2010/10/23 - 2010/10/23
69位(同エリア233件中)
ホーミンさん
吉野ヶ里遺跡は、弥生時代の環壕集落跡です。
1986年から発掘が始まり、1989年に発見された広大な堀により、吉野ヶ里の名前は一躍全国に知れ渡りました。
学者の中には、「こここそ邪馬台国だ!」と叫んだ者も少なくなかったようです。
環濠集落とは、周囲に堀をめぐらせた集落のこと。
水堀をめぐらせた場合は環濠、空堀をめぐらせた場合は環壕と区別するそうで、吉野ヶ里は空堀でした。
PR
-
博多駅から吉野ヶ里公園駅まで、電車で一時間かかりませんでした。
駅から遺跡までは約700m。 -
駅前は、一面のコスモス畑。
やや強い秋風に吹かれて、仲良く揺れていました。 -
夏と秋が混在。
コスモス畑のそばを歩いていくと、 -
高床式の倉庫がありました。
ここは吉野ヶ里歴史公園ではありませんが、この様にして歩きながら徐々に、弥生時代へ気分的にタイムスリップ出来るよう配慮してあります(と思いました)。 -
地名を入れなくても、日本人なら誰でも、これがどこのマンホールかわかります。
駅から300mほど歩くと、ややはなれたところに、櫓や主祭殿が見えました。 -
少し小高い丘に、公園はありました。
-
あら、無料?
-
炎まつりのため、この二日間だけ入園料が無料だそうです。
-
逆茂木(さかもぎ)
当時のバリケードです。
これだけ隙間があると、敵も簡単にすり抜けられますよね。
あんまり意味がないようにも思えますが、馬に乗って超えられないのが重要なところかもしれません。
それに、さらに何かトラップが仕掛けてあったのかもしれません。
想像の域を超えませんが、あれこれ考えるのは楽しいものです。 -
この風景、韓国歴史ドラマの「朱蒙」で見たのに似ているような・・・。
環壕と呼ばれる空堀が見えます。 -
きれいな色に染められた布地。
暖かみのある、弥生カラー。 -
染料は、これらから取られるそうです。
-
庶民が暮らす、南のムラ。
-
子供たちが駆け回っていたんでしょね。
犬や猫、にわとりもいたのかな? -
お邪魔してみましょう。
-
竪穴住居なので、半地下。
湿気とか大丈夫だったのかな?
壁がないので、建築も建て替えも容易そうです。 -
家族が仲良く、一室(一棟)に住んでいたのですね。
-
プライベートがないけれど、絆は深まりそう。
-
ムラのはずれからは、王様や支配者層が住んでいた「南内郭」が見えます。
壕と柵で、厳重に囲まれています。 -
物見櫓
-
-
展望台から見た、南内郭。
-
ここに住んでいた人たちが、この様に復元されたものを見たら、なんと言うでしょうね。
「そっくり」かな。
「全然違うやん」だったりして? -
「王」の家です。
庶民の家と、外観は同じですね。 -
大切なお話中の様です。
-
すだれがあります。
ちょっと格式がある住まいです。 -
枕元の机には、美しい織物と器。
黒く光っていて、高貴な人の持ち物っぽい。 -
-
こちらは「王」の妻の家の中です。
夫婦円満でも別居。 -
こちら、「王」の娘夫婦の家の中。
女系? -
「大人」の家に入ってみましょう。
「大人」とは、軍事や土木工事を取り仕切る人です。 -
大人が、道具の手入れをしていました。
-
こちら、「大人」の妻の家です。
やはり、別居。 -
中では、母親が娘の髪の手入れをしていました。
-
煮炊屋、厨房ですね。
-
養蚕も行われていたようです。
-
機織り機。
-
歴代の王の墓がある、「北墳丘墓」。
-
二重の柵で守り固められていた、北内郭(王の宮殿)。
そこにあった高床住居。
高床倉庫と違い、ほぼ正方形です。
北内郭は神聖な区域なので、ここは最高司祭者の住まいだったと考えられてています。 -
高床住居内部。
最高司祭者は、一般の人の前には、殆ど姿を現さなかったと考えられています。
ミステリアス。 -
高床式住居から見た、主祭殿。
最高司祭者は、毎日この光景を見ていたのですね。 -
主祭殿
吉野ヶ里のまつりごとを司る、最重要施設です。
古代中国の事例を参考に、16.5mの高さに復元されています。 -
鳥形の飾りが付いている角の様な物は、「樋棟」といいます。
-
この樋棟は、9年間使われ今年取り替えられた古い物です。
-
主祭殿の下の階では、重要な事柄を話し合っていました。
赤い服は吉野ヶ里の実力者たち。
向かいは、よその実力者たち。 -
その上の階では、巫女が神がかりの最中でした。
巫女は蔓を身体にまき、小笹を持って祖霊と交信しています。
周りには琴を演奏する人や、巫女の発するお告げを聞き分けて伝える人が控えています。 -
見学者「この人は卑弥呼ですか?」
係員 「卑弥呼ではないですが、卑弥呼みたいな人です」
吉野ヶ里は邪馬台国より古い国で、人口も少なかったそうです。
関係者も、吉野ヶ里は邪馬台国ではないとの認識のようでした。
邪馬台国であろうがなかろうが、実際にここに集落があったのは事実ですし、それだけでロマン満ちあふれているのは確かです。
治らない病気も多く、寿命も短かったでしょう。
物も多くはない。
でも、きれいな空気を吸いながら、幸せに暮らしていたのではないかな・・・そう思えました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (6)
-
- zzr-cさん 2010/11/01 12:29:57
- 立派なブレ
- ホーミンさま こんにちは!
弥生時代にタイムスリップですねぇ〜
祭りとはいえ入場無料は嬉しいですね!
南の島に行くと外観は似たような感じでコテージ?ブレが建ってますから
こうした建物がその前身だったんでしょうか?
中身はさすがに竪穴式ではありませんが^^;
当時は男性女性別々に暮らす?寝ていたんですねぇ〜
ご飯とかはどちらの家で食べてたんでしょう?
王様も庶民もそんなに変わらない暮らしが出来ていて
貧富の差がまだ少なかったのでしょうかね!
自給自足の生活だと分け与えるのが当たり前だったのかもしれません。
じぃ〜
- ホーミンさん からの返信 2010/11/01 21:09:38
- RE: 立派なブレ
- じぃ〜さま
こんばんは。
旅行記を読んで下さってありがとうございます。
書き込みと投票もありがとうございます。
> 弥生時代にタイムスリップですねぇ〜
まさにあの場所に、弥生人が住んでいたのですね。
なんだかロマンチック♪
何を話していたんでしょう。
当時の言葉を仮に聴けるとして、今と似た日本語だったのでしょうかねぇ。
謎だらけなのが、またいいです。
> 南の島に行くと外観は似たような感じでコテージ?ブレが建ってますから
> こうした建物がその前身だったんでしょうか?
> 中身はさすがに竪穴式ではありませんが^^;
似てますね。
穴掘ってブレの屋根だけそこに乗せたら、吉野ヶ里遺跡の出来上がり?
> 当時は男性女性別々に暮らす?寝ていたんですねぇ〜
> ご飯とかはどちらの家で食べてたんでしょう?
主の家、その妻の家、煮炊きする家・・・。
「家」を「部屋」と言う言葉にかえたら、今と変わりないんですよね。
大きい家を建てるのが難しいから、小さいのをいくつも建てて、その家を何件か合わせて一家族ってところなんでしょうね。
> 王様も庶民もそんなに変わらない暮らしが出来ていて
> 貧富の差がまだ少なかったのでしょうかね!
> 自給自足の生活だと分け与えるのが当たり前だったのかもしれません。
仲がよかったんでしょうか?
物がどうにか足りている時代は、分け合って仲がよかったのかもしれませんね。
余分な財産を蓄えるようになり、それをめぐって争うようになったのなら、
当時と今とどっちが幸せか・・・。
-
- Mirabellaさん 2010/10/31 12:09:19
- 高床式倉庫だ!
- ホーミンさん、こんにちは〜。
スペインに行った時に、あちらの高床式倉庫を見に行きましたが、もちろん日本にもあるんですよね。
湿気を避けるとか、当時の知恵を絞ってできる完成形は、やはり高床式だったんでしょうね。屋根の角度が、かなり急(それは、たまたまなのかしら?)
自然の素材から染め上げられる色は、本当に柔らかで暖かみがありますね。何枚か重ねて使っても、グラデーションが楽しめそう♪
たまに、こういう遺跡を訪ねて昔の生活を想像するのも楽しいですね。巫女の神がかりの儀式、神秘的すぎる。
みらべえ
- ホーミンさん からの返信 2010/11/01 10:01:17
- RE: 高床式倉庫だ!
- 写真撮影の腕を上げたみらべえさま
おはようございます。
旅行記を読んでくださってありがとうございます。
書き込みと投票もありがとうございます。
> スペインに行った時に、あちらの高床式倉庫を見に行きましたが、もちろん日本にもあるんですよね。
もちろん日本にもあります。
奈良で見ました。
スッペインにもあるんですかーーーー!?
↑
(◎o◎)たため、吃音になってしまった。
スペインの高床式倉庫って、どんなんですか?
みらべえさまの旅行記に、写真が載っていますか?
是非見てみたいです!
きっと、オシャレな倉庫なんでしょうね〜。
> 湿気を避けるとか、当時の知恵を絞ってできる完成形は、やはり高床式だったんでしょうね。屋根の角度が、かなり急(それは、たまたまなのかしら?)
考古学にも建築にも疎いので、よくはわかりません。
湿気は避けられそうでね。
洪水の被害も受けなさそう。
ネズミ返しかついているのもあったので、穀物の保存には適していたんでしょうね。
屋根はスペインのより急ですか。
日本には雨期があるからかな?
> 自然の素材から染め上げられる色は、本当に柔らかで暖かみがありますね。何枚か重ねて使っても、グラデーションが楽しめそう♪
おおっ!グラデーションを楽しむところまで、考えが回りませんでした。
ホントですね。
みらべえさんの胸元に似合いそうです。
> たまに、こういう遺跡を訪ねて昔の生活を想像するのも楽しいですね。巫女の神がかりの儀式、神秘的すぎる。
今と違って、神に仕える人は大きな力を持っていたんですね。
巫女は笹を振り回して、髪の毛を振り乱して、奇声を発していたんでしょうね。
私は霊感がなくて、幽霊を見ても柳に見えるタイプですから、巫女さんにはなれませんわ。
-
- たらよろさん 2010/10/30 17:17:44
- 走り回ったのを思い出す〜〜(笑)
- こんにちは!!
吉野ヶ里遺跡にいかれてたんですね。
綺麗なコスモスが駅前で見れてラッキー♪
この広い園内を閉園時間に追われながら走り回ったのを思い出しました。
1時間足らずでは到底見ることのできない広さ。。。
また機会があればじっくりと体験ものも体験しながら
遊びに行きたいな〜なんて思います。
資料館には入られたのかしら?
頭蓋骨とかありませんでした?
私は結構興味深く古の時代のお骨を楽しみました(笑)
たらよろ
- ホーミンさん からの返信 2010/10/30 22:31:56
- RE: 走り回ったのを思い出す〜〜(笑)
- たらよろさま
こんばんは!
旅行記を読んでくださってありがとうございます。
書き込みと投票もありがとうございます。
> 吉野ヶ里遺跡にいかれてたんですね。
うふっ♪
たらよろさんと一緒。
> 綺麗なコスモスが駅前で見れてラッキー♪
広大でございました〜。
畑の間を通れるように、通路も設けられておりました。
> この広い園内を閉園時間に追われながら走り回ったのを思い出しました。
広いよね。
半分くらいしか見なかったけど、それでも広かった〜。
大きい集落だったようです。
推定1000人くらいが暮らしていたとか。
夕暮れ迫る中、たらよろさんご夫妻はあそこを走り回られたのですね。
いつもスマートに行動しておられるお二人が走り回られた・・・、ちょっと想像しにくい光景です。
> また機会があればじっくりと体験ものも体験しながら
> 遊びに行きたいな〜なんて思います。
たらよろさんは、また行きそうな気がします。
そして佐賀牛も再び。
> 資料館には入られたのかしら?
> 頭蓋骨とかありませんでした?
入りましたよ。
頭蓋骨のみは見なかったけど、全身は男女二体見ました。
(あっ、頭蓋骨は壷型のお棺にに入ってた様な気も・・・)
女性は推定身長150cm、男性は180cm。
昔の人はちっちゃいと思っていたのが、覆されました。
体験物もありましたね。
勾玉つくりとか。
私たちは、そこまで行かなかったんです。
> 私は結構興味深く古の時代のお骨を楽しみました(笑)
あれは本物だし、リアルよね。
私たちと同じ身体を持ってたんだ〜って、妙に感心したりしてました。 ^m^
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
6
47