2010/12/12 - 2010/12/12
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kawabekentarouさん
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12月12日
昨日の夜、宿の前で銃声を聞いたせいか、なかなか寝れなかった、、、。警察のサイレンの音も凄かったし、、、。でも、何時間か寝て、朝五時に起床し、宿を出る準備をした。宿を出ようとしたら、宿のおっちゃんが出てきて、一緒にバスターミナルへ連れて行ってくれた。めっちゃ優しいな〜♪朝から嬉しい気持ちになりました。朝6時に出発し、エルサルバドルの首都、サンサルバドルには1時過ぎに着きました。途中カナダ人と仲良くなったり、スペイン語をが分からない俺に、アメリカの黒人がバスターミナルと併用している宿をとってくれたり、良い人との出会いが多くて嬉しい限りです。さてさて、シャワーを浴び、街に繰り出しましたが、ホンジュラス、テグシガルパ同様、至る所にライフルを持った警備員がいます。有刺鉄線や、鉄格子、昨日散々みたけど、慣れることはないでしょう。。。やっぱり首都は危険が潜んでいるんだね。グアテマラに近づいてきたし、そろそろ若者殺人集団、マロレスにも出会うのかな、、、。少し不安ですが、街を散策してみたい気持ちを抑えられず、危険と言われる旧市街地の方へ歩いて行きました。とにかく排気ガスが凄いです、、。苦しかったな〜。旧市街地は露店が至る所に建ち並び、民衆で賑わっていました。もちろんホームレスや職が無い人々もたくさん見受けられました。今日の世界情勢だししょうがないことなのでしょうか?ついこないだまで内戦をしていた国ですし、いち早く経済が回復して、皆がハッピーに生活できることを願っています。そう言えば初の一人旅で南米に行ったハウスメイトのクソガキ(愛着をもって呼んでいます)、大丈夫かな???ペルーのクスコとか、べネゼイラとかはもっと強盗がでたりして危険なのに、、、。かなり心配になってきました。メールで安否を確認したいのですが、周辺にネットカフェが無くて、コスタリカを後にしてからインターネットを使用していません。旧市街地なのですが、日中に人通りの多い中心部を歩くにはそれほど問題がないかと思われます。でも、化粧や衣装が派手な女性であっても、装飾品はあまり身につけていません。今もスリやひったくり、強盗が出没するからだろう。市内ではバリオス広場や東西バスターミナル周辺が特に注意が必要と言われています。っていっても、バリオス広場などに行ってしまいました。バリオス広場の前はカテドラル・メトロポリーナがあり、フェルナンド・ジョルトによる壁画が色彩豊かに描かれているからです。またその周辺には青果市場や日用雑貨の商店も多数あり、街で最も活気のある地区なのだと感じました。俺は露店でDVDの海賊版を買いこみました笑だって、2枚で$1だよ!!リージョンコードの問題で日本でも見れるかは分からないけど、懐かしのDVDから最新のDVDまでたくさんありました。驚いたのはハリーポッターの5作をまとめたものも$0,5でした。これはハリーポッター好きの真里に買って帰らなきゃ!!あと俺はディズニーが好きだし、英語の勉強のシャドイングの勉強にもなるので、ディズニーの最新のDVDなどとドラゴンボールの映画20作が1枚になったDVD,懐かしのセイント聖也のDVD,アメリカンパイのDVDなども買いました。他にもスリッパやキャップなども買いましたが、エルサルバドルの人は絶対にぼったくってきません。皆正規の値段をちゃんと教えてくれて、売ってくれます。珍しい国だな〜。人が良い国なのかな?そろそろお腹が減ってきました。マクドナルドの時間です笑。しかしマクドナルドは見つかりませんでした。。諦め、他のファーストフードを探している時に香ばしい臭いがしてくるではありませんか!!思わず店に入り、字が読めなくて、適当に頼んだんだけど、ジューシーな肉とハムと野菜のサンドウィッチ見たいのがでてきて、食べたらメチャメチャ旨かったです!!カナダに来てから俺のNO,1フードっと言ってもいいでしょう!!ミスター食わず嫌いの健太郎さんでも、これは太鼓判です!!あまりにもおいしかったので、明日の朝食にもと欲張り、テイクアウトして宿に戻りました。急にコーラが飲みたくなったので宿の近くのお店で買ったのですが、ここも商品は鉄格子の奥にありました。でも、そこのおばちゃん、めっちゃ優しかったな〜♪宿で荷物のパッキングをして、ロビーでサッカーを見ていたら、「アミーゴ、ケンタロー!!」と呼ばれました笑「ケンタロー??」なんで俺の名前を知っている人がいるんだ??不思議に思って振り返るとバスの運転手でした。コスタリカを出発してからずっと彼の運転だったので、向こうが俺の事を覚えてくれてたらしい。で、お前スペイン語全く駄目だな〜みたいな事をいわれ、スペイン語でコミュニケーションがとれたらもっと楽しいぞ!!と言われ、バスの運転手のスペイン語講座が始まりました笑
キエロ〜⇒私は〜したい ブエド〜⇒私は〜できますか? ヴぁ〜⇒ 〜行きですか? ドンデ エスタモス⇒ ここはどこですか? 〜ポル ファボール⇒ 〜をお願いします など。
メッチャメモリました!!で、別れ際に「アスタ マニャーナ(また明日)」と言ってくれました。これって浜田まりのアシタマニャーニャ??それにしても気さくで優しい人だった♪しかも俺の名前を覚えてくれているなんてハッピーです!!明日も彼の運転でグアテマラに向かいます。もう4日かな〜、アジア人も見てないし、日本語を使っていないのは。いつもの俺だったら、寂しくなり、旅が嫌になる時期なのですが、出会えた人々が良い人ばかりで、情があり、そのおかげで、寂しい気持ちにはなりません。本当に出会えた人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。さて、明日はマロレスがたくさんいるというグアテマラのグアテマラシティーに向かいます。。少し危険なにおいがするので、その日のうちにシティーを離れ、パナハッチェルかフローレスに移動しようと思うのですが、なんせグアテマラの深夜バスはバスの強盗が多発して、バスごと占拠することが多々あるそうです。だから旅行の前に友達にも早朝バスを使えとか、ガイドブックにも書いてありました。どうしようかな〜笑No PLANです笑 いざとなったらPLAN Bを使うか!!よし、今日はここでおしまい。いつも俺のくだらない日記を読んでくださってありがとうございます!皆、アスタマニャーナ♪
出費 明日の朝飯$2 晩飯$5 スリッパ$3 キャップ$4 DVD×8 $4 ランチ $3 ホテル$13
エルサルバドルの歴史
先コロンブス期
紀元前にこの地には、モンゴロイド系の先住民、すなわち今日で言う所のインディヘナ(インディオ)が暮らしていた。先古典期中期には、オルメカ文明の影響を受け、チャルチュアパなどに祭祀センターが築かれた。1世紀にイロパンゴ火山の噴火にともない、先住民はグアテマラのペテン低地など低地マヤ地域に避難したと考えられている。先古典期後期のウスルタン式土器や石碑を刻む伝統も伝播した。6世紀末、ロマ・カルデラ火山の噴火に伴い埋まった集落ホヤ・デ・セレンは保存状態が良好であったため、世界遺産に登録されている。10世紀頃にはマヤ系民族の小王国がいくつか成立し、そのうちピピル族はクスカトランを首都にして16世紀までに統一王国を建設しつつあった。
スペイン植民地時代
1524年にスペイン人エルナン・コルテスの部下ペドロ・デ・アルバラードがこの地を征服しようとした。インディヘナは一度スペイン人を打ち負かし、グアテマラに撤退させるが、1525年に再びやってきたアルバラードの攻撃により、ベルムーダ市はサンサルバドル(聖救世主)市と改称された。その後1528年にはエル・サルバドルのほぼ全域が征服された。スペインの支配に入るとグアテマラ総督領の一部として管理のもとにおかれ、農業や牧畜業が営まれたが、中央アメリカの中ではグアテマラと並び開発された地域だった。
独立と中央アメリカ連邦の崩壊
中米連邦の擁護者だったフランシスコ・モラサン。19世紀前半にはインディアス植民地各地のクリオージョ達の間で独立の気運が高まった。1789年のフランス革命以来のヨーロッパの政治的混乱の中、ナポレオン戦争により1808年からスペイン本国でナポレオン支配に対するスペイン独立戦争が勃発した。フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトがボルボン朝のフェルナンド7世を退位させ、兄のジョゼフをスペイン王ホセ1世に据えると、インディアス植民地は偽王への忠誠を拒否した。1811年から独立闘争が本格化し、1821年9月15日にグアテマラ総督領が独立すると、エル・サルバドルもスペイン支配から解放された。1821年9月16日に独立したアグスティン・デ・イトゥルビデ皇帝の第一次メキシコ帝国に他の中央アメリカ諸国と共に併合されるが、1823年のメキシコ帝国の崩壊に伴い旧グアテマラ総督領の五州は中央アメリカ連合州として独立し、1824年には中央アメリカ連邦に加盟した。エル・サルバドル出身のホセ・アルセが初代大統領となるが、独立後の自由主義者のフランシスコ・モラサンをはじめとするエル・サルバドル派と保守主義者のラファエル・カレーラをはじめとするグアテマラ派の内戦のなかで1838年に中央アメリカ連邦は崩壊し、1841年には中米連邦の瓦解にともない「エル・サルバドル」として暫定的に独立を果たした。この時にアメリカ合衆国への併合を求めたが断られている。その後すぐに連邦再建を求めての内乱やグアテマラとの戦争が発生したが、1857年には中米連合軍の一員としてアメリカ人の傭兵ウィリアム・ウォーカー率いるニカラグア軍と戦った。軍事独裁政権が相次いで成立し、その間に対外戦争や独裁打倒運動が行われた。また、この時期にコーヒーをはじめとする換金作物のプランテーションが多数設立された。1872年から1898年の間エル・サルバドルは連邦再結成派の旗手となり、1896年にはエル・サルバドルを中心にしてホンジュラス、ニカラグアと共に大中米共和国が設立するが、1898年には崩壊した。
独裁と不安定
1907年からメレンデス一族の独裁が始まると、20世紀には一時安定したが、世界恐慌で主要産業のコーヒーが打撃を受け世情は不安定となった。経済危機の混乱のなか、1931年にマクシミリアーノ・エルナンデス・マルティネスがクーデターでメレンデス一族から政権を掌握し、専制体制を敷いた。その間激しい言論弾圧が行われ、ラ・マタンサの虐殺により、反独裁運動を始めようとしていたファラブンド・マルティをはじめとする共産党員や、西部のマヤ系ピピル族などおよそ3万人が虐殺された。第二次世界大戦では親米派として連合国の一員に加わるが、1944年にはクーデターが起き、マルティネス独裁体制は崩壊した。しかし、その後も政情は不安定でクーデターによる政権交代が相次いだ。そうした中で1951年には「サン・サルバドル憲章」が中米5カ国によって採択された。エル・サルバドルは1960年に発足した中米共同市場により最も恩恵を受けた国となり、域内での有力国となった。こうして1966年にようやく大統領選挙によってエルナンデス政権が発足するなどの安定を見せたが、1969年には「サン・サルバドル憲章」以後も国境紛争や農業移民や経済摩擦など多くの問題を抱えて不和だったホンジュラスとサッカーの試合を原因にサッカー戦争が勃発した。
サッカー戦争以降]
オスカル・ロメロ神父。聖職者としてエルサルバドル人のために尽力したが、1980年、凶弾に倒れた。ホンジュラスとの戦争後、30万人にも上るエル・サルバドル移民がホンジュラスから送還されたことなどにより経済、政治ともに一気に不安定化し、1973年の選挙結果の捏造以降、軍部や警察をはじめとする極右勢力のテロが吹き荒れ、「汚い戦争」が公然と行われる中で、それまで中米一の工業国だったエル・サルバドルは没落していくことになる。1979年にニカラグアでサンディニスタ革命が起きるのと時期を同じくしてロメロ政権が軍事クーデターで倒され、革命評議会による暫定政府が発足した。しかし、極右勢力のテロは続き、1980年にはオスカル・ロメロ神父をはじめとする聖職者までもが次々と殺害されていく状況に耐えられなくなった左翼ゲリラ組織ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が抵抗運動を起こし、エルサルバドル内戦が勃発した。事態の収拾のために暫定政府はアメリカ合衆国の支援を要請し、「エル・サルバドル死守」を外交の命題に掲げたロナルド・レーガン合衆国大統領は中米紛争に強圧策を持って臨み、軍や極右民兵に大幅な梃子入れを重ねた。1982年には政府と革命勢力の連立政権が成立したが、これも極右勢力の妨害によってすぐに破綻した。こうしてニカラグアの革命政権からの援助を受けてゲリラ活動を展開するFMLNと政府軍との内戦は泥沼化の様相を呈した。1984年にはナポレオン・ドゥアルテ大統領(民族主義共和同盟、略称ARENA 右派)が政権を担い、FMLNと首脳会談を実現した。しかし、この間政府軍・ゲリラ双方による・弾圧・虐殺・暴行が横行した。特に政府軍のそれは半ば公然と行われたが、アメリカ政府はそれを恣意的に無視して政府軍を支援し続けた。1989年にはクリスティアーニが大統領に選出されたが内戦は収まらなかった。1992年にようやく国際連合の仲介で和平が実現し1000人からなるPKO(国際連合エルサルバドル監視団 ONUSAL)の派遣が決定実施され、75,000人にも及ぶ死者を出したエルサルバドル内戦は終結した。FMLNは合法政党として再出発し、1994年には総選挙が実施され、ARENAの候補であるカルデロン大統領が選出される一方、FMLNが第2党になった。2001年にドル化政策(Dolarización)が実施され、それまでの通貨「コロン」に代わり、「米ドル」を自国の通貨として流通させるようにした。ドルとコロンの間は1ドル=8.75コロンの固定レートにより取引されていた。現在、旧通貨コロンはほとんど流通していない。また、2003年には親米政策からイラクへ派兵し、2008年末まで駐留し続け、ラテンアメリカでイラク派兵を行ったの唯一の国となった。2009年3月15日、大統領選挙で野党FMLNのマウリシオ・フネスが勝利し、20年間続けてきた新自由主義路線の与党ARENAからの初の政権奪取を実現し、左傾化が進むラテンアメリカ諸国に新たな左派政権が誕生した。18日にエルサルバドル中央選挙管理委員会が大統領選挙の最終結果を発表したところによると左派のファラブンド・マルティ民族解放戦線党(FMLN)のマウリシオ・フネス候補は51.32%(135万4000票)、右派の民族主義共和同盟(ARENA)のロドリゴ・アビラ候補は48.68%(128万4588票)であった。
政治
エルサルバドルの政治政体は大統領を元首とする共和制国家であり、行政権は大統領に属する。大統領の任期は5年。普通選挙で過半数の得票により選ばれる。大統領は政府首班と国家元首を兼ねる。立法権は一院制の議会に属しており、議員定数は84人、議員任期は3年である。司法権は最高裁判所に属している。現行憲法は1983年憲法である。エルサルバドルは政治における軍部の力が強く、1931年から1982年までの実に50年に渡って軍部(あるいは軍部出身者)による政治が続いた。内戦以前から存在する死の部隊により、現在も元ゲリラ兵士や、非行少年、ホームレスなど社会的に好ましくないと見られる存在が暗殺される事件がおきている。
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