2010/10/27 - 2010/10/27
59位(同エリア291件中)
captainfutureさん
- captainfutureさんTOP
- 旅行記118冊
- クチコミ7件
- Q&A回答1件
- 232,817アクセス
- フォロワー45人
【【【 2015年1月現在、現地情報によると、独立派テロ頻発の為、カシュガル郊外、ホータン郊外、ヤルカンド・グマ・ケリヤ等の全域において、外国人は厳しく立ち入りが禁じられています。 もし入った場合は公安にその協力者とみなされ拘束の上、カメラ・ビデオ等は有無を言わさず没収されますのでご注意下さい。 】】】
2010年10月27日(水)
2010秋ウイグル? 【旧市街の西側 前半/カシュガル】の続き
今旅の大きな目的の一つ、カシュガル旧市街巡り。
昨秋も歩き回ったが、特に今年に入ってから、旧市街の破壊が非常に凄まじくなっていると先月行って来た知人に話を聞き、もう一度見ておきたいと思った。
職人街沿いの店は残っているが、少し路地に入っただけで更地や半壊しているところがかなり多かった。
商売替えや閉店している店がある一方、見覚えのある店や店主もいてほっとした。
旧市街が旧市街であった最期の姿を撮っておきたいと、ついつい写真数が多くなってしまった。
2009年9月訪問時の旧市街西側
http://4travel.jp/traveler/captainfuture/album/10396471/
*時間は全て北京時間、1元は約12円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー バイク
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回訪れた街
ヤルカンド、カシュガル、クチャ、ウルムチ
(中国新疆ウイグル自治区)
カシュガル:漢代(紀元前200から紀元後200年)にはオアシス都市国家である疏勒国の都であった。疏勒はタリム盆地南部を通るシルクロード南路の要所であり、唐の玄奘(602 - 664年)も訪れた。明代(1368 - 1644年)にはヤルカンド・ハン国に属した。人口の80%は土着のウイグル族。カシュガル大都市圏人口は120万人。古くからイスラムの拠点都市としても発展した。 -
2010秋ウイグル? 【旧市街の西側 前半/カシュガル】の続き
2階解体後、レンガを板を使ってトラクター荷台に積み込んでいた。 -
-
-
-
路地に入ってみる。
イスラム式挨拶後、少し英語を話す青年に中を見て行くか?と声を掛けてくれた。 -
内側から見た上の写真の玄関。
中央の洗濯機がゴオンゴオンと唸っていた。
右下の階段を上がって、 -
1階の応接間
-
ここも天井はサンルーフになっていた。
その後2階に上がり、 -
この部屋も見せてくれた。
この家も近い将来取り壊しされるようだ。
お礼を言って後にする。 -
-
右のスイカを脇に抱えたおじさん達が挨拶してくれた。
-
少年が金属の輪っかのノブを何度も鳴らすとやっと友達が顔を出し、一緒にどこかに連れ立った行った。
-
-
解体後の羊の頭やひづめを処理していた。
「これは、ヒツジの頭と足の表面を燃やして処理しているところです。ヒツジの頭と足も表面の毛などをきれいにして、その後煮込んだりして食べるのですが、その初めの処理は、こうしてかなりの火力が必要なので、専門にこの仕事を請け負う人たちがいます。」横井さんのHPより。
http://www.kaze-travel.co.jp/yayayyyiaaenoaeiaaeieyytheoaie12i21aeusilkroad.html
先日のヤルカンドの市場では、処理前の頭一つが20元(240円)で売られていた。 -
-
職人街の庫木代尓瓦扎路に出て来た。
この路を北上してみる。 -
上の標識前のスーバー。
-
左は歯科。
右の店に入ってみる。 -
時計修理と油を扱っていた。
-
ここにもモスクが。
-
上のモスクの左隣りはガラス屋になっていた。
-
靴屋。
昨秋は気付かなかった。
今年出来た店かな。 -
この界隈は奥に工房を持つ楽器店が集まっていた。
そのうちの一軒。 -
彼は20代半ばにして6代目当主とのこと。英語が堪能。
-
伝統楽器ラワープという楽器(右)に使う3m位の蛇革が吊るしてあった。
約10年前に演奏団の一員として日本訪問をしたという奏者がいて、ラワープで「四季の歌」「さくさくら」を演奏してくれた。
オススメ↓(1分24秒)
http://www.youtube.com/watch?v=RTeOkHsTviw -
この店はウイグルの有名な楽器演奏者御用立しで、奥には有名なドタール奏者アブドゥレヒム(Abdurehim)氏来店の写真等、ところ狭しと飾られていた。
ラワープでウイグルの曲(40秒)
http://www.youtube.com/watch?v=YQhuTOiMutQ
別の楽器店にて、二胡のようなウイグルの伝統楽器(31秒)
http://www.youtube.com/watch?v=2VYJOLexaWU -
「上の楽器店近くにあった楽器製造工房。
2人のおじさんの真ん中に楽器の部品がいくつか転がっています。
設計図に乗せてカーブを付けているのは、形を見る限りでは多分
ドタールかタンブールあたりの胴体部分だと思われます。」
(因智喜旅遊のミポさん、有難うございます! てっきりせいろ作りだと思っていました) -
店の前にはストーブと、バケツの水に浸した材料の木の板が置いてあった。
-
ストーブが温かくなった頃に軟らかくなった木の板を巻いてカーブを付け、
-
膝の上の設計図に板の曲がり具合を重ね合わせ、何度も確認しながらカーブを付けていた。
-
-
別の楽器店の奥にあった工房
-
この界隈はナン屋と卵屋がいくつか並んでいた。
-
職人街の庫木代尓瓦扎路、吾斯塘博依路、菜巴扎路など、5本の路が交わる大きな交差点。
職人街の庫木代尓瓦扎路はここで終わる。 -
この交差点の2階にあるチャイハナ。
もう17時半(現地15時半)頃。 -
昨秋は、ここからこの交差点を行き交うウイグルの人々を見ながらチャイを飲んだ。
今日もテラス側は地元の男性達で満席のようだ。 -
交差点
-
交差点から吾斯塘博依路のエイティガール寺院方面(東)を見たところ。
-
職人街の庫木代尓瓦扎路が、同じく職人街の吾斯塘博依路に突き当たった辺り。
1階に歯医者が見える。 -
交差点から吾斯塘博依路の、云木拉克夏路(チニバグ賓館前の大通り)方面(西)を見たところ。
-
交差点にある食堂
-
同上
-
菜巴扎路に入ってみる。
-
香辛料屋。
微妙に色が違う香辛料がいくつか袋に入れられ並べてあった。 -
香辛料と野菜。
左には器用に編み上げた沢山のにんにくが吊るされている。 -
菜巴扎路
-
菜巴扎路
-
菜巴扎路
-
このナン屋では、女性が風呂敷に包んで10枚位買って行った。
-
菜巴扎路
-
隣りのナン屋
-
左には沢山用意されたベーグルのようなナンを、
-
窯(トヌール)に張り付けていた。
上に付いたゴマの香ばしい香りと共に、パンを焼くいい香りがしていた。 -
肉屋
-
ジュワプ(羊肉餡の餃子)やワンタン、祭り菓子のサンザのようなイラストの看板が。
-
中に入らせてもらうと、手前の製造機からはサンザ等に使うのであろう極細の糸状になった練り物(写真には写っていない)や、奥の製造機ではワンタン等を作るのであろう生地状の練り物が出て来ていた。
-
ここでもベーグル状のナンを焼いていた。
-
-
ウイグル菓子屋
-
壁紙等を扱っているようだ。
-
-
ポンポン菓子のようなものを売っていた。
左の男性はお客で、少年が鍋で作っていた。 -
菜巴扎路
-
菜巴扎路
-
派手な看板なので入ってみると、
-
招待状屋だった。
-
結婚式や赤ちゃんの誕生日用等。
ヤルカンドで24日に頂いた結婚式の招待状もこんな感じだった。
中央の盛装した少年の図柄のものは割礼式のものだろう。
以前トルコでこういう格好をした少年を家族でお祝いしているところを見たことがある。 -
-
引き返して、また先程の交差点に戻る。
自転車修理屋。
良く見かける露店の車輪も修理するのだろう。
そういえば、今回のカシュガルでは昨秋では良く見かけた家畜が引く車をほとんど見かけなかった。 -
何の看板もない店だが、人が出入りしているので入ってみると
-
右の茶色の扉は仕立て屋。
ミシンと奥に沢山のボタンが入った袋があった。 -
左の青色の扉も仕立て屋で、何台かのミシンとアイロン台があった。
-
あ、この男性は昨秋、新市街の解放南路近くで私が軽食を食べた露店のおじさんだ。
わざわざ旧市街から露店を押して来ていたのか。 お疲れ様です。
http://4travel.jp/traveler/captainfuture/pict/17525236/src.html -
菜巴扎路
-
菜巴扎路
看板もない小さな店の扉が続いているが、もう店を畳んだのだろうか。 -
菜巴扎路
さっきまで右の青色の扉が開いて、お爺さんと孫が出入りしていた。 -
菜巴扎路
何と韓国日用品店なるものが出来ていた。 -
靴下や毛糸の帽子、手袋等が吊るされた露店
-
菜巴扎路
オート三輪では大きな石炭が売られていた。 -
ジャケットの露店
後ろのモスクを良く見ると、左右の門柱のミナレットが壊されている。
ここも近い将来取り壊されるのか。 -
職人街の吾斯塘博依路に戻って来た。
歩き方にも紹介されている「タジク族のアクセサリーを扱う店」。
わざわざショーウィンドウから出して見せてくれた。
いくらくらいなんだろう。
おじさん達はタジク人ではなくウイグル人とのことだった。 -
その奥の工房。
-
その隣りのアクセサリー屋。
-
その奥の工房。
-
装身具や、ホータン石、骨董品(昔の貨幣等)等を扱っている店。
-
職人街の吾斯塘博依路
蜂蜜屋 -
職人街の吾斯塘博依路
楽器屋 -
この男性も昨秋、撮らせてもらった。
お元気そうだった。 -
職人街の吾斯塘博依路
この界隈は金のアクセサリー屋が集まっていた。 -
-
吾斯塘博依路を北に入る艾格孜艾日克路に入ってみる。
-
艾格孜艾日克路
この建物の左に入った最初の店は、 -
仕立て屋になっていて、ここの主人が作ったというウイグル民族衣装の子供用ベストが店前に並べてあった。
中にはミシンがあり、壁には骨董品の壺がづらりと並べられていて、どうだと声を掛けられた。
昨秋の断食明け祭り(ローズヘイト)では通りでこれを来た子供達を何人か見た。 -
細いトンネル状の路地には、ロバ車に引かれた石炭屋が停まっていた。
-
もう19時半。
吾斯塘博依路を云木拉克夏路(チニバグ賓館前の大通り)方面(西)に向かい宿に帰ることにする。 -
-
理髪店
-
-
-
シャワー屋。
ガラス越しに様々なシャンプーや石鹸、タオルが売られてあるのが見えた。
シャワーは階段を上がって2階にあるようだ。 -
独特の格好をしたパキスタン人に会った。
ペシャワールからとのこと。
この街ではパキスタン人をたまに見かけた。 -
そのパキスタン人の奥でスイカ売りを囲んで立ち話をしていた男性達。
-
云木拉克夏路(チニバグ賓館前の大通り)に出たが、宿を素通りしてチニバグ賓館から近い旧市街のこの路地に入ってみた。
-
ここも更地に。
-
-
ここの肉入りナン屋の主人も懐かしい。
元気そうだった。
今日は窯の掃除をしていたようだった。
昨秋の手際良く作っていく様子↓
http://www.youtube.com/watch?v=W1FSCogukU8 -
夕食はチニバグ賓館横のパキスタン・カフェへ。
10席位の店で、客はパキスタン人とウイグル人が半分ずつ位だった。 -
マトン・カレー、チャパティー(パキスタン風の薄い軟らかいナン)、チャイ(ウイグルのチャイとは違い、甘いミルクティー)のセットで18元(216円)。
10種類位のセットメニューの中から、一番パキスタンらしいものをというと、これを選んでくれた。
いつまで経ってもフォーク類が出て来ないと思ったら、手で食べるようだった。頼んで持ってきてもらう。辛くしないように頼んでいたためか、美味しかった。
帰りはチニバグ賓館直ぐ隣りに新しく出来たイスラム調高級ホテルを覗いてみる。ダブル朝食付き188元(2,256円)からあり、一階のレストランも高級な感じ。とても賑わっていた。部屋も見せて貰ったが、なかなかいい感じだった。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
captainfutureさんの関連旅行記
喀什(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
109