2010/05/28 - 2010/05/28
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5月24日(月)から6月2日(水)までの10日間の日程で、シリア、ヨルダンに出かけました。パルミラ2泊→ダマスカス1泊→アンマン1泊→死海1泊→ ペトラ2泊の7泊10日です。
5月28日(金)午前中はダマスカス(Damascus)を散策し、国立博物館、ウマイヤド・モスク、聖アナニア教会、聖パウロ教会を観光しました。
1979年世界遺産に登録された、4000年もの古い歴史をもつ古代都市ダマスカスはウマイヤ朝の時代には首都として栄えました。
オールド・ダマスカスに足を踏み入れればタイムスリップでもしたかのような時間が止まった感覚にとらわれました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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Safir Sayida Zainab Hotel Damascus(Saiyda Zainab Main St, Damascus)の広々したロビー。アサド大統領の写真もありました。
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Safir Sayida Zainab Hotel Damascusの玄関。
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9時の開館と同時に国立博物館に入場しました。
シリアで発掘された多くの出土品の数々が一堂に会されていて、世界最古と言われるウガリット・アルファベットが彫られた粘土板やユーフラテス川沿岸のマリから出土した土器やアクセサリーなどは見応えがありました。
他にもいろいろ説明したいことがありますが、写真撮影禁止なので省略します。 -
国立博物館の入口はカスル・アルヒーラという歴史的建造物の門柱が嵌め込まれていました。
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ダマスカス旧市街の西側の城壁沿いにサラディーン像がありました。
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スークの出口で見かけた三本の石柱に支えられた門と水道橋のようなアーチ(右側)。
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ウマイヤド・モスクの北の中央のミナレットは「花嫁のミナレット」と呼ばれています。
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ウマイヤド・モスク前の「ローマの門」。
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ローマ門を撮影していて、「日本人ですか?写真を撮ってもいいですか?」と言われて、左隅の男性に写真を撮られました。日本人がとても珍しいようです。
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ウマイヤド・モスク(Umayyad Mosque)の近くで“AL-NASER(ナセル通り)”と書いた標識を見つけました。
NASERはエジプトの大統領の名前。シリアとエジプトの歴史に由来すると思われます。 -
ウマイヤド・モスクの北門の外側にある「サラディーン廟」の内部。
1187年エルサレム王国を陥落し、十字軍と戦ってアラブの土地を奪い返した英雄サラディーンの魂が眠る、オリジナルの木製の棺は奥の緑のカバーがかかったほうです。
もう一つの白い石棺は、1889年にドイツ皇帝ヴィルヘルム2世より贈られたものです。 -
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中庭(北東方面)より臨むウマイヤド・モスクの礼拝堂。
西暦715年、ウマイヤ朝に建てられたモスクで、イスラム教の第四の聖地と言われています。
入場料は50SP(シリア・ポンド)と非常に安かったです。 -
モスクに入るためには、異教徒の女性は管理事務所で服の上に羽織る長衣(アバヤ)を借りて着用することが義務付けられています。
靴を脱いで入場しますが、靴を預けるところがないので、靴を入れる袋があると便利です。
ストッキングだけで、靴下をはくのを忘れていて、失敗しました。薄い靴下より、分厚い靴下のほうがいいですよ。 -
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礼拝堂に入ってみると、外から見て感じていた以上に天井が高く、巨大な建物であることがわかりました。
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礼拝堂の絨毯はミフラーブを表すアーチ形が連続する模様で、一区画が一人分のスペースだそうです。
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379年頃建てられたキリスト教の洗礼者聖ヨハネの教会を改築して建てられたことから、モスクの内部には洗礼者ヨハネの首が納められていると言われる神殿「洗礼者ヨハネの聖堂」(緑のステンドグラスの建物)があります。
窓から聖堂内を覗きましたが、特筆すべきものは何も見えませんでした。 -
路上の生ジュース屋さん。季節の果物の絞りたてジュースを飲むことができるので、繁盛していました。
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旧市街を歩くと、ドアノッカーに女性の手を使った扉が多く見られました。これは『ファーティマの手』と呼ばれています。
ファーティマはイスラム教を説いた預言者ムハンマドと最初の妻ハディージャとの間に生まれた娘で、ファティマ王朝第4代カリフの妻であり、ハディージャの死後は父の妻や縁者たちの集団の世話役でした。献身的な女性として庶民から慕われ、神から聖なる植物ヘンナを贈られたという逸話もあり、後世には理想の女性とみなされるようになりました。
そこで、イスラム教徒は、『ファーティマの手』を災いや病魔を防ぐ護符にするようになり、ドアノッカーのほかに、扉内側の飾りや腕時計、アクセサリーなどにも用いられています。 -
『ファーティマの手』には、護符としての効力を増すため、手のひらの中央にはクアルーン(コーラン)の章句や、格言、目の形などが書き入れられています。
アイラインでくっきり縁取りされた、長いまつ毛の目を描いた護符もありました。 -
ウマイヤド・モスクの近くのレストランでランチをいただきました。
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昼食はメゼからいただきました。
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メインはハモンという魚のグリル。あっさりして食べやすかったです。
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レストラン内部の様子。吹き抜けになっていて、天井が高く、入口からは想像もつかない広さでした。
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『ファーティマの手』に加えて、古い家屋の最も美しい特徴である複雑な扉や格子戸の飾り付けを見て歩くのも楽しかったです。
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カタールのときと同様に、シリアの自動車のナンバープレートには、アラビア数字と算用数字が併記されていました。これは、アラビア数字の勉強に役立ちます!
ちなみに、モロッコはアラビア語圏でありながら、ナンバープレートにアラビア数字が使われていませんでした。
チュニジアにもそのうち行くので、確認したいと思います。 -
町の教会や主だった建物の壁面に、故人の写真、名前、亡くなった日付、葬儀の日付、弔問客を受け入れる場所と日時などが掲載された案内が貼りだされていました。
若い方も多かったです。 -
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聖アナニア教会の礼拝堂。
祭壇背後の絵は、パウロの回心が表現されているそうです。
右から左に見ます。「天から光を受け、失明して落馬するパウロ」→「目からうろこが落ち、改心し、洗礼を受けるパウロ」→「ユダヤ教徒の追っ手から逃れるため、籠に乗ってダマスカスから脱出するパウロ」
真ん中の絵について、少し詳しく説明を受けました。
「パウロは突然、盲目になり、三日間、食べも飲みもしなかった。しかし、ダマスコにいたアナニアという人が、パウロの眼を開けてやるために彼を訪れる。アナニアがパウロの上に手を当てると、パウロの眼からうろこのようなものが落ちて、彼の眼は再び見えるようになった。」というシーンで、このシーンが「目からうろこが落ちる」という言葉の語源だとされています。 -
聖アナニア教会の礼拝堂。このように地下に洞窟のような形で建てられ、ユダヤ教とに狙われたパウロが隠れた洞窟があるそうです。
世界各地からシリアに来るクリスチャンが、必ず訪れる大切な場所の1つです。 -
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聖パウロ教会の内部。
キリスト教に回心(改宗)したパウロがユダヤ教徒からの報復から逃れ避難した教会で、追い詰められたパウロを逃がすために、弟子たちが教会の城壁の上から、パウロを籠に入れ、夜陰に乗じて吊降ろした場所が、現在教会の壁になっています。パウロが入った籠も展示されていました。
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