1994/01/20 - 1994/01/27
1364位(同エリア2723件中)
北風さん
「観光客相手の乗馬ガイド求む!」なる張り紙が、ケアンズのモールに貼ってあった。
そして、それが全ての始まりだった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
気がつくと、ケアンズ近郊の牧場に来ていた。
牧場主の「乗馬の経験は?」との問いに、「馬に触った事もない!」と胸を張って答える。
・・・2人の間に重い沈黙が流れる。
「でも1週間で乗れるようになる!」と言い切り、オージー・イングリッシュで定番の「No worry mate!(心配いらないぜ、兄弟!」でしめくくる俺がいた。
雇用条件は、日給800円!(8000円ではない)のまかない付き。
日本でサラリーマンをやっていた時は、日給になおせば20000円以上はもらっていた気がするが、観光ビザでまともに働くわけにはいかないし、経験は金じゃ買えない。
(無料で乗馬スクールに入ったと思えばいい。いや、思うしか無い)
その日から、上野のイラン人と同様の不法労働者として、牧場に住み込む事になった。 -
カウボーイ頭のジョンの説明は簡単なものだった。
「馬の蹴りで頭蓋骨が砕けた奴を見た事がある。じゃぁ、とりあえず、馬を洗ってくれ!」
・・・生まれて初めて馬に触る人間だぞ、俺は! -
ジョンの説明に、口笛を吹きながらブラシを動かせる程、タフな男になりたかった。
しかし、現実は、非常に緊張しながら、恐る恐る馬との第一種接近遭遇を試みている俺がいる。
ゆっくりとホースで水をかけながら、右手のブラシを脇腹辺りに当ててみた。
瞬間、馬が「ビクッ!」
途端、俺も「ビクッ!」
心無しか、馬も緊張している気がするのだが・・・
うららかな午後、馬と俺の間だけ、非常に空気が張りつめている。
それとも、この馬、必殺の一撃を狙っている? -
旅日記
「馬に乗った日」
初めて馬を前にした時、牧場主の言葉は簡潔だった。
「乗れ!」
「アクセルは、両足の内側で馬の脇腹を蹴ろ!」
「ブレーキは、手綱を引け!馬は臆病だから、手綱で引っ張られて顔が空を向いたら、前が見えない恐怖で止まる」
「ハンドルは、行きたい方向に手綱を引け!」
「じゃぁ、あと1時間程で観光客が来るから、ジョーと一緒にガイドをしろ!」
オージーは面倒くさい事が大嫌いだった。
生まれて初めて馬に股がった人間を前にしても、言いたい事だけを言ってスタスタと去って行く姿は、清々しささえ感じるくらいだ。
さて、どうしよう?
あと1時間で本番が始まるならば、とりあえず迷っている暇はないみたいだ。
恐る恐る、アクセルを試してみた。
馬がノソノソと歩き始めた。
・・・これは・・・おもろい?・・・
もうちょっと、強めに蹴ってみた。
周りに風が巻き起こる。
景色が恐ろしいぐらいに、後方に流れ出した。
・・・これは、暴走している?
しかし、乗り物に股がってスピードを出すこと自体は、バイク・フリークの人間にとって、それほど珍しい事ではなかった。
(伊達に限定解除を持っているわけじゃない)
そう、俺は乗馬を楽しんでいた。
前方に大木が立ち塞がるまでは・・・
手綱を思いっきり引いて、急ブレーキ!
・・・のはずなのだが、変だ!止まる気配がない!
それならばと、右にステアリングをきって、急ターン!
・・・のはずなのだが、曲がらない!止まらない!
「STOP!」と叫んでみたものの、まさに馬耳東風、そして猪突猛進!
俺は、現在、右45°上方を見上げたまま爆走直進している馬の上で、海外旅行保険の補償額を思い出そうとしている。 -
旅日記
「牧場の朝」
目覚ましは朝5時に鳴り始める。
まだ辺りも薄暗い中、寝袋から這い出し、生乾きのジーンズに足を通す。
連日の過労で、脳みそはまだ完全に眠っている状態の中、身体だけが日常を繰り返し始めた。
そう、馬を集めなければ!
牧場では、立ったまま眠っている馬が、物音に気づいて足踏みを始めている。
全く草食動物の警戒心には脱帽だ。
こいつら、死ぬまでに熟睡するなんて事はあるんだろうか?
眠りから覚めて10分後、俺は全力疾走に入っていた。
小学校の校庭程もある牧場を、薄暗がりの中、奇声を上げて馬を追い立てる。(暖気運転無しで、いきなり高速道路を突っ走る事が、どれほど中古車にダメージを与えるかが理解できる)
俺は心臓の耐久テストをやっているのでは?
方々に散らばっている馬をどうにか集めた頃には、既に朝日が昇っていた。
ジョーがトラックからドラム缶を蹴り落とした。
中には、昨日スーパーからもらってきた、賞味期限切れのパンがギュウギュウに詰まっている。
あれほど逃げ回っていた馬が、我先にドラム缶に顔を突っ込もうとするが、今度は俺が追い払う番だった。
何故なら、これは『俺の』朝食でもあるから・・・
働き始めた当初、ジョーがいきなりドラム缶に手を突っ込み、食パンを探し始めた時は、それほど腹が減っているのかと同情した記憶がある。
が、しかし、現実的に、ここでは、これ以外、朝食は出なかった。
上野の不法労働イラン人もビックリの労働待遇だった。
現在の俺の立場は、アメリカ暗黒時代の黒人奴隷に近い気がする。
草むらにしゃがみこみ、朝日を浴びながら、馬と朝食を取り合うシーンなぞ、俺の人生のシナリオには無かったはずなのだが・・・ -
毎日、毎日、途切れなく観光客がやって来る。
これほど儲かっているはずなのに、俺の待遇も、日給(800円)も何ら変化が無いのはどういう事だろう?
観光客相手の乗馬ツアーは、主に裏山のジャングルを巡った後、海岸線を走るというものだった。
牧場に来て4日目、馬に乗って4日目の俺の仕事は、グループのしんがりを務める事だ。
ただついて行くだけと思っていたら、この仕事はとんでもなく重労働だった。 -
ただでさえ馬に乗るのが初めてという、おじさん、おばさんが一列に並んで進めるはずもなく、馬は馬で勝手に立ち止まってはそこらへんでムシャムシャ栄養補給している。
首から何台ものカメラをぶら下げながら、リクエストの度にシャッターを押して、列を整え、立ち止まる馬を追い立てる。
しかも、公共の道路に出れば、いちいち降りて馬の糞の始末までしなければならない。
乗馬って優雅なイメージがあったのだけど、・・・
時折、俺を見つめる馬の瞳に、同情に似た光が映る気がする。 -
裏山のジャングルは、本格的な熱帯雨林だった。
インドネシアで見た様な熱帯植物が、あちこちでおどろおどろしい姿でぶら下がっている。 -
ここまで、自然100%という事は、毒蛇、毒蜘蛛も当然、登場機会をうかがっているらしい。
ここは本当に牧場主の土地だろうか?
国立公園じゃないのか? -
しかも、このツアーのルートには、整備された山道なんてものはありえなかった。
いきなり目の前に現れる小川、険しい登り坂、泥沼が待ち受ける下り坂!
とても素人の観光ルートには見えやしない。 -
馬も時々、仕事が嫌になるらしい。
(そういう気持ちは非常によく理解できるが・・・)
そんな時、馬は突然暴れだす。
まさにじゃじゃ馬状態だ。
こんな時に、オージーがやる事はただ一つ。
ポパイみたいな力こぶが盛り上がった右腕を振りかざし、馬の後頭部に幻の右を叩き込む!
・・・多分、動物愛護団体の客だけは、うちのツアーは受け付けないだろうなぁ。 -
イチオシ
牧場に来て4日目。
たった4日といえど、馬と一緒だった時間は、そこらへんの乗馬クラブの何ヶ月にもあたる密度だった。
(どんな乗馬クラブでも、馬と食料を奪い合う程密接な関係にはならないだろう)
気がつくと、「暴れん坊将軍」が出来る程に馬を乗りこなしている自分がいた。 -
旅日記
「生まれて初めての海難救助」
犬が「犬かき」をするのは知っていた。
しかし、この大陸では、馬が「馬かき」をしていた。
ツアーの最終地点は、遠くグレートバリアリーフが沈む海岸線が横たわり、
観光客の中の希望者は、この海岸線を走り、海に流れ込む15m程の小川を馬で渡る事ができた。
(当然ガイドの俺は、毎日下半身びしょ濡れでツアーを終える毎日だった)
ある日、過労気味の俺の馬が、「溺れた!」
当然、俺を乗せたまま!
沈み行く馬から、あわてて飛び降りる!
ぐったりと横を向いて浮かぶ馬の首に腕を回す!
そのまま、ヘッドロックをした状態で、とにかく鼻面だけは海面に出す事に成功!
人命救助ならば、このまま岸を目指して泳ぐ所だが・・・
重い!当たり前だが、重すぎてビクともしない!
他に俺に出来る事は・・・
と、いうか、この牧場で馬に言う事を聞かせる為に教えてもらった事は、・・
俺は、馬の鼻面に幻の右を2発打ち込んだ。
条件反射は「パブロフの犬」だけではないらしい。
馬は、気を取り直し?俺より速く岸を目指して泳ぎ始めた。 -
イチオシ
イメージとはだいぶ遠い所にたどり着いた気がするが、
とにかく俺は、『カウ・ボーイ』になった!
・・・かも
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