポルトガル語なので、ポ語がわからない人には英語ガイドもあります。
5つコースがあって、所要時間3時間です。
*TEATRO MUNICIPAL
*SE大聖堂
*LUZ駅
*MEMORIAL DE AMERICA LATINA
*パウリスタ大通り
http://www.metro.sp.gov.br/cultura/turismetro/turismetro.asp
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メトロ セ駅内の壁にペイントされた、南米の歴史がテーマの絵です。
搾取された黒人とインディオ、それらをコントロールしていたという意味のボタン、暴力のシンボルのピストル。
そんな悲しい歴史の上に現在の姿があるのです・・・ -
メトロでSAO BENTO駅へ。
駅を出ると、目の前にはSAN BENTO修道院が。 -
これは違う方角の景色。
先週訪れたアニャンガバウ駅の壁画が見えます。 -
SAN BENTO修道院からのびるサンタ・イフジェニア橋。
この橋に使われた鉄鋼類はベルギーから輸入したもので、その支払いは何と90年もかかり、つい数年前支払い終わったばかりなのだとか。
Aこの橋の工事が始まったのは1910年、ドイツ人建築家Johann Grundtによる設計、ベルギーから輸入した資材で 造られたのですが,この資材をサントス港から鉄道でサンパウロまで運ぶのは至難の業だったようです。 -
サンベント修道院です。
ここが建つ前、インディオが住んでいたのですが、開拓者バンデイランチスグループに迫害され、逃げ出した空き地を利用したという訳です。
サン・ベント修道院はグレゴリー派で、修道院の他に、ブラジル最初の哲学大学、高校があります。
聖堂にはパン屋があり、ここで作られたパンやケーキなどが売られています。
何度か利用したことがありますが、マンジョッカパンや、ナッツ入りケーキなど本格的な味の美味しいものばかりで、お勧めです。
ローマ法王が2007年に来伯した際、ここで泊まりました。 -
この時計はベルギー製、15分ごとに上の天使が金を鳴らします。
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グレゴリアン派のモットー、「祈りと労働」と書かれています。
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肉屋から多種のビジネスで大もうけしたMAファミリーのビルです。
貸しテナント用に建てられたこのビル、当時はあまりの高さに登るのが怖いと テナント契約が難航したとか。
最上階3階がこのファミリーの家として 利用されていました。
材料も贅沢に海外から輸入したもので、上のピンクの部分はベルギーからの輸入セメント、下はイタリアからの大理石、照明はフランスからだそう。 -
このビルより下に見えるのが アニャンガバウ広場です。
アニャンガバウとはインディオ語で 悪の潜む川という意味なのだそう。 -
ガイドツアーの様子。
今回は英語圏の外国人も参加していました。
その場合、メインのガイドのほかに英語で説明するガイドが同行します。 -
証券市場及び現物市場取引所。
現在は証券取引所は斜め前に建物に移りました。 -
正面。
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最初のブラジル銀行ビル。
鉄で作られた扉などはブラジルで造られました。 -
ブラジル銀行はその後斜め前に移りました。
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写真左の建物は元ドイツ銀行。
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証券取引所。
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証券取引所の壁の右の方に昔使われていた夜間受付口が。
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ブラジル銀行が市民に無料で提供しているアートスペース。
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入り口
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中の様子です
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自然光が美しい内装。
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ブラジル銀行のアートスペースの歴史を劇団によって紹介されました。
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カフェコーナー。
ブラジルの優良コーヒー園で収穫されたコーヒー豆を売っていましたので、早速購入。 -
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ベージュ色の建物は元スイス・イタリア銀行の社屋。
フィレンツェをイメージして作られました。 -
ブラジル人 ラモス・デ・アゼベードによるブラジル最初の大型設計事務所による建物。当時はウェディングケーキと言うあだ名がついていました。
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のどかな感じですが、平日は道端に安物雑貨を売る商人が集い、道中央は遠方から来たような貧しい人々が所狭しと歩いている通りなのです。
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ここからサンパウロの歴史は始まった。
パッチオ・デ・コレジオ。
イエズス会のアンシエッタ宣教師はインディオ語を使い、この地のインディオ達と友好を深め、キリストの教えを伝承していきました。 -
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当時の建物の壁の構造が分かる遺跡が残されています。
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サンパウロに三台あったという当時の噴水。
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当時の教会に使われた柱。
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赤い染色の原料となったパウ・ブラジル。
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当時使っていた外灯。
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パッチオ.ド・コレジオはこんな見晴らしのよい高台に建てられました。
ここから、遠くの教会が見渡せたそうです。
この辺りは当然ジャングルとなっていて、雨が降った後は川の周りに大きな水溜りができたそうです。その水溜りはすぐに乾き、魚がたくさん乾いた地に残され、それをアリクイが食べていたそう!!!
それで、その川の名前がタマンドゥアテイ(タマンドゥア=ありくい)になったそうです。 -
アンシエッタ宣教師がインディオに教えを施している様子。
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