1997/12/14 - 1998/01/20
662位(同エリア1158件中)
はぴさん
New South Wales 州の Sydneyから始まったオーストラリア一周の旅。
Queensland 州でグレートバリアリーフの海を満喫、
Northern Territory 州で大陸のパワーを吸収して、
Western Austraia 州に突入。
ここの州都Perthにて、南半球での夏の年越しを経験する。
- 旅行の満足度
- 4.5
-
1997/12/14 Broom
予定より2時間程遅れて、ようやくBroom到着。バス乗車時間が時刻表上で24時間、時差が1.5時間、FLOOD WAY(道路が冠水)で止まっていた時間が2.5時間とすると、計28時間もかかったことになる。さすがに体が痛い。しかも、この町の暑さは内陸のそれよりも酷く感じられる。3泊を予定していたが1泊に変更。となると、そうのんびりもしていられないので、早速町に出たのだが、どこが町の中心部なのか皆目検討がつかない。いくつかお店がならんでいる所があったが、かなりまばらで、想像していたよりずっと田舎町だった。でも、ここしばらく内陸の赤土ばかりを見てきたので、突然現れた西の海には感激した。 -
写真の様に、白い砂浜のすぐ手前は内陸さながらの赤土なのだ。このコントラストがすごい。海の色も、グレートバリアリーフで見たビビットな色とは違い、ソフトな色合いだ。
-
多くの旅人達にすすめられた「ケーブルビーチ」で手紙を書き、夕方からCamel ride。ここでは、Northern Territoryで出会った一人旅仲間と同じラクダに乗る事に。
一番後ろにいる鞍のついていないラクダは見習いなのかな。 -
乗馬ほどのスリリング感はないけれど、また違った趣きがあってなかなか。
写真はラクダにゆられながらとったもの。
砂浜が水分をたっぷり含んで、太陽の反射が実に美しい。 -
最後尾のラクダにのった私に、ときどきさらに後ろの見習いラクダが攻めてくる。
ふりかえるとすぐそこに顔があってびっくり!!よだれはつけないでね。 -
キャメルライドを終えて宿に戻る前、水平線に沈む太陽を見るためにビーチに残った。
(西海岸ならでは!!)
日没の5分程前に撮影したものがこれ。絵はがきでしかお目にかかれないような光景を目の当たりに。 -
1997/12/15 Broom 〜 Giralia Turn Off 〜 Exmouth
あまりの暑さにBroom滞在を1日に変更したため、1日おきの長距離移動となってしまった。朝8時のバスで出発。(画像は移動中の休憩所付近)
夜中1時過ぎ、何もないところでバスがストップ。寝ぼけていた私はあやうく寝過ごしてしまうところだった。南下する人達には関係ないのだが、私を含め、西側に飛び出しているExmouthに向かう人達の乗り換えポイント、Giralia Turn Offなのだった。
それにしてもこの乗り換えポイント、建物はおろか明かりすらないただの平地なのだ。この360度見渡すかぎり地平線のような場所で、バスの運転手はどうやって待ち合わせしているのだろうと不思議に思った。
そして15分ほどすると、まるで日の出かと思わせるような地平線向こうからのヘッドライト。それは12人乗り位のバンだった。このエリアに関しては、現地ドライバーの管轄で特別扱いのようだ。2時間後の明け方4時、目的地であるExmouthのBackpackerに到着。眠くてよくわからないけれど、きれいそうな部屋だ。
1997/12/16 Exmouth
明け方到着だったため、とりあえずの部屋に寝ていたのだが、Receptionに行くと、住み込みの日本人の女の子と同じ部屋に移動するようにと言われた。なかなか気遣いのある宿である。
食糧が底をついてきたので、近くのビーチを散歩がてら買い物。Broom同様、10軒位の店が中心地に並んでいるのみの小さな町だ。すると、30年前に移住して来たというドイツ人のおじいさんに声をかけられた。2リットルコーラをかかえている私を見て「それは体に悪いから果物を食べなさい!」といきなりお説教されてしまった。もちろん誰にでもついて行く訳ではないが、私の危険回避フィルターが「善人」という判定を出したので、ついていって自慢のマンゴーをごちそうになることにした。それは今まで食べた果物の中で一番と言っても過言でないほどの美味だった。おみやげに5個ももらってしまい、かなりの荷物をかかえて炎天下宿まで帰った。
とにかく暑いので、Backpackerにあるプールで涼をとっていると、住み込みのダイブマスターにダイビングをすすめられ、さっそく予約。西側の海も楽しみだ!
夕食を作るのが面倒になり、お土産のマンゴー3個ですませた。おじいさんの家でも2個食べたので、全部で5個。さすがに繊維質が多いようで、明け方ひどい胃痛で目が覚めた。みなさん、マンゴーの食べ過ぎには注意しましょう。
1997/12/17 Exmouth
ケアンズ以来のダイビングでワクワク。しかし、Exmouthに来てから風の強さが気になっていただけあって、波もかなり荒い。ボートで約1時間半行ったポイントで1本目のダイブ。海の中も流れが早く、一生懸命泳がなければ進まないほど。ジンベイザメで有名ではあるが、確実に初心者向けではないポイントである。
無人島付近でランチをとった後、スノーケリングで大きなカメ達に遭遇。船の上からもたくさん見える。
食後2本目ダイブ。午前中よりは若干ましだが、やはり流れは強い。一瞬リーフの隙間から見えた大きな影を追いかけて行くと、確実に私よりは大きなジャイアントポテトコッドだった。食べられてしまいそうなサイズの魚に出会ったのは初めてだ。透明度や色の鮮やかさではグレートバリアリーフが勝っているが、珊瑚は、こちらの方が人の入りが少ない分、良い状態が保たれているように思えた。 -
1997/12/18 Exmouth 〜 Coral Bay
今回の私の目的地、Coral Bayまではたったの2時間。昨日同じダイビングツアーに入っていた数人も一緒に長距離バスのチェックイン。
宿に入ると、DarwinからBroomまでの移動を共にし、同じラクダにのった一人旅仲間と同室となった。すでに古くからの友人の様にすら感じる。そして、そこで知り合った数人でサンセットを鑑賞に行き、皆でトークを楽しんだ。 -
1997/12/19 Coral Bay
今日も風が強く波が高いが、このきれいな海を放っておくわけにはいかないので、スノーケリングツアーに入った。ツアーそのものは2時間位だが、ギアのレンタルが半日なので、その後もひとりでビーチに出た。これと言った大物は見られなかったけれど、Coral Bayというだけあって、珊瑚の種類はすごいような気がする。ただ、海底にびっしりはりついているエイを見てちょっと怖くなってしまった。
噂には聞いていたが、ここCoral Bayは塩水(海水)シャワー。シャンプーは泡立たないし、キッチンも若干塩っぽい。飲料水は専用蛇口があるのだが、それで作ったコーヒーの評判はさんざんだった。
クリスマスをパースで過ごすために、そろそろバスの予約をなんとかしなければいけないのだが、昨日からずっと電話しつづけているものの、満席と言われるばかり。この際、パースまで行けなくても、少しでも南下したいのだと交渉してみると、Canarvonという町までは空きがあるというので、とりあえずそこまでを予約。 -
1997/12/20 Coral Bay 〜 Perth
バスの出発時間が夕方なので、宿をチェックアウトしてから随分時間ができてしまった。その間、親しくなった旅仲間達と雑談をしたり、丘に登ったりして過ごした。この景色をみていると、つい聖子ちゃんの天国のKiss「Kiss in Blue Heaven〜♪」を口ずさんでしまうのだった。
バスの運転手に、Canarvonまでしか予約がとれてないが、可能であればPerthまで行きたいと伝えると、意外とあっさりOKがとれた。ラッキー。ちなみに、深夜CanarvonからPerthまでの長距離移動中、運転手は女性だった。進んでる国だなぁ。 -
1997/12/21 Perth
朝7時、無事にPerth到着。ブリスベン以来、久しぶりに見る大きな都市なので、なんだか新鮮に感じる。都市にもかかわらず、バックパッカーのピックアップバスが3台しか来ておらず、その中で最も安かった12ドルの宿に行く事に。思いのほか町の中心地から遠かったため、他の宿も探してみようと、Coral Bayから一緒の友人と散策したが、ピンと来る物件は無し、最初に決めたところに戻った。そして友人がアボカド丼を作ってくれた。目をつぶればそれは・・・マグロ丼。
1997/12/22 Perth
このPerthの次の目的地が、いつも利用している調距離バスがカバーしてない地域であるため、リフト(車を所持している人と、運転・ガソリン代を割り勘にしながら移動するというシステム)情報を求めてinformation centerへ。英語の上達を考えると、やはり外国の人達とリフトをしたい。今日のところはめぼしい物件はなかった。
Coral Bayから一緒に移動してきた仲間達とPinnacles(ピナクルス国立公園)に行く話が盛り上がり、レンタカーを借りて出かけるプランを練った。久しぶりのドライブはとても楽しみ!
1997/12/23 Perth
気温39度。洗濯物が燃えそうな勢いだ。あまりの暑さに行動力も落ちる。が、昨日決めたPinnaclesドライブ旅行のため、レンタカー手配で街中を探しまわる。残念なことに、クリスマスシーズンのためどこも'No Car'。日本人としては、この暑さの中で年末という事を忘れてしまいがちなのだが、まぎれもなく師走なのだ。そこでPinnaclesはいつもお世話になっている長距離バスが主催しているツアーで行くことに変更。26、27日で予約。
いろんな旅人から聞いていた、Perthで有名なワッフル屋さんでランチ。火曜日の今日は半額デーなのだ。甘いワッフルに甘いアイスコーヒー(オーストラリアでアイスコーヒーと言うと、生クリームがのった甘いものが出て来る)で幸せいっぱい。。。 -
1997/12/24 Perth
暑い暑いクリスマスイブ。
画像はクリスマス用のデコレーションをされたPerthのG.P.O(中央郵便局)。ここに、自分宛の郵便物がないか確認に行く。私と同様にオーストラリア内を旅している友人から1通、日本の友人から1通届いていた。こんなに広い国で住所不定な中、ちゃんと郵便物が本人の手に届くってすごい。
そして、引き続きリフト情報収集。
12月25・26日は、全てのお店がクローズという事なので、今日のうちに買い出し。連休前の売りつくしで安くなっているロールケーキと、ちょっと贅沢にビールを購入して、仲間達とささやかなクリスマスパーティー。 -
1997/12/25 Perth
仲間達とPerthのメインとなる公園、Kings Parkへ。夜景でなくとも、町を見下ろせるような高台にあり、なかなかの景色。多くの家族がバーベキューをしたり、お弁当を広げたりしている。こんなクリスマスをおくれる南半球の人達は羨ましい!!私達もサンドウィッチ持参の予定だったのだが、宿でクリスマスパーティーをやってくれるという話を聞き、昼には戻った。
食堂に入ると、いつものフリーミールとは全く違い、3種類のチキン料理にサラダ、パン、ライス、デザートまでついた豪華なものだった。ここのバックパッカーのオーナーDonさん(コスプレ好きの豪快おばちゃん)が宿泊客のために腕をふるってくれたらしい。彼女は、商売で、というより、人好きで宿を経営しているのではないかと思う。愛情たっぷりの料理に涙が出そうになってしまった。
たらふく食べた後は、Scaborough beach。町からそう遠くないのであまり期待せずに行ったのだが、十二分に美しいビーチだった。とにかく浅瀬の方まで波がすごくて、泳げない私でもすっかり波と戯れるのに夢中になってしまった。
宿に戻り、明日のPinnacles行きの準備。ここPerthに来てからもう5泊もしているので、ちらかった荷物をまとめるのが大変だ。オーナーのDonさんに相談すると、またこの宿に戻るなら、大きい荷物はおいて行っても良いとのこと、お言葉に甘えて、最小限の荷物をもってPinnaclesへ。 -
1997/12/26 Perth 〜 Cervantes
この長旅でずっとお世話になっている調距離バス、Greyhound Pioneer。
これでピナクルスに向かう。
約3時間の北上でピナクルス付近の町、Cervantesのバックパッカーに到着。
Perthより暑さが激しく、近所のビーチに涼をとりに出かけた。
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1997/12/27 Cervantes 〜 Pinnacles 〜 Perth
Cervantesのバックパッカーから30分程車にのり、ピナクルスへ。ピナクルスは、約8万年前、海辺の貝が堆積した上に樹木が生え、やがてそれが枯れて表土が風化し、根が抱えた石灰石の層が残ったものだという。黄砂に不思議な形の物体が乱立しているその光景はまさしく別世界。その範囲は思っていたよりもずっと広く、意外なことにわずかながらも緑が存在していた。1時間半ほどその中を歩いたが、気をつけなければ迷子になってしまいそうだ。そしてとにかく暑い。。。
再び3時間かけてPerthへ。荷物を預かってもらっているバックパッカーに戻った。 -
1997/12/28 Perth 〜 Fremantle
1週間近くお世話になったPerthのバックパッカーに別れをつげ、ピナクルスに一緒に行った仲間と共に港町であるFremantleへ移動。電車で30分程だ。画像はPerth station、とてもキレイ。
Perthを東京と例えるならFremantleは港町なので横浜といったところ。海が近いせいか、Perthより若干涼しい気がする。予約していた駅前のBackpackerは元々消防署として使われていた建物で、少々汚いけれど共同ラウンジなどがとても広く開放的で妙に居心地が良い。
さっそく町歩きしていると薬局にある体重計に目がいき、測ってみるとあまりの増量にびっっくり!!貧乏旅行ゆえにあまり食べている意識はなかったのだが、食事抜きやドカ食いの繰り返しがまずかったようだ。 -
1997/12/29 Fremantle 〜 Rottnes island 〜 Fremantle
島好きの私としては、西側の島も見逃すわけには行かない、という事で、仲間達とRottnes Islandへ。Fremantleからフェリーで約1時間。見下ろすだけでも美しいグラデーションをかなでる海。自転車を借りて1日かけて島の半分程を走り回った。 -
この島にしかいないという有袋類のクォッカに遭遇。観光客にも慣れたものだ。
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1997/12/30 Fremantle ~ Rockingham ~ Fremantle
Backpackerで同室の仲間と、ドルフィンウォッチングができるというRockinghamまでローカルバスで1時間の旅。ここしばらく強行スケジュールだったので、今日はのんびりイルカ待ち。しかし、地元の海水浴客でごったがえしていて、とてもイルカが来そうな雰囲気はない。数時間木陰でのんびりしただけで、Perthに戻った。そしてリフト情報の収集を試みるが、またも希望する物件は見つけられなかった。
画像はFremantle駅ホームから。 -
1997/12/31 Fremantle
大晦日。年越しの夜更かしのためにちょっぴり寝坊。
この旅に出てから、サンダル1足はきつぶしてしまったので、年始に新しいものをと買い物に出かける。
夜になると、宿内の仲間達がそれぞれ作った料理を持ち寄って小パーティー。ほんだしを入れたやきうどん風パスタが絶品だった。 -
カウントダウンをするべく、街を一望できるKings Parkに向かった。そこはまるでお花見シーズンの上野公園のようだった。国内でも時差があるため、一足先に年越しを迎えたであろうシドニーの友人と電話で話し、花火見学ポイントを陣取る。
23時45分頃、街のビルの向こう側に花火があがり始めるが、この公園そのものではカウントダウンらしいものはない。花火が大きくなったあたりで、誰かが「Happy new year!」と叫ぶと、そこらじゅうで「Happy new year!!!!!」の嵐。
記念すべき、南十字星を眺めながら、南半球での年越し。
みなさんにステキな年が訪れますように。 -
1998/1/1 Fremantle
1998年。海外で初めて迎える年始。昨夜は夜更かししてしまったので、今日ものんびり起床。午後になり街をぶらつくと、驚いたことにほとんどのカフェが営業している。クリスマスが一大イベントであるこの国は、年越しはあまり大きな行事ではないらしい。オープンカフェで優雅にカプチーノを飲む人達、なんだかとても優雅に感じてしまった。
1998/1/2 Fremantle
朝5時起床。Nothern TerritoryのKakaduで出会ってから、西側をほぼともに旅してきた友人と別れの時。旅先で出会った友人と一言で済ますには大き過ぎる存在だった。楽しい時間をともに過ごしてくれて本当にありがとう。
初夢。Backpackerの延泊をしようと焦って「Can I stay longer?」と聞くと「No」と言われた。な、なんで。。。正夢じゃなくて良かった。
1998/1/3 Fremantle
Subiacoという町のマーケットへ。こんな暑いところで、なぜかイチゴ。とにかく安いので購入。そしていい色のトマトが10個も入って1ドル。トマト好きの私にはたまらない。
その後Perthではリフト探し&美術館で芸術鑑賞。
1998/1/4 Fremantle
同じBackpackersに住みこみで働いているオージーと日本人の仲間達で釣りへ。最初のポイントでは餌をとられるばかりだったので、海沿いの駐車場付近に移動。ここで意外にも当たりが出始める。私もなんとか1匹get。すると、そこに突然のイルカ登場。後ろには車がいっぱいならんでいるような非自然なところに、まさかのイルカ。喜んだのも束の間、おかげで魚はすっかりいなくなってしまった。
1998/1/5 Fremantle
ここのBackpackerに来てからもう1週間以上が過ぎた。経済的にそろそろ移動しなければ、と気持ちは焦るのだが、思っていたよりリフト情報が少ない。宿のオーナーが日払いの仕事の斡旋をしてくれるという噂を聞いたので、尋ねてみた。とても優しいオーナーで、私のために無理して作ってくれたような仕事だったが、冷蔵庫掃除を任された。何十人もの宿泊客や住み込みの人達が、おのおの好きな場所に自分の物をおくので、移動は厳禁。しかしながら、調理したものを始末せずにそのまま旅立ってしまう人も多いため、何ヶ月かたって恐ろしい物体に変化しているものもある。いろんな国の料理があるため、一見してそれが正解かどうかもわからない。おそるおそる鼻を近づけては卒倒しそうになりながら新旧の分別・処理。内外の掃除をして、おこづかいを得た。
夜、リフトの面接を受けた。先方はオランダ人の女子3人組。
1998/1/6 Fremantle
予想通り、リフトの面接結果はNoだった。とほほ。
くじけず、次の情報を得るためPerthの町まで出て、ちょうど上映していたタイタニックを見た。もちろんセリフ全てを理解できたわけではないけれど、涙が止まらなかった。
その後、明日出発というリフトを即Get。男性ひとりというところに不安は残るが、これを逃すといつになるかわからない。明日実際に会ったところで見極めよう。
そして宿で仲良くなった友人達に明日出発と話すと、最後に勝負しようとビリヤード大会になった。 -
1998/1/7 Fremantle 〜
すっかり長居してしまったこのFremantleからようやく旅立ちの時。しかし、リフト相手のオーストラリア男性から、出発時間を11時から14時に変更してほしいとの伝言。周りからは、「だまされてるんじゃないか」と心配されたが、ビリヤードをしながら待つ。ついに師匠を超えるほど上達してしまった。
14時をまわり、いよいよだまされたかと思っていると、同室だったドイツ人の女の子が心配して、再チェックインをすすめてくれた。仕方なく、ベッドにシーツを広げ直しているところに、リフト相手が謝りながらやってきた。「彼は信用できそうだ」と判断した私は、すぐ出発することにした。ただ、彼の車はとても小さく、メーターが壊れているほどおんぼろで、私の荷物を積むのもやっと。しかも犬を連れているので、助手席で私が犬を抱えていなければならない。私が犬嫌いだったらどうするつもりだったのだろう。
結局Fremantleを出るのは夕方になってしまったが、Kalgoorlieを経由して、私の目的地Esperanceへ向かう。ところがここでちょっとしたアクシデント。リフト相手は、私がKalgoorlieで降りると勘違いしていたらしい。Kalgoorlieなら調距離バスもカバーしているからわざわざリフトなんてしない。まぁ、私の英語力が足りないからの誤解だろうけれど。力不足を反省しつつも夜中になってしまったので、車中で30分ほど仮眠をとる。そしてリフトの相方は車を運転しはじめたが、ハンドルをにぎりながらこっくりこっくり。何度も車が左によるので、私がとなりからハンドルをおさえるはめに。あまりの恐怖に、深夜2時、私が運転を代わることにした。マニュアル車は慣れていないから、眠くなる可能性は低いと思った。すると相方は助手席で寝袋を頭までかぶって眠ってしまった。冷たいなぁ〜と思いつつ、カンガルーの飛び出しとギアチェンジにどぎまぎしながらの運転。も束の間、信号も対向車もほとんどないこの道、トップギアに入れたらもう落とすことはなかった。ただただひたすら真っすぐの闇の中を走り抜けて行く。それでも暗い間は緊張で眠くなることはなかった。そして夜が明け、朝7時ごろ、目的地Esperanceまであと100キロという標識を見た私はほっとし、緊張感が途切れてしまった。
気づくと車体は道路左に寄り、赤土にのっていた。アスファルトに戻ろうとハンドルを右にきったが、よくすべる赤土の上、しかもかなりのスピードが出ていたため、車はスピンし始め、気を失った。
1998/1/8 Norseman
事故ってしまった。気づくと病院で治療されている。リフトの相方がヒッチハイクかなんかで私をこの病院まで運んでくれたらしい。シルク・・・などと言われ、縫われ始めた。全身が重く、動かない。そのまま、また眠りに落ちた。
1998/1/9 Norseman
やっと冷静を取り戻して来た。縫われた部分は酷いけれど、どうやら骨折はしていないようだ。不幸中の幸い。しかし、むちうちは最上級、背中の筋肉が全滅しており、自分でベッドから起き上がることもできない。
でも考えようによっては、海外での入院生活なんてのもそうそう体験できるものではない。保険にも入っているので、なんとかなるだろう。この日本語から隔離された環境で、英語の勉強にいそしむのも悪くないかもしれない。とりあえずは、自分の体の状況を伝えたり聞いたりできる程度の単語力を養わなくては。ベッドの上で和英辞典を開いた。
1998/1/10 Norseman
明後日にKalgoorlieの病院へ移動するように言われた。今の病院では検査のための施設が不十分らしい。確かに、ここの他の患者といえば、自力で動けそうもない老人ばかり。それにしても、私はてっきり救急車かタクシーなどを手配してもらえるのだと思っていたのに、いつもの調距離バスでの移動だという。まだ傷口もふさがらず、むちうちで全く首が動かない私を、ひとりで調距離バスに乗せようだなんて、あんまりだ。。。
1998/1/11 Norseman
食欲が復活してきた。病院食なんてと思いきや、今までの貧乏食に比べると食生活はかなり充実している。朝6時半におこされて検診後すぐの朝食はトーストとシリアル。10時のおやつにパンケーキ。12時のランチはかなり豪勢で、ステーキにポテト、豆類とデザート付き。3時にアフタヌーンティーが出て、夕食は5時半頃軽めのサンドイッチ。7時にまた紅茶。全く動いてないのに、食べ過ぎだろう。
1998/1/12 Norseman 〜 Kalgoorlie
久しぶりのGreyhound(調距離バス)、まさかこんな形で乗車することになるとは思いもよらなかった。移動は比較的短いけれど、あまりの暑さにクーラーも効かないこの状況は、むちうちギブス着用の私にはかなりしんどい。
Kalgoorlieに降り立ち、バス停付近をうろうろするが、タクシーはつかまりそうもない。このまま外にいたら傷口が腐ってしまいそうなので、近くにあったTourist Bureauまで行きタクシーをよんでもらった。タクシーの運転手は、乗車時荷物を乗せるのも全く手伝ってくれなかったくせに、降りる時3.7ドルのメーターを見て私が5ドル渡すと、勝手におつりをkeepした上、親切をよそおい、病院の中まで私を連れて行った。腹立たしい。
Norsemanの病院で書いてもらった紹介状を出すと、スタッフの態度が急変し、突然急患扱い。自力でボストンバッグと寝袋を運んできた私をいきなり車椅子に乗せ、レントゲン室へ。数十枚の撮影後、問題ないから帰れと言われたが、あてもない私は途方にくれた。とにかく冷たいのだ。唯一親切だった女医さんを捕まえて、仕方なくケガ人でも引き受けてくれそうなBackpackerを探してもらえないかと頼んだ。幸い、病院まで迎えにきてくれる宿を手配してもらえ、私の抜糸のために安い町医者まで紹介してくれた。海外で身寄りのない私に、本当に親切にしてくれた彼女に感謝。
1998/1/13 Kalgoorlie
体が不自由な人も受け入れているここのBackpackerは、今の私には本当にありがたく、スタッフの親切が身にしみる。昨日紹介してもらった町医者と、銀行・薬局にまで車で連れていってくれた。しかし、噂に聞いていたとおり、抜糸は本当に痛くて声をあげてしまった。
1998/1/14 Kalgoorlie
2日前に化膿止めとしてうたれた注射の箇所が痛む。動きだしには頭に激痛が走る。長時間立っていることもまだ辛いが、食糧が底をついてきたので、スーパーに行き、ついでに保険会社への通知をすませた。
交通機関のスケジュール上、明後日までここから動くことはできないのだが、出来る事なら2日後の電車で事故前の当初の目的地だったesperanceに向かいたい。それまでに気合いで直さなくては。
1998/1/15 Kalgoorlie
気合いのせいか、かなり体調が回復。駅まで出向き、明日の電車を予約してしまった。病院でも、先生が私の顔色を見てすぐに「ずいぶん良くなったね」と。不思議な事に、このお医者さんの言葉は驚くほど全て理解できる。やはり、お互いが意思疎通させようという気持ちが一番大切なのだ。
1998/1/16 Kalgoorlie 〜 Esperance
本当にいろいろお世話になったここのBackpackerには感謝の気持ちでいっぱい。おかげで私は今日から旅に戻ることができます。ありがとう!!!!!
いざ、West Railで待望のEsperanceへ。
と、「Rail」って言うのにバス?!まぁ、いつものGreyhoundバスより随分内装はリッチだけど。
夜22時半、ようやく憧れのEsperanceに到着。本当は1週間前に着くはずだったのに、ずいぶん遠回りしたものだ。予約していた宿に入ると、Perthで一緒に過ごした仲間達に遭遇。早くも知人に負傷中の姿を見られてしまった。心配させてしまったようだ。
4人の相部屋で同室になった人達も今日到着らしく、明日レンタカーで一緒に出かけないかと声をかけられた。どうやらここEsperanceの見どころは、全て車で行くような距離の場所にあるらしい。病み上がりの私にとっては願ってもないお誘い。すぐに同行させてもらう事に決定した。3人ともワーホリ経験者の日本人で、今はスチューデントビザでパースに住んでいるのだとか。
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1998/1/17 Esperance
昨晩の約束どおり同室4人でレンタカーを借り、まずは約1時間かけてLucky Bayへ。その後もHell Fire Bayなどいろいろなビーチめぐりをしたが、どれをとっても筆舌しがたい美しさ。この旅の中では、今までもキレイなビーチをたくさん見て来たけれど、そのどれとも違う色をしている。これが南極につながる海の色という事なのだろうか。身も心も浄化されるような気がする。Esperanceを訪れた誰もが、ここをすすめてくれた気持ちがよくわかる。ドクターストップで泳ぐことはできないけれど、この場所に来れた事を本当に幸せに思う。生きてて良かった。 -
夕食は同室仲間が作ってくれるタコライス。ご飯にのせるチーズをワインにあわせてつまみ食い。そう言えば、お酒のドクターストップはないんだっけ?聞いたおぼえがないから、ま、いっか。
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1998/1/18 Esperance
今日も4人でレンタカーを借り、ピンクレイクへ。塩分の多い湖で、微生物の働きによりそのピンク色が出るという。宿の人の話では、1週間程前はピンクではなかったらしいので、今日はラッキーかも。 -
塩の結晶が水面に模様を作り、これまた不思議な光景である。
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10 Miles Lagoon。久しぶりにスケッチブックを取り出してしまった。
海藻がないのももちろんなのだが、ここには貝殻さえも見当たらない。あまり生物がいないということなのだろうか?
黄昏時、小高い丘の上からサンセットを楽しむ。雲一つない空、水平線近くで楕円になった太陽が地球の影にかくれるまで、4人でしっかりと見届けた。 -
1998/1/19 Esperance
今日は車がないので、4人で歩いて近場のビーチへ。これもまた競い合うように美しく、ただひたすら時に身をゆだねてしまう。Esperanceの海は全て美しいのだ。
そろそろ次の旅程を思案。KalgoorlieからEsperanceまで来た時に利用したローカルバス、West Railが次に出る明後日の便を予約。そして私が入院していたNorsemanからAdelaideに向けて乗り継ぐいつもの長距離バスも予約。まだ首が痛む私に、30時間の長距離移動が耐えられるかどうか心配だけれど、遅れを取り戻すためにがんばろう。
同室でレンタカー等いろいろお世話になったふたりが、明日Perthに帰ってしまうので4人での最後の豪華ディナーをとる。鶏肉のワイン煮込みを作ってもらった。(いつも作ってもらってばっかり・・・)
Backpackerでこんなに美味しいものが食べられるなんて。まるでプロの技。
1998/1/20 Esperance
Esperanceでの充実した3日間をともに過ごした2人がPerthに戻るのを見送る。私が病み上がりである事で、少なからず気を使わせてしまう事もあっただろうけれど、それをみじんも感じさせず、引っ張って行ってくれた2人には感謝の気持ちでいっぱい。もうひとり、私とともに残った仲間は今日はクルージングに行くとのこと、私は予算的に街歩きする事にした。
夕方、クルージング帰りの彼女が、船上で一緒になった人の家の夕食に招待されたという。友達も是非一緒に、との言葉に甘えて、宿で親しくなった仲間も加わり3人でお邪魔することになった。
敷地に入ってから玄関まで、どのくらいかかっただろうか。広大な牧場には何百匹という牛が飼われていて、野生のカンガルー、エミューなどもいる。時に野生のカンガルーを撃ち、犬の餌にしているという。まったく、テレビでみるような生活をしている人達なのである。さらにすごい事には、この家の主人、Johnは自家用飛行機まで持っていた。家の作りも凝っていて、なんとも夢物語のようなお屋敷だった。
偶然の出会いにしては、ラッキーすぎる私達。実際にこんな大きなFarmを営んでいる人の家に招待してもらえるなんて、オーストラリアにいてもそうある事ではないだろう。交通事故というアクシデントにはみまわれたものの、私の運命の神様もなかなか粋な事をしてくれる。
1998/1/21 Esperance 〜 Norseman 〜 Adelaide
美しいEsperanceに後ろ髪をひかれつつ、West RailでNorsemanに向かう。世界最長直線道路が通る、ナラボー平原(ナラボーとは、アボリジニ語で1本も木のないところという意味)越えの30時間。文字通り何も無い、どこまで行っても全く景色の変わらない砂漠。調距離バス内では、幸い2席確保できたので、横になって眠ることができた。
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