2010/08/16 - 2010/08/16
345位(同エリア902件中)
夢想人さん
チャオ! ボン・ジョルノ!
そんな挨拶が街中から聞こえてくる国、イタリア。
約10年ぶりにその言葉の響きが耳に入ってきました。
今回は夏の旅。
真夏の青空「イタリアンブルー?」の下で素晴らしい旅が堪能出来ると思って向かいましたが・・・。さて、その行方は。
夏休みを丸々使って旅行して来たので、タイトルの《夢》のとおり、あっという間に過ぎ去った《夢》の中で過ごした8日間だったように思います。
夢から覚めた翌日からまた仕事でした(笑)。
第9回目のこの旅行記は6日目の午前、10年ぶりに訪れたヴァチカン市国観光をまとめたものです。
今回も前日に続き名物ガイドさんの登場です。そして大活躍を・・・
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
この日も写真のような青空となりました。
旅の前半のような雨の心配はもういらなそうです。
午前中はヴァチカン市国へ行き、ヴァチカン博物館、サン・ピエトロ大聖堂の見学なのですが、大変混み合う場所なので、この日は早いスタートとなりました。
ガイド・ケイさん先導で、入場するための列へ並びに向かいます。 -
ヴァチカン市国はこのような高い塀に囲まれています。
塀沿いを歩いて、ヴァチカン博物館入口方面へ。 -
ヴァチカン市国はこちらという看板です。
この看板のあるあたりから、長い行列が出来ていました。
今回ヴァチカン博物館入場の予約が取れなかったみたいで、そのため早く出発し並ぶこととなりました。
この時点で30分以上は待つとのことです。
しかし・・・。 -
添乗員さんが持っていた入場券を良く見てみると・・・。
何と予約が取れていたのです!
これには、ガイド・ケイさんも呆れていました。 -
だったら並ぶ必要はない!と、
またまたケイさん先導で、行列の横を速足でどんどん進んで行きます。
その時もイタリア語と日本語(大阪弁)が混ざった言葉で、人を掻き分けながら進みます。 -
そうして、ヴァチカン博物館入口へ到着しました。
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入口には、このヴァチカン博物館(ヴァチカン宮殿)に大きく貢献したラファエロとミケランジェロの像があります。
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しかしここでもう一つ問題が発覚。
予約入場時間まで、まだ1時間もあったのです。
予約されていないと思って早く出過ぎたため、このような事態に。
そこへゴッド姉ちゃん・ケイさんは、ちょっと待ってと一言言い、入口の係員のもとへ。
その写真がこちら。何やら交渉を始めた様子。
戻ってきた時は満面の笑顔で、「さあ、入場するよ!」と。
何者なのだろうとツアー客全員思ったときでした。 -
何とか無事入場出来て一安心。
さあ、いよいよ博物館見学となります。 -
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長いエスカレーターを使って上階へ。
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ヴァチカン博物館、サン・ピエトロ大聖堂まで広範囲に渡る模型が現れました。
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細部まで細かく作られています。
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それにしても随分長いスロープです。
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博物館の外部へ一旦出ました。
遠くにサン・ピエトロ大聖堂の大クーポラが見えます。 -
その横には飲み水場があります。
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この日のローマは天気が良く暑かったので、美味しくて冷たいこの水を飲んだ後は生き返りました。
私の聞き間違いでなければ、この水はスイスから引いているとのことなんですが。
間違っている可能性が非常に高いです。(笑) -
続いて中庭へ移動します。
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ヴァチカン博物館の中庭に到着しました。
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芝生の中庭を中心に、回廊が回っています。
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中庭の中央には、このようなモダンアート・モニュメントが。
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この後、システィーナ礼拝堂へ行き、絵画史上の大傑作と言われる、ミケランジェロ作“最後の審判”を実際に見ることになるのですが、写真撮影が出来ないので、この中庭に展示されている写真のような説明板を撮影することとなりました。
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ここ何年にも渡り修復(洗浄)作業が行われましたが、修復前と修復後の違いの説明も書かれています。
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いよいよ博物館内の美術品見学へ進みます。
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このあたりは“地図のギャラリー”と呼ばれる場所です。
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この写真は、コルシカ島を描いた絵画です。
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この絵は、ヴェネツィアですね。
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ダ・ヴィンチの作品ではないですが、これも“最後の晩餐”です。
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システィーナ礼拝堂を後にし、サン・ピエトロ大聖堂へ向かいます。
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こちらはサン・ピエトロ大聖堂正面中央入口の右側にある“聖なる扉”です。
25年に一度、「大聖年」の年にだけ開かれる扉です。
最近では、2000年が大聖年の年で、1999年12月24日に開かれ、2001年1月6日にローマ法王ヨハネ・パウロ2世の手で閉じられたそうです。
次に開かれるのは25年後の2025年。ガイドのケイさんは「またその年にローマへいらっしゃい。私もまだまだ現役でガイドをやっているから」と元気良く言っていました。 -
スイス衛兵を見つけました。
日本の女性は、「かっこいい」、「かわいい」と興奮していました。(笑) -
いよいよ中央のブロンズ扉から、大聖堂内に入ります。
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内部へ入りました。
10年前と同じ感想です。
「でかい!」
成長していません。(笑) -
大理石の床が輝いて、綺麗です。
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天井を見上げれば、見事で豪華な装飾が。
これも10年前と変わらない感想です。 -
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こちらは“聖なる扉”の裏側です。
十字架が架けられていますが、沢山の人が十字架に触れるためか、下部が摩耗しています。 -
そしてその奥、右側廊にあるのが、これも有名なミケランジェロ25歳の作品“ピエタ”です。
1972年に精神を病んだ人が金槌で像の一部を壊したという事件があって以降、現在ではガラスで覆われているようです。 -
大聖堂の中央近くの床には、写真のような文字が刻まれています。
これはパリのノートルダム大聖堂の大きさを表しています。
この位置と比較して、いかにこのサン・ピエトロ大聖堂が大きいか、世界最大の教会堂建築であるかわかります。 -
大クーポラの真下、法王の祭壇のある位置まで来ました。
祭壇の上はベルニーニが手掛けたブロンズの天蓋で覆われています。 -
入口方向を振り返ります。
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大クーポラを見上げると、その天井の高さに目がくらくら立ち眩みしそうです。
-
イチオシ
この大クーポラはミケランジェロによる設計ですが、パンテオンを参考に設計したそうです。
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少し見えづらいですが、天蓋の奥に見えるのが、ベルニーニが手掛けた“聖ピエトロの椅子”です。
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人を入れて撮影すると、その巨大さがわかります。
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このような絵画は本来撮影してはいけないのですが、この大聖堂内は許可されています。
それは何故か。 -
それはこれらの絵画全て、モザイク画だからです。
遠くで見るとわかりませんが、近くで見ると写真のようにモザイクタイルで描かれています。
素晴らしい。 -
こちらは、クレメンティーナ礼拝堂の出入口です。
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入ってすぐのところに、写真のような、歴代のローマ法王の名前、そして亡くなられた年が刻まれた石碑があります。
その中で近代の法王の名前を見てみると・・・ -
1978年に二人の法王が亡くなられています。
ガイドのケイさんは、このミステリーを「天使と悪魔」の映画で描かれていた内容と類似している点を話していました。
もしかしたら全くのフィクションではないかも・・・。
あくまでも想像ですが。
それにしても謎です。 -
大聖堂内から外へ出ました。
サン・ピエトロ広場が目の前に広がっています。 -
見上げるとサン・ピエトロ大聖堂の大きな壁が。
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ここにもスイス衛兵がいました。
子供たちにも大人気です。 -
正面に見える建物が、法王の住まいです。
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最上階、右から二つ目の窓から毎週日曜日正午に法王は姿を見せて、広場に集まった人達を祝福するようです。
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広場にある大きなモニターは日本製でした。
ちなみにシスティーナ礼拝堂など、修復工事に日本企業が資金面等で活躍をしたそうです。 -
奥に見えるのが、ベルニーニの設計による広場の周りを囲む円柱です。
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こちらはエジプトから運ばれてきた、高さ25.5mもあるオベリスクです。
広場の中央に建っています。 -
サン・ピエトロ広場の全体写真です。
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ここが広場に面した、ヴァチカン市国とイタリアの国境です。
簡単に行ったり来たり、国境を越えられます。 -
ヴァチカン市国を後にします。
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ガイドのケイさんともそろそろお別れです。
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10年前は友人達とほぼ個人旅行だったので、ガイドブック片手にローマを歩いて見学しましたが、今回名ガイドさんの説明を聞いて、より深くローマの歴史、イタリアの歴史を知ることが出来ました。
グラツィエ! ケイさん。
アッリヴェデルチ!
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