2010/11/27 - 2010/11/28
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ゆらのとさん
学生時代の友達7人と晩秋の四国路を旅行した帰り、熱海に立ち寄った。是非とも訪ねたい所があったのである。
それは熱海にあるヒマラヤ桜だった。外国の桜に関心を持つようになって数年後、熱海に桜の発祥の地のネパールから贈られた秋に咲くヒマラヤ桜があることを知った。私は、是非、訪れたいと思っていたが、それが、奇しくも10月訪ねたネパールの桜の1ヶ月後に実現できたのは不思議な巡り合わせである。
10月28日、午前8時に熱海駅前のビジネスホテルを後にして、目的のヒマラヤ桜に向かった。その日は抜けるような青空ガ広がっていた。
熱海のヒマラヤ桜は市街地にあるのでない。熱海から伊豆急行で二つ目の伊豆多賀駅で下車して徒歩で15分の熱海高校正門前の傾斜地に植えられているのである。
熱海市役所観光施設課から「ヒマラヤ桜の蕾が赤く膨らんできた」というEメールを5日前にもらっていたが、はたしてヒマラヤ桜は開花しているか到着するまで心配だった。
熱海高校は海に面した小高い丘の上にあって、かなり急斜面を登らなければならないが振り返れば相模灘、そして、みかん畑を縫って登るのは新潟では体験できない心地よさがあった。
熱海高校の正門を過ぎて20mの所に「ヒマラヤ桜」の立て札があった。雑木林の細道を30m下ると、ヒマラヤ桜が堂々と、いや、凛として青空に向かって六部咲きで咲いていたのである。決して染井吉野のような豪華さはない。しかし、太古の桜を偲ばせるに十分な野生的な桜の美しさがあった。
感動だった。そのヒマラヤ桜の由来(経緯)や1っ月前、ネパールで体験したことを思うとジーンと熱いものがこみ上げてきた。
この桜は1967年、当時、東京大学に留学しておられたネパールのビレンドラ皇太子が伊東市を訪問された時、熱海植物友の会が熱海の桜を献上したら、翌年、ネパールよりヒマラヤ桜の種が贈られた。その種を熱海市下多賀の市営農場で播種(はしゅ)、育成し、熱海高校前に植えられたものなのだそうだ。
その時のビレンドラ皇太子は後の五代ネパール国王である。ビレンドラ王は桜の好きな優しい王であった。カトマンズの宮殿にはネパールの桜や日本の桜が春秋咲き匂っていたそうだ。
ネパールの国民を愛し、国民からも尊敬され、民主主義に向かおうとしていた矢先の2001年6月、ビレンドラ王とその親族11人が、銃殺されてしまったのである。
そして、最近、ビレンドラ王が愛した宮殿の桜の木はほとんど伐採されたことを、私はネパールに行って初めて知った。(ゆらのと徒然草・266参照)
国王の死は国民をどん底に突き落とした。 国民の悲しみと嘆きは、今でも続いている。
私は熱海のヒマラヤ桜の下で、ぼんやり佇んでいた。とても静かなひとときであった。
その時、「ピィッ、ピィッ」という鳥の鳴き声がした。何鳥だか分からない。山鳩ではない。鳶でもない。鴎でもない。能天気の私は、それがビレンドラ王の御声のような気がしてならなかった。
空に映ゆ
ヒマラヤ桜の
やさしさは
ビレンドラ王の
心ありなん
ビレンドラ王の御霊が空を超え、海を渡って、熱海のヒマラヤ桜の下で眠っているような気がして、自ずと合掌をしてしまった。
おっちょこちょいと言われてもいい。偽善者と言われてもいい。ネパールの今の惨状(貧困と悪い政治)を見た私は、ネパールに安らかで平和の日々が来ることをビレンドラ王に祈らずにいられなかったのである。
御礼:熱海市役所観光施設課からいろいろと情報(桜の由来、開花時、地図)をいただき、ありがとうございました。御礼申し上げます。
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ゆらのと=峰村剛 (長岡市在住)
お知らせ:次回からブログの更新は週一に戻します。
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