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シナイア訪問<br />三日目。市内のめぼしい所は見終わったので、今日はブカレスト近郊の町シナイアを訪れてみよう。その前に、明日搭乗のハンガリ−航空へリコンファ−ムの電話をしなくてはいけない。普通リコンファ−ムは三日前までとなっているのだが、当地到着が土曜日で連絡がとれず、昨日も日曜とあって今日まで延び延びになっている。<br /><br /><br />電話帳で番号を調べて八時過ぎ電話してみるが、何の応答もない。まだ営業開始していないのだろうか。八時半過ぎても、まだ応答がない。早く出かけたいのだが、この仕事を済ませないと事が先へ進まない。九時を待って電話すると、やっと通じて確認が取れる。一時間前までに空港に来てくれという。国際便は普通二時間前なのだが、ここでは国内便並みだ。<br /> <br /><br />やっと用を済ませると、地下鉄に乗って一昨日到着したノルド駅へと急ぐ。切符売場の窓口には、どこも行列ができている。私も列に加わると、前に母娘連れが並んでいる。娘が高校生みたいなので、「シナイア行きの切符を買って貰えませんか?」と英語で頼むと、「OK」と快く引き受けてくれる。<br /><br /><br />順番が来て、二等の片道切符一枚五、二〇〇レイ(二〇八円)を買ってもらう。日本の封筒大のチケットには、発車時刻、到着時刻、等級、号車番号、座席番号、料金などがコンピュ−タ−で印字されている。これは日本並みだ。だが、二等でも全て指定席になっている。急行で約二時間と、長崎〜博多間の距離にあるのだが、料金はバカみたいに安い。だから一等車の切符を買ってもよいのだが、庶民的な二等車のほうが面白いだろうと考え、敢えてそれを選ぶことにしたのだ。<br /> <br /><br />彼女に礼をいって切符を見ると、発車時刻が午後一時となっているではないか。今、十時なのに、これでは三時間も待たなければいけない。もっと早い列車はないものかと、再び列に並んで窓口で尋ねてみる。英語は通じないのだが、時刻を指さしながら、もっと早い時刻の列車はないのかと英語で話しかけると、係はただ首を横に振るばかりで取り合わない。仕方なく、今度は念のためインフォメ−ションの窓口に行って尋ねてみる。ここでは英語が通じるのだが、やはりこれより早い列車はないという。<br /><br /><br />外国人には見づらい掲示板の時刻表を丹念に見ながら調べると、やはり一時まではシナイア行きの列車は見つからない。九時過ぎに一本あったのだが、航空会社への電話待ちのために一時間も出遅れたのが痛い。往復に四時間もかかるので、これだと帰りは夜になってしまう。よほどシナイア行きを中止して予定変更しようかと思うが、他にこれといって行く当てもないので、遅い帰りを覚悟の上で待つことにする。<br /> <br /><br />駅周辺には何も見所はない上に足も疲れるので、ホ−ムのベンチで妻子への便りを書くことにする。絵葉書と切手を買い込むと、人の少ないホ−ムの端のベンチに座りペンを執る。書くのに没頭していると、面前に人の気配がする。ふと顔を上げると、薄汚れたジプシ−の男の子が突っ立って手を差し出している。無視して書き続けていると、今度は額を膝の上に擦り付けて来て物乞いする。それでも無視し続けていると、しばらく経ってあきらめたように立ち去る。ソフィアのホテルのオバサンが、ブカレストにはジプシ−が多いから気を付けなさいと忠告してくれたが、やはり駅周辺には彼らの姿が多い。<br /> <br /><br />葉書を書き終えると、昼食にホットコ−ヒ−とサンドイッチを調達し、再びベンチに戻って食べ始める。ホットコ−ヒ−一杯五〇〇レイ(二〇円)である。一服しているうちに、やっと発車の時間が迫ってくる。出発ホ−ムを確かめて行ってみると、すでに列車は用意され、乗客もほとんど乗り込んでいる。指定の十四号車は一番どん尻の車両で、それに乗り込み九十六番の座席を探す。車内はコンパ−トメントになっていて、片側シ−トに四人掛けの計八人が向き合って座る。そんなにオンボロでもなく、まあまあの車両である。目指すコンパ−トメントに行くと、すでに他の七人は席に着いている。みんな地元の人たちばかりだ。切符買うのが早か<br />ったためか、幸い私の席は窓際になっている。<br /> <br /><br />青年との出会い<br />押し分けるようにして席につくと、向かいの席に青年が座っている。英語が話せるかと尋ねると、少しならというので、これはしめたとばかりに話を始める。彼は経済専攻の大学生で、今日は就職のことで教授に会いにブカレストまで出てきたという。シナイアに住んでいるというので、私も今そこへ観光に行くところだと話すと、よかったら案内しましょうという。なんという幸運! 昨日に次いで今日もまた、親切な青年に出会うことになる。<br /> <br /><br />急行列車だが、スピ−ドは「特急かもめ」よりも少し早く感じられる。郊外に出ると、列車はのどかな緑の田園地帯をひた走る。見渡すかぎり麦畑が広がっており、間もなく麦秋の時季を迎えようとしている。このコンパ−トメントには私たちの他、恋人同士らしいカップルと老夫婦のカップル、それにオバサン二人の合計八人が向かい合って座っている。途中の駅で一人減り、二人減りして、最後は恋人カップルと四人になってしまう。彼らは手を握り合いながらぴったり寄り添って自分たちだけの世界に浸り切っている。<br /> <br /><br />「貴君は若いエコノミストだが、革命以後どうしてこの国の経済がうまく軌道に乗らないのか、その理由を尋ねたい。」というと、資金不足で海外からの技術導入が進まず生産力が高まらないことが最大の原因だと教えてくれる。戦後の日本経済が、海外技術の導入に支えられて発展してきたことを思えば、なるほどとうなずける。実家に住んでいるのかと聞けば、結婚してその近くに所帯を持っているという。<br /><br /><br />えっ! と驚いて学生結婚のことを尋ねると、ここでは結構多いそうだ。彼がコンピュ−タ−ソフトのアルバイトをして稼ぎ、奥さんも学生ながらアルバイトをして収入を図り、不足分は親許から援助してもらうという。彼は目前に卒業を控え、いま就職活動の真っ最中らしい。ブカレスト市内に就職するのかと問うと、給料は高くていいのだが、通勤に二時間近くも掛かるので住まいの近郊に就職先を探しているという。<br /> <br /><br />一時間五十分かかってシナイア到着である。この町はブカレストから北へ一二五km離れた標高八〇〇mの景勝地である。夏は避暑、冬はスキ−客で一年中賑わうこぢんまりしたリゾ−トタウンである。雲仙によく似た雰囲気を持っていて、山頂へロ−プウエ−があるのも同じだ。この町最大の見所は、シナイア僧院とペレシュ城である。駅のホ−ムに降り立つと、緑の自然に囲まれてひっそりと建つひなびた古い駅舎が、素敵な趣を醸し出している。思わず写真を撮りたくなる。<br /><br /> <br />シナイア僧院<br />駅は道路下になっているので、町のメインストリ−トに出るには階段の道を登り上らなければいけない。昨日の疲れが残っている体には少々こたえる。ひんやりとした新鮮な空気を吸い込みながら、まずシナイア僧院へ向かう。山と森に囲まれた静かな町並を少し上ると、僧院の姿が見えてくる。この町の歴史は十七世紀、町の名の由来ともなったこの僧院のできた時に始まるという。そして十八世紀には、王侯貴族の別荘地として栄えた歴史のある町なのだ。<br /><br /> <br />この僧院はそれほど大きな建物ではないが、正面両側に二つと奥の中央部に一つの三つの塔を持つ角張ったレンガ造りの建物である。中に入ると、ひんやりとした空気が歴史を刻んだ薄暗い部屋に漂っている。<br /><br /><br />ペレシュ城<br />しばらく時間を過ごすと、もう一つの観光ポイント、ペレシュ城へ向かう。森林浴にはもってこいの素敵な林の道を十五分ほど上りあがると、ゆるやかな斜面の丘陵に森に囲まれた優美なお城の姿が現れる。その長く鋭い尖塔がひときわ目を引いている。美しい緑の森と芝生の斜面を持つ広大な敷地の入り口には、ひっそりと門番が居座っている。<br /><br /> <br />入場料を払うと、ここからお城までさらにぐるっと迂回しながら道を上って行く。やっと辿り着くと、今日は月曜日ということで城内入場は休み、見物客も他に二、三人いるのみで、ひっそりと静まり返っている。「自分の友人がこのお城で働いているので、休みでなければ案内してもらえるのだが……。」と、アドリアン君がしきりに残念がる。仕方なく城郭を散策しながら、古城の雰囲気を楽しむ。この城は、ル−マニア国王だったカロル一世が十九世紀に夏の離宮として建てたもので、部屋数は一六〇もあるという。<br /> <br /><br />広い敷地の一角に小さなカフェが一軒ある。そこでパック入りのカフェオレを買って二人で憩う。しばらく前に雨が降ったらしく、テラスのテ−ブルやイスはまだ乾き切っていない。その中から使えるテ−ブルを選び、雨上がりの染みるような緑に映える古城を二人で眺めながら談笑する。 <br /><br /><br />「この町は閑静な上に美しい緑と新鮮な空気に包まれて、ほんとに素敵な所だ。三時間も列車を待ったけど、シナイアに来てほんとによかったよ。」と感想をもらすと、「あの山に登れなかったのが残念ですよ。」という。あいにく、今日は霧がかかっていて、その山の姿は拝めない。彼の話によると、ロ−プウエ−で山頂まで上がると、そこからの景色が素晴らしいそうで、これもここの自慢の一つだという。今日は霧で残念だけど、次の機会にはぜひ案内したいという。<br /> <br /><br />帰りは来た道とは違うコ−スを選んで、町のほうへ下りていく。六時二十分発の列車に乗るので、少し早いが駅で一服することにする。昨日に続いて今日もかなりのコ−スを歩き回り、足は棒のようになっている。彼は親切にも駅まで見送りに来てくれ、切符を買ってくれる。発車一時間前にならないと切符は発売しないので、彼はそれまで付き合ってくれる。<br />                     <br /><br />彼の愛の巣は、ここからバスに乗って少し行った所だそうで、愛妻にも会ってみたいが今日は学校なので不在だという。子供はほしいが、経済的にまだそこまで余裕がないという。バスの時間が迫ったので帰るように促し、写真を送る約束をして別れを告げる。彼もエドア−ド同様、とても気の優しいお人好しの好青年である。食事にでも誘いたいところだが、ブカレストへ戻らなければいけないので時間が許さない。三時間ほども一緒に付き合い、案内してくれたことに感謝しながら後ろ姿を見送る。<br /> <br /><br />帰路の旅<br />発車まで待ち時間がたっぷりあるので遅い帰着のことを考え、駅前の小店でパンとジュ−スを買って腹ごしらえをする。やっと到着した列車に乗り込むと、指定のコンパ−トメントは八人満席である。幸い今度も窓際の席だ。向かいの窓際の席とその隣には若い女性が二人座っている。早速、英語が話せるかどうか尋ねてみる。正面の女性は首を横に振って話せないという。その隣の女性は、「少しなら」という返事。しめた、これで帰りの車中の二時間が退屈しないで楽しく過ごせる。<br /> <br /><br />彼女と話し始めると、どうしてどうして立派なものだ。「英語がうまいですね。」と感想をもらすと、照れてはにかんでいる。彼女はそれでも年齢三十歳の女医さんなのだ。ブカレスト市内に一人で住みながら病院に勤務しているという。まだ研究医なので勉強に追われ、ボ−イフレンドもまだいないという。それほど美人ではないが聡明な感じで、恥じらい気味に見上げる眼差しがとても魅力的なお嬢さんだ。<br /><br /><br />週末には時折シナイアの親許に帰省するそうで、今日はその帰り道だという。シナイアのこと、旅行のこと、日本のことなど、よもやま話に花を咲かせているうちに、二時間はあっという間に過ぎてブカレスト・ノルド駅に到着である。楽しい道連れができて、ほんとに有難い。時計はすでに八時を回っている。八時といってもヨ−ロッパは夏時間なので、外は明るく九時ごろにならないと日は暮れない。朝、ここを発つ時は曇っていた空も、今はすっかり晴れ上がっている。<br /> <br /><br />ホテルで夕食<br />彼女と地下鉄で別れ、乗り慣れたコ−スをホテルへ戻る。今日は遅いので、ホテルで夕食を取ってみようとダイニングル−ムへ足を運ぶ。ここは朝食の時も利用するのだが、今夜はテラスのテ−ブルに座ってみよう。お客は数人いるのみで、純白のクロスが掛けられたテ−ブルがあちこちで寂しく客を待っている。ウエ−タ−に案内されてその一角に腰を下ろし、郷土料理のサルマ−レはできるかと尋ねると、「OK」という返事。そこで、ス−プと一緒にそれをオ−ダ−し、ビ−ルも頼む。レストランでは常にパンが添えに付けて出されるので、これだけで十分である。<br /> <br /><br />先に運ばれて来たビ−ルで喉を潤しながらパンを噛っていると、ようやく注文のサルマ−レが出来上がってくる。ナイフで一切れ切って口に含むと、酸味はあるがなかなか良い味がする。これはル−マニア版ロ−ルキャベツなのである。冬の間、酢に漬けておいたキャベツで、挽肉、玉ネギ、米を包んでス−プで煮込んだ酸味のあるロ−ルキャベツである。ス−プも昨夜のものとほぼ同じ内容で、良い味が出ている。星が瞬き始めた夜空を時折見上げながら、独りゆっくりとお国料理を味わう。<br /> <br /><br />ウェ−タ−が通りすがりに、「味はいかがです?」と質問するので、「とても美味しいよ。」と答えると、嬉しそうにうなずきながら微笑んでいる。そこで、「このサルマ−レやミティティの料理は、家庭でもよく食べるの?」と尋ねると、自宅でも時々料理して食べているという。最後にコ−ヒ−をもらって終わりにする。締めて四五、八〇〇レイ(一、八三二円)也。ホテルより、一般のレストランのほうが安いようだ。部屋に戻ると下着類の洗濯を済ませ、疲れた体をベッドに横たえながらル−マニア最後の夜を過ごす。<br /><br />(この続きはこちらへ⇒ http://yasy7.web.fc2.com/ )<br /><br />

ルーマニア:シナイアの旅

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1996/05/27 - 1996/05/27

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yasyas

yasyasさん

シナイア訪問
三日目。市内のめぼしい所は見終わったので、今日はブカレスト近郊の町シナイアを訪れてみよう。その前に、明日搭乗のハンガリ−航空へリコンファ−ムの電話をしなくてはいけない。普通リコンファ−ムは三日前までとなっているのだが、当地到着が土曜日で連絡がとれず、昨日も日曜とあって今日まで延び延びになっている。


電話帳で番号を調べて八時過ぎ電話してみるが、何の応答もない。まだ営業開始していないのだろうか。八時半過ぎても、まだ応答がない。早く出かけたいのだが、この仕事を済ませないと事が先へ進まない。九時を待って電話すると、やっと通じて確認が取れる。一時間前までに空港に来てくれという。国際便は普通二時間前なのだが、ここでは国内便並みだ。
 

やっと用を済ませると、地下鉄に乗って一昨日到着したノルド駅へと急ぐ。切符売場の窓口には、どこも行列ができている。私も列に加わると、前に母娘連れが並んでいる。娘が高校生みたいなので、「シナイア行きの切符を買って貰えませんか?」と英語で頼むと、「OK」と快く引き受けてくれる。


順番が来て、二等の片道切符一枚五、二〇〇レイ(二〇八円)を買ってもらう。日本の封筒大のチケットには、発車時刻、到着時刻、等級、号車番号、座席番号、料金などがコンピュ−タ−で印字されている。これは日本並みだ。だが、二等でも全て指定席になっている。急行で約二時間と、長崎〜博多間の距離にあるのだが、料金はバカみたいに安い。だから一等車の切符を買ってもよいのだが、庶民的な二等車のほうが面白いだろうと考え、敢えてそれを選ぶことにしたのだ。
 

彼女に礼をいって切符を見ると、発車時刻が午後一時となっているではないか。今、十時なのに、これでは三時間も待たなければいけない。もっと早い列車はないものかと、再び列に並んで窓口で尋ねてみる。英語は通じないのだが、時刻を指さしながら、もっと早い時刻の列車はないのかと英語で話しかけると、係はただ首を横に振るばかりで取り合わない。仕方なく、今度は念のためインフォメ−ションの窓口に行って尋ねてみる。ここでは英語が通じるのだが、やはりこれより早い列車はないという。


外国人には見づらい掲示板の時刻表を丹念に見ながら調べると、やはり一時まではシナイア行きの列車は見つからない。九時過ぎに一本あったのだが、航空会社への電話待ちのために一時間も出遅れたのが痛い。往復に四時間もかかるので、これだと帰りは夜になってしまう。よほどシナイア行きを中止して予定変更しようかと思うが、他にこれといって行く当てもないので、遅い帰りを覚悟の上で待つことにする。
 

駅周辺には何も見所はない上に足も疲れるので、ホ−ムのベンチで妻子への便りを書くことにする。絵葉書と切手を買い込むと、人の少ないホ−ムの端のベンチに座りペンを執る。書くのに没頭していると、面前に人の気配がする。ふと顔を上げると、薄汚れたジプシ−の男の子が突っ立って手を差し出している。無視して書き続けていると、今度は額を膝の上に擦り付けて来て物乞いする。それでも無視し続けていると、しばらく経ってあきらめたように立ち去る。ソフィアのホテルのオバサンが、ブカレストにはジプシ−が多いから気を付けなさいと忠告してくれたが、やはり駅周辺には彼らの姿が多い。
 

葉書を書き終えると、昼食にホットコ−ヒ−とサンドイッチを調達し、再びベンチに戻って食べ始める。ホットコ−ヒ−一杯五〇〇レイ(二〇円)である。一服しているうちに、やっと発車の時間が迫ってくる。出発ホ−ムを確かめて行ってみると、すでに列車は用意され、乗客もほとんど乗り込んでいる。指定の十四号車は一番どん尻の車両で、それに乗り込み九十六番の座席を探す。車内はコンパ−トメントになっていて、片側シ−トに四人掛けの計八人が向き合って座る。そんなにオンボロでもなく、まあまあの車両である。目指すコンパ−トメントに行くと、すでに他の七人は席に着いている。みんな地元の人たちばかりだ。切符買うのが早か
ったためか、幸い私の席は窓際になっている。
 

青年との出会い
押し分けるようにして席につくと、向かいの席に青年が座っている。英語が話せるかと尋ねると、少しならというので、これはしめたとばかりに話を始める。彼は経済専攻の大学生で、今日は就職のことで教授に会いにブカレストまで出てきたという。シナイアに住んでいるというので、私も今そこへ観光に行くところだと話すと、よかったら案内しましょうという。なんという幸運! 昨日に次いで今日もまた、親切な青年に出会うことになる。
 

急行列車だが、スピ−ドは「特急かもめ」よりも少し早く感じられる。郊外に出ると、列車はのどかな緑の田園地帯をひた走る。見渡すかぎり麦畑が広がっており、間もなく麦秋の時季を迎えようとしている。このコンパ−トメントには私たちの他、恋人同士らしいカップルと老夫婦のカップル、それにオバサン二人の合計八人が向かい合って座っている。途中の駅で一人減り、二人減りして、最後は恋人カップルと四人になってしまう。彼らは手を握り合いながらぴったり寄り添って自分たちだけの世界に浸り切っている。
 

「貴君は若いエコノミストだが、革命以後どうしてこの国の経済がうまく軌道に乗らないのか、その理由を尋ねたい。」というと、資金不足で海外からの技術導入が進まず生産力が高まらないことが最大の原因だと教えてくれる。戦後の日本経済が、海外技術の導入に支えられて発展してきたことを思えば、なるほどとうなずける。実家に住んでいるのかと聞けば、結婚してその近くに所帯を持っているという。


えっ! と驚いて学生結婚のことを尋ねると、ここでは結構多いそうだ。彼がコンピュ−タ−ソフトのアルバイトをして稼ぎ、奥さんも学生ながらアルバイトをして収入を図り、不足分は親許から援助してもらうという。彼は目前に卒業を控え、いま就職活動の真っ最中らしい。ブカレスト市内に就職するのかと問うと、給料は高くていいのだが、通勤に二時間近くも掛かるので住まいの近郊に就職先を探しているという。
 

一時間五十分かかってシナイア到着である。この町はブカレストから北へ一二五km離れた標高八〇〇mの景勝地である。夏は避暑、冬はスキ−客で一年中賑わうこぢんまりしたリゾ−トタウンである。雲仙によく似た雰囲気を持っていて、山頂へロ−プウエ−があるのも同じだ。この町最大の見所は、シナイア僧院とペレシュ城である。駅のホ−ムに降り立つと、緑の自然に囲まれてひっそりと建つひなびた古い駅舎が、素敵な趣を醸し出している。思わず写真を撮りたくなる。

 
シナイア僧院
駅は道路下になっているので、町のメインストリ−トに出るには階段の道を登り上らなければいけない。昨日の疲れが残っている体には少々こたえる。ひんやりとした新鮮な空気を吸い込みながら、まずシナイア僧院へ向かう。山と森に囲まれた静かな町並を少し上ると、僧院の姿が見えてくる。この町の歴史は十七世紀、町の名の由来ともなったこの僧院のできた時に始まるという。そして十八世紀には、王侯貴族の別荘地として栄えた歴史のある町なのだ。

 
この僧院はそれほど大きな建物ではないが、正面両側に二つと奥の中央部に一つの三つの塔を持つ角張ったレンガ造りの建物である。中に入ると、ひんやりとした空気が歴史を刻んだ薄暗い部屋に漂っている。


ペレシュ城
しばらく時間を過ごすと、もう一つの観光ポイント、ペレシュ城へ向かう。森林浴にはもってこいの素敵な林の道を十五分ほど上りあがると、ゆるやかな斜面の丘陵に森に囲まれた優美なお城の姿が現れる。その長く鋭い尖塔がひときわ目を引いている。美しい緑の森と芝生の斜面を持つ広大な敷地の入り口には、ひっそりと門番が居座っている。

 
入場料を払うと、ここからお城までさらにぐるっと迂回しながら道を上って行く。やっと辿り着くと、今日は月曜日ということで城内入場は休み、見物客も他に二、三人いるのみで、ひっそりと静まり返っている。「自分の友人がこのお城で働いているので、休みでなければ案内してもらえるのだが……。」と、アドリアン君がしきりに残念がる。仕方なく城郭を散策しながら、古城の雰囲気を楽しむ。この城は、ル−マニア国王だったカロル一世が十九世紀に夏の離宮として建てたもので、部屋数は一六〇もあるという。
 

広い敷地の一角に小さなカフェが一軒ある。そこでパック入りのカフェオレを買って二人で憩う。しばらく前に雨が降ったらしく、テラスのテ−ブルやイスはまだ乾き切っていない。その中から使えるテ−ブルを選び、雨上がりの染みるような緑に映える古城を二人で眺めながら談笑する。 


「この町は閑静な上に美しい緑と新鮮な空気に包まれて、ほんとに素敵な所だ。三時間も列車を待ったけど、シナイアに来てほんとによかったよ。」と感想をもらすと、「あの山に登れなかったのが残念ですよ。」という。あいにく、今日は霧がかかっていて、その山の姿は拝めない。彼の話によると、ロ−プウエ−で山頂まで上がると、そこからの景色が素晴らしいそうで、これもここの自慢の一つだという。今日は霧で残念だけど、次の機会にはぜひ案内したいという。
 

帰りは来た道とは違うコ−スを選んで、町のほうへ下りていく。六時二十分発の列車に乗るので、少し早いが駅で一服することにする。昨日に続いて今日もかなりのコ−スを歩き回り、足は棒のようになっている。彼は親切にも駅まで見送りに来てくれ、切符を買ってくれる。発車一時間前にならないと切符は発売しないので、彼はそれまで付き合ってくれる。
                     

彼の愛の巣は、ここからバスに乗って少し行った所だそうで、愛妻にも会ってみたいが今日は学校なので不在だという。子供はほしいが、経済的にまだそこまで余裕がないという。バスの時間が迫ったので帰るように促し、写真を送る約束をして別れを告げる。彼もエドア−ド同様、とても気の優しいお人好しの好青年である。食事にでも誘いたいところだが、ブカレストへ戻らなければいけないので時間が許さない。三時間ほども一緒に付き合い、案内してくれたことに感謝しながら後ろ姿を見送る。
 

帰路の旅
発車まで待ち時間がたっぷりあるので遅い帰着のことを考え、駅前の小店でパンとジュ−スを買って腹ごしらえをする。やっと到着した列車に乗り込むと、指定のコンパ−トメントは八人満席である。幸い今度も窓際の席だ。向かいの窓際の席とその隣には若い女性が二人座っている。早速、英語が話せるかどうか尋ねてみる。正面の女性は首を横に振って話せないという。その隣の女性は、「少しなら」という返事。しめた、これで帰りの車中の二時間が退屈しないで楽しく過ごせる。
 

彼女と話し始めると、どうしてどうして立派なものだ。「英語がうまいですね。」と感想をもらすと、照れてはにかんでいる。彼女はそれでも年齢三十歳の女医さんなのだ。ブカレスト市内に一人で住みながら病院に勤務しているという。まだ研究医なので勉強に追われ、ボ−イフレンドもまだいないという。それほど美人ではないが聡明な感じで、恥じらい気味に見上げる眼差しがとても魅力的なお嬢さんだ。


週末には時折シナイアの親許に帰省するそうで、今日はその帰り道だという。シナイアのこと、旅行のこと、日本のことなど、よもやま話に花を咲かせているうちに、二時間はあっという間に過ぎてブカレスト・ノルド駅に到着である。楽しい道連れができて、ほんとに有難い。時計はすでに八時を回っている。八時といってもヨ−ロッパは夏時間なので、外は明るく九時ごろにならないと日は暮れない。朝、ここを発つ時は曇っていた空も、今はすっかり晴れ上がっている。
 

ホテルで夕食
彼女と地下鉄で別れ、乗り慣れたコ−スをホテルへ戻る。今日は遅いので、ホテルで夕食を取ってみようとダイニングル−ムへ足を運ぶ。ここは朝食の時も利用するのだが、今夜はテラスのテ−ブルに座ってみよう。お客は数人いるのみで、純白のクロスが掛けられたテ−ブルがあちこちで寂しく客を待っている。ウエ−タ−に案内されてその一角に腰を下ろし、郷土料理のサルマ−レはできるかと尋ねると、「OK」という返事。そこで、ス−プと一緒にそれをオ−ダ−し、ビ−ルも頼む。レストランでは常にパンが添えに付けて出されるので、これだけで十分である。
 

先に運ばれて来たビ−ルで喉を潤しながらパンを噛っていると、ようやく注文のサルマ−レが出来上がってくる。ナイフで一切れ切って口に含むと、酸味はあるがなかなか良い味がする。これはル−マニア版ロ−ルキャベツなのである。冬の間、酢に漬けておいたキャベツで、挽肉、玉ネギ、米を包んでス−プで煮込んだ酸味のあるロ−ルキャベツである。ス−プも昨夜のものとほぼ同じ内容で、良い味が出ている。星が瞬き始めた夜空を時折見上げながら、独りゆっくりとお国料理を味わう。
 

ウェ−タ−が通りすがりに、「味はいかがです?」と質問するので、「とても美味しいよ。」と答えると、嬉しそうにうなずきながら微笑んでいる。そこで、「このサルマ−レやミティティの料理は、家庭でもよく食べるの?」と尋ねると、自宅でも時々料理して食べているという。最後にコ−ヒ−をもらって終わりにする。締めて四五、八〇〇レイ(一、八三二円)也。ホテルより、一般のレストランのほうが安いようだ。部屋に戻ると下着類の洗濯を済ませ、疲れた体をベッドに横たえながらル−マニア最後の夜を過ごす。

(この続きはこちらへ⇒ http://yasy7.web.fc2.com/ )

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
鉄道
旅行の手配内容
個別手配
  • シナイア僧院<br />

    シナイア僧院

  • ひっそりとしたシナイアの駅<br />

    ひっそりとしたシナイアの駅

  • 古城ペレシュ城<br />

    古城ペレシュ城

  • 案内してくれたアドリアン君<br /><br />

    案内してくれたアドリアン君

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