2010/06/06 - 2010/06/06
101位(同エリア398件中)
ハンクさん
私にとってインドとの最初の出会いは、小学生のころ見た映画「八十日間世界一周」(ジュール・ヴェルヌ原作、マイケル・アンダーソン監督1956年ハリウッド映画)である。今思えばインドのイメージのほとんどはこの映画によってインプットされた。
主人公のイギリス人フォックスとフランス人執事パスパルトゥーはボンベイから汽車に乗り、途中から象に乗り換え、次の駅へと向かう途上で、サティー(インド古来の、未亡人の女性が夫の後を追い殉死する儀式)の儀式へと向かう行列に遭遇し、その中に翌日儀式の生贄にされる若いインド人の女性、アウダを救出することを決意する。夜が明け、儀式が行われている間、パスパルトゥーは突如身を隠していた薪の中から起き上がり、僧たちが恐怖におびえているすきに女性を運び去り、救出を終えると、一行はアウダを連れ、列車に間に合うように次の鉄道の駅まで象を急がせた。カルカッタで、ついに彼らは香港行きの蒸気船に乗り込む。イギリスに帰国後、フォックスとアウダは結ばれるわけである。見事にインドの(誇張された)イメージを映像化した名作である。
そんなムンバイ(ボンベイ)を始めて訪れた。現在のムンバイは人口1400万人の世界有数の大都市、首都の座こそニューデリーに譲っているが、経済、文化、娯楽の中心地である。私の知る限りインド国内で唯一のプロのオーケストラがあり、指揮者ズビン・メータはこのオーケストラの指揮者の子として生まれた。また横浜、サンクトペテルブルク、ロサンゼルス、ロンドン、ベルリンと姉妹都市関係を結んでいる。
ムンバイの都市としての歴史は、1534年にポルトガルがグジャラートの土侯からこの地域を譲り受けたことに始まる。ポルトガル人はこの地に、ゴアの補助港としての城塞都市を築き、ここを「ボンベイ」と呼んだ。この名はポルトガル語のボン・バイア(良港)に由来するといわれる。
1661年、ポルトガルのカタリナ王女がイギリスのチャールズ2世と結婚する際、ボンベイは持参金としてイギリス側に委譲された。その植民地時代にはボンベイ管区の中枢として、城塞の中に公会堂・税関などさまざまなイギリス風の施設が建設された。1888年に建造されたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名は「ヴィクトリア・ターミナス駅」 )の駅舎はベネチアゴシック建築様式で、壮麗で豪奢な建築物である。特徴として、ヴィクトリア朝のゴシック・リヴァイヴァル建築とインドの伝統的建築の融合が見られる。歴史的な建築として、2004年にユネスコ世界遺産に登録された。またチャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤという舌を噛みそうな名の博物館はインド・サラセン調の名建築のひとつである。ちなみにチャトラパティ・シヴァージーとは17世紀にマラーター王国を建て、ムガール帝国に抵抗し、またイギリスの支配にも抵抗した英雄であり、ムンバイ国際空港も彼の名を冠する。
ムンバイのシンボルは、湾に面して1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立されたインド門である。このインド門に先立つ1903年にタージ・マハール・ホテルが建てられた。この名ホテルはインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設され、シンガポールのラッフルズホテルと並ぶ「アジアの星」と称えられている。 市庁舎、図書館も見逃せない。
インドという国をできるだけ客観的、フェアに眺めようと努力している。上記の写真はいわば日の当たる側であるが、日の当たらない側にも目を向ける必要がある。この町は一歩入り込めば急増する移住者のスラム街であり、人口の約半分がスラムで生活する。また例に漏れず、ヒンドゥー教寺院などの下町を訪れると迎えてくれるのは牛である。急激な人口増加に伴い、他の著しい経済成長を見せている発展途上国の都市と同様、ムンバイは貧困、失業、医療、生活水準、教育水準などの面で広範囲に及ぶ問題を抱えている。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 飛行機
- 航空会社
- ジェットエアウェイズ (運航停止)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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世界遺産のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅、旧ヴィクトリア・ターミナス駅
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チャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤ博物館
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イチオシ
インド門、1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立
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ムンバイ市庁舎
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ムンバイ図書館
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ムンバイの中心部に建つ堂々たるビル
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タージ・マハール・ホテル、1903年にインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設
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タージ・マハール・ホテルのコンシェルジュ
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タージ・マハール・ホテルの広々としたロビー
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タージ・マハール・ホテルの回廊
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タージ・マハール・ホテルのパティオとプール
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タージ・マハール・ホテルから眺めるインド門
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ムンバイの裏通り
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牛との共存
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下町のヒンドゥー教寺院、人々の信仰を集める
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ヒンドゥー教寺院の近くの沐浴場
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下町の散髪屋
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下町のお好み焼き屋?
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下町のヒンドゥー教寺院と超高層ビルの対比
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下町で見かける風景
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