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1月1日<br /><br />朝7時に目が覚める。いつも通り散歩を兼ねて世界遺産に指定されている橋スタリ・モストを見に行く為に向った。町の中心部にもかかわらず、祝日であるせいか誰ともすれ違わない。車が数台道を走っているだけだった。<br /><br />昨夜は全く気が付かなかったが、朝になってびっくりした。10年前訪れたときほどではなかったが、まだボスニア紛争で壊された建物がたくさん残されていた。空爆を受けたビル、無数の銃跡が残る無人の家…。ボスニア紛争ではモスタルは戦場の最前線だったっていうのは、残されている建物を見て理解することができた。<br /><br />人々を見ると彼らはけっして言葉には出さないが、平和ボケしている私には全く理解できない壮絶で過酷な時期を過されたんだと感じた。紛争が起きる前は、民族の隔たりがなくみんな仲良く生活していたが、紛争が起きると同時に今まで仲良くしていた人々同士が民族の違いを理由にして殺し合いを始めたというのを聞いたことがある。本当にそういうことになるのか…。本当に信じられない。しかし、そういうことが起きたのは事実。悲しくなった。モスタルの町は今民族によって居留区が分かれているものの、平和を取り戻している。そして、山の方を見上げると大きな十字架が見えた。少し興味があったので、車で山の頂上へ行こうか一瞬悩むが、時間が無かったので諦めた。<br /><br />ホテルから10分程度で世界遺産スタリ・モストに到着。この橋はボスニア紛争で壊されたが2004年に修復され、世界遺産に登録された。10年前モスタルは通過だけだったけど、その時は橋がまだ修復されていなかったっていうことになる。橋の下には川が流れており、非常に綺麗な水が流れていた。橋の上から町のほうを眺めるとモスクが見えたり、教会が見えたりして、非常に趣があった。朝早く来すぎたということもあるかも知れないが、観光客は全くなし。近くには博物館なんかもあったようだが、寄っている時間も無いので、スタリ・モストをみてすぐに宿へ戻った。<br /><br />朝食の準備が出来ているということで、朝食を食べに食堂へ降りるが、この旅で一番しょうもない朝食だった。ヨーグルト、食パン、パン、ジャム、ジュース、以上。こんなことなら朝食を食べずサラエボへ向えばよかったと後悔する。朝食をとっている間に大学時代の友人に新年の挨拶をした。どうも彼らは年末から年始にかけて京都に集まっていたらしく、僕にもお誘いの電話を掛けてくれていた様だが、つながらなかったとのことだった。久しぶりに大学のときの友人と話をして盛り上がり、気分も上々。いい気分で宿をチェックアウトしサラエボへ出発した。<br /><br />モスタルからボスニアの首都・サラエボへは100KM程度。川に沿うような感じで山の中を走り、ドライブするには最高に気持ちが良かった。道路コンディションも日本と同じく全く問題ない。途中、サラエボまであと残り半分位のところで大きな町を通る。クロアチアの国旗が町に掲げられていたことを考えると、ここはクロアチア人が多数を占める土地ということになる。この町は少々標高が高いせいか雪が積もっていた。<br /><br />ガソリンスタンドに併設されていたカフェで一休み。カフェラテ(2.5KN)を注文した。多くのガソリンスタンドでは、カフェやお店が併設されていて、一休みすることができた。今となっては、もっとガソリンスタンドに併設されているカフェでゆっくりしながらいけばよかったって思うけど、当時はそんなにも心に余裕がなかった。<br /><br />この大きな町を過ぎると、あとはサラエボまで集落が点在していた。そして、途中数キロある高速を乗ると知らぬ間にサラエボに来ていた。サラエボの町は霧が凄く、あまりはっきりと前を見ることが出来なかった。雪も道の両側に積もっていたので、事故を起こすまいと集中して運転する。しばらくすると、見覚えのあるホリデーインを発見した。車でスナイパー通りを走っていたようだ。<br /><br />スナイパー通りというと、紛争時はこの通りを動くものは全て狙撃の対象とされた道である。片側3車線。非常に道は走りやすい。大分旧市街に近づき見覚えのある景色になってきたのでパーキングを探した。道端に止めてもよかったけど、管理人がいるパーキングに車を止めることにした。管理人が居れば車上荒らしにあうこともないので、安心といえば安心だ。<br /><br />車を置いて場所を確認。サラエボ大学が隣にあって、川を挟んだ対岸にはイラン大使館があったので、場所は容易に覚えることが出来た。そして、旧市街へ向う。10年前に来たときは旧市街でお土産を買っただけで、これと言って何も思い出に残っていなかった。旧市街は石畳になっており、イスラム教のモスクにセルビア教会など、ここを見ると多民族国家だということを改めて気付かされた。午前中、うろうろしていた時はそんなにも人が多いと感じなかったが、正午を過ぎたあたりから急に観光客が増えたように感じた。<br /><br />やっぱり、地元客を相手にしたスーパーマーケットなどは開いていなかったが、お土産屋は開いていた。僕自身も銅製品が欲しくて、何軒かお土産屋に入るが、「これ!」というものがなかった。30ユーロしていたが、「ハンドメイドで作ったっていうお盆なんか買ってもいいかな~」とも思ったが、少し持って帰るには荷物になると思い諦めた。結局お土産は何も買わず…。サラエボはすぐに出発するつもりやったけど、モスクを見たりお土産屋さんで店主に構ってもらっていたりすると、知らぬ間に3時間位経過していた。旧市街にあるレストランで、ボスニア料理・チェバブチチ(6KM)を食べ、第一次世界大戦が起こる原因となったオーストリア皇太子夫妻が狙撃されたという橋を見て駐車場に戻った。<br /><br />駐車場の管理人に次行くビシュグラードへの行き方を尋ねる。必死に何か教えてくれるが、全く行き方がわからない。管理人に一応お礼をいいとにかくビシュグラードの行き方がわからなかったし、地図もなかったので誰かに聞こうとガソリンスタンドへ向う。しかし、意外と街中はガソリンスタンドが見つからなかった。少々サラエボの中心部から外れたところ、ホテル・サラエボの隣にガソリンスタンドを見つけたので、そこで行き方を尋ねた。どうも私はビシュグラードとは反対側に来ていたようだ。言葉が全く通じなかったが、紙に行き方を書いてもらい、またアルバニアからモンテネグロへ行った時と同じ通り、通過する主な町を記載してもらった。それだけの情報があれば私には経験上全く心配がなかった。<br /><br />再びサラエボの旧市街へ向けて車を走らす。旧市街を通り抜けるとまた雪が積もっている山道になった。途中、案内表示板をみながら車を進める。何度も何度もガソリンスタンドを見つけてはそこで車を止めて道を尋ねながら慎重にビシュグラードへ向けて車を走らせた。日本でも同じことが言えるかもしれないけど、特に田舎では誰に聞いても本当に親切に道を教えてくれ、見知らぬ東洋人に構ってくれた。それが、今回の車での旅の楽しみの1つだったのかもしれない。サラエボを越えて初めてのガソリンスタンドでビシュグラードまでどれくらい時間が掛かるか尋ねる。彼らは1時間半位というので、「4時くらいには着くな~。今日はセルビアまでいけるかも!?」って感じた。<br /><br />雪道を走り、山を越え、小さな集落を通り抜ける…。1時間半経っても目的地には辿り着かない。人にどれくらい時間が掛かるのか聞いても何の目安にもならないと感じた。結局ビシュグラードにはサラエボを出発して3時間位で到着した。<br /><br />ビシュグラードの入り口にはセルビアの国旗が掲げられていたので、ここはセルビア人が多数を占める町なんだということが、おのずとわかった。そして、その国旗の直ぐ横を見ると、世界遺産に指定されている橋が見えた。石が積み上げられてできており、ボーっと眺めていても飽きなかった。しかし、外はどんどん暗くなっていくので、ホテル探しをする。当初宿泊をしようと考えていたホテル・ビシュグラードに到着。しかし、中は真っ暗で誰も居るような気配がなかった。恐らく休業中と判断し、地球の歩き方で他の宿泊施設を探した。すると、少々町の外れになるが、5Km程行った所に温泉を備えた宿泊施設があるとのこと。しかし、どこにあるのか…。地球の歩き方<br />の町の地図には載っていなかったので、ガソリンスタンドで行き方を尋ねた。<br /><br />この宿泊施設は結構有名な施設であるらしく、誰に聞いても知っていたし、場所を教えてくれた。ガソリンスタンドの親父は、「あっち」と指差したので、その方向へ向う。しかし、一向にその宿泊施設は見つからない。途中で自分が道を間違っていることに気が付き折り返した。<br /><br />そして、車で引き返していると、レストランらしき建物が一軒見えたので、そこで行き方を尋ねようと思った。すると外で既に酔っ払いが暴れていて、私を見るとこちらに襲い掛かってきそうな感じだったが、もう一人の酔っ払っていない親父が彼を制止してくれ事なきを得る。その時手短に酔っ払ってない方の親父にホテルの場所を聞くと、「横の道を上に上がればいい」と教えてくれた。<br /><br />場所を聞き引き返している時に、外での騒ぎで建物の中からもう一人酔っ払いが出て来て、何か罵声をこちらに向けて発していた。雰囲気があまりにも悪いので、車に急いで戻りホテルに向けて車を走らせた。今回の旅で身の危険を感じたのは唯一この出来事だけだった。<br /><br />店の親父が言っていた通り、車を走らせる。雪が積もった山道を走ること10分。ようやく視界が開け、大きな建物を発見した。予想に反して、車が50台くらい止まっていて、中にはセルビア・ベオグラードナンバーの車もあった。恐らくこの温泉はユーゴスラビアの人々の中では有名な温泉に違いないと実感した。<br /><br />こんなにも車が止まっていたら空き部屋なんてないかもしれない。と感じ、レセプションへ向う。ここでもやはり英語は通じない。値段を聞くと23ユーロというので、迷うことなくこの施設に宿泊することにした。ホテルの部屋はツインルームのシングルユースで風呂、トイレが完備されていた。決して綺麗なホテルというわけではなかったが、寝るには十分だった。<br /><br />ちなみにこのホテルには売店やレストランなんかもあった。夕食はビシュグラード中心地へ行くのが邪魔くさかったので、ホテル内のレストランで夕食をとることにした。ここに来るまで、一人旅ということもあって、ファーストフード店で御飯を食べることはあっても、レストランでしっかりした御飯を食べることがなかった。色々とメニューがあり、どれにしようかと迷う。結局店員にお勧めを聞き、<br /><br />セルビア風スープ<br />ミックスグリル(フライドポテト、パン付き)<br />キャベツサラダ<br /><br />を注文した。<br /><br />セルビア風スープなんかは冷えた体には非常に美味しくいただくことができたが、ミックスグリルは私にとって今までにこんなにたくさんの肉を食べたことがない!と思うほど、肉・肉そして肉だった。ミックスグリルには豚ロースステーキ、牛ステーキ、鳥胸肉のステーキ、ミンチを俵状にして焼いたものが4つ、厚切りベーコンステーキ、ソーセージ一本、鳥の串焼き一本にたまねぎが添えられていた。普段レストランで、食事なんか残すことはまずありえないけど、さすがにこんなにも肉が出てきたら食べることができず…。鳥の串焼きだけ残したのだった。<br /><br />これで価格は11.5ユーロだから驚きです。ショーケースに入れられていたケーキなんかも食べたかったけど、当然お腹の中に入る余裕もなく、自分の部屋に戻り寝たのでした。<br /><br />(続く)

旧ユーゴスラビア旅行記9(モスタル~サラエボ~ビシェグラード)

30いいね!

2011/01/01 - 2011/01/01

37位(同エリア123件中)

0

58

SATORU

SATORUさん

1月1日

朝7時に目が覚める。いつも通り散歩を兼ねて世界遺産に指定されている橋スタリ・モストを見に行く為に向った。町の中心部にもかかわらず、祝日であるせいか誰ともすれ違わない。車が数台道を走っているだけだった。

昨夜は全く気が付かなかったが、朝になってびっくりした。10年前訪れたときほどではなかったが、まだボスニア紛争で壊された建物がたくさん残されていた。空爆を受けたビル、無数の銃跡が残る無人の家…。ボスニア紛争ではモスタルは戦場の最前線だったっていうのは、残されている建物を見て理解することができた。

人々を見ると彼らはけっして言葉には出さないが、平和ボケしている私には全く理解できない壮絶で過酷な時期を過されたんだと感じた。紛争が起きる前は、民族の隔たりがなくみんな仲良く生活していたが、紛争が起きると同時に今まで仲良くしていた人々同士が民族の違いを理由にして殺し合いを始めたというのを聞いたことがある。本当にそういうことになるのか…。本当に信じられない。しかし、そういうことが起きたのは事実。悲しくなった。モスタルの町は今民族によって居留区が分かれているものの、平和を取り戻している。そして、山の方を見上げると大きな十字架が見えた。少し興味があったので、車で山の頂上へ行こうか一瞬悩むが、時間が無かったので諦めた。

ホテルから10分程度で世界遺産スタリ・モストに到着。この橋はボスニア紛争で壊されたが2004年に修復され、世界遺産に登録された。10年前モスタルは通過だけだったけど、その時は橋がまだ修復されていなかったっていうことになる。橋の下には川が流れており、非常に綺麗な水が流れていた。橋の上から町のほうを眺めるとモスクが見えたり、教会が見えたりして、非常に趣があった。朝早く来すぎたということもあるかも知れないが、観光客は全くなし。近くには博物館なんかもあったようだが、寄っている時間も無いので、スタリ・モストをみてすぐに宿へ戻った。

朝食の準備が出来ているということで、朝食を食べに食堂へ降りるが、この旅で一番しょうもない朝食だった。ヨーグルト、食パン、パン、ジャム、ジュース、以上。こんなことなら朝食を食べずサラエボへ向えばよかったと後悔する。朝食をとっている間に大学時代の友人に新年の挨拶をした。どうも彼らは年末から年始にかけて京都に集まっていたらしく、僕にもお誘いの電話を掛けてくれていた様だが、つながらなかったとのことだった。久しぶりに大学のときの友人と話をして盛り上がり、気分も上々。いい気分で宿をチェックアウトしサラエボへ出発した。

モスタルからボスニアの首都・サラエボへは100KM程度。川に沿うような感じで山の中を走り、ドライブするには最高に気持ちが良かった。道路コンディションも日本と同じく全く問題ない。途中、サラエボまであと残り半分位のところで大きな町を通る。クロアチアの国旗が町に掲げられていたことを考えると、ここはクロアチア人が多数を占める土地ということになる。この町は少々標高が高いせいか雪が積もっていた。

ガソリンスタンドに併設されていたカフェで一休み。カフェラテ(2.5KN)を注文した。多くのガソリンスタンドでは、カフェやお店が併設されていて、一休みすることができた。今となっては、もっとガソリンスタンドに併設されているカフェでゆっくりしながらいけばよかったって思うけど、当時はそんなにも心に余裕がなかった。

この大きな町を過ぎると、あとはサラエボまで集落が点在していた。そして、途中数キロある高速を乗ると知らぬ間にサラエボに来ていた。サラエボの町は霧が凄く、あまりはっきりと前を見ることが出来なかった。雪も道の両側に積もっていたので、事故を起こすまいと集中して運転する。しばらくすると、見覚えのあるホリデーインを発見した。車でスナイパー通りを走っていたようだ。

スナイパー通りというと、紛争時はこの通りを動くものは全て狙撃の対象とされた道である。片側3車線。非常に道は走りやすい。大分旧市街に近づき見覚えのある景色になってきたのでパーキングを探した。道端に止めてもよかったけど、管理人がいるパーキングに車を止めることにした。管理人が居れば車上荒らしにあうこともないので、安心といえば安心だ。

車を置いて場所を確認。サラエボ大学が隣にあって、川を挟んだ対岸にはイラン大使館があったので、場所は容易に覚えることが出来た。そして、旧市街へ向う。10年前に来たときは旧市街でお土産を買っただけで、これと言って何も思い出に残っていなかった。旧市街は石畳になっており、イスラム教のモスクにセルビア教会など、ここを見ると多民族国家だということを改めて気付かされた。午前中、うろうろしていた時はそんなにも人が多いと感じなかったが、正午を過ぎたあたりから急に観光客が増えたように感じた。

やっぱり、地元客を相手にしたスーパーマーケットなどは開いていなかったが、お土産屋は開いていた。僕自身も銅製品が欲しくて、何軒かお土産屋に入るが、「これ!」というものがなかった。30ユーロしていたが、「ハンドメイドで作ったっていうお盆なんか買ってもいいかな~」とも思ったが、少し持って帰るには荷物になると思い諦めた。結局お土産は何も買わず…。サラエボはすぐに出発するつもりやったけど、モスクを見たりお土産屋さんで店主に構ってもらっていたりすると、知らぬ間に3時間位経過していた。旧市街にあるレストランで、ボスニア料理・チェバブチチ(6KM)を食べ、第一次世界大戦が起こる原因となったオーストリア皇太子夫妻が狙撃されたという橋を見て駐車場に戻った。

駐車場の管理人に次行くビシュグラードへの行き方を尋ねる。必死に何か教えてくれるが、全く行き方がわからない。管理人に一応お礼をいいとにかくビシュグラードの行き方がわからなかったし、地図もなかったので誰かに聞こうとガソリンスタンドへ向う。しかし、意外と街中はガソリンスタンドが見つからなかった。少々サラエボの中心部から外れたところ、ホテル・サラエボの隣にガソリンスタンドを見つけたので、そこで行き方を尋ねた。どうも私はビシュグラードとは反対側に来ていたようだ。言葉が全く通じなかったが、紙に行き方を書いてもらい、またアルバニアからモンテネグロへ行った時と同じ通り、通過する主な町を記載してもらった。それだけの情報があれば私には経験上全く心配がなかった。

再びサラエボの旧市街へ向けて車を走らす。旧市街を通り抜けるとまた雪が積もっている山道になった。途中、案内表示板をみながら車を進める。何度も何度もガソリンスタンドを見つけてはそこで車を止めて道を尋ねながら慎重にビシュグラードへ向けて車を走らせた。日本でも同じことが言えるかもしれないけど、特に田舎では誰に聞いても本当に親切に道を教えてくれ、見知らぬ東洋人に構ってくれた。それが、今回の車での旅の楽しみの1つだったのかもしれない。サラエボを越えて初めてのガソリンスタンドでビシュグラードまでどれくらい時間が掛かるか尋ねる。彼らは1時間半位というので、「4時くらいには着くな~。今日はセルビアまでいけるかも!?」って感じた。

雪道を走り、山を越え、小さな集落を通り抜ける…。1時間半経っても目的地には辿り着かない。人にどれくらい時間が掛かるのか聞いても何の目安にもならないと感じた。結局ビシュグラードにはサラエボを出発して3時間位で到着した。

ビシュグラードの入り口にはセルビアの国旗が掲げられていたので、ここはセルビア人が多数を占める町なんだということが、おのずとわかった。そして、その国旗の直ぐ横を見ると、世界遺産に指定されている橋が見えた。石が積み上げられてできており、ボーっと眺めていても飽きなかった。しかし、外はどんどん暗くなっていくので、ホテル探しをする。当初宿泊をしようと考えていたホテル・ビシュグラードに到着。しかし、中は真っ暗で誰も居るような気配がなかった。恐らく休業中と判断し、地球の歩き方で他の宿泊施設を探した。すると、少々町の外れになるが、5Km程行った所に温泉を備えた宿泊施設があるとのこと。しかし、どこにあるのか…。地球の歩き方
の町の地図には載っていなかったので、ガソリンスタンドで行き方を尋ねた。

この宿泊施設は結構有名な施設であるらしく、誰に聞いても知っていたし、場所を教えてくれた。ガソリンスタンドの親父は、「あっち」と指差したので、その方向へ向う。しかし、一向にその宿泊施設は見つからない。途中で自分が道を間違っていることに気が付き折り返した。

そして、車で引き返していると、レストランらしき建物が一軒見えたので、そこで行き方を尋ねようと思った。すると外で既に酔っ払いが暴れていて、私を見るとこちらに襲い掛かってきそうな感じだったが、もう一人の酔っ払っていない親父が彼を制止してくれ事なきを得る。その時手短に酔っ払ってない方の親父にホテルの場所を聞くと、「横の道を上に上がればいい」と教えてくれた。

場所を聞き引き返している時に、外での騒ぎで建物の中からもう一人酔っ払いが出て来て、何か罵声をこちらに向けて発していた。雰囲気があまりにも悪いので、車に急いで戻りホテルに向けて車を走らせた。今回の旅で身の危険を感じたのは唯一この出来事だけだった。

店の親父が言っていた通り、車を走らせる。雪が積もった山道を走ること10分。ようやく視界が開け、大きな建物を発見した。予想に反して、車が50台くらい止まっていて、中にはセルビア・ベオグラードナンバーの車もあった。恐らくこの温泉はユーゴスラビアの人々の中では有名な温泉に違いないと実感した。

こんなにも車が止まっていたら空き部屋なんてないかもしれない。と感じ、レセプションへ向う。ここでもやはり英語は通じない。値段を聞くと23ユーロというので、迷うことなくこの施設に宿泊することにした。ホテルの部屋はツインルームのシングルユースで風呂、トイレが完備されていた。決して綺麗なホテルというわけではなかったが、寝るには十分だった。

ちなみにこのホテルには売店やレストランなんかもあった。夕食はビシュグラード中心地へ行くのが邪魔くさかったので、ホテル内のレストランで夕食をとることにした。ここに来るまで、一人旅ということもあって、ファーストフード店で御飯を食べることはあっても、レストランでしっかりした御飯を食べることがなかった。色々とメニューがあり、どれにしようかと迷う。結局店員にお勧めを聞き、

セルビア風スープ
ミックスグリル(フライドポテト、パン付き)
キャベツサラダ

を注文した。

セルビア風スープなんかは冷えた体には非常に美味しくいただくことができたが、ミックスグリルは私にとって今までにこんなにたくさんの肉を食べたことがない!と思うほど、肉・肉そして肉だった。ミックスグリルには豚ロースステーキ、牛ステーキ、鳥胸肉のステーキ、ミンチを俵状にして焼いたものが4つ、厚切りベーコンステーキ、ソーセージ一本、鳥の串焼き一本にたまねぎが添えられていた。普段レストランで、食事なんか残すことはまずありえないけど、さすがにこんなにも肉が出てきたら食べることができず…。鳥の串焼きだけ残したのだった。

これで価格は11.5ユーロだから驚きです。ショーケースに入れられていたケーキなんかも食べたかったけど、当然お腹の中に入る余裕もなく、自分の部屋に戻り寝たのでした。

(続く)

  • 私が宿泊したホテル・モスタル前、1月1日午前7時。人通りは全くなく、車の往来もほとんどなかった。まるでゴーストタウンのようだった。道路は基本的にパーキングの機能も兼ねており、最初路上に駐車をしていたが、ホテルのスタッフからホテル横の駐車場に車を止めるように促され、指示に従った。

    私が宿泊したホテル・モスタル前、1月1日午前7時。人通りは全くなく、車の往来もほとんどなかった。まるでゴーストタウンのようだった。道路は基本的にパーキングの機能も兼ねており、最初路上に駐車をしていたが、ホテルのスタッフからホテル横の駐車場に車を止めるように促され、指示に従った。

  • モスタルに着いたときは全くなにも感じなかったが、朝起きて散歩をしていると、自分が考えていた以上に1990年代に起きたボスニア紛争の痕跡が残っていて驚いた。写真は恐らく空爆を受けたビルと思われる。

    モスタルに着いたときは全くなにも感じなかったが、朝起きて散歩をしていると、自分が考えていた以上に1990年代に起きたボスニア紛争の痕跡が残っていて驚いた。写真は恐らく空爆を受けたビルと思われる。

  • 壁を見てみても鉄砲で狙撃された跡があった。平和であることがどれだけ幸せな事なのかを改めて実感する。日本人にとって平和というのは当たり前のことかもしれないけど、コソボなどの紛争地域では平和が当たり前ではない。政治的な難しさを感じた。

    壁を見てみても鉄砲で狙撃された跡があった。平和であることがどれだけ幸せな事なのかを改めて実感する。日本人にとって平和というのは当たり前のことかもしれないけど、コソボなどの紛争地域では平和が当たり前ではない。政治的な難しさを感じた。

  • 空爆を受けたと思われるビル。

    空爆を受けたと思われるビル。

  • 空爆を受けたと思われる建物。10年前モスタルを通りかかった時は、もっと破壊された建物が多かったように感じる。そう考えると、少しは復興が進んでいるんだと実感した。

    空爆を受けたと思われる建物。10年前モスタルを通りかかった時は、もっと破壊された建物が多かったように感じる。そう考えると、少しは復興が進んでいるんだと実感した。

  • 山の方を見上げると、大きな十字架を発見。思わず車をとばして行きたく思うが、遠そうだしどうやっていくのかわからなかったので、すんなりと諦める。

    山の方を見上げると、大きな十字架を発見。思わず車をとばして行きたく思うが、遠そうだしどうやっていくのかわからなかったので、すんなりと諦める。

  • 空爆後放置されている建物。

    空爆後放置されている建物。

  • ガソリンスタンドとイスラム教のモスクと尖塔。

    ガソリンスタンドとイスラム教のモスクと尖塔。

  • モスタルの旧市街。雰囲気がいいんだろうが朝早すぎて、どこのお店も開いていなかった。世界遺産に指定されているスタリ・モスト周辺にお土産を売る店やレストランがあるようだ。

    モスタルの旧市街。雰囲気がいいんだろうが朝早すぎて、どこのお店も開いていなかった。世界遺産に指定されているスタリ・モスト周辺にお土産を売る店やレストランがあるようだ。

  • 日本では屋根は建材か瓦が多いけど、このあたりでは石が屋根として使用されていた。夏場暑くないんだろうか?疑問を抱いた。

    日本では屋根は建材か瓦が多いけど、このあたりでは石が屋根として使用されていた。夏場暑くないんだろうか?疑問を抱いた。

  • 世界遺産スタリ・モストへの入り口。無料。

    世界遺産スタリ・モストへの入り口。無料。

  • 世界遺産に指定されている橋は2004年に再建されたもの。人しか渡ることができず、車は通行禁止。橋の全長は数十メートルだけど、この橋があるのとないのとでは大違いだ。

    世界遺産に指定されている橋は2004年に再建されたもの。人しか渡ることができず、車は通行禁止。橋の全長は数十メートルだけど、この橋があるのとないのとでは大違いだ。

  • 橋の入り口にはボスニア紛争に関する記述が石に刻まれていた。

    橋の入り口にはボスニア紛争に関する記述が石に刻まれていた。

  • 川の水の色はエメナルドグリーンで本当に綺麗だった。

    川の水の色はエメナルドグリーンで本当に綺麗だった。

  • 橋からモスタルの新市街を眺める。この地が紛争の最前線であったのが信じられないほど、現在は平和な感じだった。

    橋からモスタルの新市街を眺める。この地が紛争の最前線であったのが信じられないほど、現在は平和な感じだった。

  • 世界遺産に指定されている橋(スタリ・モスト)の全景。川岸に下りて写真を撮った。

    世界遺産に指定されている橋(スタリ・モスト)の全景。川岸に下りて写真を撮った。

  • シーズン中は観光列車なんかも運転されているようだ。私が訪れた時は見ることがなかったが…。

    シーズン中は観光列車なんかも運転されているようだ。私が訪れた時は見ることがなかったが…。

  • 今回、モスタルで宿泊したホテル・モスタル。ツインルームをシングルユースにしてもらいトイレ・バス付きで32ユーロだった。一応三ツ星ホテルらしいが、設備が古く朝食もしょうもなかった。次モスタルへ来ることがあれば、できるだけ宿泊したくないホテルだった。私が宿泊したときは10人のお客しか居なかった模様。だから、簡単に宿泊することができた。

    今回、モスタルで宿泊したホテル・モスタル。ツインルームをシングルユースにしてもらいトイレ・バス付きで32ユーロだった。一応三ツ星ホテルらしいが、設備が古く朝食もしょうもなかった。次モスタルへ来ることがあれば、できるだけ宿泊したくないホテルだった。私が宿泊したときは10人のお客しか居なかった模様。だから、簡単に宿泊することができた。

  • モスタルから一路サラエボへ向う。天気良好。景色良好。ドライブ気分で車を走らせ気持ちが良かった。運転してから4日が経過し、運転中に写真を撮る余裕も出てきた。

    モスタルから一路サラエボへ向う。天気良好。景色良好。ドライブ気分で車を走らせ気持ちが良かった。運転してから4日が経過し、運転中に写真を撮る余裕も出てきた。

  • 山道を入っていくにつれて雪が道の両側に積もっていた。

    山道を入っていくにつれて雪が道の両側に積もっていた。

  • 途中、少し大きな町に入る。ガソリンスタンド屋を見つけ一休み。カフェラテ(2.5Kn)を注文ししばし休憩。日本ではエスプレッソを頼んでも、水はついてこないが、ボスニアではコーヒー類を頼むと水が別についてきた。一体どういう意味があるのか…。私にはわかりません。

    途中、少し大きな町に入る。ガソリンスタンド屋を見つけ一休み。カフェラテ(2.5Kn)を注文ししばし休憩。日本ではエスプレッソを頼んでも、水はついてこないが、ボスニアではコーヒー類を頼むと水が別についてきた。一体どういう意味があるのか…。私にはわかりません。

  • ガソリンスタンド前。山道を走っていたら突然町が出現。比較的大きな町だった。この町の入り口にはクロアチアの国旗が掲げられていたので、クロアチア人が住んでいる土地だと容易にわかった。

    ガソリンスタンド前。山道を走っていたら突然町が出現。比較的大きな町だった。この町の入り口にはクロアチアの国旗が掲げられていたので、クロアチア人が住んでいる土地だと容易にわかった。

  • サラエボに近づくと更に霧で視界が悪くなった。車でスナイパー通りを走る。

    サラエボに近づくと更に霧で視界が悪くなった。車でスナイパー通りを走る。

  • サラエボの旧市街近く。車をパーキングに止めて、しばしお散歩。中心地まで歩いていると、教会を見つけた。

    サラエボの旧市街近く。車をパーキングに止めて、しばしお散歩。中心地まで歩いていると、教会を見つけた。

  • 写真でもわかるが、ユーゴスラビア圏では昼間でも車で走行する際はヘッドライトを付けておかないと、違反として罰金が科せられることもあるらしい。

    写真でもわかるが、ユーゴスラビア圏では昼間でも車で走行する際はヘッドライトを付けておかないと、違反として罰金が科せられることもあるらしい。

  • サラエボの旧市街の中にあったセルビア教会。

    サラエボの旧市街の中にあったセルビア教会。

  • 旧市街内にあったモスク。凄く重厚なつくりになっていて、存在感が抜群だった。

    旧市街内にあったモスク。凄く重厚なつくりになっていて、存在感が抜群だった。

  • 旧市街の様子。午前中は観光客が非常に少なかったけど、午後になり急に観光客が増えたような気がした。石畳で両側に商店が立ち並び雰囲気も良かった。

    旧市街の様子。午前中は観光客が非常に少なかったけど、午後になり急に観光客が増えたような気がした。石畳で両側に商店が立ち並び雰囲気も良かった。

  • モスクの敷地内。

    モスクの敷地内。

  • サラエボの旧市街。

    サラエボの旧市街。

  • お昼1時が過ぎていたので、ファーストフード店にてボスニア料理・チェバブチチを食べる。6KN。皿の上にミンチを俵状にして焼いたものが10個程度、生たまねぎとナンが載せられていた。生たまねぎのピリピリする感じと、ナン、肉団子が良く合い美味しかった。一皿で十分お腹一杯になった。

    お昼1時が過ぎていたので、ファーストフード店にてボスニア料理・チェバブチチを食べる。6KN。皿の上にミンチを俵状にして焼いたものが10個程度、生たまねぎとナンが載せられていた。生たまねぎのピリピリする感じと、ナン、肉団子が良く合い美味しかった。一皿で十分お腹一杯になった。

  • 有名な橋。この橋の上をオーストリア人皇太子が渡っているときに、狙撃され、第一次世界大戦が始まるきっかけとなった。近くには博物館もあるようだったが、1月1日で閉館。

    有名な橋。この橋の上をオーストリア人皇太子が渡っているときに、狙撃され、第一次世界大戦が始まるきっかけとなった。近くには博物館もあるようだったが、1月1日で閉館。

  • 再び車に戻り、今度はサラエボからビシュグラードをめざす。車はほとんど走っておらず非常に走りやすかった。

    再び車に戻り、今度はサラエボからビシュグラードをめざす。車はほとんど走っておらず非常に走りやすかった。

  • 景色が綺麗だったので、途中車を止めて風景を眺めた。空気が澄んでいて気持ちがいい。

    景色が綺麗だったので、途中車を止めて風景を眺めた。空気が澄んでいて気持ちがいい。

  • やはり陰になっているところは雪も積もっていて、道路も凍結し運転には最善の注意を払った。いくらスタッドレスタイヤをはいているといってもスリップすると怖い。

    やはり陰になっているところは雪も積もっていて、道路も凍結し運転には最善の注意を払った。いくらスタッドレスタイヤをはいているといってもスリップすると怖い。

  • 視界が広がると綺麗。ずっと眺めていたくなる。

    視界が広がると綺麗。ずっと眺めていたくなる。

  • セルビアの国旗を発見。ここがビシュグラードの入り口になる。このセルビアの国旗の手前を曲がると世界遺産に指定されている橋が見えた。世界遺産に指定されている橋は次の日にゆっくり見ることにして、先に宿を探す。橋を車で渡ったところにホテル・ビシュグラードがあったが、どうみても営業している様子がなかったので、温泉宿泊施設へ向かい宿泊した。日本で言うところのスーパー銭湯!?

    セルビアの国旗を発見。ここがビシュグラードの入り口になる。このセルビアの国旗の手前を曲がると世界遺産に指定されている橋が見えた。世界遺産に指定されている橋は次の日にゆっくり見ることにして、先に宿を探す。橋を車で渡ったところにホテル・ビシュグラードがあったが、どうみても営業している様子がなかったので、温泉宿泊施設へ向かい宿泊した。日本で言うところのスーパー銭湯!?

  • 宿泊したビシュグラードの温泉付き宿泊施設の食堂にてセルビア風スープを頼む。冷えている体に温かいスープが染み渡り、無茶苦茶美味しかった。もう一杯飲みたかった。

    宿泊したビシュグラードの温泉付き宿泊施設の食堂にてセルビア風スープを頼む。冷えている体に温かいスープが染み渡り、無茶苦茶美味しかった。もう一杯飲みたかった。

  • ミックスグリル。私にとっては肉の恐怖盛りだった。いくら食べても下から下から肉が出て来て、今までに経験したことない肉肉しい料理だった。今まで食堂で御飯を残したことはないが、鳥の串焼きはどうしても食べることができず残してしまった。こんなに多かったら食べられるわけがない!

    ミックスグリル。私にとっては肉の恐怖盛りだった。いくら食べても下から下から肉が出て来て、今までに経験したことない肉肉しい料理だった。今まで食堂で御飯を残したことはないが、鳥の串焼きはどうしても食べることができず残してしまった。こんなに多かったら食べられるわけがない!

  • ミックスグリルについてきたフライドポテト。このポテトも異常に美味しい。これだけでお腹が一杯になる。まさか鍋一杯にフライドポテトが出てくるとは…。

    ミックスグリルについてきたフライドポテト。このポテトも異常に美味しい。これだけでお腹が一杯になる。まさか鍋一杯にフライドポテトが出てくるとは…。

  • キャベツサラダ。千切りキャベツにお酢と塩コショウで味を調えただけのさっぱりとしたサラダだった。ミックスグリルが胃に重かっただけに、こういうさっぱりとしたサラダは非常に有難い。全部で11ユーロ程度也。非常に安かった。

    キャベツサラダ。千切りキャベツにお酢と塩コショウで味を調えただけのさっぱりとしたサラダだった。ミックスグリルが胃に重かっただけに、こういうさっぱりとしたサラダは非常に有難い。全部で11ユーロ程度也。非常に安かった。

  • 温泉付き宿泊施設。結構マニアックな場所にあるにもかかわらず、多くの人々が宿泊していた。外国人はあまり来ないせいか、レセプションは英語はなせない。車でないとこの宿泊施設に辿り着くのは難しいと思う。レストランからカフェ、売店などが併設されていて、居心地は良かったが、唯一設備が古いというのが残念。ビシュグラードで宿泊しない方が無難かもしれない。

    温泉付き宿泊施設。結構マニアックな場所にあるにもかかわらず、多くの人々が宿泊していた。外国人はあまり来ないせいか、レセプションは英語はなせない。車でないとこの宿泊施設に辿り着くのは難しいと思う。レストランからカフェ、売店などが併設されていて、居心地は良かったが、唯一設備が古いというのが残念。ビシュグラードで宿泊しない方が無難かもしれない。

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