2010/08/14 - 2010/08/14
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Giraudさん
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ロンドンから日帰りで、主にイングランドのゴシック建築を巡る旅。
3日目の前半はバース。
ローマ浴場とバース寺院を見学しました。
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バースへの列車は、ロンドン・パディントン駅から。
ちなみに今回宿泊したのは駅構内のヒルトン・パディントンでした。
ロンドン・パディントンLondon Paddington駅8:00発
バース・スパBath Spa駅9:24着 -
バースの駅前。
あいにくの雨模様。 -
バース寺院とローマ浴場の入口。
ますはローマ浴場(ローマン・バス博物館)から見学しました。
入口ホールはヴィクトリア朝時代の迎賓館。 -
ローマ時代のバース、旧名アクアエ・スリス(スリスの泉)の再現図。
スリスとは先住民のケルト人が崇拝していた泉の女神のこと。
街の別称アクアエ・カリダエは、ずばり“温泉”の意味。
西暦65年〜75年頃にローマ人が浴場と神殿を建設しました。
ローマの支配以前、紀元前9世紀の古代ブリテンの王ブラドッドBladud(シェイクスピアの悲劇で有名なリア王の父にあたる人物)が源泉を発見して疫病を治癒、のちに街を建設したのがバースの起源という伝説もあります。 -
ローマ浴場(左)とスリス・ミネルヴァ神殿(右)の模型。
ローマ人は先住民の女神スリスを、ローマ神話の治癒の女神ミネルヴァ(ミネルウァ)と同一視して神殿を建立しました。 -
1790年に発掘されたスリス・ミネルヴァ神殿の破風。
中央には蛇髪の怪物ゴルゴンの首の彫刻。
ペルセウスに退治されたゴルゴンは、ギリシア神話の女神アテナに相当するミネルヴァに贈られて鎧の胸甲の飾りとなったことから。 -
ゴルゴンの右下にはミネルヴァの使いであるフクロウ。
左下には(半魚神トリトンがかぶる)イルカの兜。 -
ライトアップで当時の色彩を再現。
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館内では古代ローマ人の日常がいろいろ上映されていました。
これは手鏡を見ながら髪結いをさせているローマ時代の女性。
カンタベリーのローマ博物館の人形と同じ場面。 -
出土したローマ人女性の頭像。
このヘアスタイルは1世紀末から2世紀初頭に流行したもの。 -
館内に残るスリス・ミネルヴァ神殿の中庭の遺跡。
占いのための生贄の儀式が行われていた所。 -
1727年に発掘された女神ミネルヴァのブロンズ像。
もともとは兜をかぶり、6層に重ねた金メッキで輝いていました。 -
館内の窓から見た聖なる泉(Sacred Spring)。
ここがバースのローマ浴場の源泉。
12世紀以降、王の浴場(The King's Bath)として改装されました。 -
聖なる泉から引き揚げられたローマ時代の貨幣。
泉と見ればコインを投げて願い事をするのはいつの世も同じ?
ここからは総数12000枚もの貨幣が発掘されました。
当時の金貨一枚は、軍団兵や役人の月給に相当する額。
暴君ネロや賢帝マルクス・アウレリウス、そして最後は(異教の神殿の閉鎖を命じた)テオドシウスまで、歴代皇帝のものがあります。
左下のエラガバルス帝の4ドラクマ銀貨は、現在トルコ領であるアンティオキアで鋳造され、はるばる旅してきたもの。 -
湯気を立ててあふれる源泉の湯。
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館内を流れていく源泉の湯。
この排水溝はローマ時代のものが現役。
浴場で使わない余分な量を、エイヴォン川まで流し捨てています。 -
大浴場。
ローマ時代は円筒形の屋根に覆われていて、柱廊で軽食をつまむこともできました。
源泉に直結する噴水もあったそうです。
浴槽の深さ約1.6mはちょっと深すぎかも?
長い歳月で地下に埋もれてしまい、19世紀に再発見。
欄干のローマ時代の偉人の像は、そのときに製作されたもの。
向こうにバース寺院が見えています。
雨天のため、階上のテラスには出られませんでした。 -
源泉が大浴場に流れ込む所。
入浴はできませんが、せっかくなのでちょっと手を入れてみました。 -
ローマ時代の鉛製の水道管。
鉛管は加工しやすいという利点もありますが、有害であるという理由で現代ではあまり使われません。 -
バースのローマ浴場の源泉、聖なる泉。
ミネラルを豊富に含む46度の熱湯が、現在も1日に117万リットル湧き続けています。 -
ぶくぶくと気泡を立てている聖なる泉。
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東の浴場。
現在は館外の広場の地下に位置する、4世紀に拡張された所。
浴場施設は各地にあったローマ帝国でも、天然温泉は希少でした。
浴槽に入りやすいように階段が、そして湯船の中には腰掛け用の石(?)が置いてあります。
彩色された壁は近年復元したもの。 -
西の浴場のサウナ跡。
床下の陶片を積み上げた柱の間に熱風を通し、室内を暖めました。 -
西の浴場の円形の冷水槽。
サウナで火照った後はここで身体を冷やします。
壁には入浴するローマ人の姿が映写されていました。 -
マッサージを受けるローマ人の映像。
現在のスーパー銭湯と変わらない光景。 -
バース寺院(バース・アビー)
Bath Abbey
アビーとは修道院のことですが、ヘンリー8世の修道院解散令のためイングランドでは修道士会は現存せず、アビーと名の付くのはほとんど廃墟。
ロンドンのウェストミンスター・アビーやバースでは、修道士不在の教会堂として残っています。 -
バース寺院とローマ浴場の地図。
バース寺院の起源は757年、アングロ・サクソン七王国のウェセックス王キネウルフが聖ペテロ修道会にバースの土地を寄進したのが始まり。
973年にはイングランドを統一したウェセックス王エドガーの戴冠式もここで行われました。
ノルマン征服後の1090年、征服王ウィリアム1世の侍医から司教となったジョン・オブ・トゥールが、バースを司教座としてノルマン様式の大聖堂を建築。
しかしそれも15世紀には荒廃してしまいます。 -
バース寺院の西正面。
現在の建物は、1499年に“夢のお告げ”を受けたオリバー・キング司教が、テューダー朝の開祖ヘンリー7世に請願して再建を開始したもの。
1539年の修道院解散令により、建築中のまま屋根もなしで一時放置されましたが、女王エリザベス1世の1574年に教区教会として工事再開、1661年に完成しました。
西正面の両側には、オリバー・キング司教の夢に現れた、梯子を上り下りする天使たちの像が彫られています。 -
バース寺院の内部。
奥行き67m、幅22m、天井の高さ24m。
明るい白を基調とした端正な印象。 -
身廊の天井。
後期イングランド・ゴシックのファン・ヴォールト(扇型天井)。 -
旧約聖書の物語が描かれた西の窓。
ゴシック様式の特徴であるステンドグラスの面積の多さから、バース寺院は「西方の灯火(ランタン)」とも呼ばれます。
ランタン(lantern)には教会の採光塔の意味もあります。 -
バース寺院の側廊。
いろいろなステンドグラスがありました。 -
聖人が描かれたステンドグラス。
錨を持っているのはたぶん聖ニコラウス(サンタクロースのモデル)。
剣と天秤は大天使ミカエル。
算盤らしきものを持っているのは・・・わかりません。 -
エスカッシャン(紋章の盾)のステンドグラス。
第2次大戦の爆撃で破損した窓の修復に寄付した人たちの家紋。
図章は、百合とか鷲とか熊(狼?)とかハリネズミとかいろいろ。 -
1996〜1997年に再建されたパイプオルガン。
ボンのヨハネス・クライス・オルガン工房の作。 -
真鍮の鷲の聖書台。
カンタベリーにもピーターバラにもありました。 -
16世紀初期建築の内陣の天井。
彩色された紋章の盾が付いています。 -
イエスの生涯が描かれた東の窓。
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16世紀初期の副院長ウィリアム・バードが寄進した礼拝堂。
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バース寺院地下のヘリテージ・ヴォールト(記念納骨堂)。
西正面の彫像のオリジナルなどが展示されていました。
左は、逆さまになって梯子を下る天使像。 -
中世のバース大聖堂の模型。
東に半円形の内陣が張り出した、現在より大きな建物でした。
ノルマン様式(ロマネスク様式)で窓は少なめ。 -
バースの街角にあった店、ローマン・フードハウス。
ローマ時代には紅茶もコーヒーもありませんでしたが。 -
バースの街角に立つローマ軍団兵。
このあとは、次の目的地ソールズベリーへ。
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