2010/09/03 - 2010/09/03
2251位(同エリア12057件中)
井上@打浦橋@上海さん
- 井上@打浦橋@上海さんTOP
- 旅行記362冊
- クチコミ19件
- Q&A回答291件
- 2,252,534アクセス
- フォロワー85人
花園飯店と田子坊で北海道物産展が開かれるという下記の記事
http://www2.explore.ne.jp/news/articles/14870.html?r=sh
を見て、出かけました。
往復歩きでして、なんだかんだ2時間以上歩きました。
気温は35度以上の昼下がりでしたので、人4倍汗っかきの私は2リットル以上汗が出たはずです。
なんせ、厚手のタオルハンカチを絞ったのが7・8回ありましたから。
途中、中秋節を迎えた今頃の上海に出回る鮮肉月餅の売れ行き状況と、最近読んだ「上海時空空間」という本の著者の育った家や関連建物などもチェックしてきました。
-
コレが、北海道食品旅游節の広告ポスターです。
北海道知事の高橋さんの顔写真もありますね。
9月3日の午後2時半から、開幕式が大々的に行われると言うことも書かれています。
丁度、その頃に私はそこを訪れたことになったようです。 -
何故、上海で北海道物産展なのか・・・・
いや、このごろ、静岡物産展とか、長崎物産展とか、上海でやっていますので、その流れもありますし、万博開催中ということもあり、そういことになったんでしょう。
それと、この映画が影響してるのかもしれません。北海道を舞台にした中国映画らしいんですが、これが人気を博し、北海道にも皆さん興味を持ち始めた・・・
いや、この映画以前から、結構北海道は若い人達には知れ渡り人気があったんですが、この映画が、拍車をかけたと言うことなんでしょう。
日本題名は「狙った恋の落とし方。」ですって・・・・。ポスターには「真実の愛は、北海道で試される」と書かれています。 -
そして、コレは、その物産展がある一月ほど前に、我が家の近くの旅行社に置いてあった、北海道ツアーのパンフレットの内容です。
そのパンフレットを持って帰った日の翌日に見た邱永漢のサイトの北海道に関する記事が下記です。
「一番魅力のあるのは北海道です」
http://www.9393.co.jp/moshiq/kako_mos/2010/10_0809_moshiq.html
ホントに北海道は中国人に人気があるんですよね。
さて、パンフレットの内容を転記します。
全て中国語で書かれているわけですが、それを、チョイと日本語風に書き直しました。
まずは、ツアー名は・・・・
「日本新魅力 北海道 温泉美食+東京購物6日」
というものです。
日程は・・・
1日目:上海→転機→千歳空港
宿・千歳日航あるいは苫小牧王子あるいは同クラス
2日目:札幌→富良野→富良野農場→美瑛→署x布之路→新栄之丘→前田真三拓館→札幌
昼飯・富良野風味餐
宿・札幌喜来登あるいは札幌万麗あるいは同クラス
3日目:小樽運河→北一硝子館→八音盒館→DIY属于自己的八音盒→銀之鐘コーヒー館→昭和新山→熊牧場
昼飯・小樽食堂
宿・登別第一瀧本本館あるいは馬可波羅温泉あるいは登別万世閣あるいは同クラス
4日目:登別地獄谷→札幌→白色恋人加工工場→DIY白色恋人→札幌→大通公園→免税店→道庁→東京
昼飯・蟹的本家料理
宿・あるいは新宿京王あるいは東京新大谷あるいは同クラス
5日目:東京自由行動
宿・東京巨蛋あるいは新宿京王あるいは東京新大谷あるいは同クラス
6日目:皇居二重橋→浅草→秋葉原光公社→成田空港→上海
以上ですが、私が分からないのは・・・・
署x布之路、新栄之丘、前田真三拓館、八音盒館、銀之鐘コーヒー館、東京巨蛋、秋葉原光公社です。
まあ、たぶん、あの映画関連が多いのかもしれません。
この旅行がいくらなのか、パンフレットには載っていません。
いくらくらいなのか・・・・ということでネットでイロイロ探して出てきたのが下記サイトです。
http://www.51766.com/xianlu/11020/1102097183.html
コレを見ますと、9月6日発が9788元になっていますね。
高いかなと思いましたが、往復日系の航空会社ですし、ホテルも一流どころばかりですので、高くはないのかなと思えてきます。 -
さて、コレは最近読んだ上海に関する本です。
上海に関する本は、私、殆ど読んでいまして、新しいものが出ますと、スグ読むわけですが、この本は、t さんという女性からお借りしたものです。いや、返さずに、そのまま今でも手元にありますので、もう一度ジックリ読みたいと思っています。
著者は荘魯迅という方ですが、インテリと言いますか文化人の家に生まれ育ちましたので、文革の頃は家族ともども、相当苦しい目にあったとか。
その頃の辛い話や、少年時代、青年時代を過ごした淮海中路近辺や、雁蕩路周辺の思い出話などが書かれています。
それと興味深かったのは、上海の地名に由来した人達の話ですね。黄浦江の「黄」さんの話、陸家嘴の「陸」さんの話、徐家匯の「徐」さんの話などです。
この日の散歩コースは、正に、その淮海中路と雁蕩路でしたので、荘魯迅さん関連の建物なども撮ってきたわけです。
なお、この本に、私の撮った画像が使われていたのには、ビックラこきました。
著者は、私のブログを見ていてくれたのか・・・そういうことでしたら嬉しい気分です。 -
コレはその日の散歩のテーマの1つである鮮肉月餅です。
普通、日本人が思い浮かべる月餅とは違うタイプの月餅です。
上海には2つのタイプの月餅がありまして、1つは一般的な月餅でして、中身は餡子などが多い広東式です。もう1つはパイ生地の月餅でして、それは蘇州式と言います。、やはり餡子のものもあるらしいですが、中身が肉のものの方が圧倒的に多く、それを鮮肉月餅と言います。
まあ、ミートパイと言ったところですね。
広東式は、杏花楼とか新雅と言った広東料理屋のものが人気が高く、価格も高く、どちらかというと贈答用に、この時期に皆さん、買い求めるものなんですが、鮮肉月餅の方は、庶民の食い物でして、街なかの小吃店で、2元から4元の価格で売られるものでして、人気店には、この時期いつも行列が出来るのです。
ココに貼り付けたのは、その日の散歩の時のものでなく、南京東路の人気店の真老大房の鮮肉月餅のものです。
2つに割ったものを見れば分かるように、皮はパイでして、中身は肉なのです。
ホントは焼きたてのアツアツがおいしいんですが、トースターで暖め直してもいけます。 -
コレがその日の散歩コース。
この日に私が歩いた道は、「上海時空往来」の著者の荘魯迅さんの少年時代、青年時代に、まず、何度か歩いた道だと思っています。
しかし、建国路の南は、あまり行くことはなかったはず、また、徐家匯路より南へは絶対行くことはなかったのかと見ています。
当時は、肇嘉浜路と徐家匯路の北と南では別世界のはずですから・・・。 -
この日は快晴。
空には白い雲がありましたが、雲の向こうに見える空は真っ青でした。
我が小区の向こうは海華花園という高層マンション群があります。
徐家匯路を渡る歩道橋の前まで来ました。
向こうに見えるのが、日月光中心広場というオフィス、マンション、大型ショッピングモールを抱えた総合ビルです。
歩道橋から、これから行く道、瑞金二路を眺めました。 -
この瑞金二路を暫く北に行きます。
「泰康路」の道路案内表示板が前に見えます。
この泰康路をチョイ東に行きますと左に田子坊の入り口が現れます。
泰康路が瑞金二路にぶつかる辺りに最近出来たファミリーマートです。
このあと、もうチョッと北に行ったところにもファミマありますし、
日月光中心広場の地下2階にもファミマが2つあります。
またそのフロアーにはローソンもあります。
コンビニ多過ぎですね。
泰康路を超えて、また瑞金二路を北へ・・・
もうスグ建国中路と交わります。
車椅子に乗ってるのは若い男性。足でも骨折したんでしょう・・・脇には松葉杖があります。
車椅子を押してるのは、お母さんなのか、奥さんなのか・・・
男性は押してる人のために日傘を差してあげています。 -
建国中路まで来ました。
向かいにはクロワッサン専門店の可頌坊です。
「可頌」ってのが「クロワッサン」なんでしょう。
前の犬を散歩させてる男性は欧米人です。
午後2時頃に犬の散歩とは・・・・
ワンちゃんはゴールデンレトリバーですね。
紹興路の道路標示が見えてきました。
コレが紹興路ですね。
短い道ですが、この道は出版社や画廊や洒落たカフェなどが多い道です。
レスリー・チャンのファンには欠かせない道です。
レスリーが何度か行った漢源書店という喫茶店があるからです。 -
ここには可的と言うコンビニがありますが、その向こうには、またまたファミマがあるのです。
コレが全家・・・ファミリーマートです。
今やローソンより多いと思っています。
もしかしますと、この地区と言いますか、盧湾区では、一番多いコンビニはファミマなのかもしれません。
更に瑞金二路を北に行きます。 -
左に瑞金賓館、右に瑞金医院がある、この辺りの街路樹が一番立派ですね。
なかなか壮観です。
今の時期は、緑のトンネルになってしまいます。
ココの街路樹はプラタナスです。
こちらでは、法国梧桐と呼んでるそうです。
上海の道の街路樹は90%以上が、この法国梧桐のはずです。
このプラタナス、どれも地上から3・4m辺りで枝分かれするんですよね。 -
瑞金賓館ですね。
大昔、三井物産の上海支店長のお邸も、この一画にあったそうで、当時は桜の木も多く植えられ、花見時期には、ココで園遊会などが、あったとか・・・・
瑞金賓館レスリー・スポットらしいです。
レスリー主演の「風月」という映画の撮影に使われたとか。 -
この辺りは商店が並びます。
2階、3階は住居なんでしょう。
もうググ、復興中路です。
復興中路を超えました。
超えたところにあるバス停です。
バス停の名は瑞金二路復興中路です。
非常に分かりやすい名ですね。 -
香山路を超えた辺りです。
右側の鉄柵の中は学校です。
コレがその学校でして、昔は盧湾区第二中心小学でしたが、今は上海市第四聾校です。
聾唖者のための学校なんでしょう。
「上海時空往来」の著者の荘魯迅は、小学校の頃、この学校に通っていたらしいです。
皋蘭路まで来て、振り返り学校を見渡しました。
緑に囲まれていて、環境も良さそうですね。
いや、実際は、道の車の行き来が激しく、騒音もひどいし、空気も綺麗とは言えないんですけどもね。 -
右に抜ける道が皋蘭路です。
真っ直ぐ行きますと復興公園の西門にぶつかります。
角にあるのは 田園籐芸と言う籐製品を扱う店です。
更に瑞金二路を行きます。
右に見えてきたのが、麒麟宮酒家です。
ココもレスリー・スポットなのです。
ココで食事をしたんでしょう。
1回だけなのか、もっとそれ以上なのか・・・
私は一度行ったことありますが、2階にはレスリーと店の主人が2人で写ってる写真が飾ってありました。
南昌路まで来ました。
対面に見えるのが豊裕生煎という小吃店です。
揚げ肉饅頭の生煎饅頭がメインの店でして、ココも、レスリーが来たとか。
ということで、瑞金二路周辺はレスリー・スポットが非常に多いのです。 -
南昌路を西へ行きます。
この店はAngela Barと言うらしいです。
南昌路も緑のトンネルですね。
この道も勿論、街路樹はプラタナス(法国梧桐)ですね。 -
南昌路は、まもなく茂名南路にぶつかります。
-
こんどは茂名南路を北に行きます。
淮海中路が近付いてきました。
地下鉄1号線の陝西南路駅の案内表示板が見えます。
淮海中路まで来ました。
北東角にあるのが、この国泰電影院です。
映画館ですね。
昔は、Cathey Theatre と呼ばれていたらしいです。 -
淮海中路を超えて、茂名南路をもうチョイ北に行きます。
もう、この辺りの左側の敷地は花園飯店の庭園ですね。
はいコレが花園飯店ですね。
日本のホテルオークラ系ですね。
高層ホテルの手前にある横に長く低い建物が昔からある建物でして、チョイと前までは錦江倶楽部、更にその昔はフランスクラブだということです。
フランスクラブとしては2代目でして、初代のフランスクラブは後段に出てきます。 -
コレが花園飯店の2階のジャスミンの間で開かれた北海道食品旅游節というなの北海道物産展です。
丁度、高橋北海道知事がご挨拶をしてる時でして、ジャスミンの間は、もう、人でごった返していました。
ロイズのチョコレートもありました。
翌日の晩に、また家族と来た時に買おうとしましたが、1箱120元と聞いて、アチョー、超高過ぎ・・・
私はいつも上海に戻る時羽田でコレを買って帰るんですが、そこでは680円ですからね。120元ということは、えええ、1500円以上。
関税とかイロイロあるんでしょうが、上海に北海道を売り込むという場で、この価格とは・・・なんとかならんのでしょうかね。
結局、1つしか買いませんでした。
そのほかに買ったのは、いくらの瓶詰めと、イカの沖漬けなどですが、なんせ、高い!! -
花園飯店をあとにし、また茂名南路に出ます。
正面に見えるのは錦江飯店です。
花園の敷地に昔からある錦江倶楽部と、錦江飯店とはトンネルで繋がっているのです。
中国、アメリカ国交回復の調印の時には、毛沢東がトンネルを行き、錦江飯店に泊まってるニクソン大統領のところへ行ったとか・・・
そのトンネルに、私は入ったことあります。
茂名南路に出ました。
これを淮海中路まで行きます。
淮海中路に出ました。 -
淮海中路にある北京ダック専門店の鴨王です。
この鴨王の近くには、北京の老舗の全聚?もあります。
2階建てオープントップバスが見えてきました。
バスを真横から見ました。
「上海都市黄金旅游圏」と書かれていますね。
周る観光スポットは・・・
上海外灘・豫園老街・人民廣場・玉佛寺・新天地・南京路歩行街・老碼頭・静安寺・上海博物館・浦東新区
・・・となっています。
料金はいくらなんでしょうか・・・
これ以外にも路線バスの911路バスにも2階建てオープントップバスが使われていまして、それなら料金は2元でどこまでも行けるんですが、この上海都市黄金旅游圏は、なんか高そうですね。 -
淮海中路を思南路手前まで来ました。
角に見えるレンガ色の建物にはH&Mが入っています。
更に行きますと、今度は、C&Aです。
いや、私はC&Aがなんだか知りませんが、まずH&Mみたいなもんなんでしょう。調べましたら、オランダ系らしいです。
入り口のドアーの前では、欧米人の子供がママを待っています。 -
淮海中路を更に行きますと、なにやら行列が・・・
ああ、長春食品商店ですね。
やはり、鮮肉月餅を買い求める人達ですね。
ここのは普通の鮮肉月餅が2.5元ですね。
その他・・・豆沙松仁月餅(松の実入り餡子が中身)も2.5元、干貝鮮肉月餅(貝柱と肉)、開洋鮮肉月餅(これはなんだか分からん)、香菇鮮肉月餅(椎茸と肉)が3元ですね。
店の中では鮮肉月餅を焼いてる最中です。
鮮肉月餅は焼きたて熱々がおいしいのです。 -
更に行きますと、道の向こうにも行列が・・・
道を渡りましたら、おおお凄い、この行列は・・・・
ここは、光明邨大酒家と言いまして、小吃類の店なんです。
1階が売店でして、2階はその小吃が食べられる食堂、3階が一般料理を提供するレストランになっています。3階のレストランには、4・5度行っていますが、結構行けました。
これは店の中。
女性店員の向こうでは、やはり鮮肉月餅を焼いていますね。 -
更に淮海中路を西へ行きますと、また2階建てオープントップバスが見えてきました。
結構、頻繁に走ってるようです。
滄浪亭まで来ました。
滄浪亭は蘇州式の麺の店ですが、ここでも鮮肉月餅を売っているんですね。
しかし、行列はできていません。
人気がないようです。
ここの推薦鮮肉月餅は鮮肉松茸月餅3.5元です。
「松茸」と言う言葉は日本語であって、中国語にはないものと思っていますが、どうなんでしょうか?
日本から輸入された言葉のはずです。
ですから、皆さん、松茸が、どんなものか分からないはず。
と言うことで看板には松茸の絵が描かれています、 -
雁蕩路まで来ました。
角にあるのが、この永業大楼です。
1932年に造られた当時の高級マンションです。
いや、今でも買うとなると、相当するはずです。
100?で300万元、日本円で4000万円はいくと思いますね。
いやいや調べましたら、平米当たり単価5万元ですって!!!
http://shanghai.anjuke.com/v2/prop/view/36637761
を見ますと、131?の2LDKが680万元になっています。
日本円で8600万円ですよ・・・・・
まあ、ロケーションが最高ですからね、しゃあないですね。
さて、この永業大楼が「上海時空往来」の著者の荘魯迅さんが生まれ育ったところだとか・・・
やはり、相当の文化人と言いますか、裕福な家に生まれたと言うことなんでしょうね。 -
荘魯迅さんは麺好きだそうで、よく食べに来た店が、この味香斎です。
なんせ永業大楼の1階の道沿いにある店でして、家を出ればすぐ行けるので、良く来たと言うことなんでしょう。
彼が一番好きだったのは、辣醤麺らしいです。この店のその他に人気メニューは麻醤拌麺、牛肉小湯だとか。
彼は子供の頃からここで食っていたので、この店の店員である李爺さんには顔なじみだったそうです。
いつも、李爺さんに辣醤麺頂だい、と注文して、それをおいしく食べていたそうです。しかし、文革の頃、祖母が監禁され、貧乏暮らしが始まってからは、なかなかココに食いに来れなかったとか・・・そんな時、どうしても食べたくなって、なけなしの金を持って店に行き、一番安い大衆麺という何も具が入っていない麺を李爺さんに注文したそうです。出てきた麺を食べ始めましたら、麺の下から肉が出てきたそうです。どうしてなんだと言う感じで、店の奥にいる李爺さんを見ましたら、ウィンクを送ってくれたそうです。
この店は、彼にとっては、そういう思い出が詰まった店なんでしょう。
これが、メニュー板です。
辣醤麺ありますね。 -
これが雁蕩路ですね。
雁蕩路は一時、歩行者天国になっていまして、車は進入禁止だったんですが、今はOKのようです。
また、雁蕩路休閑街とも言われていまして、レストランが並ぶ道として名が知れていました。まあ、今でもレストランが並ぶ道なんですが・・・
さて、「上海時空往来」の書き出しは、この雁蕩路から始まるのです。では、その部分を引用します。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
上海の中心部に、雁蕩路[イダルー](上海方言の発音、以下同)という住宅街がある。全長わずか542mの閑静な路であるわりには、名をよく知られている。なぜなら雁蕩路の南端には、市民の憩いの場である復興公園が広がり、北端には上海きっての繁華街---日本人が親しみを込めて「上海の銀座」と呼ぶ淮海路[ワヘールー]が東西方向に横たわっているからだ。わたくしの生家は、雁蕩路と淮海路の角に┓の形で佇む永業大楼[ヨンニェダロウ]にあった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
上の画像は、その雁蕩路を北から南を見た様子です。
雁蕩大厦の右向こうに復興公園が広がります。
途中、元昌里というところの奥には上海市七色花小学という学校があります。
この学校、日本の華僑が資金提供してできた学校だそうです。芸術教育に力を入れてる学校だそうです。
下の画像は雁蕩路を南から北を見た様子です。
左に永業大楼が見え、その向こうには淮海中路が東西に走っているということです。 -
これは雁蕩路と南昌路の角に建つ建物です。
上海中華職業教育社が入ってる建物です。
この中華職業教育社も「上海時空往来」に出てくるのです。
著者の荘魯迅さんの祖母の従兄弟に黄炎培という政治活動家であり教育者がいたそうです。
彼は職業教育部門に特に力を注ぎ、中華職業教育社というのを設立し、職業教育学校も開校したそうです。その教育社の本拠地がココだったということなんでしょう。
この建物、横から見ますと、非常に薄っぺらい建物なんです。
面白い建物です。 -
南昌路を超えて、雁蕩路をチョイ行った右にあるのが、この科学会堂です。
初代のフランスクラブです。
1913年に建てられたそうです。
建物の前には大きな庭園が広がります。
庭園の向こうは復興公園です。
昔のフランス公園です。
フランス公園時代は、この庭園と繋がっていたのかもしれません。 -
これが復興公園ですね。
公園の北部にある広場にはマルクス・エンゲルス像があります。
これは1985年に建てられたそうです。
歩道脇のベンチは、みな街路樹の下。
日陰のベンチは、格好の休憩場所です。 -
北西部の広場は、樹木が多く、その樹木が皆、大きく枝を広げていますので、日陰のスペースがたくさんなります。そういうところでは皆さん、トランプをやったり、四方山話をしたり・・・午後3時半頃という時間ですが、暇なご老人がたくさんいます。
西門から出て、思南路に向かいます。 -
思南路に出ました。
思南路や洋館のお屋敷が並ぶ道なのです。
孫文の故居もあります。
孫文はここに1918年から1924年11月まで住んでいたようです。
夫人の宋慶齢は孫文の死後も1938年までここに住んだそうです。 -
思南路を南に行きます。
この道もプラタナスのトンネルです。
思南路48号の洋館のお屋敷です。
ちょいと前までは、ココに数家族が住んでいたんですが、今は違うようです。
どこかも大金持ちが、買い取ったのかもしれません。
どのくらいの金を出したのか・・・・
まず日本円で10億は下らないと見ています。
これが2007年の思南路48号のお屋敷です。
当時は14個の郵便受けがありましたので、それに相当する家族が住んでいたものと見ています。
70年前は、当時の大金持ち家族(もしかしますと欧米人かもしれません)が一家族で住んでいたんでしょう。召使や女中の部屋もあったんでしょう。
解放後、共産党支配になってから、数家族の住居になったということなんでしょう。 -
復興中路を越えて、また思南路を南に行きます。
左にあります、この立派なお屋敷、去年辺りまでは、お化け屋敷状態だったんですが、綺麗になってしまいました。
そのお化け屋敷状態だった頃の様子は下記でどうぞ。
http://4travel.jp/traveler/dapuqiao/pict/13193256/
更に南あるお屋敷も、こんな風になってしまいました。
思南公館となっていますね。
英語表記は HOTEL MASSENET となっています。
「HOTEL MASSENET」が何だろうと思い、検索かけましたらフランスのニースにも同じ名のホテルがあるようです。それの関連かなと思いましたが、どうやら違うようです。
思南路の旧フランス租界時代の呼び名がRue Massenetでしたので、それが由来なんでしょう。
当時の漢字表記は馬斯南路です。
その思南公館の南あるのが、この周公館です。
http://sh.explore.ne.jp/play/10054.html
によりますと・・・1920年代に建築されたフランス式の洋館で、1946年6月から1947年7月まで中国共産党代表団上海連絡所として使用された。対外的には周恩来の住居と名乗り、周公館と呼ばれている。・・・となっています。 -
これは、8月30日のお化け屋敷と思南公館の様子です。
9月3日は強烈な日差しのため、コントラストが強すぎ、中の様子が見えにくかったんですが、8月30日は淡い日差しでしたので、中の様子も良くわかります。 -
更に南にいきますと、そこにもお屋敷が並びます。
このお屋敷群の中の2つが、娘が通っていた幼稚園でした。
思南路幼児園と言いました。
そして、その向こうにあるお屋敷が、京劇の名優である梅蘭芳が住んでいたところです。
今は思南路からは、すんなり入って行けなくなってしまいました。
娘の幼稚園時代は、私は自転車で送り迎えしていたんですが、いつも、この門扉の向こうに伸びる道の奥のほうまで行っていました。
思南路のこの辺りの西側には瑞金医院の敷地が広がります。
建国中路近くまで来て、振り返りました。 -
建国中路まで来ました。
田子坊に向かいますので、建国中路を西へ行きます。
ここが田子坊への入り口です。
泰康路側が正門でして、こちらは裏門と言ったところです。 -
田子坊に入りました。
ココが臻茶林という店です。
いや、初めて知った店ですが、やはり北海道フェアの幟(のぼり)が立っていますね。
店の中は、こんな感じ・・・
テーブルの向こうにいる坊主頭の男性がご主人なのかもしれません。
別の角度から見た臻茶林です。 -
これはカフェ丹です。
この店が前からここにあるのは知っていました。
いや、店に入ったことはありませんが・・・。
この店は、もともと北海道が売りでしたので、北海道フェアに参加してるってのは大いに分かりますね。
店先の広告黒板には中国語と英語で、北海道をアッピールしています。 -
田子坊248弄の道を行き、田子坊の外に出ます。
この道は住居のトンネルをいくつかくぐります。 -
そして、その248弄の道を出ますと、打浦路へ抜ける道があるのです。
いや、ちょいと前まで、この道はなかったんですが、最近できたのです。
この道が出来たため、我が家と田子坊はますます近くなったのです。
右の建物が日月光中心広場ですね。
目の前に我が小区のまん前にある5星ホテルのプルマン上海の姿が見えてきました。
打浦路はもうスグです。
これで「上海・北海道食品旅游節&鮮肉月餅&上海時空往来」は終わりです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
上海(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
43