2010/11/27 - 2010/11/28
42位(同エリア94件中)
arfaさん
3回目のインドはまた南インド、ゴアから13時間かけて夜行バスでハンピへ、そして今度はバーダーミへバスで悪路を7時間かけて辿り着きました。バーダーミからは11時間半かけて夜行バスでハイデラバードへ移動しここから帰国です。
ハイデラバードは後期チャールキヤ朝の衰退に乗じて独立したカーカティヤ朝のガナパティ王の時代(在位1199〜1261)にゴルコンダの岩山に砦を建設したのが始まりです。
その後バフマニー朝期のテランガナ地方の総督スルターン・クリー・クトゥブル・ムルクが独立を宣言してクトゥブ・シャーヒー王国を建国、カーカティヤ朝期の砦を強固な石造りのゴルコンダ要塞として再造営しました。その後、1565年ターリコータの戦いでイスラム諸国連合軍としてハンピを首都とするヴィジャヤナガル王国に大勝し南側の脅威を取り除いて、砦からほど近いムシ川周辺を新たな都と定め王都の名を愛していた踊り子の名前にちなんで「ハイダルの町」を意味するハイデラバードと定めました。
その後、1687年クトゥブ・シャーヒー王国はムガル帝国のアウラングゼーブ皇帝指揮の第三次遠征軍の大攻撃を難攻不落のゴルコンダ要塞に篭城、長期にわたる包囲攻城戦をよく持ちこたえていましたが1687年9月21日早朝、城内のアフガニスタン戦士アブドゥッラー・カーンの裏切りにより、キールキー城門からムガル帝国軍が侵攻、クトゥブ・シャーヒー王国守備軍はついにアウラングゼーブ帝遠征軍の前に陥落しました。
またその後、ムガル帝国の将軍ミール・カマルッディーンが、1724年にハイデラバードでニザーム1世として現在のアーンドラ・プラデーシュ州域にほぼ相当する統治領域のニザーム藩王国(ハイデラバード藩王国)の独立を宣言した。
ニザーム藩王国はその後、フランス、後にイギリスの準保護国として続いていたが1947年の印パ分離独立後、イスラム王朝のニザーム藩王国がパキスタンの飛び地として独立することを恐れたインド政府に攻められ降伏、インド亜大陸最大、そして最後の藩王国はハイデラバード州としてインド政府に強制併合されました。※参考Wikipedia
【今回の旅程】
11月20日 伊丹発 成田着 ITM⇒NRT JL3002 8:25 9:40
成田発 バンコク着 NRT⇒BKK TG671 11:30 20:10
バンコク発 ムンバイ着 BKK⇒BOM TG339 21:45 1:00+1
11月21日 ムンバイ発 ゴア着 BOM⇒GOI IT3131 4:55 6:00
ゴア泊
11月22日 ゴア ゴア発 バス 20:00 8:00+1
バス車中泊
11月23日 ハンピ着 ハンピ泊
11月24日 ハンピ ハンピ泊
11月25日 ハンピ発 バーダーミ着 バス 9:30 17:00
バーダーミ泊
11月26日 バーダーミ バーダーミ発 バス車中泊 17:00 6:00+1
11月27日 ハイデラバード着ハイデラバード発HYD⇒BKK TG330 23:55 4:55+1
機内泊バンコク着
11月28日 バンコク 関空 BKK⇒KIX TG672 11:00 18:30
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 2.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ハイデラバードのMGバスターミナルに到着。まずはカメラの充電とトイレです。カメラは勝手に売店のコンセントを拝借して充電しましたがトイレは手動ウォッシュレットもないオケ式のトイレでこの大渋滞です。15分位並んでやっとトイレを完了。
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朝食はやはりスタンドのカレーセット。ここは15ルピー(30円)、都会になると高くなりますね。
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ハイデラバード・MGバスターミナルは中長距離用で近距離用はターミナル外にあります。それでも74のプラットフォームを持つ巨大ターミナルです。形は数字の6を四角くしたような形のターミナルです。
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朝7時頃になり、明るくなってくると人が増えてきたのでターミナルの手荷物預かり所に荷物を預けてターミナル外にある近郊バス乗り場へ移動、市内観光に向かいます。
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しばらくバスを見ましたが番号で行先も分からないのでオートリクシャーに乗ってチャール・ミナール方向へ行ってもらいます。(150ルピー)
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ハイデラバード旧市街です。
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見えてきたチャール・ミナール。ここからリキシャを降りて歩いて町の空気を感じます。
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バナナ屋さん。
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旧市街はチャール・ミナールを中心に四方にゲートが造られています。
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チャール・ミナール。
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チャール・ミナール周辺はイスラム建築が並びます。なんの建物かと見に行くと病院でした。
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病院の名前はニザーミヤー・ユーナーニー病院というそうですが病院より博物館みたいです。
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ハイデラバード1番のモスク、メッカ・マスジットです。
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中を見たんですが何か思い出せない(笑;
多分、シャンデリアだったような気が......... -
僧侶の遺体でしょうか。
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メッカ・マスジット。
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メッカ・マスジット。
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メッカ・マスジット。
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メッカ・マスジット。
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リンゴ売りのお店です。上の方は売れた分、減ってます。
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歯医者さん!
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チャール・ミナールのすぐ近くにはヒンドゥー寺院もあります。
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さてそろそろハイデラバード旧市街から移動します。
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リクシャーでやってきたのは冒頭書いた難攻不落のゴルコンダ要塞都市です。
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難攻不落の大要塞、ゴルコンダ・フォートです。
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修学旅行生がビッシリ。インドのハイシーズンは11月から2月。この比較的涼しい時期に行事を済ませるようです。
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こちらは中学校かな。子供たちの「ハロー!どこから来た?」「あんた、何人?」攻撃もこれだけの人数だと答えるのが大変です。統率の先生も大変でしょう。
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やっぱり女の子は甘いものが好き、先生の「アイス食べていいよ。」の言葉で一斉にアイスクリーム屋さんに群がります。
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この色のついた壁は何かと言うと
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かつてのヒンドゥー教王朝、カーカティヤ朝時代の彫刻をそいだ跡です。
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ここはヒンドゥー教の寺院のようでした。イスラム王朝でもヒンドゥー兵もいたのでしょう。
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シバ神です。
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これはナンディーに似た、牛石のようです。
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ゴルコンダ・フォートの上から。町の中心部ハイデラバード駅周辺の超高層ビル街が見えています。
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これが天守閣になるのでしょうか。
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難攻不落のゴルコンダ城。
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万里の長城ばりの砦です。
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外周3kmにも及ぶ城壁です。
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まさに「荒城の月」の世界です。
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まさに難攻不落の城壁です。
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難攻不落のゴルコンダ城
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そろそろゴルコンダ城を離れてMGバスターミナルへ帰ります。
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バス停の前の食堂で焼ソバで遅い昼食をとります。
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初めて見ました。マウンテン・デューの瓶ドリンク。
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MGバスターミナルへ行くバスの中。途中で乗り換えです。
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乗り換えたバス。インドでよく見るバスにぶら下がっている人はバスの中から見たらこんな感じです。
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ラッシュの中をMGバスターミナルへ。この後、バスターミナルのリタイアリングルームで汗を流してから空港へ向かいます。
リタイアリングルームは2番ホーム、空港行きのバスは74番ホームです。 -
ハイデラバード・ラジーヴ・ガンディー国際空港です。
路線バスで10ルピーでした。 -
通貨の両替レート。インドでは日本円は立場が低いです。
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23:45分発のバンコク行きタイ航空TG330便に搭乗待ちの1時間、ビールを飲んでゆっくりします。これを寝酒にバンコクまで寝ます。
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この旅行記へのコメント (5)
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- 旅熊 Kokazさん 2021/04/24 06:19:33
- 旅行記拝見しました!
- 旅行記拝見致しました。
ハイデラバード、何年か前に仕事で行ったので懐かしいですねぇ。
「人間がスレてなくて人懐っこく」というのは、まさにその通りですね!
- arfaさん からの返信 2021/05/11 18:52:03
- Re: 旅行記拝見しました!
- 熊さん、返信遅くなりました。
よく言われるインドの鬱陶しさとは全く違う素朴なアジアの国・インドを感じられるのが南インドですね。南インドももう残っている大きな観光地はコーチン位になってしまいました。ホント南インドは人がスレてなくて親切、そして外国人に対し皆さん好奇心旺盛で楽しく旅ができました。
インドの残りの目的地はムンバイから北のマンドゥなどエリア、アムリトサルとパキスタンのラホールの双子都市と印パ国境通過、レー等ヒマラヤ山麓、最東部のインパール・コヒマというエリアに順次行くはずでしたが今回のコロマ禍でいつになるかわからない状況になってしまいました。
今後ともよろしくお願いいたします。
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- 旅熊 Kokazさん 2021/04/24 06:16:34
- 勉強になりました!
- ハイデラバード、何年か前に仕事で行きました。
「人間がスレてなくて人懐っこく」というのは共感できますねぇ!
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- obaqさん 2011/01/19 09:15:26
- お早うございます
- 私の知らないインド・・・・
たっぷりと味わっています。
まだまだ奥深く広いのですね〜
それにしてもやはりインド、凄く懐かしく感じます。
続きも楽しみにしています。
obaq
- arfaさん からの返信 2011/01/22 04:23:58
- RE: お早うございます
- >私の知らないインド・・・・ たっぷりと味わっています。
>まだまだ奥深く広いのですね〜
>それにしてもやはりインド、凄く懐かしく感じます。続きも楽しみにしています。
obaqさん、こんばんは。
やっと西南インドの旅行記本編をアップし終わりました。後のタイの方が簡単に上がりましたが、今回の西南インドは写真が1300枚余りと多くてどれをアップするかで手間取りました。
後は番外編で地元の人たちの写真でも上げようかと思っています。
インドにはまだまだ行ってみたいところが残っています。例えばコナーラクの太陽神殿にサーンチー、ラーメーシュワラム、コルカタ⇔ダッカの国境越え、アムリトサル⇔ラホールの国境などなど。
インドはやはり深くて濃いです。デカン高原から北のインドは人間がうざくてパッカー旅行者は疲れますが、南インドは人間がスレてなくて人懐っこく季節さえ間違わなければ結構いいところです。
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