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 お彼岸の墓参りを兼ねて、越中の小京都城端むぎや祭に行って来ました。<br />城端は久しぶりの訪問ですが、先ず街の変化に驚きました。<br />街の中を従来の5倍もある太い道路が走り、両側には映画のセットの様な町並みが続いています。<br /> 又むぎや祭も60回を迎えますが、街の変化に合わせて構成が変わりました。<br />広い道路を使っての”じゃんとこいむぎや”の開催です。<br /> 民謡をアレンジした曲に合わせ、20人以上のチームが創作的な踊りを披露するイベントです。<br />今年は36チームが参加します。<br />これはこれで、時代の変化に合わせているのでしょう。<br /> 当然昔ながらの民謡むぎや節、こきりこ節も本会場で披露されます。<br />それではどんな祭になったのか、楽しみに見てきます。

越中の小京都 城端むぎや祭

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2010/09/18 - 2010/09/20

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愛吉

愛吉さん

 お彼岸の墓参りを兼ねて、越中の小京都城端むぎや祭に行って来ました。
城端は久しぶりの訪問ですが、先ず街の変化に驚きました。
街の中を従来の5倍もある太い道路が走り、両側には映画のセットの様な町並みが続いています。
 又むぎや祭も60回を迎えますが、街の変化に合わせて構成が変わりました。
広い道路を使っての”じゃんとこいむぎや”の開催です。
 民謡をアレンジした曲に合わせ、20人以上のチームが創作的な踊りを披露するイベントです。
今年は36チームが参加します。
これはこれで、時代の変化に合わせているのでしょう。
 当然昔ながらの民謡むぎや節、こきりこ節も本会場で披露されます。
それではどんな祭になったのか、楽しみに見てきます。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  •  9月18日、今日からむぎや祭が始まります。<br />祭に参加する前に、街を一回りしてみましょう。<br />ここは街の真ん中、織物組合の前 こんなモニュメントが在りました。<br />ここをスタート地点にしましょう。

     9月18日、今日からむぎや祭が始まります。
    祭に参加する前に、街を一回りしてみましょう。
    ここは街の真ん中、織物組合の前 こんなモニュメントが在りました。
    ここをスタート地点にしましょう。

  •  城端は三方を山に囲まれた街で、街の産業は江戸時代から昭和の時代まで繊維産業が主力でした。<br /> 又山の麓に在る為、坂の多い街でもあります。<br />この写真は、織物組合から20Mほど離れた坂の上から眺めた風景です。  

     城端は三方を山に囲まれた街で、街の産業は江戸時代から昭和の時代まで繊維産業が主力でした。
     又山の麓に在る為、坂の多い街でもあります。
    この写真は、織物組合から20Mほど離れた坂の上から眺めた風景です。  

  •  城端は、蔵の街でもあります。<br />ここは表通りから1本裏に入った通りで、豪商の蔵が並びます。<br />通りには、祭の飾りがされています。

     城端は、蔵の街でもあります。
    ここは表通りから1本裏に入った通りで、豪商の蔵が並びます。
    通りには、祭の飾りがされています。

  • 同じ通りの反対より写しました。

    同じ通りの反対より写しました。

  •  祭のメイン会場善徳寺の山門。<br />城端の街は、この寺の門前町として栄えたのが始まりです。<br />通りの両側には、露天が出ています。<br /> 表通りから歓声が聞こえて来ます、”じゃんとこいむぎや”が始まったようです。<br />早速見に行きましょう。

     祭のメイン会場善徳寺の山門。
    城端の街は、この寺の門前町として栄えたのが始まりです。
    通りの両側には、露天が出ています。
     表通りから歓声が聞こえて来ます、”じゃんとこいむぎや”が始まったようです。
    早速見に行きましょう。

  • 新しく出来た大通りを会場に”じゃんとこいむぎや”の始まり始まり。

    新しく出来た大通りを会場に”じゃんとこいむぎや”の始まり始まり。

  • コンクール形式で、終了後に審査結果が発表されるので、皆真剣です。

    コンクール形式で、終了後に審査結果が発表されるので、皆真剣です。

  • 群舞として見るも良し、ソロとして見るも良しです。

    群舞として見るも良し、ソロとして見るも良しです。

  • それでは、ゆっくりとご覧下さい。

    それでは、ゆっくりとご覧下さい。

  • 夕方からは時を同じくして、善徳寺会場で、むぎや踊り講習会が開催されています。

    夕方からは時を同じくして、善徳寺会場で、むぎや踊り講習会が開催されています。

  • 菅傘を持って、見よう見真似です。

    菅傘を持って、見よう見真似です。

  • なかなか上手く行きません。

    なかなか上手く行きません。

  • それでも皆真剣です。

    それでも皆真剣です。

  • 9月19日 祭本番の日です。<br /> 午前中から近くは富山、金沢から、遠くは大阪、名古屋から見物の人が押し掛けます。<br />JRも臨時の列車を走らせます。<br /> 祭は午前の麦屋節コンクール全国大会から始まりです。<br />東京からの参加者もいるそうです。<br /> 歌声が街中に響きます。

    9月19日 祭本番の日です。
     午前中から近くは富山、金沢から、遠くは大阪、名古屋から見物の人が押し掛けます。
    JRも臨時の列車を走らせます。
     祭は午前の麦屋節コンクール全国大会から始まりです。
    東京からの参加者もいるそうです。
     歌声が街中に響きます。

  •  踊りは、各町内の町並み踊りから始まります。<br />ちびっ子から大人迄の参加です。<br /> 灯ともす頃から佳境に入り、街のいたるところから歌声が聞こえます。

     踊りは、各町内の町並み踊りから始まります。
    ちびっ子から大人迄の参加です。
     灯ともす頃から佳境に入り、街のいたるところから歌声が聞こえます。

  •  むぎや踊り競演会は、16時から22時迄善徳寺会場で行われ、全部で16のチームが参加し、翌20日迄の2日間行われます。<br />当然本場の、越中五ケ山民謡保存会、麦屋節保存会 白川郷民謡保存会等も参加します。

     むぎや踊り競演会は、16時から22時迄善徳寺会場で行われ、全部で16のチームが参加し、翌20日迄の2日間行われます。
    当然本場の、越中五ケ山民謡保存会、麦屋節保存会 白川郷民謡保存会等も参加します。

  • ”浪の屋島を遠くのがれきて、薪伐るちょう深山辺に”<br />むぎや節のこの歌詞にうたわれる様に、壇ノ浦の戦に敗れた平家一門の落人が、越中五ケ山に隠れ住み、弓矢を鋤鍬に持ち替えて生活を続け、仕事の合間に歌い始めたのが、むぎや節のおこりと言われています。<br /> 紋付袴に腰に刀は、往時を偲んだものであり、又どこかもの悲しい歌詞と調べは、その心情を表したものとして、聞く者の心を打ちます。

    ”浪の屋島を遠くのがれきて、薪伐るちょう深山辺に”
    むぎや節のこの歌詞にうたわれる様に、壇ノ浦の戦に敗れた平家一門の落人が、越中五ケ山に隠れ住み、弓矢を鋤鍬に持ち替えて生活を続け、仕事の合間に歌い始めたのが、むぎや節のおこりと言われています。
     紋付袴に腰に刀は、往時を偲んだものであり、又どこかもの悲しい歌詞と調べは、その心情を表したものとして、聞く者の心を打ちます。

  •  それでは何故むぎや祭が、地元の五箇山でなく城端で行われるのでしょうか。<br /> それは五箇山があまりにも山の奥の秘境だからです。<br />今でこそ五箇山は、世界遺産にも登録され、東海北陸自動車道が開通しています、しかしその道もトンネルにトンネルが続く道のりです。<br /> 江戸時代は、加賀前田藩の領内ですが、それ故に加賀藩の流刑地となり、又幕府に隠れて煙硝を生産していました。<br /> 従い昭和の初めまで五箇山に行くには、山を幾つも越えねばならず、冬には交通が途絶しました。<br /> その五箇山への入口の街が城端でした、

    それでは何故むぎや祭が、地元の五箇山でなく城端で行われるのでしょうか。
     それは五箇山があまりにも山の奥の秘境だからです。
    今でこそ五箇山は、世界遺産にも登録され、東海北陸自動車道が開通しています、しかしその道もトンネルにトンネルが続く道のりです。
     江戸時代は、加賀前田藩の領内ですが、それ故に加賀藩の流刑地となり、又幕府に隠れて煙硝を生産していました。
     従い昭和の初めまで五箇山に行くには、山を幾つも越えねばならず、冬には交通が途絶しました。
     その五箇山への入口の街が城端でした、

  •  城端は善徳寺の門前町として賑わい、又その為市が建ち、加賀藩からは楽市楽座が認められていました。<br />又加賀絹の産地としても知られ、加賀友禅として、京、江戸と直接取引きを行っていました。<br /> その為加賀藩から、冬の間交通の途絶する五箇山への経済支援を町の有力者に委嘱され、その関係は昭和の始め迄続きました。<br /> 昭和26年第1回むぎや祭が城端で開催されましたが、至極当然として受け取られています。<br />

     城端は善徳寺の門前町として賑わい、又その為市が建ち、加賀藩からは楽市楽座が認められていました。
    又加賀絹の産地としても知られ、加賀友禅として、京、江戸と直接取引きを行っていました。
     その為加賀藩から、冬の間交通の途絶する五箇山への経済支援を町の有力者に委嘱され、その関係は昭和の始め迄続きました。
     昭和26年第1回むぎや祭が城端で開催されましたが、至極当然として受け取られています。

  •  現代を迎え、交通も発達して来ましたが、今さら五箇山に戻す事もならず、五箇山では、別に”こきりこ祭”を行っています。<br /> こきりこ節も全国的民謡です。<br />今女性が手に持って演奏しているのが”こきりこ”です。<br />

     現代を迎え、交通も発達して来ましたが、今さら五箇山に戻す事もならず、五箇山では、別に”こきりこ祭”を行っています。
     こきりこ節も全国的民謡です。
    今女性が手に持って演奏しているのが”こきりこ”です。

  • ”ささら”を鳴らしながら踊る、”古代神”の踊り

    ”ささら”を鳴らしながら踊る、”古代神”の踊り

  • 祭もたけなわですが、これにて終了します。

    祭もたけなわですが、これにて終了します。

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