2010/09/25 - 2010/09/25
280位(同エリア1272件中)
みにくまさん
鳥取城のふもとに素敵な洋館が建っていると聞き、行ってきました。
仁風閣は、明治40年(1907)に建てられたフレンチ・ルネッサンス様式の白亜の洋館です。
時の皇太子殿下(後の大正天皇)の山陰地方行啓の宿舎に使われました。
◎ 仁風閣(じんぷうかく)
住所 鳥取市東町2−121
電話番号 0857−26−3595
開館時間 9:00〜17:00
休館日 月曜(祝日の場合は開館)
拝観料 150円
おまけ↓↓↓
http://yaplog.jp/awamoko/archive/232
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仁風閣(じんぷうかく)
仁風閣(じんぷうかく)は鳥取県鳥取市にあるフランスルネッサンス様式の西洋館。
中国地方屈指の明治建築として名高く、1973年6月2日には国の重要文化財に指定されている。
木造建築延べ床面積 1046?
敷地面積 7200? -
仁風閣(じんぷうかく)
1907年、当時の皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰行啓時の宿泊施設として鳥取城跡の扇御殿跡に建てられた、旧鳥取藩主池田仲博侯爵の別邸である。
「仁風閣」の館名は、この行啓に随行した元帥海軍大将東郷平八郎が命したもの。
館内には鳥取藩と池田家に関する資料などが展示されている。 -
仁風閣(じんぷうかく)
車寄せ -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ シャンデリア -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段
階段には支柱が存在しない。
地元の大工棟梁浜田芳造は、提灯の骨組みにヒントを得て構築したと言われ、作業には伊藤金蔵があたった。
また細部の意匠、アカンサスの薊(あざみ)の紋様は、地元彫刻家、長谷川熊蔵の作である。
表階段の親柱のアカンサス彫刻なども、ほとんど長谷川が彫ったといわれている。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段 -
イチオシ
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 鳥取藩と池田家に関する資料展示スペース -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ エントランスホール -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
◎ 表階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
◎ 表階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 表階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御厠(かわや)
木製箱型ワク付きの腰かけ便器で、便座は楕円形にくり抜いてあり、黄褐色のビロード張りである。
箱の内側は銅張りの引き出し式になっていて、砂を入れて使用したものと思われる。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御寝室 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御寝室 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御座所
この建物のなかで、最も豪華なこしらえの部屋です。
落ち着いた彩色・柄の壁紙・天井紙に包まれて、イタリー産大理石のマントルピースが安定感を増し、柱左右の緑色タイルは当時世界的に有名なイギリスの陶芸家フラックスマンの作品で、右に王子像、左に王女像が配してあります。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御座所
鏡枠は菊花彫刻がほどこされ、カーテンボックスの美しい花柄の彫刻と調和し、天井には5灯のシャンデリアが華麗な曲線美を見せています。
寝椅子・座椅子はウルシ塗り、菊花の金マキ絵仕上げで、当時をそのままに表現しています。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御食堂
この部屋は、明治40年5月に「仁風閣」を皇太子殿下御宿舎として使用された時、御食堂にあてられました。
調理場(この建物の南側、元お米蔵にあった)で作られたお食事を、渡り廊下・らせん階段を経て隣室の供進所に運び、殿下がお席につかれてから差し上げたものと思われます。
フェンス内寝椅子などは、その時のものです。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御食堂 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 御食堂 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ バルコニー -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ バルコニー -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ バルコニー -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 供進所(ぐしんじょ) -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ らせん階段 -
仁風閣(じんぷうかく)
ウェディングのクマ君と記念撮影 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 謁見所
この日は結婚式用にセットされていて、私たちが行った時にはリハーサルをしていました。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 謁見所 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 謁見所 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 謁見所 -
仁風閣(じんぷうかく)
ぺディメントの中央には、池田家の家紋である揚羽蝶の浮彫紋を星型におさめ六花紋で囲っている。
仁風閣が池田家の別邸として建てられたことを物語る。 -
仁風閣(じんぷうかく)
先ほどまで少し降っていた雨が、ちょうど止んだみたいなので、ぐるっと一周回ってみることにします。 -
仁風閣(じんぷうかく)
左側山の方に見えるのは、鳥取城の石垣です。 -
イチオシ
仁風閣(じんぷうかく)
車寄せと鳥取城跡 -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
◎ 宝扇庵 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 宝隆院庭園
久松山を背景とする山裾の大地に設けられた池庭で、文久3年(1863)、第12代鳥取藩主池田慶徳が、若くして未亡人となった千代慶栄の夫人宝隆院を慰めるために造営したものです。
今日では仁風閣の後庭として大変良い環境をつくっています。 -
仁風閣(じんぷうかく)
◎ 宝隆院庭園
庭園の西側には茶座敷宝扇庵があり、これらを含めて池のまわりを回遊することができます。
江戸時代に多数作られた大名庭(だいみょうにわ)の系列に属し、様式的には、江戸末期に定型化した池泉庭園の典型的な構成を示しており、池・中島周辺の庭石の配置や石組には京風の洗練された手法が感じられます。 -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
庭園の裏側から鳥取城の本丸へ登る山をみつけたので、そのまま行ってみました。
こちらからだと、仁風閣を少し上の方から見下ろすようなアングルの写真を撮ることができます。 -
仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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仁風閣(じんぷうかく)
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イチオシ
仁風閣(じんぷうかく)
★ トップ写真 ★
最後の最後に見つけた絶好のポイントで、面白い写真が撮れたのでトップにしてみました。
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