2010/10/10 - 2010/10/22
614位(同エリア1701件中)
アーサーさん
元々
① トルコ・エジプトの各社パック旅行は割安と思っていて 関心はあった。(価格的にも1日1万円位なので。)
② トルコとエジプトには それなりに(歴史的・地政学的に)関心はあった。
③ 個人旅行の方が楽しいのは分っているが 概観的に見るのならば パック旅行も選択の範囲かなと思っていた。
この夏 旅行カタログが届き
飛行ルートがエジプトダイレクト便で 季節的にも 暑くなく寒くない秋のシーズン。夫婦二人で約32万円。迷ったが 申し込むことにする。
それから
旅行ブログ等で 調べると トルコの歴史は面白そう。見所も多そうで 期待できたが
スケジュールは かなりきつそうな雰囲気。 特に 食事とおなか具合のトラブルが散見され、 ちょっと心配。
それで ブログで読んだ この9月に 同じコースを経験された方にメールして アドバイスを貰う。
「食べ過ぎるな。無理をするな。」の回答を貰う。
気楽な パック旅行と割り切って 大勢に任せて流れることにする
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ジャルパック
-
1)一日目 10月10日(日)
早朝 雨が降っていたが 出かける時には 止んでいたので 傘を持たずに出発。
始めて 成田空港まで「北総線」経由を使用。
写真は 乗り換えの 「新橋駅」で 成田行き アクセス特急を写す。
今までと比べて 所用時間はあまり変わらなくて 料金は安いようだ。
電車は通常の地下鉄の気分。 -
2)
予定通り 11時ごろ JTBのカウターへ。
ツアー参加人員31名。妻が言っていた通り リタイアー組が多い模様。
(「この時期 13日間も仕事を休んで 遊んでいられるのは 暇な人」)
写真は エジプト航空MS965便 (新鋭機・・・機内は綺麗で、便利。)
ANAのマイレージカードを忘れた為、搭乗手続き時 積算をできず。
(後日 ANAに後日手続きの書類を送る。) -
3)
飛行ルートは 朝鮮半島、中国、中央アジア、カスピ海からエジプト。
飛行時間 13時間30分。・・・予想はしていたが結構長い。
エコノミー席は日本人で ほぼ満席。機内は空調が寒く、毛布を二枚使う。
写真は モニターに映し出された飛行経路。(タリム盆地北端) -
4)
写真はカイロ空港 旅行者用バス乗り場。
日本人のツアー客が多く 客待ちのバス多数。
ここで 少しトラブル 手違いで 一名が遅れる。
今回の参加者は海外旅行経験者が多いが パック旅行は 何かと手間取り、待たされること多い。(覚悟はしていたが。)
バス席は十席以上 空席があり 余裕がありそう。 -
5)二日目 10月11日(月)
日本時間で朝の6時頃 やっとホテルのベッドで眠れる。
利用ホテルは「amarante pyramids」
日本のパック旅行各社が使用。
バスの湯量は少なく、シャワーへの切り替え「ノブ」を途中で上げても
落ちてしまい、切り替えできず。
(はじめに シャワーモードでのみ使用可能。)
翌朝 現地時間 5時45分に起き、7時15分ホテル出発。朝早いが 時差の関係で苦痛ではない。
写真は 翌朝撮影 ホテル中庭。 -
6)
今回のパック旅行 全朝食は バイキング形式。
バイキングは どうしても食べ過ぎになるので かなりセーブを心がけた。
(事前にメール頂いた忠告による。)
念のため 火を通していない 野菜などは 遠慮した。
勿論 水道水は飲まない。 -
7)
ホテルは 下町立地で 周辺散策するところなし。
信号がないので 車道を渡ることは 日本人には 困難。 -
8)
朝 渋滞の喧騒の中を
クフ王のピラミッドへ。
砂漠の中の ピラミッドのイメージ(先入観)があったが 実際は
街外れのピラミッド。
写真は クフ王ピラミッド前の駐車場で ラクダに乗った 警備兵。 -
9)
クフ王ピラミッドの内部へ。
(写真 下部左 内部への入り口。)
中は 薄暗く石棺以外何もない。
途中は 蒸し暑く、行き交う人も多く、登り坂の洞窟も狭い。
ピラミッドを訪れた記念にはなったが、安全上のリスクはあると思った。
(70歳の同行男性の 体力的に自信がないと 忌避された判断も 一つの見識と理解できた。) -
10)
「三大ピラミッド絶景ポイント」で 現地装束で集合写真。
(このポイントからの写真で 砂漠の中のイメージが植えつけられたと納得) -
11)
スフィンクスの横に バスで移動して 観光。
後ろはカフーラ王のピラミッド。 -
12)
昼食後 赤ピラミッド、屈折ピラミッド 見学。
(昼食レストランは 日本パック旅行ご用達の ピラミッドが見えるレストラン。
ツアーを通して ランチは
大概 野菜サラダ、スープ、パン、一品、デザートで あまり食べるものはなくなく、殆どの人は 残す。
でも 食べないことが むしろ 年寄りの健康には良いと思う。) -
13)
移動時 バスの中から 荷物(なつめやし)を運ぶラクダとそれを引く ロバを見かける。
町は 道路駐車の車が多く 清掃もされていなくて ゴミも滞留し 綺麗とは 言い難い。佇む人多し。
添乗員さんが漏らした 「インドに似ている。」 -
14)
世界遺産メンフィス 見学。 -
15)
ラムセス2世の巨像は 大きすぎて カメラに収めきれず。上半身のみ。 -
16)
階段ピラミッド。
本日の観光はこれで終わり。
夕方早いが 切り上げ 4時ごろホテル着 時差ボケの関係で少し眠る。
5時半 夕食は ホテルから離れた(三大ピラミッドの近く)の観光レストランへ。
モロヘイアのスープ 一口目は美味しいが あとは飽きた。
道路の渋滞状況変わらず。(往復二時間以上)
帰着後 ホテルの周辺を 少し歩く。 -
17) 三日目 10月12日(火)
朝 時差の関係で 5時過ぎには目覚める。6時朝食。
カイロへ移動。
途中 バスの中からエジプトの「墓所」を見る。
イスラム教は土葬方式の為か とてつもなく広い墓所が続く。 -
18)
イスラム地区のモハメド・アリ・モスクを観光。
城壁の中。 -
19)
ドームの天井。
きらびやか。 -
20)
展望台から カイロを眺める。
高層ビルが建ち、遠くに 微かにピラミッドが見えるが
灰色の町。
(確かに公園もあるが 雨が降らない為 土ホコリで 色がない。)
現地ガイドさんが言っていた通り 年間総雨量 17ミリ。
ちなみに 東京の平均年間総雨量 1,133mm 。 -
21)
それから エジプト考古学博物館へ。
博物館の建物が狭く、展示が下手だが 内容は素晴らしい。
特に ツタンカーメン王の部屋に衝撃。紀元前1300年頃の 工芸品の質の高さに驚く。
見学自由時間があったので 再度訪れて 向き合い 堪能。
新博物館への移転計画があるようだが期待したい。その時には 腰を落ち着けられる「カフェ」を併設して欲しい。 -
22)
残念ながら 博物館内部は写真撮影は出来ない。
玄関に佇む 石像の寄り添う姿が 人間らしい。
人類の共通の 文明世界遺産として 是非 素晴らしい 新博物館として欲しい。
その時は また来て見たい。 -
23)
カイロ空港へ。
車中 昼食のお弁当 「コシャリ」焼きそばと焼き飯をミックスして 豆が入っている BOX。
私はそれなりに 美味かったが 量が多く 妻は半分以上残す。
午後4時 30分遅れで イスタンブールへ向け 出発。
写真は カイロ空港。(空港は国際空港で規模も大きい。)
備考)トルコで友人送ったメール。
実質1日半 エジプトのカイロにいた。
(パック旅行の効率のよさに感心。)
カイロは緑の少ない喧騒の町。年間降雨日数 3,4日。土地埃っぽい。
考古学博物館は 素晴らしい内容だった。(展示は下手だけれど。)
逆に エジプトの現在に「悲しさ」を感じた。
人類史上最初に素晴らしい文明を築き上げ ギリシャの前に 栄華を誇ったのに。
現在はあまりにも 社会的公資本の整備が遅れている。(公教育、灌漑、給排水、道路、清掃)
アラビア語を使い、イスラム教の信徒が多く 本来ならば アラブの盟主のはずだのに。 イスラエルとの戦争で破れ アメリカの影響を受け 何となく 中途半端。(米ドルが流通。)
ナイルの豊かな水の流れを受け 水源のアフリカの大地との繋がりは 強固のはずだのに ここも何となく中途半端。
国をかたち作る 「考え方」の部分に 弱さを感じる。(異民族支配が長過ぎた?)
エジプト文明の素晴らしさを もう一度取り戻す気概を 持ってほしい と 眠たい頭で 勝手に思った。 -
24)
イスタンブール空港で ツアーの一人のスーツケースの破損発見。
手続きに約30分足止め。
空港で一万円両替。
22時ごろ ホテル着。「Eser」 ホテル 中心部を離れた 西方の新型リゾート風ホテル。インターネットも無料で使え 湯沸しポットもあり、ほっと一息。
写真は ホテルロビーから 天井、エレベーターを見上げる。照明の色彩が変化。。(少しケバケバシイが) -
25)四日目 10月13日(水)
翌朝の イスタンブール市内オプショナルツアーには参加せず。
ゆっくり 寝て過ごす。
8時から 朝食。食堂の席が空いていて 静かに朝食を楽しむ。暖かいオーダーオムレツが美味しい。巣箱から取り出した形式の「蜂蜜」が口の中でとろける。
10時にホテルを出発して イスタンブール市街へ。雨が降り、渋滞が激しい。
雨の為か ゆっくり休んだ為か 何となく カイロより 西洋のイメージで 落ち着く。 -
26)
昼食時に 先行したグループと合流。
シルケジ駅のレストランで ランチ。
「オリエント急行」の終着駅だったそうだ。
駅の前は 金角湾フェーリ乗り場
そういう風情で レストランの天井も高く 格式があり 往時を偲ばせる。
駅の構内の「ATM」で200トルコリラ引き出す。
写真は レストラン出入り口に掲示された「オリエント急行」の銘板。 -
27)
マルマラ海を左手に見ながら ヨーロッパ側をバスで南西へ。
いよいよ トルコ周遊のバスの旅行が始まる。
バス走行総距離 約2670KM 列車走行部分530KMは別。
ちなみに 東京ICから鹿児島ICが1350KMだからその往復に相当。
(本日約325KM)
ギリシャ国境とは 車で30分位のところで 更に左へ。
アジア側に(チャナッカレ)へ渡る フェリーに乗る。
写真は フェリー乗り場。出航の時。 -
28)
海峡の雨煙の中 出会ったイスタンブールからの クルーズ客船。
ヨーロッパ各地からの客船を多く見かけた。
お年寄りが クルーズの旅を楽しんでいられた。
日本も バス旅行よりは いづれクルーズで旅をするようになるのかなと思った。 -
29)
フェリー船内で「アップルーティー」を飲む。暖かくて それなりに美味い。
一杯100円位で 市中の物価の安さが分る。
(ホテル レストランは観光地価格で300円位)
写真は 船内売店。(豪華客船というわけにはいかないが。)
トルコ式 和風トイレも初体験。 -
30)
30分ほどで アジア側の チャナッカレーの町が近づく。
私には 見ていてあまり差がなく 感激もなかった。
(同じように 細い雨が降っている。)
海峡を渡ることに苦労した 昔の人の感慨は 違ったであろうが。
写真は フェーリー船上のバスの中から チャナッカレーの町を写す。 -
31)
海岸沿いの大型ホテル。「kolin hotel」
部屋から 海側を写す。
道路隔て 大型の小売施設があり 行きたかったが 夕食時 グラスワインを二口飲んでしまい 酔っ払って 行けず。(私はお酒は飲めないのに。)
朝 オプショナルツアーに参加して 雨に当たって 風邪を引き 喉を痛めた女性と夕食時同席。持参していたイソジンの瓶を 部屋に届ける。
(イソジン液は 掛かりつけの内科医から 水道水の殺菌に有効ということもあり うがい用も含めて 余分に持参していた。) -
32)五日目 10月14日(木)
本日も曇り。地中海気候の晴れた天気を期待していたが 残念。
朝 ホテルの海岸へ出てみるが 海水温度も低く冴えない。
妻も 胃のムカツキを訴える。トルコに入って 安心し 少し食べ過ぎたみたい。(持参した武田漢方胃腸薬服用。)
確かに トルコのケーキは 美味しそうに見える。 -
33)
近くの トロイ遺跡へ。
朝早いためか 駐車場には 車が一台もいない。
替わりに 犬が迎えてくれた。
私達の見学に 何となく同行してくれて 最後は また 駐車場で見送ってくれた。
写真はその「変な案内犬」。 -
34)
案内犬 と一緒に 遺跡を眺める。
「石」と崩れた「土」しか残っていない。
風景と自然は何となく往時を偲ばせるものがありそうだが。
発掘者「シュリーマン」の奥さんの身につけている写真から 掘りだされたものは 現代の立場で見てみたい気がする。(真偽を含めて。)
トルコ現地ガイドのアポさんは
ドイツ占領時に ソ連に運び出され 現在 ロシアのあると 説明していたが。 -
35)
御のぼりさん定番の木馬の模型 窓から 手を振る私。
トロイを出発してから 20分位バスが走ったあたりで バスがトイレ緊急停車。
一人の男性が 下痢症状らしい。
本人さんも辛そう。
(夜 奥さんに話して 病院から 処方してもらった 整腸薬と粉末のポカリスエットとインスタント味噌汁を届ける。)
旅の終わりごろまで 下痢症状は続いたそうだ。 -
36)
トロイから 約210キロ走って ベルガマ遺跡へ。
途中 背の低いオリーブの木が多く見られる。
雨にけぶるエーゲ海 残念。
各種の農作物の畑が見られ 豊かな地方だった事はわかる。
ベルガマ遺跡で この地方のギリシャ文明のヘレニズムが想像できる。
最初に アクスピオン(医療遺跡)を訪問。
雨が本格化し 傘を持たない身にはつらい。(フード付きのスポーツジャンバー着用。) -
37)
劇場?遺跡跡に 山羊が二頭。放牧? -
38)
地下 通路?入り口。(現存する一部 100メートル余りを歩行。)
紀元前200年頃に これだけの 地下構築土木技術。
西欧の地下構築物の歴史を感じる。
アクスピオンの駐車場で 雨の為か ツアーの一人の男性が 転倒。
大事には至らなかったが 旅に危険は付き物と自戒。
(この後、トルコ石の宝石店へ。) -
39)
それから 丘の上の アクロポリス遺跡へ。
(ロープウエイ乗り場から 丘の上を臨む。)
丘の上で 折畳傘を一本購入。ダイエーより安いよと呼びかけられ。結局 雨が上がり 使用しなかったが。
傘は結構しっかりとしていた。 -
40)
巨大な大劇場跡。
ちょっと 想像がつかない。何故こんなに多くの人を集める必要があったのか?(1万人収容?)
水は 対峙する反対の山から水道橋で引いた?信じられない。 -
41)
アクロポリス 神殿跡。
天気も悪く夕方で観光客も少ない。
古代ギリシャの「アクロポリス」のイメージと
ここまで 広がっていたのを 実感。
時間があれば もっと自由に 想像の世界に浸りたかった。 -
42)
バスで 更にエーゲ海沿いに 途中 イズミールの夜景も見て 205KM 程走る。
本日は合計走行距離435Km。観光の見所も多く、買い物時間も取られ、いくつかのアクシデントもあり、ホテルに着いたのは 8時過ぎ。疲れた。
時間短縮のため 手荷物を持ったまま バイキング会場へ向かう。 狭いテーブルの間で 立って 待たされると 他の客から迷惑がられ 疲れが増す。
悪いが 早々に食事を終え、部屋に入る。
写真は本日宿泊の「Adakule Hotel」の部屋の様子。
古いが大きくて宿泊客多い。 (エレベーター台数不足) -
43)六日目 10月15日(金)
エーゲ海最後の日 朝起きると やっと晴れてくれた。
写真はホテルのベランダから。
残念ながら 時間がなくて ホテル敷地の海岸遊歩道へ降りられず。
上から見渡すと リゾートホテル風で ホテル滞在を楽しめれるようになっていた。
ドイツや東欧の観光客が 滞在を ゆっくり楽しんでいたが 日本人グループは出発。 -
44)
まず 「聖母マリアの家」へ。
キリスト処刑後 ヨハネと共に この地に逃れた伝説。
キリスト教徒の巡礼の地のよう。
何となく 日本の「聖地」の雰囲気と同じ。
人間に共通するものがあるのかと思った。 -
45)
駐車場前の郵便局。
現地ガイドさんに勧められ
ここから 日本宛に絵葉書を出す。
周りに イチジクの樹が茂り、遠くにエーゲ海。
すすきも見られた。 -
46)
エフェソスの遺跡に行く前に 近くの「革製品の店」に立寄る。
写真は ファッションショーの行われた棟。
ショーの最後に ツアーの日本人三人が登壇。結構堂々と様になっていた。
商品は上着 コート中心の革製品で ヨーロッパのデザインを受け継いでいる。
ただ 日本には ファッションの革製品の高額なものは まだ大衆化していなくて 評価の基礎が無いと思った。
(購入される方は 日本で準備が必要かな と思った。) -
47)
「エフェソスの遺跡」の入り口の広場から。
エフェソスは数百年に渡り、ギリシャ時代、ローマ時代と繁栄してきた 歴史もあり 広範囲に 遺跡が残り 多くの観光客が訪れていた。
(イヤホンガイドを聞きながら 声が聞こえていて 安心していると 迷い子になりそう。)
「石」の遺跡しか残っていないが、想像力を描きたてられる。 -
48)
通りを 下がっていく。 -
49)
勝利の女神{NIKE) -
50)
トラヤヌスの泉 -
51)
ハドリアヌス神殿? -
52)
何故か猫が。
実際トルコには猫が多く、逃げない。 -
53)
近づいたら 物憂そうな目でこちらを見る。 -
54)
セルスス図書館前 -
55)
オデオン(屋外音楽堂)遠景
(エフェソスの遺跡の見学が終わり 二時過ぎ ランチ。
サラダの人参に異臭がするということで伝言が来る。実際は酢の一種で洗っているらしいが 殆どの人は口にしない。かなり神経質になっているみたい。確かに何人かは パンと水以外口にしない。体調不順が広がっているよう。) -
56)
エーゲ海から離れて内陸部へ 約185KM走って バムッカレへ。
途中 サービスエリアのようなところで トルコ風ゆべしを販売していた。
試食したが 美味い。但し 重たそうなので 箱入りのアプップルティーを購入。
その際 沿道で各種の農作物の作地を見かけたので ざくろジュースも飲んだが 珍しくて 美味かった。
本日のホテルは「polat hotel thermal」。6時過ぎ到着。
温泉ホテルということで 屋内プールへ行ったが 寒い。
外の露天プールは 寒くて敬遠。 -
57)七日目 10月16日(土)
翌朝 露天風呂を撮影。岩山状のテッペンからお湯が流れ出る。
白人の女性が入っていた。
日本のように のんびりする雰囲気ではない。
ホテルも長期療養施設のようで 少し違和感。 -
58)
それから 近くの 「石灰棚」へ
風景は部分限定雪のイメージ。寒くはないが。 -
59)
アップにすると 独特の綺麗さではあるが。 -
60)
裸足になって 歩く。
最初は冷たいが 途中から 温泉のお湯になる。 -
61)
「棚」の独特の自然造形美 -
62)
反対側は 数年前の地震で温泉の供給が止まり、石灰の輝く白さが失われて行っていた。 -
63)
隣接する ヒエラポリス遺跡 -
64)
同じ 敷地内の 温泉プール。背後にナツメヤシが。
多くの 利用者が楽しんでいた。
時間がなくて 入浴はパス。
昔 温泉があったから 人が集まり 都市が出来たのかな と思った。 -
65)
それから 本格的内陸部高地にバスは進む。
風景も 山岳風の姿に変わる。
木が少なく、岩山が続く。植林はしているみたいだか。
本日の目的地 コンヤ。走行距離 約410KM
(バスからの風景) -
66)
途中で大理石の採掘現場見学。
(採掘は以外に簡単そう。) -
67)
ランチはトルコ風ピザ。
(同じようなメニューの連続バイキングに食傷気味だったので 助かる。) -
68)
コンヤ(標高約1000M)に近づくにつれ 気温も下がり、
風景も秋めいてくる。
沿道のポプラも色づき始めている。
バスの車中 多くの人が 目を閉じ 休息中。
また 現地ガイドさんが 色々と話題を提供してくれる。
ツアーは現地ガイドさんによる所が 大きいと あらためて 思う。 -
69)
コンヤの (イスラム教)メヴラーナ博物館
イスラムの信者にとっては聖なるところ。
マホメットの顎鬚が納められた小箱の前では 涙ぐむ人達を見る。
コーランの古書も 芸術品。
(観光地とは異なる 雰囲気) -
70)
博物館の公園で。
コンヤは 町にバラの花が溢れ 清潔な感じがした。 -
71)
街中心部の
インジュ・ミナーレ神学校の扉上 -
72)
本日の宿は豪華。ホテル名「DEDEMAN KONYA」
インターネットもきっちり無料で使え 部屋も新しくて 広い。
道路を隔てて 大きなショッピングセンターがあり 夕食前に 買い物。
写真は ショッピングセンター側から ホテルを写す。 -
73)
ショッピングセンターで
「巣状の蜂蜜」 専門店で私用の皮製 「小型ショルダー」などを購入。 -
74)
夕食も 四人テーブルを二人で使用できて 幸い。
バイキングではなく メイン鶏肉料理を運んできてくれる。
やっぱり 落ち着く。 -
75)
メインの鶏肉。年寄りには 量もこれで充分。 -
76)八日目 10月17日(日)
コンヤの夜明け。モスクの塔が多く見える。
おごそかなアザーン(礼拝の呼びかけ)も聞こえる。
左真下は ショッピングセンター。
(ホテルの部屋から)
朝 ホテル出発時 失敗をやらかした。
ツアー一行の多くの人は 5分前集合を律義に守っている。
最後に 添乗員さんが乗り込み
「パスポート、貴重品 忘れ物はないですね?」と念を押す。
念のため 習慣的に いつもの パスポ−ト入れに手を触れたら
「ない。」
あわてて ショルダー(昨夕購入)を開けてみたが 「ない。」
とりあえず ホテルの部屋に 探しに帰る。
添乗員さんも 同行してくれる。
飛び込んで 部屋を調べたが 「ない。」
瞬間 パニック。
そこへ 妻が追いかけてきて ショルダーの内ポケットの妻のパスポート入れの中に あったと 言う。
ほっと安心したが みなさんの出発を 3分ほど遅らせてしまった。
(運動部系の添乗員さんで この時は 助かった。行動が速い。) -
77)
本日は カッパドキアまで 約230km。
高地を走る。
途中 隊商宿 併設のトイレ休憩所で休む。
写真は 「隊商宿の門」
この門のところで 小学校2,3年位の女の子が パンフレットらしきものを手に 3リラ 3リラと手を差し伸べるので 面倒で入らず。(無視する人もいたが。)
正しくは 入場料 3リラだそうだが 子供にやらせるのは疑問。
子供の物売り、靴磨き と周囲にいて 判断つかず。 -
78)
カッパドキア
ピジョンバレー( 鳩の谷)側からウチヒサールを写す。
異様な風景。 -
79)
ピジョンバレー( 鳩の谷)
鳩の糞を集めて 肥料にした。なるほど。 -
80)
何故か 「絨毯の店」に。
なかなか うまいショー風ビジネス。 -
81)
至るところで 奇岩を見かける。 -
82)
カイマクル地下都市の入り口 -
83)
地下都市の内部。
岩は こすったら 剥がれ落ちる。 加工はし易そう。
地下6層目まで降りた。「蟻んこ」の気分。
階高が低い為 それ程 体に負担にはならず。
但し 暗く 狭い為 閉所恐怖症の方はご用心。 -
84)
ウチヒサールを反対から撮影。
登る時間はなし。 -
85)
ギョレメの谷?
眼下に カッパドキアの風景が一杯に広がる。
パノラマ式でないと 撮影できない。 -
86)
ここの展望台で トルコの「延びるアイスクリーム」を
食べる。 -
87)
バシャバーの 「きのこ岩」群 全景 -
88)
近づくと。本当にきのこみたい。
ここの売店で 「パシュミナ」を1枚記念に購入。 -
90)
きのこ岩の下で
観光用のラクダが 客を待っていました。 -
91)
こちらは デヴレントの「らくだ岩」 -
92)
夕闇が迫る 「スリーシスターズ」 -
93)
本日の宿 「Goreme Kaya Hotel」
岩山に併設した 洞窟風ホテル。
雰囲気が面白い。
私の宿泊した部屋は 二階の右から2番目?
室内の設備も問題なし。(日本人客ばかり。)
写真は 夕食後外に出て、満月に近い月が光っていた。 -
94)九日目 10月18日(月)
今回の旅も いよいよ後半 三分の一。
写真は 朝 ホテルの窓から。 -
95)
空には バルーンが一杯。 -
96)
洞窟を利用した 陶器店舗に寄ってから
240KM離れた ボアズカレへ。
写真は洞窟店舗の陶器ディスプレイ。(窓が少ない) -
97)
「ヤズルカヤ遺跡」の入り口
(前13世紀頃)に利用されたヒッタイトの聖なるところ
自然の岩に囲まれた 空間。
日本の原始宗教と 共通する雰囲気。
岩に 人間が掘り込んだリリーフが残る。 -
98)
狭い岩の間を抜けると 空間が広がる。 -
99)
岩のレリ−フ。
微かに残る。
(駐車場近く 土産物屋で 記念に自然石のネックレスを買う。三つ1000円) -
100)
ランチ後 近くの「ハトゥシャシュ遺跡」見学。
ヒッタイトの都の跡
岩の基礎部分だけが残る。 -
101)
見渡す風景と吹く風に 謎めいた「ヒッタイト」(遠い昔 何処から来て、鉄を残し、何処へ消えたか)を
しばし 思う。
それから 首都アンカラへ向かう。走行距離 約210KM -
102)
アンカラに近づくほど 道は良くなり 車も増える。
今夜の宿は 「Buyuk Anadolu」
空港の近くで 周りは何もないところ。
夜食に ポットの熱湯を貰い 日本から持参していた「カップうどん」を食べる。
(ここまで来たら 非常食はもう必要ないだろう と判断して。)
美味かった。 -
103)十日目 10月19日(火)
昨晩 寝入りばなに 携帯電話が鳴り 起こされる。友人からだった。(日本に居ると 当然思って話しているが 私には迷惑。)
写真は ホテルの庭。(空気は寒くもなく 清々しい。) -
104)
バラも綺麗。
トルコは チューリップの原産国らしいが
この季節見かけない。(チューリップをデザインしたものは多いが。)
本日は サフランボルへ往復。(約440Km走行) -
105)
途中のドライブインの休憩所で
「池とアヒルと子供」
現地ガイドさんから バスの中で 「奴隷」の話をされる。
確かに この豊かな地方は 長い時の中では 地続きの北から 東から 西から 南から 異民族が押し寄せてきて 支配した歴史はある。
「文明の十字路」「交易都市」と称されるが それだけ 厳しい変遷を経たのであろう。
(ガイドさんの遺伝子には「征服」「抑圧」「奴隷」の重いものが 刻み込まれているのかと 推測。)
日本にも「奴隷」の制度らしきものは あったが 異民族の支配は?
日本は極東の立地と (島国の偏狭さの問題もあるが) 島国の自然の「防衛力」は絶大と思い、あらためて 有難かった。
(その代わり 他民族から見ると かなり幸せなノー天気?) -
106)
サフランボル
遠目には 白い壁とオレンジ色の屋根が 緑のなかで浮かび上がり オモチャの町並み。 -
107)
街の展望台(フドゥルルック)から -
108)
アップにすると 年代を経て 風化が進んでいるのがわかる。
約500年前建造? -
108)
展望台の木々も紅葉。
日本と違い 黄色系中心。 -
109)
展望台公園の水道の蛇口。鋳物のデザインが日本と異なる。
装飾性意識?
展望台で サフランのお茶を楽しむ。 -
110)
サフランボルの旧市街。
チャルシュ広場を中心に徒歩圏の観光。
(今回のツアーで始めて 現地の生活の場に触れる 自由な時間を得る。
一時間少しだが。・・・楽しかった。) -
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坂の街。歴史遺産を大切に生きている街。 -
112)
運転手さんの娘さん。
この街に住んでいるとか。
久しぶりの父親と再会で 楽しそう。
つかの間で また バスは南のアンカラへ引き返す。
(後100KM北上すると 黒海。見てみたい気がしたが。)
パッケージツアー 旅物語 「エジプト・トルコ」(13日間)を旅して・・・(2)へ続く
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