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私にとってインドとの最初の出会いは、小学生のころ見た映画「八十日間世界一周」(ジュール・ヴェルヌ原作、マイケル・アンダーソン監督1956年ハリウッド映画)である。今思えばインドのイメージのほとんどはこの映画によってインプットされた。<br /><br />主人公のイギリス人フォックスとフランス人執事パスパルトゥーはボンベイから汽車に乗り、途中から象に乗り換え、次の駅へと向かう途上で、サティー(インド古来の、未亡人の女性が夫の後を追い殉死する儀式)の儀式へと向かう行列に遭遇し、その中に翌日儀式の生贄にされる若いインド人の女性、アウダを救出することを決意する。夜が明け、儀式が行われている間、パスパルトゥーは突如身を隠していた薪の中から起き上がり、僧たちが恐怖におびえているすきに女性を運び去り、救出を終えると、一行はアウダを連れ、列車に間に合うように次の鉄道の駅まで象を急がせた。カルカッタで、ついに彼らは香港行きの蒸気船に乗り込む。イギリスに帰国後、フォックスとアウダは結ばれるわけである。見事にインドの(誇張された)イメージを映像化した名作である。 <br /><br />そんなムンバイ(ボンベイ)を始めて訪れた。現在のムンバイは人口1400万人の世界有数の大都市、首都の座こそニューデリーに譲っているが、経済、文化、娯楽の中心地である。私の知る限りインド国内で唯一のプロのオーケストラがあり、指揮者ズビン・メータはこのオーケストラの指揮者の子として生まれた。また横浜、サンクトペテルブルク、ロサンゼルス、ロンドン、ベルリンと姉妹都市関係を結んでいる。 <br /><br />ムンバイの都市としての歴史は、1534年にポルトガルがグジャラートの土侯からこの地域を譲り受けたことに始まる。ポルトガル人はこの地に、ゴアの補助港としての城塞都市を築き、ここを「ボンベイ」と呼んだ。この名はポルトガル語のボン・バイア(良港)に由来するといわれる。<br /><br />1661年、ポルトガルのカタリナ王女がイギリスのチャールズ2世と結婚する際、ボンベイは持参金としてイギリス側に委譲された。その植民地時代にはボンベイ管区の中枢として、城塞の中に公会堂・税関などさまざまなイギリス風の施設が建設された。1888年に建造されたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名は「ヴィクトリア・ターミナス駅」 )の駅舎はベネチアゴシック建築様式で、壮麗で豪奢な建築物である。特徴として、ヴィクトリア朝のゴシック・リヴァイヴァル建築とインドの伝統的建築の融合が見られる。歴史的な建築として、2004年にユネスコ世界遺産に登録された。またチャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤという舌を噛みそうな名の博物館はインド・サラセン調の名建築のひとつである。ちなみにチャトラパティ・シヴァージーとは17世紀にマラーター王国を建て、ムガール帝国に抵抗し、またイギリスの支配にも抵抗した英雄であり、ムンバイ国際空港も彼の名を冠する。 <br /><br />ムンバイのシンボルは、湾に面して1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立されたインド門である。このインド門に先立つ1903年にタージ・マハール・ホテルが建てられた。この名ホテルはインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設され、シンガポールのラッフルズホテルと並ぶ「アジアの星」と称えられている。 市庁舎、図書館も見逃せない。<br /><br />インドという国をできるだけ客観的、フェアに眺めようと努力している。上記の写真はいわば日の当たる側であるが、日の当たらない側にも目を向ける必要がある。この町は一歩入り込めば急増する移住者のスラム街であり、人口の約半分がスラムで生活する。また例に漏れず、ヒンドゥー教寺院などの下町を訪れると迎えてくれるのは牛である。急激な人口増加に伴い、他の著しい経済成長を見せている発展途上国の都市と同様、ムンバイは貧困、失業、医療、生活水準、教育水準などの面で広範囲に及ぶ問題を抱えている。 <br />

インドの世界遺産No.9:植民地時代の名建築とスラムが共存する街ムンバイの中央駅(改訂版)

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2010/06/06 - 2010/06/06

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ハンク

ハンクさん

私にとってインドとの最初の出会いは、小学生のころ見た映画「八十日間世界一周」(ジュール・ヴェルヌ原作、マイケル・アンダーソン監督1956年ハリウッド映画)である。今思えばインドのイメージのほとんどはこの映画によってインプットされた。

主人公のイギリス人フォックスとフランス人執事パスパルトゥーはボンベイから汽車に乗り、途中から象に乗り換え、次の駅へと向かう途上で、サティー(インド古来の、未亡人の女性が夫の後を追い殉死する儀式)の儀式へと向かう行列に遭遇し、その中に翌日儀式の生贄にされる若いインド人の女性、アウダを救出することを決意する。夜が明け、儀式が行われている間、パスパルトゥーは突如身を隠していた薪の中から起き上がり、僧たちが恐怖におびえているすきに女性を運び去り、救出を終えると、一行はアウダを連れ、列車に間に合うように次の鉄道の駅まで象を急がせた。カルカッタで、ついに彼らは香港行きの蒸気船に乗り込む。イギリスに帰国後、フォックスとアウダは結ばれるわけである。見事にインドの(誇張された)イメージを映像化した名作である。

そんなムンバイ(ボンベイ)を始めて訪れた。現在のムンバイは人口1400万人の世界有数の大都市、首都の座こそニューデリーに譲っているが、経済、文化、娯楽の中心地である。私の知る限りインド国内で唯一のプロのオーケストラがあり、指揮者ズビン・メータはこのオーケストラの指揮者の子として生まれた。また横浜、サンクトペテルブルク、ロサンゼルス、ロンドン、ベルリンと姉妹都市関係を結んでいる。

ムンバイの都市としての歴史は、1534年にポルトガルがグジャラートの土侯からこの地域を譲り受けたことに始まる。ポルトガル人はこの地に、ゴアの補助港としての城塞都市を築き、ここを「ボンベイ」と呼んだ。この名はポルトガル語のボン・バイア(良港)に由来するといわれる。

1661年、ポルトガルのカタリナ王女がイギリスのチャールズ2世と結婚する際、ボンベイは持参金としてイギリス側に委譲された。その植民地時代にはボンベイ管区の中枢として、城塞の中に公会堂・税関などさまざまなイギリス風の施設が建設された。1888年に建造されたチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名は「ヴィクトリア・ターミナス駅」 )の駅舎はベネチアゴシック建築様式で、壮麗で豪奢な建築物である。特徴として、ヴィクトリア朝のゴシック・リヴァイヴァル建築とインドの伝統的建築の融合が見られる。歴史的な建築として、2004年にユネスコ世界遺産に登録された。またチャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤという舌を噛みそうな名の博物館はインド・サラセン調の名建築のひとつである。ちなみにチャトラパティ・シヴァージーとは17世紀にマラーター王国を建て、ムガール帝国に抵抗し、またイギリスの支配にも抵抗した英雄であり、ムンバイ国際空港も彼の名を冠する。

ムンバイのシンボルは、湾に面して1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立されたインド門である。このインド門に先立つ1903年にタージ・マハール・ホテルが建てられた。この名ホテルはインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設され、シンガポールのラッフルズホテルと並ぶ「アジアの星」と称えられている。 市庁舎、図書館も見逃せない。

インドという国をできるだけ客観的、フェアに眺めようと努力している。上記の写真はいわば日の当たる側であるが、日の当たらない側にも目を向ける必要がある。この町は一歩入り込めば急増する移住者のスラム街であり、人口の約半分がスラムで生活する。また例に漏れず、ヒンドゥー教寺院などの下町を訪れると迎えてくれるのは牛である。急激な人口増加に伴い、他の著しい経済成長を見せている発展途上国の都市と同様、ムンバイは貧困、失業、医療、生活水準、教育水準などの面で広範囲に及ぶ問題を抱えている。

旅行の満足度
3.5
観光
3.0
ホテル
3.0
グルメ
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
鉄道 タクシー 飛行機
航空会社
ジェットエアウェイズ (運航停止)
旅行の手配内容
個別手配
  • 世界遺産のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅、旧ヴィクトリア・ターミナス駅

    世界遺産のチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅、旧ヴィクトリア・ターミナス駅

  • チャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤ博物館

    チャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ヴァツ・サングラハラヤ博物館

  • インド門、1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立

    イチオシ

    インド門、1911年に英国王ジョージ5世夫妻のインド訪問を記念して建立

  • ムンバイ市庁舎

    ムンバイ市庁舎

  • ムンバイ図書館

    ムンバイ図書館

  • ムンバイの中心部に建つ堂々たるビル

    ムンバイの中心部に建つ堂々たるビル

  • タージ・マハール・ホテル、1903年にインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設

    タージ・マハール・ホテル、1903年にインド最大の富豪でありタタ・グループの創始者であるジャムセットジ・タタにより建設

  • タージ・マハール・ホテルのコンシェルジュ

    タージ・マハール・ホテルのコンシェルジュ

  • タージ・マハール・ホテルの広々としたロビー

    タージ・マハール・ホテルの広々としたロビー

  • タージ・マハール・ホテルの回廊

    タージ・マハール・ホテルの回廊

  • タージ・マハール・ホテルのパティオとプール

    タージ・マハール・ホテルのパティオとプール

  • タージ・マハール・ホテルから眺めるインド門

    タージ・マハール・ホテルから眺めるインド門

  • ムンバイの裏通り

    ムンバイの裏通り

  • 牛との共存

    牛との共存

  • 下町のヒンドゥー教寺院、人々の信仰を集める

    下町のヒンドゥー教寺院、人々の信仰を集める

  • ヒンドゥー教寺院の近くの沐浴場

    ヒンドゥー教寺院の近くの沐浴場

  • 下町の散髪屋

    下町の散髪屋

  • 下町のお好み焼き屋?

    下町のお好み焼き屋?

  • 下町のヒンドゥー教寺院と超高層ビルの対比

    下町のヒンドゥー教寺院と超高層ビルの対比

  • 下町で見かける風景

    下町で見かける風景

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