2010/11/18 - 2010/11/18
136位(同エリア256件中)
フラワーさん
今日は11月18日です。この旅行も終盤に入りました。
この日はアイワルクから世界遺産トロイまで150km、2時間30分。そしてトロイからイスタンブールまで345km、6時間30分の強行軍です。バスの移動が合計9時間です。といってもバスに乗っているだけですから、睡眠が十分とれそうです。
トロイまではほぼ北上してその先で、ダーダネルス海峡をフェリーで渡りアジアからヨーロッパに入ります。そしてイスタンブールまで行きます。
-
5:45モーニングコール、6:00から食事、7:30出発。
ホテル、グランド テミゼルのレストランで早い食事です。 、 -
食後に3分ぐらい歩いて、ホテル裏手のエーゲ海に行きました。
日の出前のエーゲ海はひんやりして爽やかです。
Mさんご夫妻、I母娘さん、Iさんご夫妻としばし海岸で景色を眺めたり、ふざけあったりして童心にかえりました。 -
朝日と反対の空がピンクに染まってきました。
そろそろ戻らないと。 -
アイワルクはエーゲ海に面した小さいリゾート地です。ホテルはアイワルクのはずれにあり、昨夜も街道から自前のアーチをくぐって入ってきました。
リゾートホテルです。この時季は閑散としています。 -
部屋に戻りエーゲ海を撮影。
今日のお天気はどうかな。 -
マンションのような建物です。
-
五つ星です。
トルコではすべて五つ星のホテルでした。どこも間違いのない、それなりに質も高いほぼ満足できるホテルでした。7:35出発。 -
ぼけてますがこれはオリーブ畑です。
このあたりはオリーブと綿花の産地として有名です。 -
虹がかかりました。Iさんから提供された映像です。
-
怪しいお天気になってきました。
早めのトイレ休憩です。ここにもオリーブの鉢植えがあります。 -
お日様は出てますね。風はちょっと強いけど・・・。
大気が不安定なのかもしれません。 -
さすが農業の盛んな地方です。はじめて見る特殊車とダッジの、えーとなにをするためのトラックなのでしょう。とにかく両方とも大きい車体です。
-
こういう休憩所では、観光バスを洗ってくれる人がいます。
どこから来るのかは分りませんが、手早くきれいにしてくれます。プロです。 -
20分経つと雲行きが怪しくなりました。
バスはその方角に突っ込んでいく感じです。 -
あたりはいよいよ暗くなってきました。
-
雨のカーテン。ものすごい降りです。
-
芸術的なガソリンスタンドです。
-
町中ですが道路が川のようです。だいぶ降りました。
バスはそれでも水を跳ね飛ばして走ります。 -
30分もするとこのとおり、ついています。
このあたり、ベルガマからアイワルク、トロイにいたる山側では温泉もありますし、先住のヒディア族が金を掘っていたそうです。
またエーゲ海沿いでは商業で栄えてお金を沢山手にしましたが、食料など生活に必要なものはすべて賄えたから、お金の使いようがなく神官や神殿に預けました。
そこでは誰からいくら預かっているのかを記録していました。これが銀行の始まりといわれています。
利息、保証、保険などの考え方もこの頃から始まったと思われます。(ノリさん談) -
これは畑の前の即売所かな?
この旅では立ち寄りませんが少し南のイズミルという町では、昔からお腹の薬としてヨーグルトを食べていました。それをフランスのパスツール先生に教えたのは、アントアンというトルコ出身のユダヤ人で、この人がヨーグルトで有名なダノンの
創設者だそうです。
現在はイズミルから北で開発が進み、建設会社が土地を買収しホテルや別荘などが
目立つようになってきたそうです。
この写真からは想像もできませんが・・・。 -
2時間40分でトロイに着きました。ここでもだいぶ雨が降ったようです。
BC3000年からAD400年まで、繁栄と衰退を繰り返してきた都市。
古代エーゲ海交易の中心地であり、遺跡は9層にもなっています。
現在は海から5km離れていますがが、古代には海に面していました。 -
すぐに目にはいる「トロイの木馬」。
ホメロスが叙事詩「イーリアス」に描いた「トロイ戦争」は事実だと信じたドイツのハインリッヒ・シュリーマンが1871年発掘を始めました。
金銀財宝も沢山発掘され、シュリーマンの妻のソフィアがプリアモスの宝と言われた財宝を身につけ写真に写っていました。
私はブラッド・ピット主演の映画「トロイ」を見ました。
木馬の中からギリシャ軍の兵隊が何十人もぞろぞろ出てくるのです。この木馬には何人もの観光客が入り、窓から手を振り写真を撮っていました。 -
この人がソフィアです。
シュリーマンはトルコ人にとっては極めて勝手な、とんでもない外人のようです。
発掘した金銀財宝をすべて自分の財産として、ドイツに持ち帰ったからです。
またトロイ戦争を世界で語るとき、ギリシャは正しく強く、トルコは弱いとされるが、欧米はギリシャの文明を信じるからギリシャの肩を持つことになる、というのがどうやらトルコ国民の感情のようです。
そんなことでトルコとギリシャはあまり仲良くないらしいです。 -
なぜか馬と犬。木馬ではありません。
馬は右の木の後ろから出てきましたが、人は誰もついていません。 -
ババも上りたかったのですが、足を気にしてやめておきました。
映画「トロイ」はこの近くで撮影されたようで、他のツアーで撮影場所に行った方もいらっしゃるようです。 -
何層にも別れている遺跡の図。
-
ローマ時代の劇場の跡です。
-
写真のみで失礼いたします。
-
第6市時代(BC1280年ごろから)の城壁です。
BC1250年、ヨーロッパは猛烈な寒波にみまわれ、フェニキア族がアゼルバイジャンやチェコからここトロイに移り住んだそうです。 -
第6市時代の想像図。
-
丘の間からエーゲ海が見えます。
-
各層の表示がありました。
-
3300年も経つと土の日干しレンガは自然にこのようになるそうです。
-
トロイ遺跡見学終了です。
ドイツ人もフランス人ももちろんアメリカ人もその昔は後進国ですから、ヨーロッパの文明の発祥地とされるギリシャを、さまざまな場面でホメルことにしているが、トルコの方が文明は古いというのが誇り高きノリさんのお話でした。
トロイでトルコ対欧米ギリシャとの確執を感じました。 -
このあたり一帯は農村地帯です。
何を作っているのでしょうか。収穫後ですからなおさら分りません。 -
舗装されているような、いないような街道をどんどん走っていきます。
-
ダーダネルス海峡です。対岸はヨーロッパです。
左はエーゲ海方面、右方向はマルマラ海からボスフォラス海峡を経て黒海へつづきます。 -
町に入りました。
-
ラプセキ港からフェリーで海峡を渡ります。
-
バスごと船に乗るところです。
-
後ろが我々のバスです。
-
フェリーの中の案内図です。
イオニアン(海の民の意)は黒海沿岸とも交流し、インド洋から香水、香辛料またこのあたりでトルコ石やラピスラズリ、オリーブなどを積み込んで黒海まで運んでいた。そして黒海沿岸のグルジア、ウクライナ、ルーマニアなどと交易し、ロシアからはボルガ川を利用して黒檀や毛皮、琥珀などを買い付けてボスポラス海峡、マルマラ海そしてダーダネルス海峡を通ってエーゲ海、地中海へと船を進めたのでした。ですから地中海と黒海を往復できれば大金持ちになれたそうです。(これもノリさん談) -
車と人をたくさん乗せて間もなく出港します。
-
到着した船のオナカから大きな車が出てきます。
-
デッキです。
-
あれれ、まだ誰もスタンバイしてませんね。
-
出港して穏やか海を、順調に対岸のヨーロッパサイドに進んでいます。
トルコ共和国の全面積の3%がヨーロッパです。 -
海をわたる風に皆さん心地よさそうです。のんびりされてます。
-
港が近づいてきました。
-
若い日本人女性がそろそろ降りる準備でしょうか。急いで船室へ向かっています。
-
ゲリボルという港に接岸しました。
-
船を降りて街を山側に歩きランチとなりました。
いつものように。 -
お魚料理をいただきました。
おいしい、美味しい。 -
わかるのは「ゲリボル」だけです。
-
活気がある港町でした。坂からも人が下りてきます。
-
ホテルもあります。
-
船着場近くの小さい広場です。
-
海峡の概略図ですが、どうやらこの町は海峡を守る軍事基地があって、いつの時代かに活躍したようです。
-
お土産物屋さんにもこんなものが置いてありました。
-
バスでイスタンブールに向かっています。
ゲリボルから2時間弱で休憩です。広いパーキングスペース越しにマルマラ海が見えます。 -
入ったところでパンを焼いていました。
-
白ワインでまずは乾杯。
これを焼いていたんですね。写真にはありませんが「キョフテ」というトルコのハンバーグをいただきました。 -
こういうレストランでした。
-
今夜のホテル、グランド ジェバヒルに着きました。ロビーでのんびり。
-
バスルーム。
-
お部屋。
明日はボスポラス海峡クルーズが楽しみです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
トロイ遺跡周辺(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
66