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”夏の終わりは乙女の嘆き悲しむ季節”と言うそうです。ロシアの人にとっては厳しい冬がすぐにやってきます。このさわやかな秋の季節をゆっくり楽しむ余裕は無さそうです。もともとこの地では一年は夏か冬かの感覚しか無いとガイドさんは言っていました。秋は一瞬のうちに通り過ぎてしまうのでしょう。写真は輝く夏を過ぎ、色づき始めたピョートル大帝の夏の宮殿です。もうすぐ止まってしまう噴水もやや寂しげに見えますが、庭の美しさはすばらしいものでした。<br /><br />9月下旬にサンクトペテルブルグとヘルシンキを訪れました。<br /><br />旅程:<br /><br /> 成田→ヘルシンキ→サンクトペテルブルグ(フィンランド航空)<br /><br /> サンクトペテルブルグ 6泊<br /><br /> シベリウス号にてヘルシンキへ<br /><br /> ヘルシンキ 3泊<br /><br /> ヘルシンキ→成田<br /><br /><br />今年のロシアの夏の猛暑ぶりは日本のニュースでも度々登場していましたが、サンクトペテルブルグも例外でなくかなり暑かったようです。むしろ湿気が多い分同じ気温でもモスクワより暑く感じるそうです。それからモスクワを覆った山火事の煙がサンクトペテルブルグまでやってきたそうです。途中に遮るものが無いからです。<br />9月も下旬となるともっと寒いのかと思っていましたが、予想より暖かく感じました。ピーク時程の混雑も無くゆっくり観光できました。<br /><br />ヘルシンキ到着までの様子を。<br />    <br /><br />

秋のサンクトペテルブルグ

4いいね!

2010/09/19 - 2010/09/29

1422位(同エリア1811件中)

1

64

kumagoさん

”夏の終わりは乙女の嘆き悲しむ季節”と言うそうです。ロシアの人にとっては厳しい冬がすぐにやってきます。このさわやかな秋の季節をゆっくり楽しむ余裕は無さそうです。もともとこの地では一年は夏か冬かの感覚しか無いとガイドさんは言っていました。秋は一瞬のうちに通り過ぎてしまうのでしょう。写真は輝く夏を過ぎ、色づき始めたピョートル大帝の夏の宮殿です。もうすぐ止まってしまう噴水もやや寂しげに見えますが、庭の美しさはすばらしいものでした。

9月下旬にサンクトペテルブルグとヘルシンキを訪れました。

旅程:

 成田→ヘルシンキ→サンクトペテルブルグ(フィンランド航空)

 サンクトペテルブルグ 6泊

 シベリウス号にてヘルシンキへ

 ヘルシンキ 3泊

 ヘルシンキ→成田


今年のロシアの夏の猛暑ぶりは日本のニュースでも度々登場していましたが、サンクトペテルブルグも例外でなくかなり暑かったようです。むしろ湿気が多い分同じ気温でもモスクワより暑く感じるそうです。それからモスクワを覆った山火事の煙がサンクトペテルブルグまでやってきたそうです。途中に遮るものが無いからです。
9月も下旬となるともっと寒いのかと思っていましたが、予想より暖かく感じました。ピーク時程の混雑も無くゆっくり観光できました。

ヘルシンキ到着までの様子を。
    

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
4.0
ショッピング
3.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
鉄道 自転車
航空会社
フィンランド航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • フィンランド航空ビジネスクラスを利用しました。ワインがおいしかったです。(解説付きのワインリストが配られました。)写真はヘルシンキヴァンター空港内のラウンジ。入って左の奥はスパです。中はたいへん開放感のあるラウンジで、ここで3時間程ゆっくりしました。この空港は特にアジアからヨーロッパ各地への玄関口としての機能を担っています。(アジアから一番近い空港で、利用者の半数がアジア人。) 機能的にできていてトランジットも大変スムーズです。エリア内に日本人の係員がいました。ここからはロシアの飛行機に乗ることになりました。古い小さめの機体でちょっと心配でしたが、無事に一時間ほどでプルコボ空港に着きました。

    フィンランド航空ビジネスクラスを利用しました。ワインがおいしかったです。(解説付きのワインリストが配られました。)写真はヘルシンキヴァンター空港内のラウンジ。入って左の奥はスパです。中はたいへん開放感のあるラウンジで、ここで3時間程ゆっくりしました。この空港は特にアジアからヨーロッパ各地への玄関口としての機能を担っています。(アジアから一番近い空港で、利用者の半数がアジア人。) 機能的にできていてトランジットも大変スムーズです。エリア内に日本人の係員がいました。ここからはロシアの飛行機に乗ることになりました。古い小さめの機体でちょっと心配でしたが、無事に一時間ほどでプルコボ空港に着きました。

  • 宿泊はエルミタージュに程近いホテルモイカ22ケンピンスキーです。グランドホテルヨーロッパほどではありませんが、ちょっと高めのホテルです。古い建物を改装して作った、まだできて数年の新しいホテルです。日本人の口コミや旅行記にはまだあまり登場していませんが、場所も設備もサービスも申し分ないと思いました。(建物自体が古いので一部建てつけの悪い所などありましたが) ただホテルでのルーブルへの換金はできませんでした。成田でユーロに、プルコボ空港で一部をルーブルに、後はホテル近くの銀行で換金しました。ロシアのホテルはチェックイン時にパスポートを預けると聞いていましたが、ここではその場ですぐに返してくれました。

    宿泊はエルミタージュに程近いホテルモイカ22ケンピンスキーです。グランドホテルヨーロッパほどではありませんが、ちょっと高めのホテルです。古い建物を改装して作った、まだできて数年の新しいホテルです。日本人の口コミや旅行記にはまだあまり登場していませんが、場所も設備もサービスも申し分ないと思いました。(建物自体が古いので一部建てつけの悪い所などありましたが) ただホテルでのルーブルへの換金はできませんでした。成田でユーロに、プルコボ空港で一部をルーブルに、後はホテル近くの銀行で換金しました。ロシアのホテルはチェックイン時にパスポートを預けると聞いていましたが、ここではその場ですぐに返してくれました。

  • ホテル玄関正面にエルミタージュ(冬宮)が見えます。月曜(休館日)の朝でほとんど人はいません。まだサマータイム中で、明るくなるのが8時頃でした。 天気は変わりやすく傘は必携です。午前中は写真の様な曇り空のことが多かったように思います。気温は12〜3度でしょうか。日中は陽が差すと暑く感じることもありました。ほとんど薄い上着程度で過ごしましたが、朝晩などは薄いセーターや女性ならショール等があると良いです。でもすでに現地の人はかなり厚着の人も多かったです。真冬はマイナス25度にもなるロシアでは寒さに対する準備は万端のようです。

    ホテル玄関正面にエルミタージュ(冬宮)が見えます。月曜(休館日)の朝でほとんど人はいません。まだサマータイム中で、明るくなるのが8時頃でした。 天気は変わりやすく傘は必携です。午前中は写真の様な曇り空のことが多かったように思います。気温は12〜3度でしょうか。日中は陽が差すと暑く感じることもありました。ほとんど薄い上着程度で過ごしましたが、朝晩などは薄いセーターや女性ならショール等があると良いです。でもすでに現地の人はかなり厚着の人も多かったです。真冬はマイナス25度にもなるロシアでは寒さに対する準備は万端のようです。

  • エルミタージュから見たホテル。真ん中の建物がそうです。写真ではよく見えませんが最上階にガラス張りのバーがあります。そこからの夜景が大人気だそうです。写真の左方向にモイカ河沿いに行けばプーシキンの家、その向かい側に日本領事館、さらにその先血の上の教会にもすぐです。右に行けばネフスキー通り、ストロガノフ宮殿の向かいに2〜3分で出ます。

    エルミタージュから見たホテル。真ん中の建物がそうです。写真ではよく見えませんが最上階にガラス張りのバーがあります。そこからの夜景が大人気だそうです。写真の左方向にモイカ河沿いに行けばプーシキンの家、その向かい側に日本領事館、さらにその先血の上の教会にもすぐです。右に行けばネフスキー通り、ストロガノフ宮殿の向かいに2〜3分で出ます。

  • まずはエカテリーナ宮殿。ガイド付きで訪れました。写真はラストレッリの像。ここ以外にも冬宮やピョートル大帝の夏の宮殿などサンクトペテルブルグの観光名所の多くを手掛けたイタリアの建築家。宮殿全体が青く塗られていますが次第に色が薄れていくために何年かに一度(3年だったか?)塗り替えられます。その時に使う塗料を決めるために試しに一部に塗って様子を見るそうです。後ろの色がたしか塗られたばかりの色だったと思います。

    まずはエカテリーナ宮殿。ガイド付きで訪れました。写真はラストレッリの像。ここ以外にも冬宮やピョートル大帝の夏の宮殿などサンクトペテルブルグの観光名所の多くを手掛けたイタリアの建築家。宮殿全体が青く塗られていますが次第に色が薄れていくために何年かに一度(3年だったか?)塗り替えられます。その時に使う塗料を決めるために試しに一部に塗って様子を見るそうです。後ろの色がたしか塗られたばかりの色だったと思います。

  • 華やかなバロック様式の宮殿。国威を示すために一部居住空間を除いてほとんどがきらびやかで豪華に作られており、また訪問者を驚かすための細工もいろいろなされています。ここを訪れた各国の要人はこの国とは戦いをしたくないと思ったに違いありません。

    華やかなバロック様式の宮殿。国威を示すために一部居住空間を除いてほとんどがきらびやかで豪華に作られており、また訪問者を驚かすための細工もいろいろなされています。ここを訪れた各国の要人はこの国とは戦いをしたくないと思ったに違いありません。

  • 大黒屋光太夫がエカテリーナ2世に謁見した大広間。巧みに計算された絵の効果でまるで天井がドーム型になっているように錯覚させられます。また、窓と鏡がうまく配置され実際よりも広く感じます。舞踏会の時などは実際の人数より2倍も3倍もにぎやかに見えるように工夫されています。この宮殿はドイツ軍によってかなりの部分が破壊されましたが、ここの天井画は修復のためかたまたま別のところで保管されていて助かったそうです。

    大黒屋光太夫がエカテリーナ2世に謁見した大広間。巧みに計算された絵の効果でまるで天井がドーム型になっているように錯覚させられます。また、窓と鏡がうまく配置され実際よりも広く感じます。舞踏会の時などは実際の人数より2倍も3倍もにぎやかに見えるように工夫されています。この宮殿はドイツ軍によってかなりの部分が破壊されましたが、ここの天井画は修復のためかたまたま別のところで保管されていて助かったそうです。

  • 出入り口を重なるように配置することで、どこまでも宮殿が続いているかのように見える効果を出しています。右側に一部見えるのはオランダ式暖炉。

    出入り口を重なるように配置することで、どこまでも宮殿が続いているかのように見える効果を出しています。右側に一部見えるのはオランダ式暖炉。

  • どの部屋も豪華で美しいですが、さすがに実際に住んでいた部屋は落ち着きのある雰囲気になっています。よく見ると壁と家具の模様が同じなのが分かります。実は破壊されて壁の様子も分からなくなった部屋は保管されていたその部屋の家具から推測して再現したそうです。

    どの部屋も豪華で美しいですが、さすがに実際に住んでいた部屋は落ち着きのある雰囲気になっています。よく見ると壁と家具の模様が同じなのが分かります。実は破壊されて壁の様子も分からなくなった部屋は保管されていたその部屋の家具から推測して再現したそうです。

  • 庭へ。新郎新婦が見えます。結婚式が終わるとそのまま記念写真をとるためにいろいろな名所を巡るのが習わしです。そのためのカラフルに装飾されたリムジンもあちこちで見かけます。その間パーティー出席者は二人が戻るまでじっと待っているそうです。

    庭へ。新郎新婦が見えます。結婚式が終わるとそのまま記念写真をとるためにいろいろな名所を巡るのが習わしです。そのためのカラフルに装飾されたリムジンもあちこちで見かけます。その間パーティー出席者は二人が戻るまでじっと待っているそうです。

  • 美しい木立。少し色づいて秋を感じさせます。この奥にエルミタージュ(隠れ家)があります。

    美しい木立。少し色づいて秋を感じさせます。この奥にエルミタージュ(隠れ家)があります。

  • 皇帝が本当にプライベートな時間を過ごす時はここに来ました。二階が居住スペースで一階には使用人がいました。二階の食堂には床に穴が開いていて、欲しいものがあったら紙に書いて下に落とし、それを下の使用人が用意し上にあげていたそうです。

    皇帝が本当にプライベートな時間を過ごす時はここに来ました。二階が居住スペースで一階には使用人がいました。二階の食堂には床に穴が開いていて、欲しいものがあったら紙に書いて下に落とし、それを下の使用人が用意し上にあげていたそうです。

  • 庭からの宮殿。観光客も少なめでゆっくり回れました。この後ここからホテル近辺まで車で一時間程でしたが、渋滞があると倍以上かかることもあるそうです。サンクトペテルブルグの中心地は道が入り組んでいて一方通行も多く走りにくいようです。また駐車場なるものが無くほとんど路駐しています。大きなトラックなどが通れなくて立ち往生なんてことはよくあることで渋滞の原因になります。また政府の要人が来ている時も渋滞になります。この日の翌日にあのプーチンが郊外の新しい自動車工場(多分韓国の企業と提携)のオープンのために来ていましたが、ひどい渋滞でした。ちなみに車はドイツ車と日本車が人気だそうです。<br />

    庭からの宮殿。観光客も少なめでゆっくり回れました。この後ここからホテル近辺まで車で一時間程でしたが、渋滞があると倍以上かかることもあるそうです。サンクトペテルブルグの中心地は道が入り組んでいて一方通行も多く走りにくいようです。また駐車場なるものが無くほとんど路駐しています。大きなトラックなどが通れなくて立ち往生なんてことはよくあることで渋滞の原因になります。また政府の要人が来ている時も渋滞になります。この日の翌日にあのプーチンが郊外の新しい自動車工場(多分韓国の企業と提携)のオープンのために来ていましたが、ひどい渋滞でした。ちなみに車はドイツ車と日本車が人気だそうです。

  • 次にエルミタージュ美術館。写真は冬宮。右の方に行くと小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、さらにエルミタージュ劇場と続いています。ここには半日ガイド付きで、さらに翌日個人的に訪れました。写真の右端ぐらいにガイドと一緒の時の入口がありますが、個人的に入る場合は中央の門を入り中庭の奥に入口があります。あらかじめホームページでチケットを購入しておきましたが、これは大変おすすめです。購入も簡単ですし三日ほどでバウチャーがメールで送られてきますのでそれを印刷して持ってきます。中庭の入口は左右二つあり、右はチケットを購入する人(ここがすごく並んでいます)、左はすでにチケットもしくはバウチャーを持っている人が入ります。入ってチケット売り場の脇を通ってそのままエントランスホールに入れます。右手にインフォメーションがありますからそこにバウチャーをパスポートと一緒に出してチケットと交換できます。大変スムーズで気持ちよく入れました。

    次にエルミタージュ美術館。写真は冬宮。右の方に行くと小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、さらにエルミタージュ劇場と続いています。ここには半日ガイド付きで、さらに翌日個人的に訪れました。写真の右端ぐらいにガイドと一緒の時の入口がありますが、個人的に入る場合は中央の門を入り中庭の奥に入口があります。あらかじめホームページでチケットを購入しておきましたが、これは大変おすすめです。購入も簡単ですし三日ほどでバウチャーがメールで送られてきますのでそれを印刷して持ってきます。中庭の入口は左右二つあり、右はチケットを購入する人(ここがすごく並んでいます)、左はすでにチケットもしくはバウチャーを持っている人が入ります。入ってチケット売り場の脇を通ってそのままエントランスホールに入れます。右手にインフォメーションがありますからそこにバウチャーをパスポートと一緒に出してチケットと交換できます。大変スムーズで気持ちよく入れました。

  • 絵画等の美術品ばかりでなく建物自体にも多く見どころがあります。きりがないのでここではガイドの話が面白かったところを少しだけ紹介します。写真はナポレオン戦争で活躍した将軍たちの肖像画が壁一面に飾られている部屋です。中央奥にナポレオンの様な絵があります。もちろんロシアの将軍ですが、当時はロシアの軍服はフランスから輸入していたそうです。軍服だけ見ると敵か味方かよく分からなかったようです。

    絵画等の美術品ばかりでなく建物自体にも多く見どころがあります。きりがないのでここではガイドの話が面白かったところを少しだけ紹介します。写真はナポレオン戦争で活躍した将軍たちの肖像画が壁一面に飾られている部屋です。中央奥にナポレオンの様な絵があります。もちろんロシアの将軍ですが、当時はロシアの軍服はフランスから輸入していたそうです。軍服だけ見ると敵か味方かよく分からなかったようです。

  • 有名なラファエロの回廊。バチカンの回廊より高さがあるそうです。その分バチカンには無い絵が床の近くにあります。

    有名なラファエロの回廊。バチカンの回廊より高さがあるそうです。その分バチカンには無い絵が床の近くにあります。

  • 実はこれは孔雀石のモザイクです。大きな石から削りだしたように見えます。

    実はこれは孔雀石のモザイクです。大きな石から削りだしたように見えます。

  • 孔雀の時計。今は動くところはなかなか見られません。ガイドは小学校の頃に一度見たそうです。(小学校では授業でエルミタージュを見学するそうです。)イギリスで作られ、愛人の一人ポチョムキンがエカテリーナ2世に贈りました。

    孔雀の時計。今は動くところはなかなか見られません。ガイドは小学校の頃に一度見たそうです。(小学校では授業でエルミタージュを見学するそうです。)イギリスで作られ、愛人の一人ポチョムキンがエカテリーナ2世に贈りました。

  • なにしろ広さと美術品の量に圧倒されます。ときどき窓から外を見たり部屋の入口にある番号を確認したりしないとだんだんと自分がどの辺に居るのか分からなくなります。是非一度はガイド付きで回ることをおすすめします。

    なにしろ広さと美術品の量に圧倒されます。ときどき窓から外を見たり部屋の入口にある番号を確認したりしないとだんだんと自分がどの辺に居るのか分からなくなります。是非一度はガイド付きで回ることをおすすめします。

  • エルミタージュ劇場への渡り廊下。ベニスの嘆きの橋を思い起こさせます。右のエルミタージュ劇場にはピョートル時代の最初にできた宮殿の一部が残されているそうです。その宮殿を覆うように劇場の建物が作られています。

    エルミタージュ劇場への渡り廊下。ベニスの嘆きの橋を思い起こさせます。右のエルミタージュ劇場にはピョートル時代の最初にできた宮殿の一部が残されているそうです。その宮殿を覆うように劇場の建物が作られています。

  • 翌日は3階の印象派を中心とした絵画をじっくり見ました。今までの経験上ただ漫然と見ていても心に残りませんし、またたくさん見ようとすると集中力が続きません。今回は絵の技法や画家の経歴等はともかく、自分の感覚で自分の部屋に飾りたいと思うものを選び、また3階での自分なりのベスト5を決めることを目標に鑑賞しました。                (絵の見方は”http://kajipon.sakura.ne.jp/bijyutu/zb11.htm”で教えてもらいました。) 今までになく有意義な時間が過ごせたように思います。私の気に入った作品を三つほど紹介します。初めにセザンヌ。憂欝そうな顔をしていますが、何となく親しみを感じます。 

    翌日は3階の印象派を中心とした絵画をじっくり見ました。今までの経験上ただ漫然と見ていても心に残りませんし、またたくさん見ようとすると集中力が続きません。今回は絵の技法や画家の経歴等はともかく、自分の感覚で自分の部屋に飾りたいと思うものを選び、また3階での自分なりのベスト5を決めることを目標に鑑賞しました。                (絵の見方は”http://kajipon.sakura.ne.jp/bijyutu/zb11.htm”で教えてもらいました。) 今までになく有意義な時間が過ごせたように思います。私の気に入った作品を三つほど紹介します。初めにセザンヌ。憂欝そうな顔をしていますが、何となく親しみを感じます。 

  • ルノワール。肌の柔らかいタッチと落ち着いた配色が目に心地良いです。

    ルノワール。肌の柔らかいタッチと落ち着いた配色が目に心地良いです。

  • ピカソ。キュビズムの作品は苦手ですが、青の時代の絵は心にしみます。部屋に飾りたいかと言われると疑問ですが、少なくともこの絵の前ではしばらく見入ってしまったのは事実です。特に右の人の目が何とも言えません。

    ピカソ。キュビズムの作品は苦手ですが、青の時代の絵は心にしみます。部屋に飾りたいかと言われると疑問ですが、少なくともこの絵の前ではしばらく見入ってしまったのは事実です。特に右の人の目が何とも言えません。

  • 続いてピョートル大帝の夏の宮殿。ピーク時は大変混雑します。半日ツアーで来たもののあまりの混雑で結局宮殿に入れなかったこともあるとガイドは言ってました。宮殿内は写真撮影禁止です。もちろん豪華できらびやかですが、エカテリーナ宮殿よりも私的なニュアンスが強く、落ち着いた部屋が多かったように思います。何といっても噴水が有名です。中央階段ばかりでなく庭の方にも趣向を凝らした噴水がいろいろあります。大帝はかなりいたずら好きだったようです。この水は近くの湖から引いていて、自然の高低差を利用しています。よく比較されるベルサイユ宮殿は汲み上げています。昔ここに船で訪れた人たちは小さいボートに乗り換えて中央の水路を宮殿に向かってきたそうです。

    続いてピョートル大帝の夏の宮殿。ピーク時は大変混雑します。半日ツアーで来たもののあまりの混雑で結局宮殿に入れなかったこともあるとガイドは言ってました。宮殿内は写真撮影禁止です。もちろん豪華できらびやかですが、エカテリーナ宮殿よりも私的なニュアンスが強く、落ち着いた部屋が多かったように思います。何といっても噴水が有名です。中央階段ばかりでなく庭の方にも趣向を凝らした噴水がいろいろあります。大帝はかなりいたずら好きだったようです。この水は近くの湖から引いていて、自然の高低差を利用しています。よく比較されるベルサイユ宮殿は汲み上げています。昔ここに船で訪れた人たちは小さいボートに乗り換えて中央の水路を宮殿に向かってきたそうです。

  • 中央階段の下でボートを降り、噴水の裏にある部屋(写真に少し見えています。今は入れません。)に入ります。そこにはテーブルの上にフルーツの入った籠が置いてあり、歓迎のしるしと思ってフルーツに手を出すと籠からもテーブルの縁からも水が出る仕組みになっていました。それを大帝は嬉しそうに眺めていたようです。また当時は男性の髪の毛を白く染めるのが流行っていましたが、金のない貴族などは白い粉でごまかしていたそうです。そこに水がかかるとばれてしまうわけで、取引等をしてよい相手かどうかの見極めのひとつにしていたとのことです。

    中央階段の下でボートを降り、噴水の裏にある部屋(写真に少し見えています。今は入れません。)に入ります。そこにはテーブルの上にフルーツの入った籠が置いてあり、歓迎のしるしと思ってフルーツに手を出すと籠からもテーブルの縁からも水が出る仕組みになっていました。それを大帝は嬉しそうに眺めていたようです。また当時は男性の髪の毛を白く染めるのが流行っていましたが、金のない貴族などは白い粉でごまかしていたそうです。そこに水がかかるとばれてしまうわけで、取引等をしてよい相手かどうかの見極めのひとつにしていたとのことです。

  • 庭は本当に美しかったです。

    庭は本当に美しかったです。

  • ロシアの短い秋の一瞬の美しさ。一面の枯葉です。

    ロシアの短い秋の一瞬の美しさ。一面の枯葉です。

  • 海に面して最初に作られた宮殿があります。

    海に面して最初に作られた宮殿があります。

  • そこからの眺めがまた最高でした。大帝はここから毎日のように海軍の訓練の様子を眺めていたそうです。よく見えませんが先の方に船着き場があって、エルミタージュの裏から出る快速船が着きます。

    そこからの眺めがまた最高でした。大帝はここから毎日のように海軍の訓練の様子を眺めていたそうです。よく見えませんが先の方に船着き場があって、エルミタージュの裏から出る快速船が着きます。

  • 次は車でガイドと一緒に市内観光。後日再訪した写真と、別に自分たちで訪れたところも含めてざっと御紹介します。写真は左奥がエルミタージュ、宮殿橋を渡って二本のロストラの燈台柱のある広場(ここが一番の写真撮影のスポットでいつも新婚さんが撮影してました。)、そこからペトロパブロフスク要塞へ行く橋の途中。多くの島があり本当にベニスの規模を大きくしたような都市です。大きな橋は跳ね橋になっていて夜中に開きます。それを船からみるツアーもあります。ガイドは子供の頃に仲間と夜に要塞の島へ渡り橋が開くのを見たそうですが、開いた後に島から出られない事に気付いたそうで、結局夜を明かしたそうです。

    次は車でガイドと一緒に市内観光。後日再訪した写真と、別に自分たちで訪れたところも含めてざっと御紹介します。写真は左奥がエルミタージュ、宮殿橋を渡って二本のロストラの燈台柱のある広場(ここが一番の写真撮影のスポットでいつも新婚さんが撮影してました。)、そこからペトロパブロフスク要塞へ行く橋の途中。多くの島があり本当にベニスの規模を大きくしたような都市です。大きな橋は跳ね橋になっていて夜中に開きます。それを船からみるツアーもあります。ガイドは子供の頃に仲間と夜に要塞の島へ渡り橋が開くのを見たそうですが、開いた後に島から出られない事に気付いたそうで、結局夜を明かしたそうです。

  • ペトロパブロフスク要塞とその聖堂が見えます。この聖堂は後日訪れてゆっくり見ました。

    ペトロパブロフスク要塞とその聖堂が見えます。この聖堂は後日訪れてゆっくり見ました。

  • ここには歴代の皇帝が眠っています。昨年訪れたウイーンのカプツィーナ教会の地下にはハプスブルグ家の霊廟がありますが、そこは遺体の入った棺がそのまま並んでいます。とても印象深い所でした。

    ここには歴代の皇帝が眠っています。昨年訪れたウイーンのカプツィーナ教会の地下にはハプスブルグ家の霊廟がありますが、そこは遺体の入った棺がそのまま並んでいます。とても印象深い所でした。

  • ここは棺が置かれているのではなく、この下に埋葬されています。赤いのは暗殺されたアレクサンドル2世です。

    ここは棺が置かれているのではなく、この下に埋葬されています。赤いのは暗殺されたアレクサンドル2世です。

  • 右の胸像があるのがピョートル大帝。左がエカテリーナ1世、その奥がエカテリーナ2世だったと思います。エカテリーナ2世を思うとどうしてもハプスブルグ家のマリアテレジアと比較してしまいます。どちらも女帝として国の繁栄に力を注ぎましたが、マリアテレジアは夫だけをひたすら愛し、たくさんの子供を産みました。夫が死んでからは生涯喪服で通しました。霊廟にある棺はひときわ大きいです。それは夫と共に入っているからです。一方エカテリーナ2世は皇帝に嫁いだものの皇帝としてふさわしくない夫(肉体関係はなかったとも言われています)を幽閉し、自らクーデターを起こし女帝になりました。愛人をたくさん持ちましたがやはり女性としては幸せとは言えなかったと思います。対照的な人生です。

    右の胸像があるのがピョートル大帝。左がエカテリーナ1世、その奥がエカテリーナ2世だったと思います。エカテリーナ2世を思うとどうしてもハプスブルグ家のマリアテレジアと比較してしまいます。どちらも女帝として国の繁栄に力を注ぎましたが、マリアテレジアは夫だけをひたすら愛し、たくさんの子供を産みました。夫が死んでからは生涯喪服で通しました。霊廟にある棺はひときわ大きいです。それは夫と共に入っているからです。一方エカテリーナ2世は皇帝に嫁いだものの皇帝としてふさわしくない夫(肉体関係はなかったとも言われています)を幽閉し、自らクーデターを起こし女帝になりました。愛人をたくさん持ちましたがやはり女性としては幸せとは言えなかったと思います。対照的な人生です。

  • 巡洋艦オーロラ号。日露戦争に使われました。現存するのはこれと日本の横須賀にある三笠です。当時日本の海軍が最強といわれたロシアのバルチック艦隊に勝ったというのは世界中を驚かせたようです。その時の海軍の作戦を担当したのが”坂の上の雲”に登場する秋山兄弟の弟の方の真之です。ガイドに”日本が勝っちゃったんですよね”と言ったら苦笑いしてました。

    巡洋艦オーロラ号。日露戦争に使われました。現存するのはこれと日本の横須賀にある三笠です。当時日本の海軍が最強といわれたロシアのバルチック艦隊に勝ったというのは世界中を驚かせたようです。その時の海軍の作戦を担当したのが”坂の上の雲”に登場する秋山兄弟の弟の方の真之です。ガイドに”日本が勝っちゃったんですよね”と言ったら苦笑いしてました。

  • スモーリヌイ修道院。左右対称の美しい建物です。左手に寄宿舎があり、知り合いの日本人留学生が住んでいるとガイドは言ってました。ちなみにガイドはサンクトペテルブルグ総合大学の現役大学院生です。途中で携帯に明日試験があるとの連絡が来ていました。彼の父親は日本で大学教授をしていて、彼も新潟大学に留学経験があります。日本の方が寒かったと言ってました。特に家の中が寒いのには驚いたそうです。もちろん気温はロシアの方がずっと低いですが、家の中は本当にいつも暖かくなっているそうです。

    スモーリヌイ修道院。左右対称の美しい建物です。左手に寄宿舎があり、知り合いの日本人留学生が住んでいるとガイドは言ってました。ちなみにガイドはサンクトペテルブルグ総合大学の現役大学院生です。途中で携帯に明日試験があるとの連絡が来ていました。彼の父親は日本で大学教授をしていて、彼も新潟大学に留学経験があります。日本の方が寒かったと言ってました。特に家の中が寒いのには驚いたそうです。もちろん気温はロシアの方がずっと低いですが、家の中は本当にいつも暖かくなっているそうです。

  • イサク大聖堂。ここも後日再訪して中に入りました。上にも登りました。右の塔から中央の大きなドーム中ほどに階段があるのが分かると思います。入口は正面右にらせん階段を上る入口、左に聖堂内への入口があります。チケットも別ですが、”エントランス&コロナーデ”と言うと両方付いたチケットが買えます。

    イサク大聖堂。ここも後日再訪して中に入りました。上にも登りました。右の塔から中央の大きなドーム中ほどに階段があるのが分かると思います。入口は正面右にらせん階段を上る入口、左に聖堂内への入口があります。チケットも別ですが、”エントランス&コロナーデ”と言うと両方付いたチケットが買えます。

  • 外からは想像できないほど聖堂内は美しいです。驚きました。

    外からは想像できないほど聖堂内は美しいです。驚きました。

  • 上のコロナーデから。ホテルアストリアが見えます。あのヒトラーがレニングラード陥落の際にはここで祝賀パーティーをするつもりでした。ロシア軍と市民の頑張りで実現しませんでしたが、900日にも及ぶドイツ軍の包囲のため多くの市民が餓死しました。ソ連の公式発表では67万人ということですが、その後の調査では100万人以上と言われています。日本の本土で亡くなった人(空襲や沖縄戦、原爆など)の総計を上回っているそうです。その時の悲劇があの”ターニャの日記”です。日記といっても家族の誰がいつ死んだのかを記録しただけのものですが、まだ小さいターニャがどんな思いで書いたのか想像するだけで涙が出てきます。一人になったターニャは何とか生き延びますが、結局施設で病死してしまいます。歴史博物館に日記の実物が展示されているようです。

    上のコロナーデから。ホテルアストリアが見えます。あのヒトラーがレニングラード陥落の際にはここで祝賀パーティーをするつもりでした。ロシア軍と市民の頑張りで実現しませんでしたが、900日にも及ぶドイツ軍の包囲のため多くの市民が餓死しました。ソ連の公式発表では67万人ということですが、その後の調査では100万人以上と言われています。日本の本土で亡くなった人(空襲や沖縄戦、原爆など)の総計を上回っているそうです。その時の悲劇があの”ターニャの日記”です。日記といっても家族の誰がいつ死んだのかを記録しただけのものですが、まだ小さいターニャがどんな思いで書いたのか想像するだけで涙が出てきます。一人になったターニャは何とか生き延びますが、結局施設で病死してしまいます。歴史博物館に日記の実物が展示されているようです。

  • 血の上の教会。アレクサンドル2世が暗殺された場所に建てられたロシアの伝統的様式による教会です。ソ連時代に爆破されそうになったり、芋の倉庫として使われたり(芋の上の教会とも言うそうです)、ドイツ軍の不発弾が屋根の一部を貫いたりといろいろありましたがきれいに修復されています。

    血の上の教会。アレクサンドル2世が暗殺された場所に建てられたロシアの伝統的様式による教会です。ソ連時代に爆破されそうになったり、芋の倉庫として使われたり(芋の上の教会とも言うそうです)、ドイツ軍の不発弾が屋根の一部を貫いたりといろいろありましたがきれいに修復されています。

  • 中は一面モザイクです。息を飲む美しさです。こんなに美しい教会をソ連は爆破しようとしたんですね。現にたくさんの教会が当時爆破されたと聞いています。信じられませんね。

    中は一面モザイクです。息を飲む美しさです。こんなに美しい教会をソ連は爆破しようとしたんですね。現にたくさんの教会が当時爆破されたと聞いています。信じられませんね。

  • 次はユスポフ宮殿です。イサク大聖堂から歩いて10分ぐらいのモイカ河沿いにある立派な宮殿です。ユスポフ家は最も裕福だった貴族で、宮殿内もとても見ごたえがあります。特にシャンデリアが素晴らしかったです。ここが有名になったのはあのラスプーチンが殺された場所でもあるからです。帝政ロシアの行く末を案じたユスポフを中心とする貴族たちは、この宮殿に当時権勢をふるっていたラスプーチンをおびき寄せ殺害します。その様子はのちにユスポフ自身が手記にまとめています。革命後はフランスに亡命。残った宮殿は国のものに、絵画などはエルミタージュその他の美術館に収蔵されました。まだあまり観光コースには入っていないようですがとてもおすすめです。

    次はユスポフ宮殿です。イサク大聖堂から歩いて10分ぐらいのモイカ河沿いにある立派な宮殿です。ユスポフ家は最も裕福だった貴族で、宮殿内もとても見ごたえがあります。特にシャンデリアが素晴らしかったです。ここが有名になったのはあのラスプーチンが殺された場所でもあるからです。帝政ロシアの行く末を案じたユスポフを中心とする貴族たちは、この宮殿に当時権勢をふるっていたラスプーチンをおびき寄せ殺害します。その様子はのちにユスポフ自身が手記にまとめています。革命後はフランスに亡命。残った宮殿は国のものに、絵画などはエルミタージュその他の美術館に収蔵されました。まだあまり観光コースには入っていないようですがとてもおすすめです。

  • いろいろなシャンデリアが各部屋を飾っていました。ホールではコンサートも開かれるようです。

    いろいろなシャンデリアが各部屋を飾っていました。ホールではコンサートも開かれるようです。

  • 小さいながらも美しい劇場もあります。そのロイヤルボックス。皇帝も招かれたのでしょう。この宮殿はオーディオガイド(英語)がありますが、各部屋に英語での説明書きもあります。

    小さいながらも美しい劇場もあります。そのロイヤルボックス。皇帝も招かれたのでしょう。この宮殿はオーディオガイド(英語)がありますが、各部屋に英語での説明書きもあります。

  • 最後に地下鉄に乗ってアレクサンドル・ネフスキー大修道院へ。地下鉄はとても簡単に乗れます。窓口でジェトン(22ルーブル)を購入。どこに行っても1ジェトンです。乗る分をまとめて買っておくと便利です。改札で一枚投入しバーを押して入ります。すぐにエスカレーターで降ります。この辺は湿地帯ですので深いです。路線(特に乗り換えができる駅で)を間違えないように、駅名はホームの乗り口にその駅から先すべて書かれていますので確認して方向を間違えないように、どこで降りるかは車内放送では分かりませんので、いくつ目か確認しておくこと。これだけ注意すれば問題ありませんし、特に怖いこともありませんでした。3号線のゴスチーヌィドゥヴォールから二駅目のプローシシャチ・アレクサンドラ・ネフスカヴァへ。やはりロシア語のアルファベットを覚えていくと良いです。慣れると結構読めます。

    最後に地下鉄に乗ってアレクサンドル・ネフスキー大修道院へ。地下鉄はとても簡単に乗れます。窓口でジェトン(22ルーブル)を購入。どこに行っても1ジェトンです。乗る分をまとめて買っておくと便利です。改札で一枚投入しバーを押して入ります。すぐにエスカレーターで降ります。この辺は湿地帯ですので深いです。路線(特に乗り換えができる駅で)を間違えないように、駅名はホームの乗り口にその駅から先すべて書かれていますので確認して方向を間違えないように、どこで降りるかは車内放送では分かりませんので、いくつ目か確認しておくこと。これだけ注意すれば問題ありませんし、特に怖いこともありませんでした。3号線のゴスチーヌィドゥヴォールから二駅目のプローシシャチ・アレクサンドラ・ネフスカヴァへ。やはりロシア語のアルファベットを覚えていくと良いです。慣れると結構読めます。

  • 地下鉄駅を出てすぐにある修道院の入口(ホテルモスクワの真向かいぐらい)を入ると左右に壁に囲まれて墓地があります。右に有名な作曲家やドストエフスキーの墓があります。修道院に至る道の中ほどにチケットを売っている小屋があります。中に入って右手に行くとすぐに写真のドストエフスキーの墓があります。そこからさらに奥に進むと有名な音楽家がたくさんでてきます。(たとえばリムスキーコルサコフ、ムソルグスキー、ルービンシュタイン等)どこに誰のがあるか看板もありましたが、読めればの話です。<br />ガイドブックによってはここの中の地図が出ています。

    地下鉄駅を出てすぐにある修道院の入口(ホテルモスクワの真向かいぐらい)を入ると左右に壁に囲まれて墓地があります。右に有名な作曲家やドストエフスキーの墓があります。修道院に至る道の中ほどにチケットを売っている小屋があります。中に入って右手に行くとすぐに写真のドストエフスキーの墓があります。そこからさらに奥に進むと有名な音楽家がたくさんでてきます。(たとえばリムスキーコルサコフ、ムソルグスキー、ルービンシュタイン等)どこに誰のがあるか看板もありましたが、読めればの話です。
    ガイドブックによってはここの中の地図が出ています。

  • チャイコフスキーの墓。ここに来るのも今回の旅の目的の一つでした。中学時代にチャイコフスキーばかり聴いていた時期があります。特にムラビンスキー率いるレニングラードフィルのチャイコフスキーは格別でした。またちょうどその頃ソ連制作の”チャイコフスキー”という映画が日本で上映され何度か見に行きました。ここに眠っていると思うと不思議な感動を覚えます。<br />サンクトペテルブルグは本当に見どころがたくさんあります。まだまだ紹介したい写真がいっぱいありますがこの辺でやめておきます。後はお土産屋とレストランをいくつか載せておきます。

    チャイコフスキーの墓。ここに来るのも今回の旅の目的の一つでした。中学時代にチャイコフスキーばかり聴いていた時期があります。特にムラビンスキー率いるレニングラードフィルのチャイコフスキーは格別でした。またちょうどその頃ソ連制作の”チャイコフスキー”という映画が日本で上映され何度か見に行きました。ここに眠っていると思うと不思議な感動を覚えます。
    サンクトペテルブルグは本当に見どころがたくさんあります。まだまだ紹介したい写真がいっぱいありますがこの辺でやめておきます。後はお土産屋とレストランをいくつか載せておきます。

  • オネーギン。芸術広場に面してあります。ロシア美術館の向かい。ここに行けば日本人観光客に会えます。品数が豊富で、また日本語を話す店員もいますので買い物しやすいです。店員は”安くします””割引します”とさかんに言ってきますが他店よりここが特別安いとは思えません。(ガイドはここは品質の良いものを扱っているので安心だと言ってました) ただトイレが三つあって自由に入れますし、お茶のサービスもありますので、近くをぶらぶらしている時にトイレついでに何度か寄りました。ついでにトイレ事情ですが、公衆トイレはほとんどありません。宮殿広場に二台の大型バスが止まっていて、これがトイレでした。10ルーブルだったと思います。現地の人も出かけるときはトイレが気になるそうです。ただ観光で名所を巡っている分にはそれぞれにたいがい有りますので、そう困ることもありませんでした。でもホテルやレストランで必ず済ませておくようにした方が無難です。

    オネーギン。芸術広場に面してあります。ロシア美術館の向かい。ここに行けば日本人観光客に会えます。品数が豊富で、また日本語を話す店員もいますので買い物しやすいです。店員は”安くします””割引します”とさかんに言ってきますが他店よりここが特別安いとは思えません。(ガイドはここは品質の良いものを扱っているので安心だと言ってました) ただトイレが三つあって自由に入れますし、お茶のサービスもありますので、近くをぶらぶらしている時にトイレついでに何度か寄りました。ついでにトイレ事情ですが、公衆トイレはほとんどありません。宮殿広場に二台の大型バスが止まっていて、これがトイレでした。10ルーブルだったと思います。現地の人も出かけるときはトイレが気になるそうです。ただ観光で名所を巡っている分にはそれぞれにたいがい有りますので、そう困ることもありませんでした。でもホテルやレストランで必ず済ませておくようにした方が無難です。

  • マトリョーシカがたくさん並んでいます。2〜3個買いました。10個(中に9個入り)の物は小さいもので数千円します。5個で千円ぐらいからあったと思います。ここ以外ではゴスチーヌィドゥボール一階のネフスキー通り沿いに数軒あります。そこでもきれいな木箱等を買いました。それから血の上の教会の裏手にあるスーヴェニール・マーケットですが、冷やかしで見るには面白いところです。粗悪品もあるので確認して買うように言われました。マトリョーシカは本来樫の木で作るそうですが、材質の違う安物もあるようです。ただちょっとしたお土産には問題ないと思いますし、場合によっては交渉しだいでかなり安くなるかもしれません。

    マトリョーシカがたくさん並んでいます。2〜3個買いました。10個(中に9個入り)の物は小さいもので数千円します。5個で千円ぐらいからあったと思います。ここ以外ではゴスチーヌィドゥボール一階のネフスキー通り沿いに数軒あります。そこでもきれいな木箱等を買いました。それから血の上の教会の裏手にあるスーヴェニール・マーケットですが、冷やかしで見るには面白いところです。粗悪品もあるので確認して買うように言われました。マトリョーシカは本来樫の木で作るそうですが、材質の違う安物もあるようです。ただちょっとしたお土産には問題ないと思いますし、場合によっては交渉しだいでかなり安くなるかもしれません。

  • ここは今回お願いした旅行社のおすすめの”コレソー”というロシア料理のレストランです。宮殿広場からイサク大聖堂に向かって歩いて中ほどを左に少し入ったところにあります。

    ここは今回お願いした旅行社のおすすめの”コレソー”というロシア料理のレストランです。宮殿広場からイサク大聖堂に向かって歩いて中ほどを左に少し入ったところにあります。

  • 内装がきれいで清潔感があります。値段もそれほど高くなかったと思います。毎日サンクトペテルブルグで作っている生ビールを飲んでいましたが、安くてしかも少し甘い香りがして飲みやすく美味しかったです。現地の人もビールを飲むことが多いそうです。ウォッカをよく飲んでいるわけでは無いと言ってました。英語のメニューがあります。レストランはガイドブックに載っているような店はほとんど英語のメニューがありますし、注文その他も英語で大丈夫でした。

    内装がきれいで清潔感があります。値段もそれほど高くなかったと思います。毎日サンクトペテルブルグで作っている生ビールを飲んでいましたが、安くてしかも少し甘い香りがして飲みやすく美味しかったです。現地の人もビールを飲むことが多いそうです。ウォッカをよく飲んでいるわけでは無いと言ってました。英語のメニューがあります。レストランはガイドブックに載っているような店はほとんど英語のメニューがありますし、注文その他も英語で大丈夫でした。

  • ガイドと行った”シュトーレ”。ピロークの専門店でチェーン店です。このお店はホテルからプーシキンの家を過ぎて右に曲がったところにあります。ピロークも種類が多く、他のメニューも豊富です。ペリメニとサラダも食べました。安くておいしいです。ビールは瓶ビールでした。

    ガイドと行った”シュトーレ”。ピロークの専門店でチェーン店です。このお店はホテルからプーシキンの家を過ぎて右に曲がったところにあります。ピロークも種類が多く、他のメニューも豊富です。ペリメニとサラダも食べました。安くておいしいです。ビールは瓶ビールでした。

  • ここは実は”シーラ”という韓国料理屋さんです。上の写真の”シュトーレ”のすぐ近く、曲がり角にあります。なかなか美味しかったです。ロシア料理はおいしいですが私たちは続けては食べられません。

    ここは実は”シーラ”という韓国料理屋さんです。上の写真の”シュトーレ”のすぐ近く、曲がり角にあります。なかなか美味しかったです。ロシア料理はおいしいですが私たちは続けては食べられません。

  • 旅行記や口コミでも紹介されていた”カリンカ・マリンカ”。芸術広場に面していて、ロシア美術館の向かい、オネーギンの近くです。

    旅行記や口コミでも紹介されていた”カリンカ・マリンカ”。芸術広場に面していて、ロシア美術館の向かい、オネーギンの近くです。

  • 夜は生演奏なんかもあるようです。ここではチップでちょっと嫌な思いをしました。ロシアではもともとチップの習慣は無いそうですが、最近は特に欧米人が多く来る店やホテルでは当たり前になってきています。一応どこでも10%程度チップとして置いてきましたが、ここでは支払いの時に若い男の店員にチップを要求されました。たまたま大きい札しかなかったのでお釣りをもらってそれからと思っていたら、なかなかお釣りを持ってきません。こちらの様子をうかがっていましたのでにらみ返してやったら持ってきました。そのままチップはやらずに出てきました。チップを渡すのに慣れていない日本人客と、もらうのに慣れていないロシアの店員のちょっとした行き違いでしょうか。チップという行為は定着しつつも、その本来持つべき意味合いまでは現地の人に根づいていないように思いました。

    夜は生演奏なんかもあるようです。ここではチップでちょっと嫌な思いをしました。ロシアではもともとチップの習慣は無いそうですが、最近は特に欧米人が多く来る店やホテルでは当たり前になってきています。一応どこでも10%程度チップとして置いてきましたが、ここでは支払いの時に若い男の店員にチップを要求されました。たまたま大きい札しかなかったのでお釣りをもらってそれからと思っていたら、なかなかお釣りを持ってきません。こちらの様子をうかがっていましたのでにらみ返してやったら持ってきました。そのままチップはやらずに出てきました。チップを渡すのに慣れていない日本人客と、もらうのに慣れていないロシアの店員のちょっとした行き違いでしょうか。チップという行為は定着しつつも、その本来持つべき意味合いまでは現地の人に根づいていないように思いました。

  • ”マーシャとくま”ここも旅行記等で推奨されていたお店です。エカテリーナ2世像の向かい側を少し入ったところにあります。

    ”マーシャとくま”ここも旅行記等で推奨されていたお店です。エカテリーナ2世像の向かい側を少し入ったところにあります。

  • ロシアの民話をモチーフにしたお店で、かわいらしい落ち着ける雰囲気の店でした。ここではピロシキを食べました。予想していた揚げたカレーパンの様な物とちょっと違いました。ピロシキのあるお店が意外と無かったです。最近はロシアの人も健康志向になってきていて油で揚げたりしなくなっているそうです。日本食も人気があります。すしバーがいっぱいあります。

    ロシアの民話をモチーフにしたお店で、かわいらしい落ち着ける雰囲気の店でした。ここではピロシキを食べました。予想していた揚げたカレーパンの様な物とちょっと違いました。ピロシキのあるお店が意外と無かったです。最近はロシアの人も健康志向になってきていて油で揚げたりしなくなっているそうです。日本食も人気があります。すしバーがいっぱいあります。

  • 現地ツアーについていたディナー。”ドゥヴォリャンスコエ・グネズドー”。貴族の巣という意味です。ユスポフ宮殿の裏手にありユスポフ公爵のティーサロンでした。小さいながらも宮殿の様な建物の中でフルコースです。

    現地ツアーについていたディナー。”ドゥヴォリャンスコエ・グネズドー”。貴族の巣という意味です。ユスポフ宮殿の裏手にありユスポフ公爵のティーサロンでした。小さいながらも宮殿の様な建物の中でフルコースです。

  • 熊の肉を使ったペリメニ、ボルシチ、ステーキのコースでした。食器もサービスも格調高く、サンクトペテルブルグで一番のレストランです。値段が分からないのでなんですが、個人的には来ないでしょうね。美味しかったですけど。

    熊の肉を使ったペリメニ、ボルシチ、ステーキのコースでした。食器もサービスも格調高く、サンクトペテルブルグで一番のレストランです。値段が分からないのでなんですが、個人的には来ないでしょうね。美味しかったですけど。

  • 日本食で一番はこちら&quot;将軍”。私たちはどこへ行くにも日本食とビールが無いと元気がでません。ここの日本食は満足できるものでした。場所がちょっと不便なところです。地下鉄マヤコフスカヤ駅から北へ10分くらい歩きますが、でも行く価値はあります。特にロシア料理が続くと重いです。ここに行った時は胃が喜んでました。つまみもいろいろありましたし日本酒や焼酎もありました。

    日本食で一番はこちら"将軍”。私たちはどこへ行くにも日本食とビールが無いと元気がでません。ここの日本食は満足できるものでした。場所がちょっと不便なところです。地下鉄マヤコフスカヤ駅から北へ10分くらい歩きますが、でも行く価値はあります。特にロシア料理が続くと重いです。ここに行った時は胃が喜んでました。つまみもいろいろありましたし日本酒や焼酎もありました。

  • 昼にもう一度行ってしまいました。ランチはかなり人気のようです。写真はにぎりのランチ、1500円〜2000円ぐらいだったと思います。

    昼にもう一度行ってしまいました。ランチはかなり人気のようです。写真はにぎりのランチ、1500円〜2000円ぐらいだったと思います。

  • ヘルシンキまでの列車の様子を少し。フィンランド駅16:30発のシベリウス号です。行き先が駅名になってます。モスクワに行く列車はモスクワ駅から出ます。

    ヘルシンキまでの列車の様子を少し。フィンランド駅16:30発のシベリウス号です。行き先が駅名になってます。モスクワに行く列車はモスクワ駅から出ます。

  • 2等指定席。後ろに大きな荷物を置くスペースがあります。前の方にはいつでも飲めるミネラルウォーターが用意されていました。途中で乗る人はいないらしく発車と同時にみんな空いた好きな席に移動してました。駅を出てしばらくするとパスポートと出国カードを集めに来ます。景色は単調ですぐ飽きてしまいました。国境に近づくとかなり低速で運行します。最後のロシアの駅で係員と犬が乗ってきました。荷物と乗客近辺をさかんに嗅いでました。しばらくして怖い顔をした女性係員がそれぞれの席で一人づつ名前を呼びながらパスポートを返しました。別に何も聞かれませんでした。国境を過ぎてフィンランドの最初の駅で今度はフィンランド側の係員が乗ってきます。今度は席を回りながらその場で入国スタンプを押してくれます。ヘルシンキに何泊するのかとかその後の予定など聞かれましたが、とてもフレンドリーな感じで気持ちが楽になりました。ロシアから出たんだなあと感じました。しばらく低速運転が続きヘルシンキ中央駅には結局22:00頃着きました。<br />

    2等指定席。後ろに大きな荷物を置くスペースがあります。前の方にはいつでも飲めるミネラルウォーターが用意されていました。途中で乗る人はいないらしく発車と同時にみんな空いた好きな席に移動してました。駅を出てしばらくするとパスポートと出国カードを集めに来ます。景色は単調ですぐ飽きてしまいました。国境に近づくとかなり低速で運行します。最後のロシアの駅で係員と犬が乗ってきました。荷物と乗客近辺をさかんに嗅いでました。しばらくして怖い顔をした女性係員がそれぞれの席で一人づつ名前を呼びながらパスポートを返しました。別に何も聞かれませんでした。国境を過ぎてフィンランドの最初の駅で今度はフィンランド側の係員が乗ってきます。今度は席を回りながらその場で入国スタンプを押してくれます。ヘルシンキに何泊するのかとかその後の予定など聞かれましたが、とてもフレンドリーな感じで気持ちが楽になりました。ロシアから出たんだなあと感じました。しばらく低速運転が続きヘルシンキ中央駅には結局22:00頃着きました。

  • サンクトぺテルブルグでは期待以上に楽しめました。この時期ならではの美しさもあり大変満足できる滞在でした。特にトラブルも怖い思いをすることもなく、ロシアのイメージもだいぶ変わりました。もちろん最もヨーロッパに近いこの都市だからなのかもしれませんが。ロシアでは外出するとき必ずパスポートを持つように言われていましたが、外出時にパスポートの提示を求められたことは一度もありませんでした。急に警察官にチェックされることがあり、いろいろ文句をいわれたらお金を出して許してもらうと聞いているとガイドに話したら笑われました。でもロシアではお金でというのは問題の解決方法の一つと言ってました。開放的になったとはいえこの都市にもソ連時代の暗い部分が残っています。周りの景観にそぐわない建物や威圧的な建物が急に出てきたりします。また夏の宮殿に行く途中で大規模な道路工事をしていたのですが、実はそこは一昨年整備したばかりなのにひと冬でボコボコになったそうです。原因は手抜き工事です。そういった不正行為は日常茶飯事で、市民はもう慣れてしまっていて怒っても仕方がないとあきらめているそうです。市長は”変な人”だそうですが不思議と選挙では勝ってしまうとも聞きました。本当の民主主義が根づくのはまだ先のようです。”ロシア人にとっては帝政ロシアがずっと続いてその後に民主化された方が幸せだったと思う。レーニンはロシア人にとって英雄でも何でもありません。”とまるでダンスをしているような格好のレーニン像を見ながらつぶやいたガイドの言葉が印象的でした。<br /><br />ヘルシンキについては別の旅行記で。<br />

    サンクトぺテルブルグでは期待以上に楽しめました。この時期ならではの美しさもあり大変満足できる滞在でした。特にトラブルも怖い思いをすることもなく、ロシアのイメージもだいぶ変わりました。もちろん最もヨーロッパに近いこの都市だからなのかもしれませんが。ロシアでは外出するとき必ずパスポートを持つように言われていましたが、外出時にパスポートの提示を求められたことは一度もありませんでした。急に警察官にチェックされることがあり、いろいろ文句をいわれたらお金を出して許してもらうと聞いているとガイドに話したら笑われました。でもロシアではお金でというのは問題の解決方法の一つと言ってました。開放的になったとはいえこの都市にもソ連時代の暗い部分が残っています。周りの景観にそぐわない建物や威圧的な建物が急に出てきたりします。また夏の宮殿に行く途中で大規模な道路工事をしていたのですが、実はそこは一昨年整備したばかりなのにひと冬でボコボコになったそうです。原因は手抜き工事です。そういった不正行為は日常茶飯事で、市民はもう慣れてしまっていて怒っても仕方がないとあきらめているそうです。市長は”変な人”だそうですが不思議と選挙では勝ってしまうとも聞きました。本当の民主主義が根づくのはまだ先のようです。”ロシア人にとっては帝政ロシアがずっと続いてその後に民主化された方が幸せだったと思う。レーニンはロシア人にとって英雄でも何でもありません。”とまるでダンスをしているような格好のレーニン像を見ながらつぶやいたガイドの言葉が印象的でした。

    ヘルシンキについては別の旅行記で。

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この旅行記へのコメント (1)

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  • エムさん 2012/10/31 12:13:49
    秋のサンクトペテルブルグ
    kumagoさん、はじめまして!

    今年の9月にモスクワ、サンクトペテルブルクを訪ねました。
    ガイドさんの説明を聞き洩らしたり、抜けていたところを教えて頂きました。

    再訪するチャンスがあったら、エルミタージュに近いホテルモイカ22ケンピンスキーに泊まってみたいです。

    一票投じて失礼します。

    エム

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