2010/11/25 - 2010/11/25
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井上@打浦橋@上海さん
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私は普段は上海に住んでいるわけですが、3・4ヶ月に1回、横浜に戻ってきます。
上海にいる時に、横浜中華街にある梅蘭という店に、面白い焼きそばがあるということを知りました。
いや、上海のかた焼きそばに、両面黄というモノがあるんですが、それの変形スタイルなのかなと思ったのです。
両面黄は[ リャンメンホアン ]と言いまして、ゆでた麺を円形の塊りにして、それを両面、油で焼き上げ焼き色をつけまして、その麺に野菜や肉やエビなどの具材が入った餡をかけた焼きそばなんです。
どんなものかは、上海の両面黄を取り上げた下記をご覧下さい。
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/album/10468303/
その面白い焼きそばが、どんなものなのかを確かめに中華街に出かけました。
そこを目指す際に、寄り道した横浜公園や日本大通りや開港記念館の様子をアップしました。
上海ではほとんど体験できない紅葉にため息。
横浜は、いや日本はやっぱエエなぁとなったのでした。
-
日ノ出町のWINSに用がありましたので、まずは、そこへ行きましたが、生憎その日は休館。
歩いて、中華街を目指しました。
関内駅を過ぎ、横浜公園脇を通りましたら、紅葉が綺麗だったので入り込みました。
ココには昔、遊郭があったそうですね。
寒村だった横浜村は、横浜開港後に、人が集まり賑やかになり、そういったものも出来たんでしょう。
しかし、慶応年間にあった大火ですべてが焼き尽くされた後に、居留地に住む外国人の要望で、ココに公園が出来たとか・・・・。
上海でも、同じ頃、居住外国人の憩いの場として、公園が出来たわけなんですが、暫くは、地元の中国人は入場禁止だったそうです。しかし、横浜のこの遊郭跡地に出来た公園は、外国人は勿論のこと、地元の日本人も入場が許されたそうです。
ということで、彼我公園と呼ばれたそうです。
開園したのは、明治9年(1876年)だそうです。
上海のパブリックガーデン(今の黄浦公園)が出来たのが、1868年ですから、その9年後にココに公園が出来たということですね。
ココにある樹木は、ですから、100年以上の樹齢なんでしょうか・・・。
いや、関東大震災や、横浜空襲の際に一旦焼失したのかもしれません。
しかし、そうだとしましても、どの木も、樹齢50年以上のものなんでしょう。
そんな大木の下にあるベンチではベビーカーを押して、この公園に来たママ達が一休みです。 -
この方が、この公園の設計者のイギリス人土木技師のプラントンさんらしいです。
彼の業績が銅像の台座の前面にあるプレートの刻まれています。
横浜居留地測量
電信敷設
新橋・横浜間の鉄道意見書
吉田橋(鉄の橋)架設
居留地 下水道整備・マカダム式道路舗装・街路照明計画
水道計画
築港計画
新埋立居留地造成設計・施工
中村川拡幅等設計・施工
日本大通り設計・施工
修技校開校
横浜公園設計・施工 -
横浜公園を出ましたら、日本大通りの銀杏並木が向こうに見えてきました。
コレを見たら、ココを通り過ごすことは出来ません。
行くしかないでしょう。
やはり素晴らしい。
何かの用のために、この道を行く人も居ますが、この銀杏並木が目的でココに来た人も多いようです。
日本大通りの設計もプラントンさんらしいです。
日本で初めての西洋式街路だそうです。
当初は車道幅12m、その両側に幅12mの歩道・植樹帯がある形だったのを、関東大震災後に車道を22m幅に拡幅したとか。
名物の銀杏並木はその時に設けられたそうです。
しかし、最近になって(平成9年)、車道を9mにし、歩道を広げて現在の形にしたそうです。
当初のプラントンさん設計の形に戻ったということらしいです。 -
この建物はなんというのか・・・
結構古そうです。
調べましたら旧日本綿花横浜支店だそうです。
昭和3年(1928年)に出来たもののようです。
昭和35年からは関東財務局が使用するようになり、財務局移転後しばらくは、閉鎖されていたんですが、その後文化施設になったそうです。
そして現在の名は「 ZAIM ザイム」だそうです。
日本大通りに面した玄関はなかなか風格があります。
玄関の両脇と上部の飾り模様が歴史を感じさせます。 -
更に港方向に進みますと、前方になにやら人だかりが・・・・
ははあ、そうか、銀杏並木を描いた絵が並んでいます。
どれも水彩画。
水彩画愛好グループが、メンバーの描いた絵の品評をし合ってるんでしょう。
あるいは、講師が、それぞれの絵の評価をしてるんでしょう。
この絵の風景は、どこか・・・・
それは、このあと出てきます。、 -
更に日本大通りを港方向に行きます。
道を渡った角にあるのが、このアルテリーベ(ALTE LIEBE)というカフェです。
この辺りの風景が、上の水彩画のモデルのようです。
アルテリーベを通り過ぎ、振り返りました。
歩道部に置かれた椅子テーブルもアルテリーベが許可を得て設置したものなんでしょう。
この時期、小春日和の日のランチは、ココが特等席になってしまうのかも。 -
チョイと左を見ましたら、なにやら立派な建物が・・・
ああ、そうか神奈川県庁庁舎だな。
ここには昔、神奈川運上所というのがあったそうです。
それを表す表示板が角地に設置されています。
そこには・・・
開港にともない、関税と外交事務を扱う神奈川運上所が、今の神奈川県庁所在地に設けられ、神奈川奉行の支配に属していた。慶応2年(1866)類焼。翌年新築、横浜役所と称した。明治元年(1868)明治政府に移管され同5年(1872)横浜税関に改められた。
・・・・・・と書かれています。
コレが現在ココにある建物、神奈川県庁庁舎ですね。 -
この神奈川県庁庁舎は昭和3年(1928)に竣工したらしいです。
地上5階で、地下1階で大林組が施工したそうです。
正面屋上の塔は高さ48.6mで、「キングの塔」と呼ばれてるそうです。
こういう建築スタイルを帝冠様式というらしいですね。
Wikipedeiaに書かれてることをまるっきりコピペします。
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帝冠様式(ていかんようしき)は、昭和初期の日本で流行した、鉄筋コンクリート造の現代建築に和風の瓦屋根を載せた和洋折衷の建築様式である。
1930年代のナショナリズムの台頭を背景に、モダニズム建築に対抗して日本で発生した建築様式であり、現代的なビルに日本の伝統的な屋根を載せた非常に特徴的な意匠を持つ。「軍服を着た建物」という異名をもつ建築物様式としても知られる。
実用を兼ねて容易に日本的な意匠を表現できる事から、日本国内より寧ろ日本の植民地や、同盟国であった満洲国などに多く建てられ、現存するものも多い。しかし昭和初期に発生した事から、それ以前に日本の新領土として組み込まれた朝鮮や台湾などには少なく、それらの地域では日本統治時代の残照として古典主義様式が目立つ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■
ということで、こういう建築様式は、満州国に多く建てられたそうですね。そして、今も、それは中国の長春に残ってるそうです。当時日本人は長春のことは新京と呼んでいました。
さて、その今でも長春に残る帝冠様式の建物は下記でご覧下さい。
「旧満州首都 長春 街案内」
http://4travel.jp/traveler/nychito/album/10051354/
作者の真@tokyoさんは建築物大好き人間でして、上海の建築物巡りには、私もお付き合いさせていただきました。 -
神奈川県庁庁舎を後にして、中華街に向かおうと日本大通りを戻りましたら、向こうに見えてきたのが赤レンガの建物。
おお、あれは、開港記念館。
いやぁ、目立ちますね。引き込まれます。
ということで、行くことにしました。 -
中に入ってみました。
小中学生の頃には、ココへはまず来てるんだとは思いますが、記憶にはありません。
ココに来たという記憶は、20年くらい前の1回だけです。
古い建築物に興味を抱くようになっったのは、上海に住むようになってからです。
勿論それは、最初は、外灘の歴史的建築群からでした。
そういう気持ちで、建物を見るようになってからは、今回が初めてということ。
そういう目で建物内部を見ますと、やはり、歴史の重厚さを感じますね。
この建物当初から、開港記念横浜会館の名称で建てられたもののようですね。
1917年(大正6年)に竣工したらしいです。
この2つの画像は、中に入ってすぐの1階ロビーのものです。 -
2階へあがる階段は石造りですが、両脇の手すりは木製です。
その手すりが、また凝っていますね。
踊り場には、なにやらステンドグラスがはめ込まれています。
コレがそのステンドグラスの絵柄です。
横浜の海に浮かぶ黒船のような・・・・ -
2階のロビーといいますか、センターホールといいますか、周りにはいくつかの部屋がありますが、右側の部屋は、ステンドグラスによる絵画の展示室のようです。
正面といいますか東側には明り取りの大きな窓があります。
近づいてみましたら、この窓は1階まで続いているようです。
こちら側にも階段があり、1階に下りられるようになっています。
この大きな窓は東側に向いていますので、昔は朝陽が差し込み、このホールを明るくしたんでしょうね。 -
ステンドグラスの絵画が展示されてる部屋に入りました。
幾つか絵が並んでいましたが、どれも、横浜と一目で分かるような風景が描かれています。
でも、その中で、私の目を引き付けたのが、この絵です。
しかし、この絵柄を横浜らしいと感じる人はメチャメチャ少ないでしょうね。
コレを単独で見て、おお横浜だと感じ取る人はなかなかいないでしょう。
やはり、長年、野毛という横浜の下町で飲み歩いていない人でないと、そうは感じないはず。
そうなんです、この絵に描かれてるのは、競馬と立飲み屋と落語とジャズとゲイの町・・・・野毛・・・なんです。
そして、絵柄見て、スグ、おお、あそこだなとピンと来たのです。
コレがステンドグラスの絵柄の元絵ですね。
焼鳥の若竹と、餃子の三陽が並んでいます。
そしてコレが2006年の7月に撮った写真です。
餃子の三陽と焼鳥の若竹が並んでいます。
いや、三陽は何度か入ったことありますが、若竹はまあ入ったことありません。
私の大好きな番組「吉田類の酒場放浪記」でも、以前、この若竹、取り上げられていましたので、行こうと思っていたんですが行きそびれて・・・次回、横浜に帰った時は是非行ってみたいと思います。
私がよく行くのは、この2つの店の対面にある「萬里」というコレまた野毛では有名な中華料理屋ですね。
「吉田類の酒場放浪記」での若竹紹介記事は下記です。
http://sakaba.box.co.jp/blog/sb.cgi?eid=179 -
1階に下りました。
ここはなんでしょうか・・・
ここから外へ出られるのかと思いましたが、扉は閉じられれていました。
しかし、なんか吸い込まれるような空間でした。 -
外に出て、また建物を撮りました。
やはり格調高いですね。
横浜港開港50周年を記念して1917年(大正6年)に竣工したらしいです。
その後、大震災で一部を残し倒壊し、1927年に復旧したそうです。
時計塔ha高さが36あり、「ジャックの塔」の愛称で呼ばれ、「キングの塔」(神奈川県庁本庁舎)、「クイーンの塔」(横浜税関本関庁舎)とともに横浜三塔の一つとなってるそうです。 -
道を西へ行き、振り返りまた開港記念館を撮りました。
ココからのアングルもイイですね。
コレを見て、ああ、そうか、先ほど引き込まれてしまった空間は、この角の塔屋の部分なんだなと気が付いたのでした。 -
記念館を後にして、中華街に向かいました。
向こうに見える大きな建物は加賀町警察署ですが、その手前にある小さな建物は公衆便所です。
中華街の手前にある公衆便所ですので、便所も中華風で、呼び名も「洗手亭」となっています。 -
中華街善隣門手前にあるコンビ二・サンクスです。
中に入ってお酒の売り場に行きますと、やはりありますね、中国の酒が・・・・
芋焼酎やワンカップ大関などと一緒に並べられています。
紹興酒は何種類かありまして、横浜中華街紹興酒ってのもあるんですね。
また桂花陳酒もありますね。
まあ、ココまでは、中国の酒に興味ある人には知れ渡ってるとは思いますが、驚いたのは二鍋頭があるって言うことです。
56度の恐怖の酒です。
紅星二鍋頭ですから北京では一番出回ってるものですが、そんなのかコンビニに置いてあるとは・・・・おそらく日本中どこへ行っても、コレを置いてあるコンビニってのは、ココだけでしょうね。
値段は・・1260円になっていますね。
桂花陳酒は960円。
北京で買うんでしたら、二鍋頭が7・8元で、桂花陳酒のほうがグッと高いはずです。
紹興酒や桂花陳酒などは日本人も買っていくのかとは思いますが、二鍋頭は、まず日本人は買わないはず・・・中国人の中でも、上海人や福建人や広東人も買わないはずです。
北京人など、北方の人たちが買うんでしょうね。
日本人で買う人がいるとしたら、私だけです。
一番下は、今回、日本に帰るときに撮った上海の虹橋空港内の売店に並べられていた二鍋頭の小瓶です。
上海のコンビニにも売っていますが、コンビ二では4.5元ですが、ココでは28元になっていました。
なんで・・・こうナルのっ!!! -
中華街に入って、目指す梅欄はどこにあるのか、相当迷いましたね。
ここは生煎饅頭をやっていますね。
コレが中華街に出始めたのは、いつごろなのか・・・
まず、ココ2・3年なのかなと思いますね。
この生煎饅頭は、上海には昔からあるものです、いや、少なくとも、私が上海に住み始めた頃からある食い物でした。
当時は、豊裕生煎というチェーン店が有名でしたね、いや、今でも勿論、この店はあります。
でも、日本人観光客に注目され始めたのはいつかというと・・・・
呉江路というところに小楊生煎館という店が出来、そこの生煎饅頭が人気を呼び、その後、日本人観光客にも注目され始めたのが4・5年前。
ですから、横浜中華街にも現れたのは、その後のことなんでしょう。
やっと梅蘭を見つけました。 -
梅蘭は中山路と香港路を結ぶ狭くて短い道沿いにあります。関帝廟が目標になるでしょう。関帝廟通りを行き、関帝廟を超えてスグの道・中山路を左に行き、最初の脇道を右に行けばたどり着けると言うことです。
これが梅蘭の店先。
店先の壁には大きな宣伝看板がありますが、そこには、やはり梅蘭名物の特製焼きそばが取り上げられています。 -
ただ今5時18分。
ですから、まだ客は私一人だけ。
立派なメニューの表紙も、やはり名物焼きそばとなっています。
特製焼きそばはイロイロ種類があるようですが、頼んだのは標準タイプです。
そして、一人で食べるんなら、ちょっと小さめにしましょう、それだと150円やすくなりますから、店員と言って来ましたので、それを頼みました。
店員さんに、あなたは、中国はどこ?と尋ねましたら、山東だなんて言っていました。
運ばれてきた焼きそばは、小さ目と言うことでしたが、それでも、結構大きかったんですね。
まずは食う前に、中がどうなってるかを確認。
フムフム、こうなってるのね・・・・両面がカリカリに焼かれた麺の中に、餡がある。
どうやって作るんだろう・・・・と思いました。
上海のかた焼きそばを両面黄(リャン ミェン ホアン)と言いますが、梅蘭の焼きそばこそ、正に両面が黄色でした。
まあ、味は、通常の餡かけかた焼きそばと、変わることありませんでしたが、この独特な形状と言いますか、様子が話題になると言うことなんでしょう。
それと、外の麺はカリカリですが、中の麺は柔らかく餡に絡み合って、その辺が面白いと言いますか、不思議な感じがしますね。 -
さて、コレは、今年の6月のある日の私の夕食です。上海小吃のチェーン店・喬家柵というところで食ったのです。飲み物はビール2本と、上で出てきました恐怖の酒・二鍋頭の小瓶2本です。二鍋頭は店の隣のコンビニで買ったものでして、1本、4.5元でした。空港で買うと28元ですが・・・。料理は、まずは両面黄ですね。それと、宮保鶏丁とレタスの牡蠣油炒めですね。凄い量でしょう・・・・。
喬家柵の上海のかた焼きそば・・・両面黄は・・・・、
麺はやはり、両面が油で焼いてカリカリですが、中は柔らかい麺のままになっていまして、その麺の塊りに餡をかけたものです。
コレが上海式と言いますか本場の両面黄と言うことです。
梅蘭の両面黄は、その上海式の進化したものと言うことなのかも・・・・。
これで「晩秋の横浜・日本大通り&開港記念館&梅蘭の両面黄」は終わりです。
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この旅行記へのコメント (4)
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- りっちゃんさん 2010/12/09 10:56:55
- いくぜよ
- 打先生、お元気ですか。
今日の京都は木枯らし、
今年はまだまだ暖かいけれどちょっと冬らしい天気です。
昨日、こんなん見つけました。
http://shengjian.jp/shop.htm
なんと京都にできたのです、こんな店が。
ですが一個100円とはぼったくりではあーりませんか。
思いっきり町のど真ん中なので簡単に行けますが、
食べに行くのはなんか腹立つー。
たっちゃん「もうちょっと我慢したら飽きるほど食べれるで」
夏に行った時、
呉江路あたりの道が通行止めだった気がするのですが。
31日に上海に到着、13日に帰ります。
また超不便な虹口です。
出発が近くなったら連絡いたしますです。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2010/12/09 12:16:41
- 上海の小楊にソックリだぁ・・・
- りっちゃん、どうも。
上海は冬なんですがポカポカしています。
京都の生煎饅頭店、呉江路の小楊生煎館そのままじゃないですか。
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/pict/12680606/src.html
と
http://shengjian.jp/
は、看板の風合いも、店先の様子もソックリです。
なかなか日本人もやりますね・・・
いや、日本に住む上海人が関連してるのかも。
このネタ、MLに利用させていただきます。
> ですが一個100円とはぼったくりではあーりませんか。
ななななな・・・・・1個、100円とな・・・・
> 思いっきり町のど真ん中なので簡単に行けますが、
> 食べに行くのはなんか腹立つー。
> たっちゃん「もうちょっと我慢したら飽きるほど食べれるで」
そういうこっちゃぁー
> 夏に行った時、
> 呉江路あたりの道が通行止めだった気がするのですが。
・・・・のはずです。
> 31日に上海に到着、13日に帰ります。
> また超不便な虹口です。
> 出発が近くなったら連絡いたしますです。
是非、食事会やりませう。
-
- ちぃ912さん 2010/12/07 00:59:19
- 横浜もいいですね。
- どの写真を見ても一瞬。。おや、上海??って思ってしまいます。
やっぱ、だ〜様は導かれるように横浜から上海に行っちゃたのかも。
私は横浜も上海も憧れの場所です。
やっぱ、だ〜様は師匠なのだぁ〜〜。。
でも、師匠、、競馬はほどほどにしなはれや〜〜。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2010/12/07 07:02:33
- 横浜もイイんですよね・・・
- ちぃさん、どうも。
横浜には長く住んでるんですが、
横浜のことに関しては、あまりよく知らない。
知ってるところは、下町の野毛あたりだけ。
また、地理に関しても、上海なら頭にビッシリ、キッチリ入ってるんですが、
横浜の地理に関してはおぼろげ。
いずれ、横浜にもドップリはまるつもりです。
> でも、師匠、、競馬はほどほどにしなはれや〜〜。
はい、ほどほどにやってるつもりなんですが・・・
熱くなるってことはないんですが、
なんか、もう、習慣というか、なんというか・・・
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