2002/05/28 - 2002/05/29
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yasyasさん
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ラバトへ出発
ホテル前の通りでタクシ−を拾い、9時発の列車に乗るべく駅へ急ぐ。今度はチケット買いも慣れてスム−ズにゲット。ラバト・ヴィレまでの料金は29.5DH(約350円)。安い運賃でありがたい。改札を通り抜けてホ−ムへ出ると、赤とベ−ジュの明るいツ−ト−ンカラ−の列車がすでに待っている。この時間の乗客はさほど多くはない。
定刻に発車した列車は、ラバトへ向けて快適に走行する。流れる車窓の風景は、今朝も青く晴れ上がった空の下に限りなく広がる原野の大地である。その所々に畑が耕されて野菜などが植えられている。走っても走っても、この風景の連続である。そんな中を走ること50分、列車は静かにラバト・ヴィレ駅に滑り込む。
このラバトの町には3つの駅があるので注意が必要だ。ラバト・アクダル駅、ラバト・ヴィル駅、そしてラバト・サレ駅である。このうちラバト・ヴィル駅が中央駅に当たり、ラバト・サレ駅は隣町のサレにある。もちろん、ヴィレ駅で降りることにする。ホ−ムに降り立ち、ここで駅のホ−ムの風景をカメラに収める。首都の駅だけあって、小ぎれいな感じである。
ラバトのこと
商業の中心カサブランカに対して、ここラバトはモロッコの行政上の首都である。規模は小さいが、緑豊かで落ち着きのある田園都市といわれる。新市街には各国の大使館が並び、近代的な官庁のビルやフランス風のレストラン、カフェが並ぶ。欧米化されていない庶民の生活で活気あふれる旧市街のメディナやムワッヒド朝時代のカスバ(城塞)などがある。
この町の歴史は古く、10世紀にベルベル人のゼナ−タ族がこの地に「リバ−タ」と名付けたのだが、それがラバトの名の由来となっている。当時、要塞がつくられ、その後ムワッヒド朝時代にはカスバがつくられている。17世紀になると、レコンキスタ運動により、スペインのアンダルシア地方から多くの難民が流入。その後、商業貿易の中心地として発展し、1912年にモロッコの首都となった。
ここでの観光予定は、メディナ、カスバをはじめ、数ヶ所の観光ポイントをめぐり、隣町のサレの町まで足を伸ばすつもりだ。
(この続きはこちらへ⇒ http://yasy7.web.fc2.com/ )
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ホテルの窓から見たラバト市街の風景。正面の茶色の建物が国会議事堂。
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Moulay Youssef通り
ヤシの並木が美しい。 -
朝のカサ・ポール駅
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ラバトへ向かう車窓の風景
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ラバト・ヴィル駅のホーム
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ラバト・ヴィル駅
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目抜き通りのムハンマド5世通り
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駅前の広場
向こうにモスクのミナレットが見える。 -
メディナの入口
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メディナのスイカ通り
向こうにモスクが見える。 -
ウダイヤのカスバ。この城壁の内側はウダイヤ庭園になっている。
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カスバの入り組んだ路地
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路地の向こうにモスクが見える。
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小鳥がさえずる静かなウダイヤ庭園
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ブ−レグレイ川を挟んで、その対岸にサレの町が見える。右手の奥の方にはハッサンの塔が見える。
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城壁の突端にあるカフェ
対岸のサレの町が一 望で きるナイスビューポイント。 -
美しい文様が描かれた手の刺青。
間もなくすると消えるらしい。 -
川底からそびえる城壁の突端。背後に見える白い建物群がカスバの住居。
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騎馬姿の衛兵
一杯くわされた! -
ムハンマド5世の棺
白い大理石が映えて美しい。 -
ハッサンの塔
高さ44m -
ムハンマド5世の霊廟
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シェラ遺跡の城壁
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遠くの白い建物が王宮
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10世紀時代に築かれたルワーの門
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名物「クスクス料理」
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メインストリート
ムハンマド5世通りの夜景
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