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小浜三丁町(古い町並み)を歩き.正法寺近くで<br />通りすがりの方に.いろいろ聞いて.近くの常高寺が有名<br />連続テレビ小説「ちりとてちん」撮影現場があるとか<br />また、来年の大河ドラマで有名になるので..今の内に行くと...<br />・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━<br />初は1573年に幼くして滋賀・小谷城落城で父・浅井長政を亡くし、<br />1583年福井・北の庄落城ではそれまで堅く結び合って暮らしてきた母・<br />お市の方の自決を目のあたりにし<br />三姉妹の二女として生まれ小浜藩主・京極高次(1563〜1609、92000石)の妻となった。<br />お初は夫・47才で高次が没すると常高院と称して<br />剃髪し仏門に入ってしまい歴史の舞台から姿を消した。<br />しかし、その後京都・方広寺の梵鐘の銘「国家安康・君臣豊楽」をきっかけに起こった<br />1614年大阪冬の陣で、お初が家康に和睦の使者を申し出ると<br />家康は、秀頼の参勤交代、大和へ国替、<br />淀殿を江戸へ人質として差し出す、等を和解の条件として示した。<br />お初が再び歴史の舞台に現れたのがこの時で<br />お初の調停により大阪城の外堀を埋める事で和解が成立した。<br />それにもかかわらず内堀まで埋められた大阪方の憤怒により<br />1615年起きた大阪夏の陣でも<br />お初は和平と姉・淀殿の救助を目指して豊臣・徳川間を幾度も往き来した。<br />しかし、淀殿と秀頼は幾度にもわたる家康の裏切りについに妥協する事はなかった。<br />お初が姉・淀殿に最後の別れを告げて大坂城を去ったのは1615年4月7日、<br />大坂城落城は翌8日だった。<br />・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━<br />お初64才(66才?)で京極家江戸屋敷で亡くなった。<br />遺骸は江戸から木曽路を越えてはるばると若狭に帰り常高寺裏山で荼毘に付され、<br />若狭湾を見下ろす高台で7人の侍女に守られながら静かな時間を送っている。<br />・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━<br />三姉妹の二女・お初の菩提寺  臨済宗常高寺<br />常高寺の門をくぐって驚くのは建物の立派な事である。<br />本堂らしさのない..今風の建物で驚きました・<br />江戸時代中期の狩野派の名手・狩野美信筆の書院障壁画が目に入り、<br />展示室には京極高次とお初の掛け軸が大切に保存されている。<br />係りの方が説明付きですが..ここだの書院の撮影はNG<br />いろいろ解説に熱心なので..カメラで撮ってると失礼なので控えた・<br />時間の都合で常高院墓塔へは行けず...残念。<br />・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━<br />お初は(常高院)常高寺を創建して自らを常高院と号し、<br />生涯を江戸で終えた後、常高寺に葬られています。<br />山門の前にある石階段は、<br />平成19年度秋から放映されるNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の<br />小浜ロケの撮影場所として利用されました<br /><br />

小浜の旅(2)常高寺

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2010/08/21 - 2010/08/21

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風に吹かれて旅人

風に吹かれて旅人さん

小浜三丁町(古い町並み)を歩き.正法寺近くで
通りすがりの方に.いろいろ聞いて.近くの常高寺が有名
連続テレビ小説「ちりとてちん」撮影現場があるとか
また、来年の大河ドラマで有名になるので..今の内に行くと...
・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━
初は1573年に幼くして滋賀・小谷城落城で父・浅井長政を亡くし、
1583年福井・北の庄落城ではそれまで堅く結び合って暮らしてきた母・
お市の方の自決を目のあたりにし
三姉妹の二女として生まれ小浜藩主・京極高次(1563〜1609、92000石)の妻となった。
お初は夫・47才で高次が没すると常高院と称して
剃髪し仏門に入ってしまい歴史の舞台から姿を消した。
しかし、その後京都・方広寺の梵鐘の銘「国家安康・君臣豊楽」をきっかけに起こった
1614年大阪冬の陣で、お初が家康に和睦の使者を申し出ると
家康は、秀頼の参勤交代、大和へ国替、
淀殿を江戸へ人質として差し出す、等を和解の条件として示した。
お初が再び歴史の舞台に現れたのがこの時で
お初の調停により大阪城の外堀を埋める事で和解が成立した。
それにもかかわらず内堀まで埋められた大阪方の憤怒により
1615年起きた大阪夏の陣でも
お初は和平と姉・淀殿の救助を目指して豊臣・徳川間を幾度も往き来した。
しかし、淀殿と秀頼は幾度にもわたる家康の裏切りについに妥協する事はなかった。
お初が姉・淀殿に最後の別れを告げて大坂城を去ったのは1615年4月7日、
大坂城落城は翌8日だった。
・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━
お初64才(66才?)で京極家江戸屋敷で亡くなった。
遺骸は江戸から木曽路を越えてはるばると若狭に帰り常高寺裏山で荼毘に付され、
若狭湾を見下ろす高台で7人の侍女に守られながら静かな時間を送っている。
・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━
三姉妹の二女・お初の菩提寺 臨済宗常高寺
常高寺の門をくぐって驚くのは建物の立派な事である。
本堂らしさのない..今風の建物で驚きました・
江戸時代中期の狩野派の名手・狩野美信筆の書院障壁画が目に入り、
展示室には京極高次とお初の掛け軸が大切に保存されている。
係りの方が説明付きですが..ここだの書院の撮影はNG
いろいろ解説に熱心なので..カメラで撮ってると失礼なので控えた・
時間の都合で常高院墓塔へは行けず...残念。
・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆・‥…━━☆━
お初は(常高院)常高寺を創建して自らを常高院と号し、
生涯を江戸で終えた後、常高寺に葬られています。
山門の前にある石階段は、
平成19年度秋から放映されるNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の
小浜ロケの撮影場所として利用されました

同行者
友人
交通手段
自家用車
  • 今から思うと<br />当時誰もいないので、入るの簡単ですが<br />近くの人に聞いて、拝観料を支払うと<br />常高寺関係の方がみえて<br />写真は、書院だけNGですが<br />親切に案内されるの、断る事出来ず<br />本来、写真を撮って<br />次の場所へと思っていたが<br />次々と部屋に入ると説明が<br />難しい歴史の蘊蓄<br />思う様に撮れず退散<br />つい最近も<br />レトロな建物を訪ねて六華苑へ<br />すると、私が最初の訪問でしょうか<br />強引に案内しましょうとの事に<br />丁重にお断りして、写真を撮る事に専念しました。<br />2011.0207記<br />

    今から思うと
    当時誰もいないので、入るの簡単ですが
    近くの人に聞いて、拝観料を支払うと
    常高寺関係の方がみえて
    写真は、書院だけNGですが
    親切に案内されるの、断る事出来ず
    本来、写真を撮って
    次の場所へと思っていたが
    次々と部屋に入ると説明が
    難しい歴史の蘊蓄
    思う様に撮れず退散
    つい最近も
    レトロな建物を訪ねて六華苑へ
    すると、私が最初の訪問でしょうか
    強引に案内しましょうとの事に
    丁重にお断りして、写真を撮る事に専念しました。
    2011.0207記

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