2010/05/28 - 2010/05/28
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5月24日(月)から6月2日(水)までの10日間の日程で、シリア、ヨルダンに出かけました。パルミラ2泊→ダマスカス1泊→アンマン1泊→死海1泊→ ペトラ2泊の7泊10日です。
5月28日(金)午後はボスラ(Bosra[Bosral'sham])のローマ劇場を観光し、シリアとヨルダンの国境の町ダラアを通り、アンマンまで移動しました。
ボスラはダラアから東へ40km、ナバテア王国の北の都として栄えた町です。堅固な城塞を抜け、階段を登ると巨大な劇場が現れました。
シタデルの北からローマ時代の遺跡を望み、ここでもタイムスリップでもしたかのような時間が止まった感覚にとらわれました。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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15時30分頃、ボスラ遺跡の西側にある「風の門」の前を通り、巨大なシタデル(城壁)が見えてきました。
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南側の城壁沿いに走り、ボスラ遺跡に到着しました。
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正面の奥の建物はCaracalla Restaurant。ローマ皇帝、カラカラ帝(在位:211年〜217年)に因んだ庭園レストランで、夏季は旅行者にテントドミトリーを提供しているそうです。
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アラブが7世紀にボスラに侵入した時、劇場の出入り口や窓が石壁で封鎖され、防御が重点の要塞に改築されたとのことです。さらに十字軍に対抗するアイユーブ朝は12世紀、この劇場を頑丈な外壁で囲みました。その後劇場は砂に埋もれ、破壊を免れ、完全に近い形で現存するに至りま、1947年から復元工事が開始されました。
2世紀に黒玄武岩で建造されており、幅102m、客席は37段、6,000人着席でき、現在も様々なイベントに利用されています。
音響効果の素晴らしさは、各国の著名な音楽家によって証明されています。毎年秋にフェスティバルが催されます。 -
ハウラン大地一帯に特徴的な黒玄武岩で造られた巨大なローマ劇場は、繊細華麗なコリント式で、柱の部分が白くて目立ちます。
今までに、世界各地の円形劇場を見て来ましたが、その中で一番大きく、客席の階段も高く、本当に大きいと思いました。 -
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ステージ中央です。コリント式の柱は白く、上部にアカンサスの葉の彫刻が施されていました。
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ローマ劇場は石の塀に囲まれ、堀もあります。
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古代都市ボスラは1980年にユネスコ世界遺産に登録されています。
シタデルの北からローマ時代のメインストリート(東西900m、幅8m)を望みました。
遠方に高さ13mの円柱が4本があります。その右側は「カリベ(Kalybe)」と呼ばれる、片方が円柱、もう一方が家から延びる壁という、不思議な形をしている門です。これは、2世紀にボスラの王が娘を死なせないようにと願をかけたものといわれています。 -
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ボスラは紀元前1世紀にはナバタイ(ナバテア)王国の北の拠点でした。南の拠点はペトラです。
しかし、106年にローマ皇帝トラヤヌス帝(在位98年〜117年)によって、ボスラはペトラとともにローマ帝国の統治下に入り、アラビア属州の州都となり、ヨルダンへと続くトラヤヌス街道の起点としてデカポリス(十都市同盟)の一員となるなど繁栄しました。 -
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劇場前の広場。この日は人通りも少なく、団体客などにも出会いませんでした。
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ヨルダン川です。
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